先般、オーストラリアの軍事史研究家Peter Flahavin氏がガダルカナル島で戦跡調査を行い、この際、旧日本海軍の対空警戒用レーダーである1号電波探信儀1型(11号)の遺構を発見しましたので、その概要について報告します。遺構の発見場所は米軍がガダルカナル島上陸後、帝国海軍飛行場跡地に建設したヘンダーソン飛行場に隣接したRunga Ridge(南緯9°25’44.52”、東経160°01’57.12”)で、11号電探の上部構造物を設置した下部回転装置が、当時の原状を維持し残っていました。遺構概観掲示写真が発見された11号電探の遺構で、コンクリート基台に設置された円形の回転装置及び枠型の鉄製アングルで構成されている。本来この枠型アングルの上部には木造の小屋(電探室)が設置され、内部には電探装置が、前面には空中線が装置されていた。当初基礎の回転部には魚雷発射管の回転機構を流用したと伝えられているが、本回転部が流用物であるかは不明である。掲示写真の右隅には参考として当時米軍がガダルカナル島で鹵獲した11号電探が合成されているが、両機の基礎構造は相似していることが判る。回転部分が設置された基礎コンクリートに残る溝は電源及び通信線の引込部で、発電装置は電探装置の近くに設置された。ガダルカナル島の11号電探昭和17年(1942年)6月、大本営はソロモン地域の制空権を拡大するため、ガダルカナル島に飛行場を建設することを決定し、7月6日より海軍設営隊約2,500名により建設作業が始められた。当時大本営は太平洋方面に於ける連合軍の反攻は昭和18年(1943年)以降と考えており、このため、ガダルカナル島に配備された戦闘員は僅か600名程度であった。滑走路の第1期工事は8月5日に完了したが、8月7日午前6時に米軍が奇襲上陸を行い、完成間近の飛行場を含むルンガ川東岸一帯を占領した。この際、海軍陸戦隊と設営隊は内陸部に退避したため、上陸は無抵抗で行われ、米軍は直ちに海軍飛行場跡地に航空基地(ヘンダーソン飛行場)の建設を開始した。当時ガダルカナル島に設置されていた電探は海軍飛行場近郊に設置された11号電探2基と考えられ、これらは奇襲攻撃のため連合軍に無傷で鹵獲された。この11号電探は連合国側の技術陣により徹底した性能調査が行われ、以後連合国側では11号電探を「ガダルカナル型レーダー」と呼称した。参考資料下記URLにて、Peter Flahavin氏が数次に渡り行ったガダルカナル島での戦跡調査に関わる報告がなされている。http://pacificwrecks.com/people/visitors/flahavin/写真提供: Photo courtesy of Mr. Peter Flahavin写真出典(11号電探): Australia War Memorial