先に掲示板No.8321に於いて、帝国海軍が大戦後期に開発した「3式特受信機」について概観を行ったが、今般、幸いにも米国の収集家が同受信機の短波帯用水晶制御式局部発振線輪セットを所蔵している事が判明し、当該写真数枚の提供を受ける事が出来た。当館は3式特受信機を所蔵するも、水晶制御式線輪セットは未収集で、今般の発見により、漸くその構造を知ることになった。発見した局部発振用線輪は、構成7本が独立した横長の木箱に収容されており、このため、3式特受信機の同調線輪は、本機の原型である92式特受信機とは異なり、3箱により構成されていたことも併せ判明した。 3式特受信機は海軍艦艇用の主要受信機である92式特受信機の改良型で、構成は短波帯に於ける周波数の安定を図るため、局部発振回路に水晶発振方式を採用し、同調は中間周波数を可変して行う所謂コリンズタイプである。また、従来の自励式局部発振用線輪も併せ整備され、必要に応じ何れかの受信方式を選択使用した。3式特受信機の開発 昭和7年(1932)、帝国海軍は潜水艦隊用として長波、短波帯兼用の92式特受信機を導入したが、本機は使勝手が良く、改良型である改3・改4型は海軍のあらゆる部署で広義に使用される事になった。しかし、92式特受信機には短波帯に於ける局部発振周波数漂動の問題があり、数次に亘る改修作業の結果、昭和13年(1938)頃になり、漸く待ち受け受信が可能な安定度を確保出来る様になった。 とは云え、周波数の漂動が完全に解消したわけではなく、この問題を抜本的に解決するため、昭和18年(1943)になり、海軍技術研究所は92特受信機の短波帯局部発振回路を水晶制御方式とした3式特受信機を開発した。本機は第一局部発振周波数を水晶発振方式で固定し、中間周波数の可変により受信同調を行うもので、これにより、周波数漂動の元凶であった短波用局部発振周波数は安定した。局部発振回路を除き、92式特受信機に於いて問題となり得る周波数漂動の主要因は、長波部を構成する再生式検波回路の安定性であるが、当該回路は運用周波数が低いこともあり、これまでの改修により問題は既に解消されていた。 この時代にあっては、3式特は旧来のスーパーへテロダイン式受信機の概念を変える誠に画期的な受信装置であった。しかし、本受信機には自励式に加え水晶制御式局部発振線輪の整備や、狭小な受信帯域による使い勝手の悪さ、また、煩雑な周波数置換表(32枚)の作成等多くの問題があった。このため、戦況の悪化による物資の枯渇や要員の払底も影響し、結局、92式特受信機末期型の生産が優先され、3式特の導入はごく僅かに留まってしまった。3式特受信機改4型諸元用途: 艦艇用長波受信周波数: 20-1,500kHz(5バンド)自励式短波受信周波数: 1,300-20,000KHz(5バンド)水晶式短波受信周波数: 2,400-20,000KHz(22バンド)長波帯受信構成: ストレート方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、オートダイン検波(UZ-77)、低周波増幅1段(UY-238A)短波帯受信構成: 長波部に周波数変換部付加のスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、周波数変換(Ut-6A7)、中間周波増幅2段、オートダイン検波、低周波増幅1段電源: 直流100/220V、直流/交流6V空中線装置: 艦艇装備固定式3式特式受信機装置概要 本受信機の基本構成は92式特受信機改4型と共通している。受信機の筐体は極度の振動、耐性の実現及び周波数の安定を考慮して、強固なアルミダイキャストで造られており、容積は36x66x35cm(含突出部)、重量は約40kgである。艦艇用受信機は一所で多数の受信機を同時に稼動させるため、相互干渉により各種の受信障害が発生する場合がある。このため、本機では自機の輻射波を抑圧するため、構成各部を遮蔽板により厳密に隔絶するなどし、シールドには格別の配慮が払われている。