当館は現在、旧軍無線機材に係わる編纂作業の一環として、同時代の特記すべき海外機材についても、併せ取り纏めを進めている。このため、野戦通信の花形である可搬式中距離用無線機材については、ドイツ陸軍の15W.S.E.、英国陸軍のW.S.19、米国陸軍のSCR-284(BC-654)、SCR-694(BC-1306)及び海軍の無線装置「TBX」を、参考資料として収集している。これらは、帝国陸軍の94式3号甲・乙無線機にその運用目的や装置の規模が類似しており、比較検討機材としては最適である。とは言え、残念ながら現在の処、SCR-284及びSCR-694の二機種については未収集である。 上記の外国機材については、暫時その概要を紹介したいと考えているが、今般は先ず、些かの思い出がある「TBX」について掲示を行う事にした。米国海軍可搬式無線装置「TBX」 「TBX」は米国海軍が1930年代の後半に導入した陸戦用の可搬式無線装置で、主に海兵隊が上陸作戦等に使用した。本通信装置は機動性を考慮し、無線機本体(以下TBXと標記)は送信機と受信機を統合した、所謂トランシーバー構成で、容積と重量の軽減を図っている。 無線装置「TBX」を構成する送受信機TBXは導入以降改良が重ねられ、原型より最終型であるTBX-8型まで各種がある。前期型の代表機材であるTBX-3型の送信部は、水晶/主発振・直接輻射方式で、変調は送話器出力による第三格子直接変調方式であり、送受信の転換は手動式である。 1944年(昭和19年)、最終型となるTBX-8型が導入されたが、本機の送信部は水晶/主発振・電力増幅方式に変更され、併せ、変調回路が従来の直接変調方式より、変調管方式に改良された。この変調回路は低周波発振機能を具えており、TBX-8型では電波形式に変調電信(A2)が追加された。また、送受信の切替えは、手動式より継電器によるブレークイン、プレストーク方式に変更さ、運用効率の向上が図られた。 一方、受信部の改修は導入以来僅かであり、顕著な相違は構成真空管が直熱式ST管より、直熱式GT管に変更された事等である。 なお、大戦期の海兵隊は上陸作戦や地上戦闘に際し、前線内の短距離通信にはVHF帯の携帯式無線装置「TBY」を、上部戦闘指揮所との通信には「TBX」を主用した。TBXとの出会い 1961年(昭和36年)の秋、事務局員が高校一年生の折り、東横線反町駅近くにあった日本無線(JRC)の小さな事業所の入り口に、無線機とおぼしき機材が山積みにされているのを、通学の車中より発見した。級友の無線仲間と駆け付けてみると、その殆どは米軍の無線機で、無線少年にとっては正に宝の山そのものであった。恐る恐る職員にお伺いを立てると、「これを持つていけ」と2台の無線機が差出された。 一台はパネルが黒色塗装の、見るも立派な米軍の無線機で、JRCで動作試験を行ったのか、自作の鉄製収容箱の上部に無線機本体が、下部には受信機用の自作交流電源が収容され、電源からの接線は直接本体のコネクターにハンダ付されていた。この機材は米国海軍の送受信機TBX-8型であったが、本機の使用目的や型式などは知る由もなかった。 他の一台は何故かケースとパネルがオレンジ色に塗られ、中央に大きなバーニアダイアルが配置された、TBX-8型と比べ、見るも冴えない小型の受信機であった。本機は帝国海軍に関係した受信機との事であったが、他に良さそうな米国製無線機が多数あり、こちらは我々にとり、全く有り難くない頂き物となった。 級友に日本製の受信機を預け、TBX-8型を抱え、電車、バスを乗り継ぎ家に辿り着いた時はもうヘトヘトで、後にも先にも、これほどの重量物を一人で運んだことは無かった。無線機本体をケースから取り出した時、そのあまりに見事な構造美に、思わず息をのんだ。横で見ていた父 が「これはすごい無線機だな」と思わず呟いたことを覚えている。思えばこの出会いが、今日に至る、軍用無線機収集の端緒となった。 