先般、当館が所蔵する陸軍型、海軍型水晶片の分類整理を行った。この折り、発振不良品であっ陸軍の3号型水晶片を分解し内部構造を確認してみた。本水晶発振子は、陸軍の第三次制式制定作業に於ける研究審査の過程で開発されたと考えられるが、94式以降も大戦終了まで、野戦、車両用無線機材に多用され、陸軍の代表的水晶発振子となった。このため、以下にその開発に関わる経緯及び、構造の若干を掲示した。陸軍第3次制式制定と水晶発振子 水晶はロツセル塩と同一の圧電素子で、圧力を加えれば電荷が発生し、電荷を加えれば震動が発生するが、この現象はエピゾン効果として説明されている。帝国陸海軍はこの効果を応用した水晶振動子を送信装置他に多用し、発振周波数の安定に努めた。 特に陸軍は1931年(昭和6年)より本格化した第三次制式制定機材(後の94式・96式)の研究審査に際しては、運用周波数は100〜60,000KHzを使用し、送信機は超短波帯を除き水晶制御方式とする事を決定した。当時水晶発振子を製造する原石はブラジルより輸入していたが、戦略物質である水晶を外国に依存する事は、国軍自立の観点からして大いに問題があった。しかし、陸軍は大英断により、運用の簡素化と、安定した通信を確立するため、水晶発振子の利用を選択した。このため、大戦末期には貯蔵水晶原石の枯渇に直面したが、水晶発振子を装備した無線装置は、最前線の可搬式小型機に至るまで、其の動作は極めて安定したものであり、同時代の各国軍用無線機との違いを際立たせた。水晶発振子と温度係数 1920年(大正9年)の後半より短波帯に於ける商業通信が盛んになり、発振周波数の安定度について国際的な取り決めが必要な状況となった。このため、1932年(昭和7年)になり、国際電気通信条約により、その偏差値は2× 10-4(10のマイナス4乗)以下に確定したが、この時期、短波帯の発振用水晶片にはX板の厚み振動子を使うことが一般的であった。 水晶発振子の周波数変動要因は周囲の温度だけであるが、X板の温度係数は-2× 10-5もあった。また、GEのエリスが1926年(大正15年)に開発したY板は発振が容易で好評であったが、温度係数はさらに大きく+8× 10-5であった。何れの水晶片も温度が10℃ 変わると国際通信条約の許容値を越えてしまうため、当時発振子は一定の温度を維持する恒温槽に収容され使用される事が多かった。このため、温度特性に優れた水晶振動子の研究が世界各国で進められることになった。 Xカットの水晶は温度を上げると周波数がマイナス方向に動き、Yカットの水晶振動子はプラス方向に動き、その温度係数は逆特性である。このため、温度特性に優れた水晶振動子については、X板とY板の中間であるZ軸の周囲に於いて、ある回転角度の板でゼロ温度係数が得られるのではないかと考えられ、世界各国で研究が行われたが、結局この探索が成功することはなかった。古賀厚み振動理論とRカットの発見 当時我が国に於ける水晶発振子の研究は、東京工業大学の古賀逸策が、Y板がX板よりはるかに低い周波数で発振する事に着目し、その振動のメカニズムについて研究を進めていた。1932年になり、古賀は厚み振動の一般理論を纏め発表したが、この理論により、任意の角度で切り出した水晶板の、厚み振動の共振周波数が計算できるようになった。このため、厚み振動の系統的研究が飛躍的に進展することになり、温度特性の良い振動子の研究は更に促進された。 古賀の厚み振動理論により、Y板をX軸のまわりに回転した回転Y板では、X軸に平行な「厚みすべり振動」のみが圧電的に励振されることが判明した。このため、古賀は助手の高木昇と共同し、回転Y板の特性調査を行い、R面、R′ 面に平行な板では温度特性がY板の1/4に改善されることを発見し、これをR板、R′ 板と名付けた。また、更なる調査により、X軸に平行でZ軸から35°15′近辺に温度係数が零となる切断角度を発見し、これをR1板と名付け、温度の変化により発振周波数が殆ど影響を受けない「Rカット」による水晶発振子の開発に成功した。現在AT板と呼ばれるカットが、古賀が発見したこのRカットである。3号型水晶発振片 本水晶片の外筺はモールド製で、容積は37x 15 x 32mmであり、両側面には発振出力用の金属片が装置され、水晶片受け口にスライドさせ装着する構造である。3号型水晶片は密封式で、当時の一般的水晶片とは異なり、分解することは出来ない。 3号型水晶片とRカット 1931年(昭和6年)、陸軍通信学校研究部は第三次制式制定に向けた次期機材の研究審査に着手し、超短波帯以下の送信機(受信機)には水晶発振子の使用を決定した。