また、筐体は整備性を考慮して上下2段に分離が可能な構造で、上段には差替式同調コイル及び構成真空管等が集約され、下段には同調用蓄電器、変圧器、抵抗器、蓄電器等が配置されている。 3式特受信機は92式特と同様に、周波数帯の変更をコイルの差替により行う。本式は変更作業が煩雑で不便ではあるが、装置の構造が簡単で安定性、信頼性に優れており、特定周波の待受受信が一般的である艦艇用受信機には適した方式である。筐体上部は各部構成コイルの差替及び、真空管の点検、取替の為、開閉式となっており、背面には発熱の多い線條回路構成抵抗器及び、電源回路切替器等が集約装置されている。また、本受信機は構成真空管の線條電流確認用、局部発振確認用として、前面に測定切替式の電流計を具えている。受信機回路構成 3式特受信機は長波帯と短波帯の受信を一台で行う特型で、短波帯は長波帯のストレート式受信部に短波用の周波数変換回路を付加したスーパーヘテロダイン構成である。短波帯受信時の局部発振回路構成には92式特と同一の自励式及び、3式特独特の局部発振水晶制御方式があるが、何れの場合も長波部以下は中間周波増幅部、検波部、低周波増幅部として動作する。 長波帯受信部 本受信部は高周波増幅二段、検波、低周波増幅1段構成のストレート方式で、運用周波数帯域32-1,600kHzを5バンドで受信する。周波数帯の変更は構成コイル3本の差替式で、各段の線輪表記は高周波増幅1段部がE-1〜5番、2段部が同F番、検波段部が同G番である。 高周波増幅部二段は五極管UZ-78二本により構成され、検波は五極管UZ-77によるオートダイン検波方式で、各同調回路は3連式の可変式蓄電器により構成されている。高周波増幅第二段の同調可変蓄電器の固定電極には、静電容量を僅かに増減させる微少回転機構「長波細密同調器」が装置されている。本式による容量変化はミラー効果により検波同調回路に微小な変化を与え、受信周波数の細密同調を行うことが出来る。 同調機構はフリクション式で、直径10cmのダイアル円盤を小型ツマミで回転させ、減速比は約1:6である。ダイアル円板は100度目盛方式で、長波同調器の下半円には、短波帯受信時に設定すべき中間周波数が表示されている。また、受信周波数の読取りは、各バンドに対応した周波数置換表(5枚)により行う。 検波は陽極検波回路に正帰還回路を付加した再生(オートダイン)検波方式で、調整は帰還回路を構成する蓄電器の容量可変方式である。 低周波増幅回路は五極管UY-238(UZ-38A)により構成され、増幅信号は低周波変成器を介し受話器(受口2個)回路に出力され、インピーダンスンは4KΩである。 短波帯受信方式 短波帯は長波受信部に高周波増幅2段及び周波数変換回路で構成されるフロントエンドを付加した構造で、受信機は高周波増幅2段、中間周波増幅2段、オートダイン検波、低周波増幅1段のスーパーへテロダイン方式として動作する。フロントエンド部の周波数帯変更は構成コイル4本の差替式で、各段の線輪表記は高周波増幅1段部がA-1〜4番、2段部が同B番、周波数変換部が同C番である。また、局部発振部は自励式がD-1〜5番で、水晶制御方式はD-6〜12番である。上記により短波帯受信時の線輪構成は長波部を含めるとA、B、C、D、E、F、Gの7本となる。前述の如く、3式特の局部発振回路は自励式又は水晶制御式の選択式であり、必要に応じ何れかの線輪を使用する。 局部発振自励式 本式では運用周波数1,300〜20,000KHzを5バンドに分け受信する。長波帯は固定式の中間周波増幅回路として動作するため、短波受信周波数帯に応じ、長波受信周波数を選択設定する。また、受信周波数の読取りは長波帯部と同様に、各バンドに対応した周波数置換表(5枚)により行う。 なお、自励式受信に於ける受信周波数帯と中間周波数の関係は以下である。1,300-2,600KHz(250 KHz)、2,400-4,600 KHz (400 KHz)、4,200-8,400 KHz (700 KHz)、7,700-12,500 KHz( 1,200 KHz)、11,500-20,000 KHz (1,500 KHz) 局部発振水晶制御式 本式では2,400-20,000KHzの短波帯を、800KHzの等間隔で、22周波帯に分け受信する。