先のドイツ海軍受信機PHILIPS H2L/7に続き、帝国海軍の短波受信機用濾波器なる物を入手した。事務局は之まで本器を確認したことが無く、新年早々新たな機材を入手する事が出来、誠に幸いである。 本濾波器は海軍の短波受信機用外部同調装置で、受信機と空中線の間に装置して使用する。運用周波数は3,000-20,000KHz(2バンド)で、これは海軍の92式特受信機の短波帯周波数と一致する。装置の銘板は取外されており、正式な名称は不明であるが、添付された較正表には「短波受信機用濾波器」と表記されており、型式も同一であったと推測される。 本濾波器の筐体はスズメッキを施した厚手の銅合金板で造られており、また、構成可変蓄電器には金メッキが施されるなどし、非常に重厚な造りである。入手時、濾波器は空中線整合器に回路変更されていたが、幸いにも構成部品は手つかずのため、添付された回路図に従い原状を回復した。短波受信機用濾波器装置概要 本器は同調蓄電器、同調コイル及び回路切替等により構成され、切替えにより直列共振回路及び、並列共振回路を構成し、また、不使用の場合は空中線と受信機は直結される。直列共振回路は受信機空中線端子と地線端子に並列して装置され、並列共振回路は空中線と受信機空中線端子の間に、直列に装置される。この場合、直列共振回路は低インピーダンスの同調回路として機能し、選択度の向上による隣接周波数の排除を行い、また、並列共振回路は高インピーダンスのトラップ回路として動作し、強力な近接信号やイメージ発生周波数の抑圧を行うと考えられる。濾波器使用該当機材 短波受信機用濾波器の筐体や部品構造は92式特受信機の先任受信機である91式短波受信機と相似しており、明らかにその導入は戦前期と考えられる。このため、以下に掲示した92式特受信機の開発経緯や、濾波器の使用目的から勘案して、本器は選択特性他に問題のあった92式特受信機初期型の性能を補足する付加装置ではないかと考えられる。92式特受信機に関わる補足 本受信機は長波、短波兼用の潜水艦用受信機として1932年(昭和7年)に導入されたが、既設の受信機と比べ遙かに使い勝手が良く、以降艦隊の主要受信機として大戦終了まで広義に使用されることになった。92式特は長波帯が高周波増幅2段、再生・オートダイン検波、低周波増幅1段構成のストレート方式で、短波帯は長波部の前段に短波帯周波数変換部(コンバーター)を付加し、長波部を中間周波増幅部として動作させる変則のスーパーへテロダイン方式である。 92式特受信機は導入以降改修が続けられ、其の最終型は92式特受信機改4型であるが、広く実用された型式は改3型以降である。当初、92式特受信機は固定抵抗が次々と焼損するなど、構成部品に起因する故障が続発し、関係部門はこれらの対応に追われた。 改修により事態が小康すると、自艦や僚艦が発する短波帯での混信が問題となり、その原因はスーパーヘテロダイン方式に起因する影像混信、相互変調等であった。当初92式特受信機の短波コンバーター部は高周波増幅一段、周波数混合及び局部発振回路で構成され、混合管は4極管UY-236であった。しかし、本回路構成は影像混信、相互変調に弱く、このため、混合回路を7極管Ut-6A7による周波数変換方式に改修し、合わせ、高周波増幅回路を2段構成に変更し、状況を改善した。 本改修作業により同調コイル及び、同調用蓄電器各一個の追加が必要となったが、受信機内部にはこれらを収容する空間は無く、結局、追加部品は小型の筺に収められ、受信機の右側面に取付けられることになった。 なお、特型とは帝国海軍に於いて、長波帯と短波帯を一台で運用する機能を具えた機材に付与される名称である。92式特受信機改4型諸元用途: 艦艇用長波受信周波数: 20-1,500kHz(コイル差替式5バンド)短波受信周波数: 1,300-20,000KHz(コイル差替式5バンド)長波帯受信構成: ストレート方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、オートダイン検波(UZ-77)、低周波増幅1段(UY-238A)短波帯受信構成: 長波部に周波数変換部付加のスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、周波数変換(Ut-6A7)、中間周波増幅2段、オートダイン検波、低周波増幅1段電源: 直流100/220V、直流/交流6V空中線装置: 艦艇装備固定式写真補足 掲示組写真@が、今般入手した短波受信機用濾波器である。装置左上が空中線端子、右上は受信機への出力端子である。中央の周波数同調ダイアルは180°展開で、同調機構はフリクション式である。同調目盛りは100分割方式で、同調周波数は装置上面に付加された置換表により読み取る。装置下部左が動作切替器で、「直列・短絡・並列」表示となっている。直列の場合は空中線と受信機空中線端子との間に並列共振回路が挿入され、短絡では空中線と受信機が直結され、並列では受信機空中線端子と地線端子の間に直列共振回路が挿入される。装置下部右がバンド切替器で、バンド1は大凡3-9MHz、2は9-20MHzに対応する。下部中央は地線端子であり、受信機の地線端子と接続する。 写真Aは濾波器の内部である。入手時、本濾波器は空中線整合器に回路変更されていため、添付された回路図に従い原状を回復した。このため、接線は現物ではなく、本来は被覆された太いメッキ単銅線を使用し、蓄電器、切替器、端子等との接続はナット固定方式である。収容ケースは厚手の銅合金板で製作され、構成可変蓄電器には金メッキが施されるなどし、重厚な構造である。 写真Bは装置上面に添付されている周波数置換表で、下部には回路構成が描かれている。本図に従い回路を原状に復帰させた。 写真Cは修復した短波受信機用濾波器を92式特受信機改4型の上部に乗せ、展示を行った場景である。