2. センチ波の鉱石検波器の研究



 それまで電波探信儀もマイクロ波もほとんど知らなかった私たちは、菊池技師の指示で電波探信儀のための鉱石検波器の研究をすることになり、9月上旬にマグネトロンM60を渡されて、波長10cmの試験用発振器をつくった。そして9月25日、熊谷先生と私は鶴見海芝浦実験所で2号2型電波探信儀(22号電探)を初めて見せられ、超再生受信機で対岸のエコーを検出する実験を見学した。
 金属との接触点が整流作用を持つ鉱石は、酸化物、硫化物、炭化物など半導体でなければならない。東大にあった鉱石標本を初めとしていろいろの鉱石を集め、鉱石と金属針を接触させてその電圧・電流特性を調べた。鉱石検波器の特性は鉱石と金属針の接触点の位置や接触圧力によって非常に変わりやすい。感度の良い所を探しながら多数の点を調べるのに、電圧計と電流計を使ったのでは時間がかかって能率が上がらないので、鉱石検波器に交流電圧をかけてブラウン管に電圧・電流特性曲線を表示する簡単な装置(図1)を作って実験した(1)。



図1. 鉱石検波器の電圧・電流特性をブラウン管に表示する装置

こうして測定された鉱石検波器の低周波特性とセンチ波の検波感度とを比較してみると、両者は必ずしも一致しないことが分かってきた。しかし一般にセンチ波で感度の良いものは低周波でも感度がよい。放送ラジオの受信によく使われた方鉛鉱は低周波では感度がよいが、センチ波ではほとんど例外なく感度が悪い。
 西川正治先生(注)は鉱石検波器の研究に深い関心を寄せられ、先生がずっと昔に購入された 外国製の鉱石検波器をはじめ、国内国外各地の鉱山から産出した各種の鉱石を提供して下さった。そこで、モリブデン鉱、黄銅鉱、赤銅鉱、硫砒銅鉱、硫砒ニッケル鉱、磁硫鉄鉱、鉄マンガン重石、磁鉄鉱、錫石、金紅石、砂クロム鉄鉱の検波特性を調べたが、センチ波で感度が良いのは黄鉄鉱だけであった。鉱石ではないが、シリコンもセンチ波に感度があることが分かった。また、鉱石に接触させる金属針には、ニッケル、白金、銅、鋼鉄、タングステン、マンガニン、黄銅、モリブデンなどを試験した。金属の種類はあまり検波感度に影響しないが、ニッケル、タングステンなどが良かった。

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(注) 西川正治は東京帝大理学部教授。専門は結晶物理学。菊池正士は西川研究室で
昭和3年電子線回折の実験で菊池線(菊池パターン)を発見し、昭和7年学士院賞受賞。
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 当時は鉱石検波器の周波数特性を測定できるような信号発生器がなかった。各種の真空管発振器やマグネトロンを用い、二極真空管電圧計などによって鉱石検波器の印加電圧を不正確ながら一定にして、検波電流の周波数依存性を測定した。高周波の遮蔽も二極真空管電圧計の周波数特性も不完全だったので、測定誤差は大きいが、代表的な測定結果は図2のようになった(2)。これを見ても、方鉛鉱(galena)は周波数が高くなると急に感度が低下しているが、黄鉄鉱(pyrite)とシリコン(silicon)はマイクロ波まで感度を維持していることが分かる。



    図2. 各種の鉱石について測定された検波感度の周波数特性の概略

 鉱石検波器の感度は接触点によって著しく違うので、感度の良いところを探ることが必要であったが、感度のよい点の分布は鉱石の産地によって異なることも分かってきた。各地の鉱山で産出する多数の黄鉄鉱の感度分布を調べた結果、群馬県西牧鉱山の黄鉄鉱が最もよいことを見いだした。それは数mmの大きさの5角12面体結晶であって、他の黄鉄鉱がほとんどみな立方体結晶であるのと著しく違う。しかし、結晶形と検波感度との間に必然的な関係があるかどうかは分からなかった。黄鉄鉱を熱処理したり、結晶の自然面や劈開面を酸やアルカリで処理してみたりしても、感度の多少の劣化以外に何も決定的な結果は得られなかった。
 シリコンについても、いろいろの所から試料を入手して調べたが、感度のよい接触点が見つかる頻度が少なかった。シリコンの純度は測定できなかったが、理化学研究所や化学薬品店から入手した化学用最純(99.5〜99.8%)と称するシリコンの方が、けい素鋼板の製造に使っていたシリコン(98%前後のもの)よりも感度がよいので、純化して実験したいと話し合っていた。しかし日本では戦後まで誰も不純物を制御したシリコン検波器の研究はやっていなかった。

図3. センチ波実験用の調節型鉱石検波器。水平にある3枚の板はエボナイト、他は金属製。手前にある2本の導線でセンチ波を入れる。左側のねじをまわして最大感度の圧力にする。次に針と鉱石との接触を離し、再接触させると、別の接触点の検波感度が調べられる。

実用的な鉱石検波器を作るには、探し当てた感度のよい接触をそのまま動かさないように安定に保持することが重要である。私たちは、鉱石と金属針との接触圧力を変えながら感度のよい接触点を探すのに便利なように図3のような構造の検波器を作って実験していた。この検波器は菊池技師に「マッチ箱のようで使い物にならん」といわれたが、接触圧力を微妙に調整して維持することができ、実験室で多数の試料の感度を調べるのに役立った。これがなかったら、西牧鉱山の黄鉄鉱が良いことを発見するまでに、何倍もの時間がかかっただろう。感度のよい接触点を見つけたとき外部からの振動にも耐えて使えるように固定する工夫をしたのが図4の(a)である。図4(a)で、下側にある鉱石をつけた金属ねじを調節して感度のよい接触が得られたとき、エボナイトのロックナットを回して固定する。こうすると、持ち運んだり、転がしたりしても感度が変わらない安定な鉱石検波器ができたので、その後の実験に用いられた。図4(b)は電波探知機に鉱石検波器が採用されるようになったとき七欧無線で大量生産された検波器の構造である。

図4. 安定化された鉱石検波器。斜線の部分は絶縁物で、

(a)ではエボナイト、(b)では主にベークライトが用いられた。(a)は半調節型で、下側のねじを回して感度の良い所を求め、エボナイトのロックナットを締めて固定する。(b)は大量生産されて、海軍のE47電波探知機や2号2型電波探信儀に用いられた。

 このようにして、感度がよくてかなり安定な鉱石検波器ができるようになったけれども、いくら良いといっても相対的な比較に過ぎなかった。そこで昭和19年1月、その感度をいくらかでも定量的に測ることを試みた。出力約20mWのマグネトロンM60の発振出力をどの程度の距離まで検出できるかを調べたのである。高利得の低周波増幅器を作って実験した結果、電磁ラッパを用いないでも、距離45mで信号対雑音比(S/N)約2で受信でき、電磁ラッパをつけると約10倍になった。これは、およそ10mV/mのマイクロ波電界を検出できることに相当する(*)。

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(*) 後になって、日本で最初に作られた10cm波の信号発生器を岡村総吾技術大尉から借りて
測定した結果、半波長アンテナを付けた最良の鉱石検波器の最小検出可能電界強度は4mV/m
であった。
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