先般、国内のNet Auctionに帝国海軍の「移動用超短波無線電話機・送信機電源」なる機材が出品された。事務局は当該無線電話機を之まで確認した事がなく、誠に驚いたが、電源の構造から、本機は陸上用の半固定機材と考えられた。出品電源は戦後高周波ミシン等の発振器に改造されたと考えられるが、内部には原型の変圧器も残り、また、前面パネルの左半分は原状を留めていた。 「移動用超短波無線電話機」は事務局が初めて確認する機材であり、このため、本機の知識や資料は持ち合わせず、当該無線電話機がどのような装置であったのかは判然としない。しかし、装置された高圧用トランスは構造から、1,000V以上の高電圧発生用と推察され、送信機本体は1933年(昭和8年)に導入された艦艇用の「93式超短波送話機」に類似し、また、その運用は陸上半固定式であると考えられた。 このため、以下では帝国海軍の超短波用無線電話機材の開発について概観し、併せ「移動用超短波無線電話機」が如何様な装置であったのかを考えてみた。 なお、補足資料として追加写真他を下記facebook「旧日本軍無線機etc.」に掲示した。 https://www.facebook.com/groups/1687374128228449/超短波無線電話機の開発 大正の後半になると、帝国海軍に於ける送信管の開発、製造が軌道に乗り、以前より艦隊側の要望が大きかった砲戦用通信装置として、中波帯を使用した中1号、2号無線電話機が開発された。以降、無線電話機に対する要望は戦隊に迄拡大し、艦隊用の隊内無線電話装置の開発が必要となった。しかし、既設の1号、2号無線電話機は調整が複雑で、また、運用周波数が長波帯のため、秘匿性(遠達)に問題があり、次期無線電話機の開発では、取扱と併せ、非遠達性を考慮する必要があった。 1929年(昭和4年)、海軍技術研究所は非遠達周波数である超短波帯の研究を目的として、「超短波帯携帯用同時無線電話機」の試作を行い、良好な成績を収めた。本装置は45-60MHzを使用した出力1Wの自励式送信機、超再生式受信及び、全長2mの金属パイプ式空中線により構成され、4-7Kmの通話が可能であった。技術研究所はこの無線装置を参考に隊内無線電話機の開発を進め、1930年(昭和5年)に、90式無線電話機を完成させた。 90式無線電話機は艦隊側の好評を得たが、通話距離が短く、また、周波数の安定や、音質に問題があった。1933年(昭和8年)になると、主に通信距離の拡大を考慮した送信出力50Wの「93式超短波送話機」及び「93式超短波受話機」が開発され、暫時90式無線電話機より、本機材への換装が進められた。 しかし、93式無線電話装置は通達距離を除き、90式無線電話機と比べ然したる特徴はなく、また、重要な周波数安定の問題も解決されたわけではなかった。このため、1941年(昭和16年)になり、スーパーヘテロダイン方式の本格的なVHF機材である「1式超短波無線電話機・受話機」が開発され、1943年(昭和18年)には対応送信機として「3式超短波6号送話機」が試作された。 「3式超短波6号送話機」は出力が60Wの水晶制御式送信機であったが、この時期になると戦局の悪化により、電波兵器の開発に物資、人材が投入され、艦隊用無線電話機を考慮する余裕は無くなっていた。このため、「3式超短波6号送話機」の生産予定は放置され、本機が「1式超短波無線電話機・受話機」と併せ、実戦配備される事は無かった。 なお、上記の経緯により、艦隊は90式、93式無線電話装置で先の大戦を戦ったが、戦争後期になると、一部では既設の無線電話機と併せ、航空部隊用のVHF編隊内通話機材であ「1式空3号隊内無線電話機」を流用した。「90式無線電話機」(改2)装置概要 本無線電話装置は送信機、受信機、電源及び空中線装置により構成された。送信機と受信機は個別の金属製ケースに収容された構造で、特に送信機は艦橋外部やマスト中部等空中線の近くに、露出した状態で設置されるため、水密構造となっていた。 送信機は三極管UX-112Aによる自励発振、陽極変調(ハイシング変調)方式で、送信出力は2W、運用波形は変調電信(A2)及び電話(A3)である。運用周波数は32-53MHzで、この周波数帯を差替式コイル6本で対応する。 受信機は超再生方式で、構成は超再生検波、低周波増幅二段方式であり、受信周波数は32-53MHzで、この周波数帯を差替式コイル6本で受信する。