先般、陸軍「94式3号甲無線機」を構成する4号箱を入手した。本機は1934年(昭和9年)に実施された第三次制式制定作業に於いて兵器化された騎兵部隊用の近距離通信機材である。この時代の騎兵部隊は明治期のそれとは異なり、半自動車編成の偵察部隊であり、必要に応じ装甲車輌や軽戦車を使用して強行偵察を行った。 94式3号甲無線機の構成機材は専用の木箱4箱に収容され、通常は駄馬編成で運搬された。この内、4号箱には本機材を特徴付けていた馬上使用の53号C型受信機が、主無線装置の空中線材料他と併せ収容された。 当館は収納木箱入りの53号C型受信機を複数台所蔵しているが、本機を収容する4号箱は未収集であった。このため、今般の入手は誠に幸いであり、また、94式3号甲無線機に関わる未収集箱は3号箱のみとなった。94式3号甲無線機諸元用途: 騎兵部隊、師団通信隊、軍通信隊通信距離:80Km周波数: 送信400-5,700Hz、受信350-6,000KHz電波形式: 電信( A1)送信機: 出力10w、水晶又は主発振UY-510B受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段、中間周波1段、再生式検波、低周波増幅2段、(UF-134、UZ-135、UF-134、UF-109A、UZ-133D)中間周波数: 270KHz送信電源: 手回発電機受信電源: 乾電池B18型(22.5V)x4、平角3号(1.5V)、C-129(3V)主無線機空中線: 逆L型、柱高7m、線条20m、地線20m被覆線副受信機空中線: 竹製釣竿型、柱高3.6m、線条4m被覆線、地線: 2m被覆線運搬: 駄馬2頭開設撤収: 兵6名にて10-20分整備数: 650機副受信機: 53号C型 53号C型受信機 野戦通信部隊は、閉局し移動中は、対向通信所の呼び出しを受ける事が出来ない。このため、第一線通信部隊より、移動中馬上での待ち受け受信が可能な小型受信装置の導入要望が多くあり、53号C型受信機が開発された。本機は鞄型の受信機で、容積は凸部を除き17x22x8cmと小型で、装着はベルトによる肩掛式であり、空中線は鞍に設置する釣竿式である。53号C型受信機諸元運用周波数: 400-5,750KHz(5バンド) 受信機構成: オートダイン方式、高周波増幅一段(Uy-14M)、検波(Uy-11M)、低周波増幅二段構成(Uy-11M x2)電 源: 高圧22.5V(B-18型積層乾電池)、低圧線條用1.5V(平角1号)、バイアス用1.5V(C-21号型)空中線装置: 柱高3.6m釣竿式、被覆空中線4m、被覆地線2m 53号C型受信機装置概要 本受信機は上部パネルに簡単なアングルを付加した筐体を、弁当箱状のアルミ製外箱に収容した構造である。上部パネルには地線・空中線端子、検波段同調器、ヘテロジン調整器(再生・オートダイン検波調整)、電源スイッチ、受話器端子が装置されている。また、装置側面には差替式同調コイル、高周波部同調器、心線電圧調整器が配置されており、この部分は収容ケースの蓋を開け操作を行う構造である。 53号C型受信機は高感度で安定性も良く、受信機としては非常に優れていた。しかし、用兵側の要求により開発された経緯にも関わらず、運用面での使用価値は必ずしも大きくはなく、このため、1939年(昭和14年)度より不整備となった。 回路構成 53号C型受信機は高周波増幅一段、検波、低周波増幅二段のオートダイン方式で、構成真空管は空間電荷型の超小型管である。受信周波数は400-5,750KHzで、この周波数帯を差し替え式コイル5本により対応する。高周波増幅部は五極管Uy-14M一段、検波回路は四極管Uy-11Mで構成され、再生の帰還量調整は空間電荷格子の加圧電圧可変方式である。 構成真空管4本のソケットは電池管特有のハウリングを防ぐため、防振ソケットを使用している。特にこの現象が発生しやすい検波部は、スプリングで支えた緩衝台の上に、スポンジを介しソケットを取り付けるなどし、格別な配慮がなされている。 高周波増幅部及び検波部各段の同調回路は独立しており、同調操作は各可変式蓄電器により行う。但し、再生式受信機では、同調周波数は検波管の入力同調回路により決定される。 同調ダイアル機構はフリクション式で減速比は1:5、同調ノブで100度目盛りの円盤を回転させ、周波数は添付された周波数置換表により読み取る。 低周波増幅部はUy-11Mによる二段増幅構成で、各段は利得の向上を考慮したトランス結合方式であり、出力インピーダンスは大凡2KΩである。 本受信機の電源は乾電池構成で、受信機内部に装置される。高圧は空間電荷型真空管を使用しているため低く、22.5V(B-18型)で、低圧は線條用が1.5V(平角1号)、バイアス用が1.5V(C-21号型)である。 空中線装置は柱高が3.6mの釣り竿式で、空中線は4mの被覆線、地線は2mの被覆線で、空中線柱は馬の鞍に設置される。空間電荷型真空管についての補足 三極管は負電位をもった制御格子が陰極の近く配置される構造のため、陰極が放出した電子を陰極の方角に戻そうとする作用が強い。このため、増幅に必要な陽極電流を流すためには、陽極電圧を高くする必要がある。しかし、四極管、五極管構造の真空管の第一格子に一定の電圧を与え、第二格子を制御格子として使用すると陽極の電圧が10V程度でも十分な陽極電流を流すことが出来る。この様な構造の真空管を空間電荷格子真空管と云い、第一格子は空間電荷格子と呼ばれる。写真補足 組写真@は今般入手した94式3号甲無線機の4号箱である。上部に銘板が付いており、珍しく良品であった。 写真Aは4号箱の内部で、右側上部に53号C型受信機筺が収容される。他3箇所の収容部には空中線材料等が収容され、当初より引き出しは装備されていない。 写真Bは収容筺に収納した53号C型受信機で、ベルトは本受信機の肩掛け用である。操作部は前面パネル右側より左に、同調器、再生調整器、周波数同調微調整器、電源開閉器、受話器端子である。 写真Cは53号C型受信機の右側面で、左が受信線輪、中央が高周増幅部同調器、右が心線電圧調整器である。