TBX-8型の入手後、交流電源が付加された受信部を動作させようと色々努力をしたが、配線図もなく、また、知識も僅かな無線少年にとり、米国製の軍用無線機は当然手に余った。その後父の助けを借り、漸く修復に成功し短波放送を受信した時の感激は、今でもハッキリ覚えている。しかし、TBX-8型は同調ダイアルの構造が変則で、使い勝手が非常に悪く、不特定多数の選局・受信には全く不向きである。このため、軍用無線に知識のない無線少年は本機に対する興味を急速に失い、間もなくして、級友と二人で旧海軍の受信機共々分解し、部品を分け合ってしまった。 ところで、あのオレンジ色に塗られた帝国海軍の受信機は、一体なんであったのであろうか。アルミ製の筐体に収容された小型の短波帯1バンド式受信機で、銘板は無く、その構成は高周波増幅1 段、中間周波増幅2段程度であった。構成真空管は総べて海軍の万能五極管FM-2A05Aであり、球数は7-8本であったと記憶しているが、今にして思えば、本受信機はTBX-8型よりも遙かに貴重品であった。後年病が進み、帝国陸海軍の無線機材に興味を持つ事となったが、残念ながら、未だにこの受信機には巡り会った事がない。 「TBX」3型無線装置概要 本無線装置は送受信機(43005型/TBX-3型)、送信用手回式発電機(21263A型)、送信用発動発電機(EF-1・2型)及び空中線装置等により構成され、併せ、必要に応じ、補助機材である送信用直流回転式高圧電源や交流式受信電源を装備した。送受信機TBXは改良が重ねられ、8型まで各種が導入されたが、無線装置を構成する他の装備品については、大きな変更はない。 送受信機TBX各型の内筐体は、アルミ角材とアルミ板で構成される主シャーシに、前面パネルを取付けた構造で、両側面には補強用のアングルが付加されている。送受信機の内部は2分割され、左に送信部が、右に受信部が集約された構成である。 TBX-3型の送信部は単球式ではあるが、発振回路が特殊なため、シャーシ内部には発振用同調回路や大型の水晶発振片が、上部には陽極同調、空中線同調回路他が装置され、送信回路を構成する部品点数が多い。受信部は簡単なスーパーへテロダイン方式であるが、構成するST管型電池管5本が多くの空間を占め、各部品間に隙間は殆ど無い。 無線機本体は薄手の鉄製外筐体に収容され、容積は19.5x40x24cmで、重量は12.5Kgである。 「TBX」は中距離通信用の汎用無線装置であり、電源装置の選択により野戦及び、固定局としての使用が可能である。野戦使用の場合は送信電源に手回式発電機を使用し、受信電源は乾電池で構成し、運用形態は半固定開設通信方式である。固定運用の場合は送信電源に発動発電機又は、直流回転式高圧電源を使用し、可能な場合は受信電源に交流式電源を使用した。 「TBX」の運搬は通常車載で行ったが、上陸作戦や野戦に際しては、送受信機TBX、手回発電機、乾電池式受信電源箱及び、組立式空中線装置等の基本構成機材をキャンバス製バッグに収容し、通信隊員が分担して携行した。「TBX」3型諸元用途: 海兵隊用通信距離: 電信50Km、電話25Km周波数: 送信2,000-4,525KHz、受信2,000-8,000KHz電波形式: 電信( A1)、電話(A3)送信出力: 電信9W、電話3W送信部構成: 発振・直接輻射(837)、第三格子変調受信部: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅無し、周波数変換(1C6)、中間周波増幅1段(34)、検波(34)、BFO(CRC-38034)、低周波増幅1段(34)中間周波数: 1,515 KHz電源装置: 受信部乾電池、送信部手回発電機又は発動発電機空中線装置: 送受信兼用、垂直ホーイップ型・単線展開型地線装置: カウンターポイズ無線機本体重量: 12.5Kg運搬: 携行、駄馬編成、車載「TBX」3型構成機材概観送受信機TBX・送信部 送信部は水晶又は自励式による発振・直接輻射方式で、2,000-4,525KHzを2バンドで運用し、電波形式は電信(A1)及び電話(A3)である。