検波回路は三極管UX-99による格子検波方式で、超再生状態を誘起させる修調回路(クエンチング周波数発生回路)は独立した他励式である。 電源装置は蓄電池により構成され、送信機用は高圧が150V、低圧が6V、受信機用は高圧が50V、低圧が6Vである。90式無線電話機改2諸元用途: 艦隊内通信通信距離: 電話10Km運用周波数: 送信7-50MHz、受信32-50MHz電波形式: 変調電信(A2)、電話(A3)送信出力: 2W送信機: 自励発振UX-112A、A2(ブザー)・A3変調UX-112A受信機: 超再生方式、検波UX-99、修調発振UX-201A、低周波増幅2段UX-201A x2送信電源: 蓄電池、高圧150V、低圧6V受信電源: 蓄電池、高圧50V、低圧6V空中線: 送信機、受信機各2m金属パイプ海軍93式超短波無線装置概要 本無線電話機は1930年(昭和5年)に導入された艦隊内通話用機材である90式無線電話機の後継機で、「93式超短波送話機」及び「93式超短波受話機」により構成された。 送話機の運用周波数は30-77MHzで、送信出力波は約50W、通達距離は90式の10Kmに比べ、50-70Kmに拡大された。発振回路は三極管UX-852を使用した自励発振方式で、変調はUX-852による陽極変調(ハイシング変調)方式であり、加圧陽極電圧は2,000Vである。併せ、音声増幅用として三極管UX-202A及び、三極管UY-56によるA2変調用の音叉発振回路を備えていた。 受話機は超再生方式で、運用周波数は31-78MHzである。構成は他励式の超再生検波、低周波増幅二段方式で、90式無線電話機の受信機に相似するが、検波回路は三極管UX-99二本によるP.P.構成である。 なお、「93式超短波送話機」は海軍技術研究所が1941年(昭和16年)の末に完成させた海軍レーダーの1号機である「仮称1号電波探信儀1型」の開発に際し、その実験用送信機に転用された機材と考えられる。93式超短波送話機諸元用途: 艦艇用運用周波数: 30-77MHz電波形式: 電話(A3)、変調電信(A2)通達距離: A3-50Km、A2-70Km回路構成: 自励発振UX-852、陽極変調(ハイシング変調)UX-852、音声増幅UX-202A、A2用音叉発振UY-56電源: 高圧2,000V、500V、200V、15V空中線装置: ダイポール型、平行二線引込式93式超短波受話機諸元運用周波数: 31-78MHz回路構成: 超再生検波UX-99二本(P.P.)構成、修調発振UX-201A、低周波増幅1段UY-224、低周波増幅2段UY-247電源: 250V、6V蓄電池空中線装置: ダイポール型、平行二線引込式「移動用超短波無線電話機」 上記の様、帝国海軍の艦艇用VHF電話機材は、大戦以前にあっては、送信機は自励発振方式、受信機は超再生方式が定番であった。このため、「移動用超短波無線電話機」もまた似た構成で、特に送信機は電源の構造から、送信管に高電圧を加圧する「93式超短波送話機」に類似した装置であった事が推測される。しかし、出品電源の写真から判断して、93式と同等の送信機用としては電源が若干貧弱で、このため、送信出力は10-20W程度であり、装置も小型であったと考えられる。 今般出品された電源の改造者は、この電源の高圧を利用し、高周波ミシン等の自励式VHF発振器を組み込んだものと考えられる。 一方、受信機については殆ど選択の余地が無く、構成は他励式の超再生検波方式であったはずである。また、本機は移動機である事から、送信機と同様に受信機も小型化を考慮し、構成は90式無線電話機に相似していたと考えられる。 なお、当該電源に取り付けられた銘板の機材番号が「1」である事や、関連機材が之まで確認されなかった事及び、運用目的を考慮すると、「移動用超短波無線電話機」は極僅かの限定生産であったと推察される。写真補足 掲示組写真@Aは今般Yahoo auctionに出品された海軍移動用超短波無線電話機の送信機電源である。前面パネル左側は原状を維持し、内部には戦後、VHF発振回路が組み込まれたと考えられ同調コイルが装置されている。左側の高圧用トランスは原装備品と考えられ、絶縁碍子の構造より、出力は1,000V以上の高圧が推測される。 掲示資料Bは93式超短波送話機でかなりの大型である。移動用超短波無線電話機の送信機は、本機材を小型にしたような構造であったと考えられる。 掲示資料Cは「93式超短波受話機」で、その構造は検波回路を除き、90式無線電話機を構成した受信機に相似している。