当館は帝国陸海軍に関わる無線機材、同時代の特記すべき外国機材及び、レーダー等の電波兵器に関わる編纂作業を続けているが、ここに来て漸く、内外の主要電波兵器についてはその大凡を纏めることが出来た。現在は内容の確認、関連資料の収集、装置概念図の作成等を行っているが、各装置を概観すると、特に電波兵器の中にはユニークな構成の機材があり、驚く事がある。その代表的な装置の一つが、帝国陸軍の「特殊飛翔体誘導装置」である。 特殊飛翔体誘導装置は大戦最末期に開発が進んだロケット戦闘機「秋水」等の、大出力エンジンを備え、急上昇が可能な高速機の誘導装置である。当然の事として、既設のレシプロエンジンを装備した戦闘機は其の対象にはならない。 本装置には東芝が開発し、機上機材と対空射撃管制レーダー「タチ31号」とを組み合わせた誘導装置、及び三菱が開発を進めた2機種があるが、何れもが試作又は研究段階で終戦となった。米軍資料 特殊飛翔体誘導装置については戦後米軍が作成した資料(注)以外に有用な日本側資料は確認されていないが、両機は開発途上であったため、米軍資料では此れ等二社の誘導装置について、何れも地上機材をタチ200号、機上機をタキ200号として扱っており、紛らわしい。このため、本稿では東芝製を1型、三菱製を2型として、以下に於いて米軍資料を基に、特殊飛翔体誘導装置1型(東芝製)について概観してみた。 なお、特殊飛翔体誘導装置2型(三菱製)については別途掲示の予定である。特殊飛翔体誘導装置1型(東芝製) 本装置は地上設置のタチ200号1型(タチ31号一部改修型)及び、迎撃機が搭載するタキ200号1型により構成されている。タチ200号1型は侵入する敵機を捕捉、追尾、測定し、特殊方向探知機タキ200号1型を搭載した迎撃機は敵機よりの反射ビームの中を飛行し、等感度方式でビーム内に於ける自機の位置を測定しつつ、標的に向かう。また、タキ200号1型は敵味方識別装置(I.F.F.-Identification Friend or Foe)を兼用している。特殊飛翔体誘導装置1型緒元用途: 迎撃機誘導有効距離: 40km周波数: 200MHz地上装置: タチ200号1型(タキ31号変調部改修型)機上装置: タキ200号1型空中線装置: 半波長ダイポール1基受信器: スーパーヘテロダイン方式、第1検波(UN-954)、局部発振(UN-955)、中間周波増幅3段(ソラx3)、第2検波(ソラ)、低周波増幅1段(ソラ)信号表示: 計器表示方式測定方法: 等感度測定方式送信器(I.F.F.): 発振T-304開発・製造: 東芝送信装置タチ200号1型概観 本装置は射撃管制レーダー「タチ31号」の変調回路の一部を改修した機材であるが、測定機能に影響は無い。タチ31号は等感度測定方式のレーダーで、装置前面の上下左右に装置された4基の空中線(送受信兼用)を1/25秒で回転する位相環(位相合成器)で合成し、360°を回転する紡錘型の指向特性を発生させるが、本式はコニカルスキャンと称される。方位角、仰角、距離の測定は、回転する指向特性の上下、左右の位置で受信された反射波を、波形指示器に等感度測定方式で表示し行う。 本特殊飛翔体誘導装置1型では機上装置が地上より発射されるコニカルスキャン方式の送信ビームを左右、上下の位置で選択受信し、等感度測方式によりビーム内に於ける自機の位置を計器で表示する。このため、タキ200号1型にはタチ31号の空中線合成用位相環の回転に同期して、上下、左右指向特性選択用の回転式スイッチが必要となる。本目的に沿うため、タチ31号の変調回路に位相環の回転に同期して、1/25秒毎にタキ200号1型用の同期パルスを発生させる機能を付加した装置が、タチ200号1型である。機上装置は本パルスを基にタチ200号1型の回転式位相環に同期した25Hzの交流信号を発生させ、選択スイッチの回転用同期モーターを駆動する。機上装置タキ200号1型概観 本機は迎撃機に設置されるI.F.F.と兼用の特殊方向探知機で、空中線装置、受信器、送信器、同期信号発生回路、指向特性選択器及び飛行位置指示器他により構成されている。本機を搭載した迎撃機は、タチ31号が敵機に照射し、反射するコニカルスキャン方式のビーム内に於ける自機の飛行位置を計器で表示するが、本機能は計器式方向探知機のそれと相似している。