3. センチ波の逆探知受信機



 はじめに述べたように、この頃になると太平洋戦線における日米のレーダーの性能の相違は明らかだった。攻撃こそ最大の防御であるとして、日本軍は敵の電波を検知して回避行動をとることには否定的であったが、昭和18年5月頃から潜水艦を初めとして主要な艦船に敵のレーダーを逆探知する電波探知機を装備するようになった。6月に制式採用された電波探知機E27型は波長4〜0.75mの超短波を検出することができるが、センチ波には全く無力であった。


 そこで鉱石式受信機がセンチ波の逆探知に役立つだろうと考えた。上述のように、20mWのセンチ波を50mの距離で検出できるなら、送信出力20kWのレーダーならば50kmの距離まで検出可能であり、電波の減衰を考慮しても、反射鏡や電磁ラッパを使えばもっと遠距離でも確実に検出できる筈である。そこで、鶴見の海芝浦で実験している2号2型電波探信儀の電波を千葉県海岸へ行って逆探知してみることになった。
 ブリキのシャシーにエボナイト板のパネルを付け、110dB以上の利得をもつ低雑音増幅器と、導波管につけた鉱石検波器およびその直流特性試験回路を組み込んだ受信機を大急ぎで作った(*)。この鉱石式逆探知受信機と数個の鉱石検波器を大事に持って、1月23日朝、小型トラックのような車で出発した。西川先生、熊谷先生と私のほか海軍技研の技手と工員2名が同乗し、今のように舗装されていないガタガタ道を揺られて富津の宿屋に着いた時は暗くなっていた。鉱石検波器そのほか実験装置を点検して床に入ったが、先に寝付かれた西川先生のいびきのせいだけでなく、翌朝の実験のことを考えめぐらせていて、なかなか眠れなかった。

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(*)使用真空管がUY-6306,UZ-57,UZ-57,UY-56の4段増幅器。電源は電池。
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 翌1月24日は朝食前に富津岬近くの松林のある海岸へ行って、実験に適当な土手を見つけてきた。そして8時頃、リヤカーに実験用品や修理道具などを積んで行き、受信機を置いてテストしてみるが働かない。さあ大変と、テスターを出してあちこち調べてみると、1つの抵抗のリード線のハンダ付けが外れている。すぐに七輪に火を起こしてもらってハンダこてを焼き、ハンダ付けをしたら無事イヤホンにノイズが聞こえるようになった。それまでに1時間あまりかかったが、どうやら実験開始時間に間に合った。
 一番感度の良さそうな鉱石検波器をつけ、電磁ラッパを鶴見の方向に向けて約束の時間を待つ。電話連絡のようなことはできないので、10時から10分間連続送信し、その後1分ごとに断続して確認することに取り決めていた。イヤホンを耳にして待つと、定刻にピーピーというパルスの繰り返しの音がはっきりと聞こえた。電磁ラッパを外しても聞き取れるほどの強度で、S/Nは2.5〜8.9と測定され、大成功であった。海芝浦からの距離は23kmあり、送信所の高さ(海抜)約20mと受信地点の高さ数mとを考えると、ほとんど水平線すれすれである。
 午後には、竹岡の西南約2kmの所にある垂山衛所へ行って受信した。そこは海芝浦から37kmの距離なので、送信所から見た水平線は海抜36.5mとなり、受信点の高さ30mでは見通し線の下であったが、富津より強く受信できた。その夜は竹岡に泊まり、翌日は木更津航空隊の格納庫上の見張所で受信実験し、受信波の楕円偏波特性まで詳しく測定した。


 2月はじめには国府津へ行って、波長25cmの受信にも成功した。これらの野外実験によって、鉱石式受信機で波長数cmから数十cmまでのレーダーの広帯域の逆探知ができることが実証されたので、実用的電波探知機の試作が海軍技研から七欧無線に委託された。この頃からは学部学生の大野和郎(当時は山田姓)君と芳田奎君も研究に参加して、鉱石検波器の調整や整流特性の測定を手伝ってくれた。そして実用化に適するように、鉱石検波器を図4(b)の形にし、絶縁物のエボナイトは強度不十分なので、高周波損失は大きくなるがベークライトを主に用いた。
 その後、マイクロ波レーダーを逆探知する電波探知機の研究開発は熊谷先生が担当し、三式電波探知機として制式採用されてE47電波探知機と呼ばれた。波長範囲は3〜75cmの鉱石検波受信機で、製造が比較的簡単なので、すぐに昭和19年4月から月産70台生産され、各艦船に装備されていった。浮上した潜水艦は敵のレーダーによって発見捕捉されて攻撃される例が多いので、電波探知機は水上艦艇よりは潜水艦においてとくに重要であって、電波探知機装備以後、潜水艦の被害が著しく減少したということである。その後もアンテナの指向性、偏波特性、広帯域化と増幅器の改良、感度試験用火花発振器の研究開発が行われた。