海軍技術研究所は大戦当初に水上警戒用レーダー22号電探を開発したが、3,000MHz帯は未経験な技術分野であり、特に受信機の安定化に手間取り、用兵側が最も必要な時期に有効な射撃用電探を提供することが出来なかった。 当初海軍技術研究所が開発した22号電探の受信機は超再生検波方式であり、その後オートダイン検波方式に改良されたが何れの動作も芳しくなく、このため、本帯域の電波探知機の開発は望むべくもなかった。しかし、1943年(昭和18年)の末に海軍技術研究所電波研究部の菊池正士技師の指導の下、22号系電探の研究に携わっていた霜田光一研究生がマイクロ波用鉱石検波器の開発に成功し、22号電探のスーパーヘテロダイン化及び、マイクロ波帯電波探知機開発の問題は一気に解決することになった。(追加資料013参照)鉱石検波器の開発 1943年9月上旬、電波研究部の菊池技師の指示により、霜田研究生はマイクロ波検波用鉱石の研究を始めるが、海軍側から提供された機材は信号源発生用の小型磁電管M-60及び、励磁用の永久磁石だけであった。霜田研究生は各種鉱石の検波特性を調査し、黄鉄鉱とシリコンがマイクロ波に対し優れた検波特性を示すことを発見し、黄鉄鉱の結晶で検波器を作ることに成功した。 当時海軍技術研究所の技術者達は、鉱石検波器は過去の遺物であり、感度も低く、また、振動や衝撃に弱く戦闘艦に装備する無線装置には使用できないと考えていた。実際、当時使われていた鉱石検波器は振動に弱く、対策として、太い接触針を用いて検波器が作られていた。しかし、霜田研究生は物理学的に考え、衝撃による加速度に対しいては、太い針先よりも細く短い針が有利であり、鉱石の摩擦力で接触点が動きにくい筈であるとして、この方式により鉱石検波器を開発した。事実、完成した鉱石検波器は従来の製品に比べ衝撃に対して格段の耐震性があり、戦闘艦搭載装置の使用になんら問題の無いものであった。電波探知機3型、47号受信機の開発 霜田研究生は早速この検波器と高利得増幅器を組み合わせた試験装置を作り上げ、実験の結果出力20mWの磁電管M60の発振パルスを45m離れた位置でS/N2程度で受信出来ることを確認した。引き続き本装置に電磁ラッパを取付け本格的な野外実験が行われ、芝浦の実験所に設置された22号電探の電波を23km離れた千葉県富津海岸でS/N2.5〜8.9で受信し、以後の実験結果も良好でマイクロ波用電波探知機開発の目処がついた。この実験結果を基に、電波研究部はマイクロ波帯用電波探知機を設計し、早速七欧無線に試作機の製造を発注した。併せ、受信空中線の広帯域化や低雑音高利得増幅器の研究が進められ、本機はその後47号受信機として完成する。 47号受信機の運用周波数は400-10,000MHz、構造は検波・低周波増幅方式で、空中線部に付加された同調用立体回路(キャビティ)に組込まれた鉱石検波器の出力を低雑音増幅(110db)するものであり、空中線には広帯域ダイポール型や、電磁ラッパ型が開発された。本電波探知機は構造が簡単で製造も容易なため、月産約70台が生産され、「仮称電波探知機3型・27号受信機」として1944年(昭和19年)4月から各艦への配備が始められた。電波探知機に関わる記録 帝国海軍が開発したマイクロ波帯用電波探知機の資料は僅かであり、このため、開発機材の構造についてはハッキリしないが、海軍電気技術史には以下の記述があり、その一端を知ることが出来る。「一方かねてより研究されつつあった75糎乃至3糎の探知機が完成した(昭和19年末)。併し最低波長3糎は計測する方法が確かでなく定量的な測定は困難であった。受信機はメトックス式の鉱石検波真空管増幅110dbのものである。空中線は75糎より3糎の広い波長範囲を2つの空中線でまかなうことにした。即ち約20糎より3糎迄は電磁ラッパでそれ以上はラケット型でまかなったのである。この受信機の製造は比較的簡単であるから月産60-70台を製造し各艦船に装備した。・・・」 上記により海軍が開発したマイクロ波帯用電波探知機の運用周波数は400-10,000MHzであり、この内、400-1,500MHzはラケット型空中線を、1,500-10,000MHzは電磁ラッパ型空中線を使用したことが分かる。ラケット型空中線はメートル波帯用の指向性空中線であるが、マイクロ波帯探知機で使用する場合には空中線本体に鉱石検波器が装置されたと考えられる。 なお、文中のメトックス(Metox)とはドイツ海軍のメートル波帯用電波探知機で、構成はスーパーヘテロダイン方式であり、マイクロ波用電波探知機との関連はない。このため、マイクロ波帯用電波探知機で、鉱石検波方式であるNaxosとの混同があるとも考えられ、本機の我が国への持込みを推測させ、誠に興味深い。仮称電波探知機3型・47号受信機緒元用途: レーダー波探知装置場所: 水上艦艇周波数: 400-10,000MHz受信方式: 鉱石検波・低雑音増幅方式(110db)電源: 交流110V空中線: 電磁ラッパ、ラケット型摘要: 最高対応周波数について測定方法が無く必ずしも正確ではない。48号地型受信機の開発 この時期、電波探知機を最も必要としていたのは潜水艦隊であった。しかし、潜水艦への艤装はメートル波帯用空中線の問題も十分には解決されておらず、マイクロ波帯用空中線の取付けは技術的に困難であった。このため、潜水艦用として空中線を可搬式のパラボラ型とした「48号A型受信機」が開発された。本機の空中線背後にはハンドルの回転により同調周波数を可変するキャビティが装置され、検波信号は接続ケーブルを介し受信機本体(低雑音増幅器)に出力される。電測員は受信機に延長コードで接続した受話器を装着し、潜水艦が浮上すると空中線部と共にハッチから飛び出して四方を探索し、敵レーダー波の探知を行った。 本式のマイクロ波用電波探知機は製造が容易なため、1945年(昭和20年)の春には全潜水艦に装備されたが、以後も空中線系の研究は進められ、終戦間際には艦橋設置型のパラボラ型空中線が開発され、配備が行われた。(追加資料013、補足資料-4・5・6参照)写真補足と鉱石検波器 掲示は400型潜水艦に装備されたマイクロ波用電波探知機「48号A型受信機」の本体(低周波増幅部)である。パネル前面上部左が測定用メーターで、中央の銘板「48号A型受信機・海軍技術研究所」の上部が鉱石検波器ブラケット、右側が電圧・抵抗値測定切替スイッチと考えられる。パネル下部、左が受話器端子で右が音量調整器、その右が試験回路の零点調整器と推測され、右端が高圧・低圧用の電源投入スイッチである。 本受信機は鉱石検波器の試験用テスター回路を具えており、鉱石の逆対比、所謂半導体特性を測定する事が出来る。前面のブラケットは試験用鉱石検波器の設置部である。 下記URLに本項に関連した追加資料を掲示した。http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2011oct27.html写真出典: USNA