先般、海軍の「90式2号測深儀2型改1周波数計」なる機材を入手した。90式測深儀は昭和5年(1930年)に海軍が外国製音響測深儀の模倣により開発した深度計であるが、当該周波数計は本機材改良型の備品と考えられる。 入手周波数計は同調蓄電器、同調コイル及び高周波電流計で構成される吸収型周波数計で、測定周波数は11-20KHz(2バンド)である。しかし、深度を測定する測深儀は潜水艦を探知する水中探信儀(アクティブソナー)と同様に超音波を使用する。超音波は電磁波ではないため、音波周波数の測定に吸収型周波数計を使用するのは奇異であるが、その測定は超音波発生器(トランスジューサー)を励振する低周波発振回路の同調周波数と考えられる。 ところで、幸いな事に、90式測深儀については東京海洋大学「東京海洋大学百周年記念資料館」が本機の類型と考えられる90式測深儀2型改1の主要構成機材(製造昭和18年)を所蔵している。このため、今般の周波数計入手を機に、帝国海軍に於ける水中音響兵器の導入及び、90式測深儀の概要について纏めてみた。 なお、90式測深儀2型改1の発信超音波周波数と、入手した90式2号測深儀2型改1周波数計の対応周波数は完全には一致しない。このため、両測深儀は仕様が若干異なると考えられる。水中音響兵器の開発 大正3年(1914年)に第1次世界大戦が勃発すると、連合国はドイツの小型潜水艦Uボートの跳梁に悩まされ、其の対策に苦慮した。大正6年(1917年)、フランスの物理学者ランジュバン(P.Langevin)は水晶振動子の圧電効果に着目し、これに低周波電力を加圧して超音波を発生させ、水中の潜水艦を察知する水中探知機(アクティブソナー)を発明した。 本機の超音波送受信器(トランスジューサー)はXカットの水晶板2枚を鉄板の間に挟んで接着した複合振動子構造で、発生周波数は水中探知に適した数十kHzであった。しかし、鋭敏な指向性を得るには水晶振動子の面積を大きくする必要があり、実用機では複数枚の水晶片を並べ、これを接着剤で固定し、鉄板で挟んだ構造のトランスジューサーが使用された。ランジュバンの発生周波数 水晶を特定周波数で励振する場合、水晶の厚さを目的音波の、半波長の整数倍に設定すると、共振現象により水晶内を往復する音波の位相が一致し、効率よく超音波を発生させる事が出来る。しかし、これに適す水晶は非常に厚くなり、実用的ではない。このため、水晶と音速、音響インピーダンスが類似した鉄板で水晶を挟み、その見かけ上の厚みを、必要水晶片の厚さと同等にした振動素子がランジュバンである。このため、ランジュバンの発生超音波の周波数は同板の厚さにより決定される。 帝国海軍の動向 第一次大戦が終了するとランジバン式水中探知機は世界各国の海軍に普及し、帝国海軍も昭和8年(1933年)になり従来の輸入品を国産化し、93式水中探信儀として制式化した。本機が使用したランジユバンは鉄板の上に厚さ5mm、長さ40mm、幅20mmの水晶片を約140枚並べ、この上面に30mmの鉄板を乗せ、水晶片を挟んで貼りつけ構造で、これに低周波電力を加圧し、17.5KHzの超音波を発生させた。 93式水中探信儀の探索距離は駆逐艦装備の場合は1,300m(3型)で、測距精度は±100m、指向性は12°で、方向精度は±3°、受信は反射波と低周波発振波の混合検波によるヘテロダイン方式(ビート発生方式)であった。 この93式水中探信儀の指向性は鋭敏で探索が難しく、通常は水中聴音機により標的の大凡の方位を確定後、本機による探知を行った。また、ランジユバンは衝撃に弱く、爆雷投下時には破損を防ぐため収容する必要があり、本探知機の使い勝手は必ずしも良好では無かった。併せ、93式水中探信儀を全艦艇に配備するにはランジユバンを製造する大量の水晶が必要であり、その補給には問題があった。このため、大戦中期になると、昭和15年(1940年)頃より一部で使用されていた磁歪(じわい)式トランスジューサーの導入が促進された。 93式水中探信儀の開発以降、海軍技術研究所は本機の改良を含め、大戦終了まで各種の探知機を開発した。しかし、これらは装備攻撃艦の徹底を欠いた運用方法もあり、必ずしも絶対的な対潜兵器とはならなかった。