先般、大戦期の米国海軍携帯式無線電話機TBY-8/ CRI-43044及び、陸軍の野戦用無線電話機SCR-194/BC-222を入手した。CRI-43044の入手先は国内のNet Auctionで, BC-222は米国のebay Auctionであるが、共に価格は妥当で、程度も良好であった。購入は何れも無線機本体のみで、送受話器や空中線等のアクセサリー類は付属していない。 ところで、当館は旧軍無線機材の編纂作業を進めているが、この中で、帝国陸軍の94式6号無線機や、海軍の97式軽便無線電話機等の携帯式簡易無線電話機と併せ、各国の類似機材についても「簡易無線電話機の系譜」として纏めたいと考えている。このため、今般入手した両機も、本作業に向けた資料収集の一環である。 先の大戦に於いて、米国は短波機材であるSCR-563-A/BC-611や、VHF帯を使用したFM機材SCR-300/BC-1000等の高性能携帯式無線電話機を導入し、本分野で大発展を遂げた。しかし、これは大量生産、大量消費が可能な経済大国、米国が故に実現出来たものであり、他の諸国に於いては我が国と同様に、簡易型無線電話機が大戦終了まで生産され、使用され続けた。 なお、関連写真、資料をfacebook「旧日本軍無線機etc.」に掲示した。https://www.facebook.com/groups/1687374128228449/permalink/1887982738167586/簡易型無線電話機 本式の無線装置は帝国陸軍の94式6号無線機や米国陸軍のBC-222に代表されるが如く、運用周波数にVHF帯(一部セミVHF)を使用し、装置は受信が超再生検波、送信は自励発振方式で、構成真空管は1〜数本である。また、簡易型無線電話機は通常発振部と検波部が兼用であり、変調部は受信部の低周波増幅回路を兼ねている。何れの装置も送信出力は0.5-1w程度で、対向との通信距離は装備空中線で0.5-2Km程度である。 本式の無線装置は回路構成が簡単で製造が容易なため、当時の我が国の様に、予算が十分でない国の軍隊には好ましい機材であった。しかし、動作が不安定で、また、受信回路よりの輻射により、同一場所で複数の機材を運用することが難しい等々、多くの欠点もあった。 なお、1960年代の後半、我が国のアマチュア無線家の間で流行った双三極管3A5一本による50MHz帯のトランシーバーは、本簡易無線電話機の典型である。各国の簡易無線電話機材概観米国陸軍SCR-194/BC-222 SCR-194は1930年代の後半に開発された米国陸軍の歩兵用携帯式無線電話装置で、兵1名が背負い移動しての運用が可能であった。装置は無線機BC-222、乾電池BA-32、ロッド伸縮式空中線AN-29、送話器T-24-E、受話器HS-22-B及び、移動用キャンバスバッグBG-71等により構成され、運用周波数は27.7-52.2MHzで、構成真空管は二本である。 BC-222は帝国陸軍の94式6号無線機に類似する簡易無線電話機で、高周波部は三極管VT-67(30)、低周波部は五極管VT-33(33)の二本により構成されている。送信時、高周波部は自励発振回路、低周波部は陽極変調回路として動作し、また、受信時は高周波部が超再生検波、低周波部が低周波増幅回路として機能する。本式では発振・検波回路が兼用のため、送受信周波数は同一となる。 BC-222の運用周波数は27.7-52.2MHzであるが、この周波数帯を差替え式コイル2本で対応する。同調ダイアルは周波数表示方式ではなくチャンネル(CH)表記方式で、全周波数帯を62CHに分割している。このため、各CHの間隔は400KHzで、CH-1は27.70MHz、CH-62は52.10MHzとなる。 なお、本機の運用形態はプレストーク方式である。