このため、後に3号型水晶片として製品化される発振子の構造は、この時期に決定されたと考えられる。しかし、当時水晶振動子は、水晶のY軸に平行してカットするXカット板が一般的で、当初研究部は本式の水晶板を念頭に発振回路の設計を行ったと考えられる。 翌1932年(昭和7年)、東京工業大学の古賀逸策教授がRカットを発見した。本カットとはX軸に平行で、Z軸から35°15′近辺に位置する温度係数が殆ど零となる切断角度で、発振周波数が周囲の温度による影響を殆ど受けない。この発見を受け、陸軍は明電舎に本カットの水晶片の開発を依頼し、3号型水晶振片として完成した。 3号水晶片の問題点 本水晶片の発振は非常に安定していたが、暫く使用しないと発振不良を起こす欠陥があった。水晶片の表面には「発振不良ノ時ハ机上ニ軽打スルコト」と表記されており、3号型水晶振動子の発振不良が恒常的で有った事が伺える。事実、当館が大変お世話になり、陸軍第25軍軍通信隊で分隊長を務められた故柿沼由三殿は「3号型水晶は暫く使わないと発振をしなくなる事があり、水晶に表示の如く、物に軽く打ちつけ、動作を回復させた」と話されておられた。しかし、この発振不良はRカット等の水晶板自体の問題ではなく、水晶片の構造に起因する物であり、主原因は水晶板と接合金属部の接触不良によるものであった。陸軍3号型水晶片内部構造 本水晶振動片の内部構造を掲示するため、発振不良品を分解してみた。3号型水晶片は二枚の接触金具で挟んだ水晶板を絹テープで巻き、ベークライト製の内筺に入れ、之を外筺に納め、発振出力金物が取り付けられた蓋を、両側面に貼り付けた構造である。 水晶接触金具より出力された接線二本は、外筺両側面の発振出力金物に半田付けされており、分解は先ずこの半田を取り外す。次に尿素系接着剤で固定された左右の蓋を取り外すと、外筺より内筺を押し出すことが出来る。 内筺には、コルク板二枚が水晶発振部を挟み込み収容されている。水晶発振部はアルミ合金と考えられる金具二枚が水晶板を挟み、その外周を絹製のテープで3回ほど巻き、接着剤で固定している。水晶板及び接触金具の大きさは20x20mmで、金属の厚さは1.5mmである。水晶板を挟む金具の接触側は内部が円周に極浅く削られ、残った四隅で水晶板を挟み込む構造である。この接触金具の片隅には砲金が埋め込まれ、外側よりこの部分に接線が半田付けされている。 内部構造と発振不良 前述の如く3号型水晶片には「発振不良ノ時ハ机上ニ軽打スルコト」と表記されており、本水晶振動子の発振不良は頻繁に発生したと考えられる。 さて、3号型水晶片の水晶板は接触金具二枚により挟まれ、絹テープで固定されている。しかし、構造からして、当初よりテープによる圧着効果が大きいとは考えられない。また、構造的に本水晶片の内部は湿気やすく、接触金具と水晶の圧着は容易に弛緩したと推測される。一方、水晶発振子部は上下二枚のコルク板に挟まれ内筺に納められているが、この板は緩衝目的で、スプリング等とは異なり、発振部の継続的圧着力には欠けていたと考えられる。 上記により、3号型水晶片は水晶板と接触金属の圧着が不十分で、暫く使用しないと接触部が酸化し、結果、発振不良が発生し、軽くショックを与えると酸化皮膜は破れ、発振可能な状態に復帰したと考えられる。若干の追記 3号型水晶片は発振不良の問題を抱えるも、開発以降終戦に至まで、何ら改善される事なく使用され続けた。本問題の解決は比較的容易であったと考えるが、軍の官僚的体質がそれを阻んだものと推察され、誠に由々しき怠慢である。 ところで、今般分解した水晶片は発振不良品であるがが、原因はアルミ合金製接触金具の接触面側がサビ、水晶板と接触した事によるものであった。これは湿気防止不良及び、使用金属の選定間違による構造的欠陥と考えられるが、特に高温多湿な南方では、この様な原因よる発振不良も多く発生したと考えられる。写真補足 掲示組写真@は明電舎製の陸軍3号型水晶片である。紙製収容ケースには「古賀Rカット式水晶振動子」と表記されている。水晶片の両側面に装置された金物が発振出力端子である。 写真Aは水晶片内部で、水晶片ケースより取り出した内筺に水晶発振部が収容されている。コルク板は発振部の上面、下面に装置され発振部を固定する。二枚の接触金具が水晶板を挟み、これを絹テープでバインドしている。「6500」は発振周波数6500KHzを表している。 写真Bは3号型水晶片を分解した状態である。磨りガラス状の角板が水晶板で、これを両隣のアルミ合金製板で挟み、絹テープでバインドし発振部を構成する。 写真Cは天然水晶に於ける振動子のカット形態である。Z軸から35°15′に位置する板がR板で、現在のATカット板である。