この場合1,300〜2,400KHzは受信できない。同調操作は局部発振が水晶制御方式のため、中間周波数増幅回路を構成する長波帯受信周波数を可変して行うが、全短波帯受信に於いて使用する長波部周波数は700-1,600KHz(E-1・F-1・G-1)の1バンドである。 局部発振用線輪に装備される水晶片(海軍型)はD-6番線輪が1,600KHz、D-7が2,400KHz、D-8が3,200KHz、D-9が3,400KHz、D-10が3,800KHz、D-11が4,000KHz、D-12が4,600KHzの7周波数で、受信周波数帯によっては最大で第6高調波を使用し、2,400-20,000KHzを22バンドに分け受信機する。このため、全バンドの受信には線輪割当表に従い、7本の局部発振用線輪を使い回して行う。また、受信短波周波数の読取りは、各バンドに対応した周波数置換表(22枚)により行うが、本表は短波周波数曲線と長波周波数曲線が併せ記載された構成である。 なお、22周波数の分割は従来の92式特受信機の受信周波数構成を便宜的に分けた物で、局部発振コイルを除く同調線輪は長波帯受信用を含め92式特と同一構成である。また、3式特の自励式・水晶制御式局部発振コイルは内部構造が異なるため、92式特受信機に使用することは出来ない。 短波帯受信部 フロントエンドは五極管UZ-78二本による高周波増幅2段、七極管Ut-6A7による周波数変換回路により構成されている。局部発振回路は自励式又は水晶制御方式の選択式で、切替は局部発振コイルの差し替えにより行う。自励式発振回路は格子側同調発振方式であり、水晶制御方式の場合は、線輪構造からピアスGP発振方式と考えられ、発振確認用として格子回路に、切替式電流計が装着されている。 高周波増幅2段部及び周波数変換部の同調回路は3連式の可変蓄電器により構成されているが、短波帯空中線同調器及び高周波増幅部初段の同調回路は小函に収容され、受信機右側面上部に取付けられており、同調用可変蓄電器は独立した構成となっている。 3連式可変蓄電器の同調機構は長波部と同一構造のフリクション方式であり、同調周波数は添付の置換表により読み取る。 中間周波増幅部となる長波部の受信周波数は短波帯の運用周波数帯、受信構成に応じ変更・可変する必要があり、短波受信周波数帯と、中間周波数となる長波受信周波数の関係は受信機前面に取付けられた「周波数割当・線輪表」に表示されている。 本機の手動音量調整は長波部を構成する高周波増幅管のカソード抵抗可変による、自己バイアス電圧可変方式である。また、3式特受信機は92式特と同様に、自動音量調整(AVC)機能は具えていない。 電源回路 本受信機は通常100V・220Vの艦内直流電源を使用するが、必要に応じ線條用として外部の直流又は交流6Vを使用する事が出来る。艦内電源の直流220Vを使用する場合は、必要な高圧及び線條電圧を賄うことが出来るが、100Vを使用する場合は、高圧用として別途220Vを供給する必要がある。艦内直流電源を使用するため、受信機内部には各供給電圧用の平滑回路が装置されている。 線條回路は切替えにより、6V又は12Vに変更が可能で、艦内電源の100V又は220Vを使用する場合は、固定抵抗器及び線條電圧調整用可変抵抗器により、12Vに降下させて使用する。この場合は、線條電流計の指示が指定の赤線位置となるように、可変抵抗器を設定する。 また、陸上施設等で本機を使用する場合は、線條電圧に直流又は交流6Vを使用し、併せ高圧用として220Vを供給する。短波帯構成と同調操作 今短波帯3,500KHzを受信すると仮定すると、線輪構成、同調操作は以下のような物である。 「周波数割当・線輪表」に従い、高周波増幅部、周波数変換部には2,400-4,800KHz受信用のA-4・B-4・C-4番線輪を装着する。水晶制御式局部発振用線輪は3,200-4,000KHzが受信可能なD-7番を装着する。