SCR-194/BC-222緒元用途: 歩兵用通信距離: 約1.5km運用周波数(送受信同一): 27.7-52.2MHz(2バンド)構成真空管(送受兼用): VT-67(30)、VT-33(33)送信構成: 発振/三極管VT-67、電話(A3)出力0.5w、陽極変調(ハイシング変調)/五極管VT-33受信構成: 超再生検波VT-67、低周波増幅VT-33電源: BA-32型乾電池(3V、145V)、空中線: AN-29-B(約2m伸縮ロッド式)米国海軍TBY-8/ CRI-43044 TBYは1930年代の後半に開発された米国海軍の携帯式無線電話装置で、陸戦隊や艦隊等海軍各部署で広義に使用された。装置は無線機CRI-43044、ロッド伸縮式空中線CWN-66087又は66087-S、電鍵CRH-26013A、送受話器CTE--51022、専用電池CNC-190188及び移動用キャンバスバッグCSS-10039B他により構成され、運用周波数は28-80MHzである。本機は簡易機材ながら送信発振部と受信検波部が独立した構造のため、構成真空管は7本と多い。 CRI-43044は自励発振・直接輻射方式の送信部、高周波増幅回路付超再生検波部及び、送信時の変調回路、受信時の低周波増幅回路を兼用する低周波部により構成されている。本機の高周波回路は送受信部が独立した構成で、運用周波数28-80MHzをターレット式同調コイル切替機構により4バンドで運用する。 本機の同調ダイアルは周波数表示方式ではなく、SCR-194と同様にCH表記方式である。全周波数帯は131CHに分割され、このため、各CHの間隔は400KHzである。無線機の筐体上部にはCHと周波数の対比表が装置されており、必要に応じ運用周波数を確認する事が出来る。 TBYは兵一名が背負い移動しての運用が可能であるが、通常は半固定式で運用する事が多かった。本機は大戦終了まで使用されたため、開発以降多くの改良が施され、各型が生産されたが、各機の基本回路構成に然したる違いは無い。 なお、本機の運用形態は電話がプレストーク、変調電信はブレークイン方式である。TBY-8/ CRI-43044緒元用途: 海軍陸戦隊用通信距離: 約1.5km電波形式: 変調電信(A2)、電話(A3)送信出力: 0.5W運用周波数: 28-80MHz(4バンド)送信構成: 発振/三極管958A(P.P.構成)、陽極変調/双五極管1E7G(五極部.P.P構成)、音声増幅・低周波発振/三極管30受信構成: 高周波増幅/五極管959、超再生検波958A、低周波増幅1段30、低周波増幅2段1E7G(五極部.P.P構成)、較正用水晶発振30電源: CNC-19018B型乾電池(156V、3V、1.5V、-7.5V)空中線: ロッド型、2.7m10段繋総重量: 約13Kg英国陸軍WS-17 WS-17は1941年に導入されたサーチライト管制用の簡易無線電話装置で、管制司令部と運用部門との指令通信に使用された。本機の運用周波数は46-64MHz(1型)で、構成真空管は二本である。WS-17には原型と改良型があるが、運用周波数が若干異なるだけで、基本回路に大きな違いはない。 WS-17は典型的な簡易無線電話機で、装置は送信が自励発振・陽極変調方式、受信が超再生検波・低周波増幅方式である。運用周波数は原型が46-64MHz、改良型が44-61MHzで、運用時に於けるチャンネル設定は500KHz間隔である。 無線機本体は電源及び送受話器の収容部を具えた木箱に収容され、容積は40x37x23.5cmで、高圧用積層乾電池及び低圧用蓄電池を含む重量は約20Kgである。本機は電源に乾電池と蓄電池を混用し、無線機本体を木製のケースに収容するなど、誠に英国的な機材である。 なお、英軍の歩兵用電話通信機材としては、1941年に導入された短波機材であるWS-38が主用された。WS-17諸元用途: 探照灯管制連絡通信距離: 3-4.5km周波数: 46-64MHz(1型)、44-61MHz(2型)電波形式: 電話(A3)送信:出力: 0.3W送信構成: 自励発振/三極管AR-6、陽極変調/四極管ARP-18受信構成: 自励式超再生検波AR-6(送信発振部兼用)、低周波増幅ARP-18(送信変調部兼用) 電源装置: 低圧2V/75Ah蓄電池、高圧60V積層乾電x2直列接続空中線: 1/2波長反射器付ダイポール(垂直偏波)、ロンビック型重量: 20Kg(含低圧用蓄電池)ドイツ陸軍Kl.Fu.Spr.d Kl.Fu.Spr.dはドイツ陸軍が1930年代の後半に導入した歩兵用の携帯式無線電話機で、兵一名が携行し運用を行った。