発振回路は直熱式五極管837で構成されるランキン発振回路の変形と考えら、陽極側に同調回路を具えている。本発振回路は第二格子を陽極と見なし、第一格子、カソードの三極管回路でハートレー発振回路を構成し、その発振勢力を陽極側同調回路より取り出す方式である。この発振回路では、第三格子により発振側と出力側の容量結合が殆ど遮断され、このため、発振回路が負荷の変動を受けにくい構成である。送信部が内蔵する水晶発振子は二個で、切替により、第一格子側発振回路に組み込まれる。 発振同調用蓄電器は独立した構造で、ウオームギア式のダイアル機構と直結している。ダイアル表示機構は主同調ダイアル及び、180°展開で10分割目盛の円形ダイアル表示板により構成され、減速比は1:10である。主同調ダイアルは10分割方式で、各目盛は更に、副尺用として10分割されている。同調周波数の読み取りは、添付の周波数置換表によりダイアル値を変換して行う。 陽極同調回路は可変式同調蓄電器及び、同調コイルにより構成される並列タンク回路方式で、陽極電圧は500V、送信出力は電信(A1)が9W、電話(A3)は3Wである。 空中線同調回路は陽極タンク回路との兼用で、インダクタンス切替式空中線延長線輪、タップ切替器及び、空中線電流計(1A)により構成されている。本回路は空中線接地構成であり、調整により装備空中線に1/4波長で同調させる。 TBX-3の電鍵回路は、発振管の第一格子電圧制御方式である。変調回路は発振管の第三格子直接変調方式で、カーボン式送話器の出力を、変成器を介し第三格子に加圧している。受信部 本受信部は高周波増幅段無し、中間周波増幅1段、低周波増幅1段のスーパーヘテロダイン方式で、非変調信号復調用のBFO機能を具え、運用周波2,000-8,000KHzを3バンドに分け受信する。 フロントエンドは直熱式7極管1C6による周波数変換回路により構成され、局部発振回路はハートレー発振回路の変形である。空中線入力回路には同調補正用として、小容量の可変式蓄電器が装置されている。各段の同調回路は2連式の可変式蓄電器により構成され、同調ダイアル機構は送信部と同一構成である。 中間周波増幅回路は直熱式五極管34による1段増幅方式で、中間周波数は1,515 KHz である。第二検波は34による格子検波方式である。BFO回路は五極管CRC-38034によるハートレー発振回路の変形で、出力を中間周波増幅管の陽極回路に注入している。低周波増幅回路は34による1段増幅方式で、出力インピーダンスは600Ωである。 本機はAGC機能を具えておらず、手動利得調整は周波数変換管の第四格子及び中間周波増幅管の、第一格子バイアス電圧可変方式である。 測定機能 送受信部には空中線電流計と併せ、各部の電圧・電流を測定する共用計器が装置されている。測定は回路切替スイッチ2個により行い、発振管カソード電流、受信管総合ヒータ電流及び、受信用高圧電圧の測定が可能である。また、受信管線條電流は可変抵抗器により適正値に設定を行う。 上記と併せ、本機には送受信周波数較正回路が装置されており、送信時に受信部を動作させ、送信周波数と受信周波数を一致させる事が出来る。電源装置 野戦使用に於ける「TBX」各型の電源は、送信部が手回式発電機、受信部は乾電池構成である。手回発電機の出力は高圧が490-540V(65mA)、低圧が12.2-14Vで、回転数は50-70rpmである。本発電機は類似機材である米国陸軍の送受信機BC-1306とは異なり、設置用の専用ベンチは整備されておらず、必要に応じ、立木等に付属の鎖で固定して使用する。固定運用には1/2馬力(2,100rpm)の発動発電機を使用するが、本機の出力は手回式発電機と同等である。 