トランスジューサーと励振電源 超音波変換器は先にその構造を述べたランジユバン式と磁歪式に大別される。磁歪式は超音波の発生に金属の磁歪効果を利用する方式で、これを最初に兵器化したのは英国海軍である。本トランスジューサーはニッケルなどの強磁性物質の薄板を積み重ね膠着(こうちゃく)して一体化したものを電磁振動子とし、これに施した巻線に低周波電力を加圧し、併せ適当なバイアス磁界を加え使用した。本構造により、磁歪式の発生超音波周波数は振動子の固有振動数により決定される。 なお、ランジュバン式トランスジューサーは通常送受信兼用であるが、磁歪式は送信用、受信用に分け使用することが多かった。また、ランジユバン式、磁歪式共に、帝国海軍の水中音響兵器で使用された超音波周波数は大凡14-40KHzである。 一方、トランスジューサーを励振する超音波発生用電源については各種が開発された。その主要装置は真空管式低周波発振器、抵抗・蓄電器による高圧充放電装置、衰滅式(火花式)高圧パルス発生装置等であるが、比較的低い周波数に対しては高周波発電機も使用された。音響式測深儀 海底の深度を測る測深儀の測定方法には時間測定法、方向聴取法、沈降測定法他各種がある。帝国海軍が導入、開発した測深儀は時間測定法で、その基本はトランスジューサーより超音波パルスを発信し、これが海底で反射し、受波器に戻る時間により深度を測定する方式である。開発された機材の時間測定方式には聴音式、ブラウン管表示式、放電管回転式他各種があり、また、連続して海底の状態を記録する方式としては、ペン記録計や湿式記録方式等が一般的であった。 一方、水中音響兵器にとって水中に於ける音速の定義は重要である。音速は水温、塩分、圧力により変化するが、帝国海軍では大洋に於ける音速を1500m/秒と仮定し、使用海域に於いて補正を行ったが、その範囲は最大で2%程度であった。 帝国海軍の動向 帝国海軍が音響測深儀に関心を持ったのは大正10年(1921年)頃で、水中探信儀の導入より若干早いと考えられる。この時期米国サブマリンシグナル社より製品を購入し、横須賀海軍工廠航海実験部で実験を開始したが、その詳細についてはハッキリしない。大正末期になるとフランスよりランジュバン式測深儀が輸入され、本機をL式測深儀として制式化した後、相当数を各艦艇に装備した。また、昭和4年(1929年)頃にはドイツの考案による、小型爆弾を海中で爆発させ、反射爆発音の到着を秒時計で測定する簡単な方式もー時的に採用された。 一方、フランスより輸入したL式測深儀は非常に高価で、また、取扱が不便なため、その後北辰電機製作所に試作研究を依頼し、模倣国産測深儀の開発が進められた。昭和5年(1930年)になり国産化が達成され、本機は90式音響測深儀として兵器化された。 また、昭和3年(1928年)頃より英国ヘンリーヒューズ社の測深儀を時々購入し実験を行っていたが、昭和9年(1934年)に磁歪式による記録指示式機材が開発されると、これを輸入し実験を進めた。本機の性能は非常に良好であり、このため、日本電気で模倣研究が行われ、昭和14年(1939年)に99式測深儀とし兵器化された。以降本機材は急速に量産され、新造駆逐艦、潜本艦、商船等の大部分に装備された。「90式測深儀2型改1」装置概要 掲示組写真Aは東京海洋大学「東京海洋大学百周年記念資料館」が所蔵する海軍90式測深儀2型改1の主要構成機材で、本機は昭和5年に開発された90式測深儀の改良型である。写真の中央が水深を測定する水深受信器で、左上が艦橋他に設置される遠隔水深表示計であり、その右がトランスジューサー励振用の発振器である。本発振器は衰減式(火花放電式)で、内部には間隔の異なるスパークギャップ二基が装置されている。 なお、海軍電気技術史に記載される本機の概要は以下である。90式測深儀2型改1諸元測定水深: 2000m(最大3000m)尺度範囲: 300mの10倍動 力: フォニックモーター測定及び指示法: 受聴式、光点横尺度指示送波器: 水晶式周波数(衰減式): 17.5KHz、29KHz受波器: 送受兼用装備艦艇: 二等巡洋艦、駆逐艦、潜水艦装置概観 90式測深儀2型改1は発射した超音波が海底で反射し戻る音響を受聴し、その到着時間により水深を測定する。