本機の運用周波数は32-38MHzで、構成真空管は四本である。 Kl.Fu.Spr.dの送信部は発振周波数の安定及び、良好な変調特性を考慮した自励発振・電力増幅方式である。また、送信時の送話器音声増幅に送信電力増幅管を兼用するレフレックス回路を採用している。受信部は送信部の発振回路と兼用の超再生検波方式であるが、前段に動作休止の送信部電力増幅回路を配置する構成で、検波回路よりの輻射抑制を考慮した設計となっている。 本機の運用周波数は 32-38MHzであるが、実際の運用周波数は事前に設定する大凡300KHz帯域である。通常Kl.Fu.Spr.dの運用は200KHz間隔で行うため、実質の周波数設定は1CHである。本機は発振、検波回路が兼用のため、送受信周波数は同一となる。また、運用形態はプレストーク方式である。 なお、戦後各国で普及した折り曲げ自在の薄板式空中線は、本機が起源であろうと考えられる。Kl.Fu.Spr.d緒元用途: 歩兵用通信距離: 2-4km周波数: 32-38MHz電波形式: 電話(A3)送信出力: 0.2W送信構成: 主発振DDD25/双三極管(1/2)、電力増幅RL1P2/五極管、陽極変調DDD25(1/2)、音声増幅(電力増幅管兼用レフレックス)受信構成: 超再生検波(DDD25(1/2)、低周波増幅1段RL1P2、低周波増幅2段(変調回路兼用)DDD25(1/2)電源: 乾電池、高圧150V、低圧1.4V空中線:垂直型1.6m、4mダブレット(整備品)運搬: 兵員一名にて携行ドイツ陸軍Feld.fu. B/C Feld.fu. B/Cは1930年代の後半にドイツ陸軍が導入した携帯式無線電話機で、兵一名が携行し運用を行った。本機材にはB型及びC型があり、B型の運用周波数は100-119MHz、C型は120-138MHzで、両機の構造は同一であり、構成真空管は3本である。 Feld.fu. B/Cは帝国陸軍の94式6号無線機や、米軍のBC-222等と類型の簡易無線電話機材ではあるが、当時にあって100-140MHzをCH切替方式で運用した特記すべき携帯無線機であり、ドイツに於ける高周波技術の高さを明示している。 Feld.fu. B/Cは送信部が自励発振、受信部は超再生検波方式で、発振、検波回路が兼用のため、送受信周波数は同一となる。運用周波数はロータリー構造の切替式で、Feld.fu. Bの場合は100-119MHzを182-210CHの28CH に分割している。本CH分割はドイツ野戦無線機に共通した物で、CHが共通する場合は異機種間での通話が可能となる。 無線装置は高周波部、変調・低周波増幅部及び電源部にブロック化され、各部が組み合わされた構造である。無線装置はベークライト製の外筐体に収容され、容積は30x11x35cm、内蔵蓄電池を除く重量は 7.5Kgである。 無線機本体は装置されたベルトにより担務要員が背負い携帯し、運用はプレストーク方式である。Feld.fu. B/C緒元用途: 歩兵用通信距離: 1,200m周波数: B型100-119MHz、C型120-138MHz電波形式: 電話(A3)送信: 出力0.15W、発振/三極管RL2.4T1(検波管兼用)、陽極変調RL2.4P2/五極管(兼低周波増)受信: 高周波増幅/五極管RV2.4P700、超再生検波RL2.4T1(兼発振管)、低周波増幅RL2.4P2(兼変調)電源: 2.4Vニッケル蓄電池、振動式直流変圧器(高圧)空中線: 垂直ロッド型、B型80cm、C型70cm運搬: 兵一名が携行帝国陸海軍簡易無線電話機材 我が国に於ける歩兵用無線電話機の代表は、陸軍の94式6号無線機で、運用周波数は30MHz帯、構成真空管は双三極管30MC一本である。本機材の開発は1934年(昭和9年)であるが、実際には1931年(昭和6年)の満州事変に際し実戦使用が行われ、この時期諸外国に於いて歩兵用無線電話機を装備した軍隊は無かったと考えられる。 