明治・大正期、帝国陸海軍は輸入外国製無線機材を制式化(兵器化)し、併せそれらの国産化に努めた。大正末期に実施された陸軍の第二次制式制定作業に於いては、陸軍電信調査委員会・常任委員会は師団通信隊用機材の開発に際し、その手本をフランス陸軍のE-10型無線機に求め、「15年式3号無線電信機」を開発した。 当館は帝国陸海軍に関わる無線機材と共に、これら手本となった外国製機材についても併せ資料の収集を進めているが、フランスの軍用無線機については資料の入手先が無く、対応が後回しになっていた。しかし、最近facebookで知己を得たオランダ人John Thorn Leeson氏に資料の収集を依頼したところ、先日下記web「Radio-communicatie-rond-wo1」の紹介を頂いた。本webは第一次大戦期の欧州各国に関わる無線通信機器を網羅したもので、その中にはE-10型無線機も含まれており、漸く本機の構成回路を知ることが出来た。 本件に関わり、John Thorn Leeson氏のご協力に、心より感謝を申し上げる。 http://docplayer.nl/13526572-Radio-communicatie-rond-wo1.html 上記webの第49項に、E-10型無線機の写真及び構成回路が掲示されている。資料、回路図から推察されるE-10型の諸元は大凡以下の様な物で、当然の事として、その基本回路は「15年式3号無線電信機」に類似してる。 なお、両機の大きな相違は、E-10型の発振回路が三極管3本の並列使用であるのに対し、3号無線電信機は4本の並列構成になっている事である。E-10型無線機諸元用途: 航空部隊、砲撃部隊、戦車部隊運用長波: 400-1000m(300-750KHz)送信回路: 自励発振・直接輻射、三極管3本並列使用送信出力: 4W受信機: オートダイン方式、高周波増幅無し・検波・低周波増幅2段(0-V-2構成)、三極管3本電波形式: 電信、電話電源: 回転式直流変圧器、蓄電池、受信機高圧用乾電池 フランス陸軍E-10型無線機に関連し、以下に帝国陸軍の第一次、二次制式化作業の経緯及び、「15年式3号無線電信機」の概要について掲示した。また、補足写真、資料を以下のfacebook「旧日本軍無線機etc.」に掲載した。 https://www.facebook.com/groups/1687374128228449/帝国陸軍に於ける無線電信機の開発 第1次制式制定 帝国陸軍に於ける無線技術の研究は日露戦争後まもなくして、陸軍技術本部の前身である陸軍技術審査部の電気課で始められた。1910年(明治43年)になると、中野に駐屯した電信隊構内に、無線兵器に関わる企画・研究審査機関として電信調査委員会が設置された。 1911年(明治44年)、電信調査委員会・常務委員会はドイツのテレフンケン社から繋馬車載式の火花式移動無線機を購入し、具体的研究に着手した。当時野戦軍の編成は軍司令部、各師団、直轄の騎兵旅団及び砲兵旅団等で、各部隊間の通信は有線により行われ、構成も簡単なものであった。通信系中最も困難なものは、軍から離れて偵察・戦闘を行う騎兵旅団との連絡で、このため、軍司令部と騎兵旅団との連絡用無線機材の開発が最も重要な研究課題であった。 しかし、購入したテレフンケン社製の移動式無線電信機は鈍重であり、この要求は当初より満たすことができなかった。このため、常務委員会は研究対象を二つに分け、騎兵部隊用機材を甲種移動式、その他を乙種移動式として研究審査を行ったが、当時の技術では甲種機材の開発は困難であり、1913年(大正2年)に軍通信隊用の一般機材として、乙種のみが「乙種移動無線電信機」として制式化された。 「乙種移動無線電信機」は制式化と共に国産化が開始され、大正末期に至るまで生産が続けられたが、本機は空中線装置が大掛かりで構造も複雑なため、設置、撤収に時間を要し、また、信頼性も芳しくないものであった。 野戦用機材の制式化作業と平行して、揺籃期にあった航空部隊用無線機材の研究も併せ行われた。構成機材は小型の火花式送信機で、運用は航空機より地上に対する一方向通信であり、地上機材は鉱石式受信機であった。本式の無線装置は偵察機や砲兵隊の着弾観測機に実験的に搭載されたが、兵器としての実用には程遠く、このため、第1次制式制定作業に於いては審査の対象にならなかった。 