本機の測定深度は2000mであるが、必要に応じ最大3000m迄測定することが出来る。装置は超音波を発信するトランスジューサー、本器を励振する発振電源及び、深度を測定する水深受信器等により構成されている。 トランスジューサーの構造はランジュバン式で、これを励振する発振電源は衰減式(火花放電式)であり、運用時、本装置は4秒に一回超音波を発信する。水深受信器は複雑な機械構造で、各部の動作については判然としないが、その主要構成装置は以下の様な音響受信機、測定秒時計機構及び精密測定用の回転式光点投影装置である。 音響受信機は真空管UX-27、UY-24B、UY-24B、UX-27で構成される低周波増幅器で、高圧整流はKX-80である。回路図が不鮮明でハッキリしないが、増幅2段目は低周波発振回路を構成し、受信超音波とへテロダイン検波を行い、可聴音に変換していると考えられる。 測定秒時計機構はフォニックモーター(同期モーター)で駆動され、指示は装置中央の回転式「深度盤」により行う。深度盤の最大表示深度は3000mで、表示は各300mの10分割である。深度精密表示用として1回転300mの指針が装置され、指針1回転で深度盤は300m分(36°)回転する。 水中に於ける音速を1500m/秒と仮定すると、3000mを進む時間は2秒である。しかし、測深儀は反射波が到着する時間を計り深度を確定するため、その伝搬距離は二倍の6000mとなる。このため、秒時計機構は3000m表示の深度盤1回転(指針10回転)4秒の秒時計として動作する。 回転式光点投影装置は4秒で360°を回転する投光器で、光点は反射音受信時に変化する。本投光装置は水深受信器の上部に配置された横表示300m幅の測定用目盛板と共に、「深度尺」を構成する。深度尺は最大深度3000mの内、任意に選択された300m幅(回転幅36°)を精密測定するための指示計で、指針は背後に装置された光投影装置よりの光点である。 投光器が任意の300m範囲を深度尺内に光点表示すため、回転装置は機械式に10分割されており、深度盤の回転位置変更ハンドルを操作する事により、該当の300m幅を選択することが出来る。本設定により、この範囲で反射音を受信した場合、深度尺上を移動する投光器の光点が該当位置で変化し、その値を示唆する。深度測定 本測深装置は複雑で、その測定機構については必ずしも判然としない。しかし、構成装置や添付された簡単な取扱指示書より推察すると、測深はまず、反射音と深度を指示する秒時計機構により粗測定を行い、次に深度尺により精密測定を行う方式と考えられる。 測深儀を動作させると、深度盤の指針は電動機によりギア機構を介し4秒で10回転する。この間、3000m表示の深度盤は1回転し、超音波は4秒に1回発射される。 測定者は海底よりの反射音を受聴した瞬間に、深度盤及び指針の値を読み、大凡の深度値を得る。 精密測定は深度尺に表示される光点により行う。本測定では深度盤の回転位置変更ハンドルを操作し、聴音により確定した深度の、300m範囲が光点により深度尺上に表示されるように設定する。深度尺上では、移動する光点が反射音受信位置で変化し、該当数値を示唆する。測定者は光点変化位置の値と、深度盤の指示値を加算することにより、正確な深度を測定する事が出来る。写真補足 組写真@は今般入手した帝国海軍「90式2号測深儀2型改1周波数計」で、測定周波数範囲は11-20KHz(2バンド)である。 写真Aは東京海洋大学「東京海洋大学百周年記念資料館」が所蔵する海軍90式測深儀2型改1の主要構成機材である。中央が水深受信器、左上が遠隔水深表示計、右がトランスジューサー励振用の発振器である。 写真Bは水深受信器の内部に装置された回転式の光点投影装置で、本ライトは4秒で360°を回転する。 組写真Cはトランスジューサー励振用の発振器で、本機は火花放電式(衰減式)である。内部には間隔の異なる二基のスパークギャップ装置されている。 写真Dは90式測深儀2型改1の横に展示されているトランスジューサーで、直径は22cm、重量は大凡30Kgである。本機が90式測深儀2型改1に関連した物であるのかは不明である。また、構造が磁歪式であるのか、圧電式であるのかも不明である。