一方、海軍は1937年(昭和12年)に94式6号無線機を模倣した97式軽便無線電話機を開発した。また、大戦後期には、米軍のBC-611に外観が類似した簡易機材である試制携帯無線電話機を開発するが、本機は完全な失敗作であった。 戦争末期になると試制携帯無線電話機を木箱に入れた試製五式無線電話機を導入するが、本機は本土決戦時に於ける、ゲリラ戦用とも考えられる究極の簡易無線電話機であつた。 上記の様に、帝国陸海軍に於いては歩兵用無線電話機の構成は基本的に大戦終了まで変わることが無く、残念ながらこの分野での技術的発展は無かった。陸軍94式6号無線機(普及型) 本機は双3極管30MC一本により構成される典型的な簡易無線機材で、送信時は自励発振・陽極変調、受信時は超再生検波・低周波一段増幅構成の無線装置として動作する。電波形態は電話(A3)及び変調電信(A2)で、A2用の電鍵は筐体側面に装置されている。 94式6号無線機の超再生検波回路は他励式(注)で、陽極回路には周調(クエンチング)周波数30KHz発振用の、間歇発振コイルを装置している。この周調発振用コイルを装置する超再生式検波回路は、陸海軍簡易機材に共通である。 空中線装置はロッド式で、主空中線とカウンターポイズにより構成され、接続器を介し装置の前面に装着する。 無線装置の筐体はアルミ板金製のケースに収容され、容積は13x18x8cmで、革製の収容ケース、空中線装置を含む総重量は3.5kgである。 電源は背負鞄に収容される乾電池であるが、本機では電池の消耗を防ぐため、手回式発電機と乾電池を混在して使用する事が出来る。電源に乾電池のみを使用する場合は、兵一名での移動運用が可能であるが、発電機を使用する場合は、発電手が発電を担当し、兵二名が一組で運用を行う。 なお、開発当初、6号無線機の運用周波数は25,000〜30,000KHzの1バンド方式であっが、急速な需要の拡大に伴い、その後運用周波数帯は25,000-45,000kHzの3バンドに拡張された。94式6号無線機(普及型)緒元用途: 歩兵用通信距離: 2km周波数: 25,000〜30,000KHz(3バンド)電波形式: 変調電信(A2)、電話(A3)機材構成: 双三極管UZ-30MC一本による自励発振、超再生検波方式送信: 出力0.5w(A2・A3)、発振UZ-30MC(1/2)、変調UZ-30MC(1/2)受信: 超再生検波30MC(1/2)、低周波増幅UZ30MC(1/2)電源: 手回発電機及び乾電池(平角四号2個、B十八号6個)空中線: L型、垂直部1.4m、カウンターポイズ水平部0.65m、運搬: 駄馬1頭に4機駄載、1通信機材は兵員一名にて携行可開設撤収: 兵1名にて1-2分整備数: 6,665機(戦中)写真補足 組写真@が今般入手した米軍機材である。共に低圧・高圧一体型乾電池を装置の下部に装着し、本体付属のベルトで固定する。残念ながら、BC-222はベルト類が欠損している。 写真Aは今般の入手機材を含む各国の簡易無線電話機である。これら以外にも、同時代のソビエト陸軍簡易無線電話機材であるPbC、PPY等を入手したいと考えているが、現在まで実物を確認した事はない。 写真Cは帝国陸海軍の簡易無線電話機である。外観が米軍のBC-611に類似した海軍の試制携帯無線機は大失敗作で、試験導入後間もなくして送受話器及び電源が外部接続式に改造された。更に程なくしてロッド式空中線も撤去され、結局本機は単なるアルミの筐体に納められた簡易無線機となってしまった。大戦末期、本機は木箱に収容替され、試製五式軽便無線電話機として復活した。 写真Cは帝国陸軍の94式6号無線機であるが、本機は導入以降、若干の改良のみで大戦終了まで使用され続けた。(注) 他励式超再検波とは、検波管回路とは別に、クエンチング周波数発生用の周調発振回路を備えた方式である。しかし、之とは別に、検波管回路に周調周波数発生用の間歇発振用コイルを装置した回路についても、分類は自励式ではなく、他励式となる。