第2次制式制定 第1次大戦中に実用化された真空管は無線技術の画期的進歩を促し、軍用無線機の小型化が一気に進み、航空機の領域でも無線通信が実用化される状況が出現した。しかし、第二次制式化作業に際しても、依然として、我が国の独自技術では野戦用の実用的無線機材を開発することは難しく、このため、常務委員会は英国マルコニー社製のYC2型及び、フランス陸軍のE-13型、E-10型無線機を購入し研究を進めた。その後、これら無線電信機の波長及び仕様の一部を変更した機材を相当数輸入し、1927年(昭和2年)に15年式、87式無線電信機として各種が制式化され、以降国産化が進められた。 これらの内、軍通信隊用機材については、YC2型の波長及び仕様の一部を変更した輸入機材を「15年式1号無線電信機」として制式化した。1号無線電信機は入力500Wの高出力送信機により構成されたが、当時の我が国の技術では構成真空管を含め開発は不可能であった。また、師団通信隊用としてはE-10型の模倣機材を開発し、これを「15年式3号無線電信機」として制式化した。 同時期、航空機の急速な発達に伴い、航空部隊用無線機材の研究開発が緊急の課題となった。しかし、研究審査に充てる十分な時間的余裕が無かったため、英国マルコニー社製の航空機用無線機及び対空用機材を制式化することを決定し、これらは87式、88式無線電信機として制定された。 この時代、我が国の主要軍用無線機は自国技術が未成熟のため、外国製品の輸入、模倣による国産化に頼った。しかし、機材に装置される部品や真空管は国産化が進められるなどし、本分野に於ける国内産業の勃興が始まった。 15年式、87式及び88式無線電信機は1931年(昭和6)に勃発した満州事変に於いて、始めて実戦に投入され、その有効性を示した。しかし、当時既に後継機材となる94式各型の研究が進んでおり、その多くが応急整備を施され、運用試験を兼ね実戦に投入された。15年式、87式、88式機材に比べ、次期制式化予定機材の性能、使い勝手は突出しており、このため、以後既設無線電信機に代え、後継予定機材の導入が急速に進んだ。「15年式3号無線電信機」装置概要 本機はフランス陸軍の制式機材E-10型を参考に開発された師団通信隊用の無線電信機である。当然の事として回路構成はE-10型に類似しているが、その構造は全く異なった物として完成した。 電信機は送信機、受信機、送信機用直流回転式変圧器及び蓄電池、波長計、空中線装置及び、蓄電池充電用の87式無線電信充電機等により構成されている。送信機と受信機は同一の通信機箱内に装置され、中央に送受信機を構成する真空管7本が配置され、左に受信機同調部が、右に送信機同調部が設置された構造で、両機は分離して運用することは出来ない。 筐体の容積は46x70x24cmで重量は約43kg、送信用蓄電池の容積は35x70x20cmで重量は44Kg、 発動発電機式充電機の重量は42kgであり、運搬は発電装置を除き駄馬2頭に積載して行う。また、無線装置の設置、撤収は兵7名により行う。 15年式3号無線電信機諸元用途: 師団通信隊用通信距離:30Km運用波長: 送信500-900m(330-600KHz)、受信400-1,000m(300-750KHz)電波型式: 電信(A1)送信出力: 約6W送信機: 自励発振・直接輻射、1号型真空管4本並列使用受信機: オートダイン方式、高周波増幅無し・検波・低周波増幅2段(0-V-2構成)、1号型真空管3本送信電源: 12V/60AH蓄電池及び回転式直流変圧器(出力320V/80mA)受信電源: 6V蓄電池、40V乾電池空中線: 逆L型、柱高6m、水平長25m、地網2枚運搬: 駄馬2頭駄載整備数: 不明送信装置 本送信機は自励発振・直接輻射方式で、運用波長は500-900m(330-600KHz)、送信回路は陽極接地型ハートレー発振回路に空中線同調回路及び地線回路を付加した構成である。発振は国産の1号型3極管4本の並列使用で、陽極電圧は320V、送信出力は約6Wであり、電鍵操作は高圧回路のマイナス側接断方式である。 