受信部用乾電池は低圧用が3V 、高圧用が90V ・135V、 バイアス用が3V・6Vで、構成乾電池は専用の電池箱に収容され、ケーブルにより本体に接続される。乾電池式電源と併せ交流式電源が整備されており、本機の入力はAC117Vで、高圧、低圧の整流はセレン整流方式である。空中線装置 無線装置「TBX」各型を構成する空中線装置は短距離通信用の垂直ホーイップ型及び、中距離用のロングワイヤー型空中線である。ホーイップ型空中線は105cmの接続式ロッド7本で構成され、全長は約7.4mで、基礎スパイクにより地上に固定する。下部より4段目のロッドには、三方保持用の支持索が装置されており、これを展開してロッドを保持する。 ロングワイヤー型空中線はリール構造で、主に固定運用時に使用する。リールに巻かれた空中線長は9mで、その端末に展開索が接続されている。空中線の展開は支持索で固定したロッド型空中線装置を4段構成に変更し、その先端部にワイヤー型空中線を接続し、端末を地上高6-9mに展開する。本構成により、ロングワイヤー型空中線は全長約12mの逆L型空中線構造となる。 なお、何れの空中線装置を使用する場合も、空中線同調は1/4波長電流饋電方式で、また、地線は、地表に展開する複式ワイヤー構造の、カウンターポイズである。写真捕捉 掲示組写真-1は「TBX」3型無線装置を構成する送受信機TBX-3型で、上部に乗っているのが前蓋と、内部に装置されている周波数置換表である。無線機前面パネルの配置は、左側に送信部が、右側に受信部が集約され、各操作ツマミは送信部が黒色に、受信部が赤色に色分けされている。パネル中央の計器は左が空中線同調表示の高周波電流計で、右が電流・電圧測定計である。測定計は計器下部のスイッチ2個の切替えにより、発振管カソード電流、受信管ヒータ電流及び、受信用高圧電圧を測定する。 パネル左側、空中線電流計下部の円板が発振同調ダイアル板で、左が同調操作用の同調器である。本同調器は回転部分を縦方向に操作するため、使い勝手が非常に悪い。その左上部が水晶、主(自励)発振切替器、左が発振バンド切替器で、下部が電信、電話切替器である。高周波電流計左の円板がフリクション式の陽極回路同調器で、左上が空中線端子、その下部が空中線同調線輪切替器、左端が同調周波数帯切替器である。左端中央の金物が送信電源接続端子、其の下部が受信電源接続端子で、右が地線端子、その右が送話器及び電鍵接続端子で、発振同調円板の下部が送受信周波数較正用スイッチである。 パネル右側、測定計の右側が受信同調部で、構造は送信部発振同調機構と同一である。同調器の左上は電信、電話切替器、指示円板の下部はバンド切り替器で、最下部が受話器端子である。測定計下部の赤色ツマミは、左が受信管ヒータ電流調整器、右が空中線回路補正蓄電器である。その下段の赤色ツマミは、左がBFO調整器、右が感度調整器である。 組写真-2は背後より見たTBX-3型で、左側に受信部が、右側に送信部が集約されている。左側受信部の構成真空管は、前面パネル側より、周波数変換管1C6、中間周波増幅管34、検波管34、背後左が低周波増幅管34、右がBFO発振管CR-38034である。中間周波増幅管、検波管の右が中間周波トランスである。本受信部は高周波増幅機能を備えていないため、左側パネル面に配置された同調用可変蓄電器は二連式である。本蓄電器の背後は、低周波出力トランスである。 シャーシ右側が送信部で、パネル側中央の蓄電器が陽極回路同調用可変式蓄電器、其の後部が発振管837、背後はタンク回路同調コイルで、空中線同調回路との兼用である。右側の3連式ロータリースイッチは、送受信転換器である。発振コイル、発振用同調蓄電器、発振用水晶片はシャーシの裏面に装置されている。 組写真-3は送受信機TBXの電源装置で、右が送信用発動発電機、中央が送信用手回発電機、左が受信用交流式電源で、横のコードは送信部、受信部電源供給用接線である。手回発電機に付属する鎖は発電機固定用で、木立等に取付ける際に使用する。