併せ、タキ200号1型は受信パルスをI.F.F.信号として、タチ200号1型に返送する。空中線装置 空中線は垂直偏波構成の半波長ダイポール1基である。受信器 本機はスーパーへテロダイン方式で、受信周波数はタチ31号に対応した200MHz帯である。フロントエンドは周波数変換がエーコン型5極管UN-954で、局部発振が同型の3極管UN-955である。中間周波増幅部は5極管ソラによる3段増幅方式で、本回路はAGC機能を具えており、制御電圧は復調低周波信号(繰返周波数3,750Hz)より発生させている。検波はソラ、低周波増幅はソラによる1段増幅構成で、復調された受信パルスは送信器、同期信号発生回路及び指向特性選択器に出力される。送信器 本器は3極管T-304により構成され、送信尖頭出力は50W、送信周波数は受信周波数と同一の200MHz帯である。変調回路は受信パルスを整形・増幅の後、変調管PH-5(五極管)の出力パルスにより発振管T-304の格子回路を制御する。返送される送信波はI.F.F.信号で、25Hzの変調を受けている。同期信号発生回路 本回路はタチ200号1型が送信する25Hzの変調同期パルスを基に鋸歯状波を発生させ、増幅の後、指向特性選択器のスイッチ駆動用同期モーターの電源として出力する。指向特性選択器 本器は受信するコニカルスキャン式ビームの、上下、左右の指向特性を選択するスイッチ及び、それを回転させる同期モーターにより構成されている。 スイッチ回転用の同期モーターは同期信号発生回路より供給される25Hzの交流信号により駆動され、その回転はタチ200号1型の送信ビーム指向特性の回転と同期する。本構成によりタキ200号1型は機上に於いて地上装置に同期し、上下、左右の位置で、等感度測定用信号を取り出す事が出来る。飛行位置指示器 本器はタチ200号1型が送信するコニカルスキャン式ビーム内に於ける自機の飛行位置表示器で、左右位置指示器及び上下位置指示器の2器により構成されている。各器はセンター0構造の電圧計で、以下の様に動作する。 タチ200号1型が照射し、標的より反射し受信される指向ビームは、指向特性選択器により左右の位置で選択受信される。この3,750Hzのパルス信号は直流電圧化され、その都度極性が切り替えられ、左右位置指示器に入力される。左右の受信強度に差違が有る場合、指示器の指針はその強度に従い左右に振れようとするが、動作モーメントの均衡により静止し、信号強に従い左右の何れかを指示する。また、左右で受信された信号強度が等しい場合は、指針は指示器中央0の位置に静止する。上下位置指示器の表示動作も同一で有る。特殊飛翔体誘導装置1型の運用 高速のロケット戦闘機やジェット戦闘機の開発が未完となったため、本誘導装置が実用される事はなかった。しかし、予定されたその運用、動作は大凡以下の様なものであったと考えられる。 自防空指揮圏内に敵機が接近すると、司令部は隷下の迎撃機部隊、防空部隊に警戒警報を発令し、各部隊は戦闘準備を整える。高射砲部隊に隷属するタチ200号1型の担当部署は対空監視を開始し、該当侵入機の反射波を確認すると標的として追尾、測定を開始する。 一方、タキ200号1型を装備した高速迎撃機は、誘導機タチ200号1型が捕捉、追尾を行う標的よりの反射波を受信し、指示計器の表示に従い、敵機に向かい飛行する。 反射ビームの中を飛行する迎撃機では、航路が中心軸に対し右にずれると、左右位置表示計の指針は右側を指し、また、上方にずれると上下位置表示計の指針は上側(計器表示右側)を指す。このため、操縦員は両計器の指針が0を指す様に自機を操縦する事により、反射ビームの中心軸を飛行する事になり、標的に到達する事が出来る。 タキ200号1型を搭載した迎撃機が標的に接近すると、タチ200号1型の波形指示器には標的の反射波と迎撃機より返送されるI.F.F.信号の2バルスが表示される。地上では標的の追尾、測定を継続し、併せ、誘導する迎撃機の位置、距離を確認する事が出来る。(注) 資料出典 JAPANESE WARTIME MILITARY ELECTRONICS AND COMMUNICATIONS SECTION Y JAPANESE ARMY RADAR