装置は同調コイル、可変式同調用蓄電器、可変式空中線同調コイル、空中線同調確認用高周波電流計等により構成され、使用波長帯の変更は可変蓄電器に固定蓄電器を並列接続して行う。 空中線同調回路は可変式空中線同調線輪により構成される接地型空中線方式で、同調は1/4波長の電流給電方式と考えられ、地線回路には同調確認用の0.5A熱電対型高周波電流計が装置されている。空中線装装置 15年式3号無線電信機を構成する空中線は逆L型で、展開空中線の柱高は6m、水平長は25mで、地線を構成する地網は2枚である。 送信調整 陸軍「通信隊無線電信教育規定」によると、本機の調整は以下の様にして行う。 まず、送信に電源、空中線装置を接続し装置を送信待機状態とし、空中線と空中線端子の間に波長計を接続する。添付の波長表により、可変蓄電器及び空中線延長線輪を使用波長の位置に設定する。次に電源電圧を加圧し、電鍵を閉じ空中線電流計により発振の有無を確認する。次に空中線電流計の指示が最大となるように延長線輪、芯線電圧計を調整する。空中線電流は状況により0.2-0.4A程度となる。発振波を波長計により測定し、所要の波長を得るように可変蓄電器、空中線延長線輪を調整する。受信装置 15年式3号無線電信機を構成する受信機は、高周波増幅無し、再生式格子検波、低周波増幅2段のオートダイン方式で、装備真空管は国産の1号型三本であり、運用波長は400-1,000m(300-750KHz)である。 空中線同調回路の一次側は、同調コイルと可変蓄電器により構成される直列共振回路方式である。二次側は同じく同調コイルと可変蓄電器により構成される並列共振回路構成で、波長帯の切替えは、一次側、二次側コイルのタップ切替えにより行う。 検波管の格子、陽極回路は二次側同調コイルと可変式交感コイにより結合され、オートダイン検波に必要な再生回路を構成している。 検波出力は変圧器結合方式の低周波増幅回路により二段増幅され、受話器に出力される。 なお、本受信機の同調は2次同調回路を先に行い、次に1次側を操作し空中線回路の同調を行う。波長計 15年式3号無線電信機は送受信機の周波数較正用として波長計を装備している。本波長計は同調を行う可変式同調コイル及び固定蓄電器、送信同調確認用の小型ランプ、ブザー回路を構成するブザー及び乾電池により構成されている。本器の基本回路は吸収形波長計であるが、切り替えにより、簡易信号発生器としても動作する。・送信波長の測定 回路を吸収型波長計として動作させ、同調波長をランプ表示により測定する。本器は測定波の電力が小さいため、予め乾電池でランプを点灯させ、同調時に加圧される高周波電流により発光を変化させ、測定を行う構成である。・受信波長の測定 回路切り替えにより、吸収形波長計回路にブザーを直列に挿入し、B電波を信号源とする簡易な信号発生器として動作させる。同調回路により抽出される雑音信号を受信機に入力し、受信波長を測定する。電源装置 15年式3号無線電信機の送信機電源装置は入力直流12Vの回転式直流変圧器及び12V/60AHの蓄電池により構成され、変圧器出力は320V/80mAである。また、受信機の電源は低圧が6Vの蓄電池、高圧が40Vの乾電池構成である。 充電装置 送信機・受信機用蓄電池は常時担務要員により規定電圧に充電、整備されるが、野戦使用の場合は87式無線電信充電機により充電される。本充電装置は1馬力単気筒4サイクルの発動機、30V/300Wの直流発電機及び配電盤により構成され、運用・整備は専従の充電班により行われる。写真補足 掲示組写真@がフランス陸軍の制式化機材であるE-10型無線機である。前面左側が受信機操作部、右が送信機操作部で、構成真空管6本は上部木製前蓋の内側に装置されている。 写真AがE-10型の回路構成図である。作図記号が我が国のそれと異なり難解に見えるが、当然の事として構成は15年式3号無線電信機に類似している。 組写真Bは15年式3号無線電信機である。送受信装置左が受信機操作部で中央の真空管3本が受信管、右が送信機操作部、送信管4本は受信管の背後に装置されており確認できない。開いた前蓋に電鍵が装置されている。 写真Cは15年式3号無線電信機の回路構成図で、左が受信機、右が送信機である。送信機の構成管は4本であるが図面では1本に省略されている。当然の事として構成はE-10型に類似している。