先般、沖縄の旧海軍壕司令部壕事業所より、当時壕内で使用された通信機器についての問い合わせがあった。https://kaigungou.ocvb.or.jp 海軍司令部壕とは、沖縄の重要な軍事拠点であった小禄飛行場(現那覇空港)を守るため、近くの丘に突貫で建設された海軍陸戦隊の地下壕である。工事は1944(昭和19年)年8月10日に始まり、同年12月に完成した。 壕の全長は約450mで、内部には司令官室、幕僚室、作戦室、通信室、暗号室、下士官室、信号室他が設置されていた。工事は海軍第226設営隊(山根部隊)の約3,000名があたり、殆どの掘削が、つるはし等を使用した手作業により行われた。 沖縄戦末期、海軍沖縄方面根拠地隊は海軍司令部壕付近に孤立して戦闘を継続し、1945年(昭和20年)6月11日に玉砕した。この時期、2,000名以上の将兵がこの壕を拠点として戦ったが、玉砕を前に、大田實司令官は海軍次官に宛て、「沖縄県民斯ク戦エリ」の電報を発した。 さて、海軍司令部壕内で使用された通信装置であるが、資料不足のため詳細は不明であるが、客観的に考え、以下の事柄を取り纏め、問い合わせ元に返信した。陸上用通信装置 通常海軍の出先陸上部隊の通信施設は、送信所と受信所に分け設置され、送信所には複数の送信機、電源装置及び柱上に展開した空中線が、また、受信所には複数の受信機、電源装置及び柱上に展開した空中線が装置された。 送信所の送信機は艦艇装備用を若干改修した物で、電源には交流式の発動発電機を使用した。また、戦中海軍の艦艇、陸上受信所で使用された受信機は92式特受信機で、本機は海軍の各部で広義に使用された。受信機の電源は蓄電池及び充電器、又は交流式電源により供給された。 これらより、司令部壕建設当初は、通信区画に艦艇で使用された95式短4号送信機等の大型送信機と発動発電機、及び複数台の92式特受信機が設置された可能性がある。しかし、本設備はかなり大掛かりで、特に壕内で、送信機用の大型発動発電機を稼働させることは、排気の問題があり、相当に困難である。通信対向 米軍上陸以前であれば、空中線の展開も可能で、その対向は連合艦隊司令部であったと考えられる。しかし、地上戦が勃発し、司令部壕が多数の将兵で溢れると、もはや壕内で大型発動発電機を稼働させることは困難である。 また、無線通信に最も重要な空中線は、壕の入り口より周囲の事物を利用し展開する以外に方法は無く、その通達距離は大幅に短縮したはずである。このため、米軍上陸後、通信対向が引き続き本土の艦隊司令部であったとは考えにくい。 通信は近郊の奄美大島や、九州の海軍施設と小電力で行い、中継により艦隊司令部との連絡を確保したものと考えられる。事実、大田實司令官が自決前に海軍次官に宛てた電報、「沖縄県民斯ク戦エリ」は九州の鹿屋で受電されたと伝わっている。実務通信装置 中継通信を前提にすると、設備は小型の中距離用通信機材で十分である。考えられる機材は、海軍の代表的な可搬式中距離通信装置であるTM式短移動無線電信機である。本装置は送信機、電源、発動発電機及び、蓄電池や乾電池で動作する小型の受信機により構成さ、海軍の各部署で使用された。 上記により、当館は、海軍壕内で実用された無線装置は、送信機はTM式短移動無線電信機(送信機)で、受信機は比較的電源の供給が容易な、数台の92式特受信機であった考えている。また、送信機の発電装置は壕入り口付近に設置し、ホースにより外部に排気をしたと考えられる。 ところで、同じような状況が、米軍が沖縄に上陸する一ヶ月ほど前に、硫黄島でも起こっていた。この時駐屯した海軍部隊も海軍司令部壕内に通信所を設置したが、通信装置にはTM式短移動無線電信機を使用したと考えられ、現在も同壕内には、本送信機が残されている。 このため、硫黄島の場合も、通信は艦隊司令部直接ではなく、父島に駐屯した海軍部隊の中継により行ったものと考えられる。因みに、硫黄島に駐屯した陸軍部隊も、残された電報から、父島を中継して陸軍本部との通信を行っていたと考えられる。95式短4号送信機原型諸元用途: 全艦艇及び陸上用送信周波数: 3,500-19,000kHz、電波型式: 電信(A1)送信出力: 電信500W送信機構成: 水晶又は主発振UX-202A(三極管)、第一増幅(緩衝)UV-865(四極管)、第二増幅・逓倍UV-814(四極管)、第三増幅D-860(四極管)、電力増幅UV-861(四極管)電源: 入力220V/50-60Hz三相交流、出力直流3,200V・1,500V・500V・-300V、線條電源16V空中線装置: 艦艇設置固定型・陸上用同調型単条空中線給電方式: 電圧饋電(1/2波長)、電流饋電(1/4波長)TM式短移動無線電信機改2型送信機諸元用途: 海軍陸戦隊遠距離通信用送信周波数: 1,750-18,000kHz電波形式: 電信(A1)送信入力: 300W回路構成: 主発振UX-202、励振UV-814、電力増幅UV-812電源装置: 2馬力発動交流発電機、電圧調整機、整流機空中線装置: 逆L型仮設空中線又はロングワイヤー方式、地線は平衡地線方式