横浜旧軍無線通信資料館掲示板


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    画像タイトル:img20100219200045.jpg -(54 KB)

    その2、資料の入手 名前: 事務局員 [2010/02/19,20:00:45] No.6226
    甲標的に搭載された無線機材については資料が殆ど残っていない。本機は特殊用途のため製造台数が極端に少なく、又、設置場所も特潜内部のため海軍の一般電信員には馴染みがなく、当時の艇付整備担当者ですら殆んど記憶にない状況であった。日本無線史第10巻「海軍無線史」には「甲標的の通信兵装は、特殊の小型短波送信機を1組と、約1mの短波檣(マスト)を装備し任務報告を打電することだけを要求された・・・」と記されているだけで、その構造については全く不明であった。
    しかし、幸いにも2002年に日本アマチュア無線連盟(JARL)より、オーストラリアのアマチュア無線関連機関誌に掲載された甲標的搭載無線機材に関わる記事の提供を受けた。文中で解説された無線機は、1942年(昭和17年)6月にオーストラリアのシドニー湾で回収された甲標的に搭載されていたもので、この記事により漸く本機材の概要が明らかになった。

    シドニー湾攻撃隊(第二次神亀隊)
    昭和17年5月31日、シドニー軍港を甲標的3艇が攻撃した。伊号第22潜水艦より発進した松尾艇、伊号第24潜水艦の伴艇、伊号第27潜水艦の中馬艇である。伴艇は首尾良く湾内への潜入に成功し米海軍の重巡シカゴを雷撃するが、魚雷は命中せず岸壁で爆発、停泊母艦クッタブルが被爆し沈没した。攻撃終了後本艇は湾外に脱出したが、その後伴勝久中尉と芦辺守一等兵曹は艇と共に消息を絶った(本艇は2006年11月にシドニー湾外で発見された)。松尾艇も湾内への突入に成功するが哨戒艇の爆雷攻撃を受け行動不能となり、松尾敬宇大尉と都竹正雄二等兵曹は自決した。中馬艇は不運にも潜入時湾口に設置された防潜ネットに絡まり動きが取れなくなり、中馬兼四中尉と大森猛一等兵曹は艇と共に自爆し、この攻撃に於ける生還者はなかった。

    本攻撃終了後、オーストラリア海軍は直ちに二艇を引き上げ細部の調査を行った。JARLより提供を受けた資料は、この折2艇を調査したNavy Office Melbourneの報告書を基に、Col Harvey(VK1AU)氏がJournal Of The Radio Amateur Oldtimer’s Club Of Australia(Number 12, March 1993)に寄稿した「Japanese Midget Submarine DID Have Wireless Equipment」の写しである。記事によると、その後Australia War Memorialに保管されていた無線機材及び関連写真は既に失われたとのことで、残念ながら本機の外観構造は知ることは出来なかったが、配線図や説明文からその概要は把握する事が出来た。
    なお、掲示資料上部の配線図は、本記事に添付されていた図面を基に作成したものであ。

    甲標的搭載無線機材概要
    Col Harvey氏の記事によると、驚いたことに本機は海軍の2座航空機搭載用無線機材である96式空2号無線電信機原型(掲示資料下部)に相似した回路構成で、装備真空管も同一であった。しかし、運用周波数は異なり、96式空2号原型が長波帯300-500KHzを、短波帯は5,000-10,000KHzをカバーするのに対し、本機材は短波帯のみで、その範囲も7,500-10,000KHzとなっている。
    送信部は固定周波数発振用の水晶片を2個装備し、水晶又は自励による発振、電力増幅構成である。送信部は2周波数切替運用方式で、発振、空中線同調回路が2系統で構成され、周波数の切替が転換器により一挙動、無調整で行える構造となっており、本式は96式空2号原型と同一である。
    受信部は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅1段構成で、回路は96式空2号原型に相似するが、固定周波数2波受信用に水晶片2個を装備する構造となっている。

    上記から、甲標的に搭載された無線装置は96式空2号無線電信機原型に類似していたと考えられるが、96式空2号各型(原型・改-1・改-2)で送信機及び受信機に水晶片各2個を装備する機材はない。よって、シドニー湾で回収された甲標的搭載無線機材は、96式空2号無線電信機原型を基に開発された特潜用の「特型」で有り、外観、構造も空2号に類似していたと考えられる。
    なお、回収された無線装置2機に装備されていた送信用水晶片の周波数は各機で異なっており、このため、甲標的の通信は発進潜水艦のみを対象としていたことが分かる。