同調操作部となる長波帯同調線輪は全短波帯に於いて、700-1600KHz受信用のE-1・F-1・G-1番を使用するが、受信同調範囲は800-1,600KHzの800KHzである。以上の線輪構成により3,200-4,000KHzの受信が可能となるが、本構成により、D-7番の局部発振線輪に装着された水晶片の発振周波数は2,400KHzで、周波数混合は下側ヘテロダイン方式であることが解る。 上記設定後、3式特受信機を動作させる。計器切替器を「発振確認」に切替え、水晶発振回路が正常に動作していることを確認する。短波帯同調器を受信周波数3,500KHzに設定し、併せ空中線入力同調器を同一周波数に設定する。次に長波帯部の同調を1,100KHzに設定すると、3,500KHzを受信する事が出来る。 なお、2,400KHzの水晶片を装備したD-7番線輪は高調波を利用し、併せ以下の周波数帯受信に使用される。5,600-6,400KHz(第2高調波)、8,000-8,800KHz(第3高調波)、10,400-11,200KHz(第4高調波)、12,800-13,600KHz(第5高調波)、15,200-16,000KHZ(第6高調波)復調調整 本機の検波回路は再生(オートダイン)検波方式であるが、変調電信及び電話(A2・A3)等の変調信号の復調は再生検波方式により、電信(A1)等の非変調波の復調はオートダイン検波方式により行う。 A2・A3の受信調整は対向を受信後、回路が発振直前で、最高復調感度となり、且つ安定した再生検波状態となる様に設定する。調整操作はまず、再生調整器により検波回路の再生状態を増加させる。再生により検波同調回路のQが増大するため復調音量が増加し、また、選択度が向上するため、同調点が若干変化する。各部の再調整を行い、同調ダイアルと再生調整器を交互に微調整し、軽い発振状態となるまで調整操作を繰返し行う。発振点を確認した後、再生調整器を発振寸前の状態に設定する。この設定位置が再生検波に於ける、最高感度点である。 A1の復調は、オートダイン検波方式により行う。まず、再生調整器により再生回路の帰還量を増大させ、検波回路を軽い発振状態に設定し対向を受信する。この状態はオートダイン検波であり、変調、非変調波は共にビートとなる。同調ダイアルと再生調整器を交互に微調整し、軽い発振状態を維持しつつ、復調信号音が最大と成る様に調整操作を行う。同調操作は繰り返し行い、安定した復調状態が得られる最高感度点に設定する。A1受信時に混信がある場合は「長波細密同調器」で同調を若干ずらし復調音を変化させ、音感選択により目的の信号を受信する。写真補足 掲示組写真-@は3式特受信機で、右側面の筺は空中線入力同調回路部であり、構成部品は上部が短波空中線端子、中央が短波空中線同調蓄電器、下部が短波高周波増幅部同調蓄電器である。本体前面各部の構成は上段右から左へ、発振電流・繊條電流確認用電流計、電流計切替器、長波空中線端子、長波空中線同調用蓄電器、下部が長波・短波空中線切換、隣が音量調整器、左端が再生調整用蓄電器である。 中段は右から、周波数読替表、短波同調用蓄電器、長波帯細密同調器、周波数割当・線輪表、左端が長波同調用蓄電器である。 下段は右から、線條電源100V/200V切替器、翼板電圧接・段器、・繊條電源6V接・断器、長-短波電源切換器、繊條電圧可変抵抗器、受聴器端子2個である。 掲示-Aは今般米国で発見した3式特受信機用の水晶制御式局部発振用コイルセットで、該当D-6〜12の七本が専用の木製ケースに収容されている。自励式局部発振コイルD-1〜5は他の同調コイルと併せ別の2箱に収容される。線輪上部の可動式板は発振同調蓄電器の調整穴覆いである。 掲示-Bは水晶制御式局部発振コイルの内部である。局部発振用子水晶片は海軍型であるが、装着に専用の水晶収容ホルダーを使用せず、内部の金物に直接固定されている。左上部の半固定式蓄電器は発振同調用、右は発振同調コイルである。線輪セット写真提供: Photo courtesy of Mr. Tom Bryan