    甲標的搭載型無線電信機諸元
    製造:沖電気
    送信周波数: 不明(7,500-1000KHzと推測)、1台に8,775.5KHz、他の1台に7,955及び8,950KHzの水晶片実装あり
    受信周波数: 7,500-10,000KHz(受信機較正表による)
    電波型式: A1(電信)、A2(変調電信)、A3(電話)
    送信機構成: 水晶(2個装備可)又は自励発振UZ-510、電力増幅UZ-510 x2並列使用、第3格子変調
    受信機構成: スーパーヘテロダイン方式、第1局部発振自励又は水晶制御(2個装備可)、高周波増幅1段UZ-6D6、周波数混合Ut-6L7G、第一局部発振UY-76、中間周波増幅1段UZ-6D6、検波・低周波増幅1段Ut-6B7、第二局部発振(BFO)UY-76、低周波増幅2段UZ-41、側音発振UY-76
    中間周波数: 635KHz
    送信電源: 直流変圧器、出力1,000V
    受信電源: 振動式直流変圧器、出力250V
    空中線: ロッド式(1m)

    写真補足(96式空2号)
    掲示資料下部が96式空2号無線電信機の原型で、本体右半分が送信部、左が受信部である。送信部上部、右側上部のバーニアダイアルが短波1の空中線同調器、下が長波・短波1の発振同調器。中央上部が空中線電流計、下が動作転換器(送受・断・着受・較正)。左側上部のバーニアダイアルが短波2・3の空中線同調器、下が短波2・3の発振同調器。送信部下部、右側下の水晶片ソケットが長波用、上が短波1用。中央が水晶片選択用転換器。左側上部の水晶片ソケットが短波2用、下が短波3用。なお、水晶片未実装の場合は自励発振方式となる。また、長波帯の空中線同調は外部に付加する長波延長線輪によって行う。
    受信部上部中央が手動同調器、同調器下部に配置された操作ツマミは左が電信・電話切替器、中央が微調整器(同調補助)、その下が音量調整器、右が長波・短波切替器。96式空2号原型の受信機は手動同調方式のみで、水晶片を使用した固定周波数受信機能を備えていない。よって、前面に水晶片ソケットは装置されていない。

    海軍96式空2号無線電信機原型諸元
    用途: 2座航空機搭載
    送信周波数: 長波300-500KHz、短波5,000-10,000KHz
    受信周波数: 長波300-500KHz、短波5,000-10,000KHz
    電波型式: A1(電信)、A2(変調電信)、A3(電話)
    送信機入力: 100W
    送信機構成: 水晶(長波1、短波3装備可)又は自励発振UZ-510、電力増幅UZ-510 x2並列使用、第3格子変調
    受信機構成: スーパーヘテロダイン方式(局部発振水晶制御機能無し)、高周波増幅1段UZ-6D6、周波数混合Ut-6L7G、第一局部発振UY-76、中間周波増幅1段UZ-6D6、検波・低周波増幅1段Ut-6B7、第二局部発振(BFO)UY-76、低周波増幅2段UZ-41、側音発振UY-76
    中間周波数: 635KHz
    送信電源: 直流変圧器、出力1,000V
    受信電源: 振動式直流変圧器、出力250V
    空中線: 固定式、垂下式

    96式空2号無線電信機特型
    特型に関連し、日本無線史第11巻「無線機器製造事業史」、「沖電気株式会社」の項に、甲標的用と考えられる96式空2号無線電信機の特殊仕様に関わる以下の記述を見つけた。
    「96式空2号無線電信機は13年頃から試作(注)を始め(最初5台であった)、15年頃には空3号と共に量産されていた。又空2号は据置型として16年頃より改造に着手され、15台を製作したが、これは潜行艇用にS金物と称して取付けられた。」

    上記から、シドニー湾より回収された機材(沖電気製)は、本96式空2号無線電信機特殊仕様型であった可能性が高い。96式空2号は航空機搭載型であるため、機体に緩衝ゴム紐で宙づりの状態で装置された。しかし、特潜用機材はマウントを介し艇内に設置され、塗色も他の海軍艦艇用無線機材と同様に黒色であったと推測される。

    伴艇の発見
    2006年11月、65年ぶりに伴艇がシドニー湾外の北側、沖合2浬の地点、深度60mの海底で発見された。伴艇の中央部両側面には大きな穴が空いており、発見場所や状況から、シドニー湾を脱出後、母艦の安全を考慮し帰投はせず、自爆したようにも思われる。本艇は引き揚げをせず、そのまま海底に保存されることになり、2007年8月6日、現場海上で日豪の関係者により追悼式が厳粛に執り行われた。
    なお、下記URLにて本特潜の調査状況が閲覧出来る。
    http://www.youtube.com/watch?v=iW9zLRqBNm4&feature=PlayList&p=EABA610839C0B7F7&playnext=1&playnext_from=PL&index=7



    (注) 試作とは、空技廠で開発された96式空2号を、他社と同様に同社で量産するための作業であった考えられる。
    配線図作成: 山本健殿
    写真出典: U.S. War Department TM-E-30-480「HANDBOOK ON JAPANESE MILITARY FORCES 」15/September/1944

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