先般、帝国陸海軍、ドイツ軍他に関わる大量の無線機材を入手したが、この中に1950年代に米国で製造された特殊用途の無線装置RS-6と、受信機MCR-1が含まれていた。
これら特殊無線機については英国のトランク型機材であるB2型無線機が特に有名で、大戦中、主に欧州各地で情報部員やレジスタンス他が使用した。今日、欧米にはこれら特殊無線機の熱烈な収集家が多数おり、機材は驚くような高値で取引されている。
一方、我々日本の好事家は歴史的背景を含め、これら特殊無線機材については殆ど馴染みがなく、事務局員も特段の注意は払う事はなかった。しかし、今般の入手を機にRS-6を検分したところ、本機は実に精緻で見所が満載であり、誠に驚く事になった。このため、参考資料として、以下に本機の各部写真と併せ、若干の概観を掲示した。
RS-6の導入
本機は米国製で、1951年頃、第二次世界大戦期の特殊無線機材に替え、軽量小型で低コストの後継機として、主にCIA(米国中央情報局)向けに導入された。この時期、世界各地では米ソが対峙し、代理紛争も頻発し、特殊用途の無線機材に対する需要は引き続き大きいと考えられていた。しかし、間もなくして技術革新により通信手段が多様化し、また、半導体式の小型で軽量、廉価な多目的の民生無線機が数多く造られる様になり、RS-6を含む専用の特殊無線装置はその役割を終える事になった。
RS-6諸元
用途: 情報機関他特殊用途
送信周波数: 3-7MHz、7-16.5MHz
電波形式: 電信( A1)
送信出力: 3-5W
送信構成: 水晶発振(6AG5)、電力増幅(2E-26)
受信周波数: 3-6.5MHz、6.5-15MHz
受信構成: スーパーヘテロダイン方式(水晶制御単一周波数受信機能付)、高周波増幅1段(5899)、局部発振(5899)、周波数混合(5899)、中間周波増幅2段(5899 x2)、格子検波(5718)、BFO(5718)・低周波増幅1段兼較正用水晶発振(5718)
中間周波数: 455KHz
電源装置: 交流式、直流式(入力6V)、送受信機共用
空中線装置: 送受信機共用、1/4波長単線逆L展開型
装置総重量: 6.5Kg
RS-6装置概要
本無線装置は送信機、受信機、共通電源装置及び空中線装置等により構成され、運用は電鍵操作によるブレークイン方式である。
☆送信機
本機は水晶発振、電力増幅方式で、運用周波数は3-7MHz、7-16.5MHzの2バンドであり、電波形式はA1のみである。発振回路は五極管6AG5で構成される変形ピアスで、陽極側に同調回路を具え、発振確認用のネオン管が装置されている。
電力増幅部は五極管2E26により構成され、陽極同調回路は蓄電器により高圧を切離した並列タンク回路方式で、陽極電圧は400V、送信出力は3-5Wである。
空中線結合回路はタンクコイルと共用のインダクタンス切替式出力コイル及び、空中線回路に直列に装置された給電確認用の豆ランプにより構成されている。本回路は接地型空中線同調回路を構成し、電流饋電方式により、接続する1/4波長の空中線との同調を行う。
電鍵回路は継電器による高圧の接・断方式で、併せ、空中線の切替及びネオン管による打電モニター用の低周波発振回路を制御する。低周波出力は必要に応じ、受話器に接続される。送信機には小型の電鍵が組み込まれているが、併せ高速用の外部電鍵を接続する事が出来る。
送信機の容積は13x17.5x5cmで、重量は1.3kgである。
☆受信機
本機は高周波増幅1段、中間周波増幅2段、低周波増幅2段のスーパーヘテロダイン方式で、傍熱式サブミニチュア管8本により構成されている。運用周波数は3-6.5MHz、6.5-15MHzの2バンドで、BFO回路及び同調ダイアル較正用の水晶発振回路を具えている。
フロントエンドは五極管5899による高周波増幅1段、5899による周波数混合回路及び5899による局部発振回路により構成されている。
局部発振回路は水晶片による固定周波数受信機能を具え、自励発振時は陽極同調型発振回路として動作するが、水晶片を装置すると第二格子を陽極とした変形のピアスGP発振回路として機能し、陽極同調回路より基本波、高調波が出力される。使用する水晶片の発振周波数は受信周波数+455KHzである。
各段の同調回路は3連式の可変式蓄電器により構成され、同調目盛盤は粗同調ダイアルを兼ね、併せ減速ギァによる精密同調機能が付加されている。
中間周波増幅回路は5899による2段増幅方式で、中間周波数は455KHzである。第二検波は三極管5718による格子検波方式である。
BFO回路は5718により構成されるハートレー発振方式で、本回路はダイオードと共に手動利得調整用のバイアス電圧発生回路を併せ構成し、出力電圧を高周波増幅管及び中間周波増幅管の第一格子に加圧している。
低周波増幅回路は5718による一段増幅方式で、本回路は同調ダイアルの較正用500KHz水晶発振回路を兼用している。低周波出力回路は変成器により構成され、専用受話器は片耳式のマグネチックイヤホーンである。
受信機の容積は17x13x5cmで、重量は1.3kgである。
☆電源装置
本装置は一次入力電源が交流、直流の選択式で、切替えは接続するコネクターにより行われる。交流運用の場合、入力は70-270Vの五段切替式で、線條電圧は交流6.3Vが供給される。直流運用はバイブレター構成で、入力は直流6V、この場合線條電圧は一次直流電源により供給される。
電源装置は高圧発生部及びレギュレター部に2分割された構造で、高圧発生部には整流管6X4が装置され、出力は直流400Vである。レギュレター部には平滑回路及び、定電圧放電管5644二本で構成される受信機用の定電圧発生回路が装置され、送信機に400Vを、受信機に90Vを供給する。
高圧発生部の容積は10.2x25x5.2cmで、重量は2.5kg、レギュレター部の容積は10.2x25x5cmで、重量は1.5kgである。
なお、レギュレター部の半分はアクセサリー類の収容部である。
☆空中線装置
取扱説明書に記載される本機の空中線装置は、1/4波長の逆L型で、送受信機共用である。RS-6の送信機は展開空中線の延長、短縮を行う空中線同調機能を具えていない。このため、使用空中線長は1/4波長で、結合回路による同調範囲はさほど広くないと考えられる。
掲示写真補足
組写真@はRS-6の主要構成装置で、奥左が電源高圧発生部、中央が電源レギュレター部、右が送信機で、手前が受信機である。
写真Aは送信機の内部、Bは受信機の内部である。
写真Cは電源部で、左が高圧発生部、右がレギュレター部である。
先日、帝国陸軍の電波兵器に関わりnetを検索中、八木和子著「ある正金銀行員家族の記憶」なる出版物を見つけ、誠に驚いた。八木和子氏には当館に於ける電波兵器関連資料の収集で、大変お世話になった経緯がある。
八木和子氏は戦前、横浜正金銀行の上級行員であった父と共に青春期の大半を海外で過ごし、英国領インドのカルカッタ王立音楽学校でピアノを学び、音楽教育をライフワークとした。しかし、戦中の一時期、多摩陸軍技術研究所で臨時用務員を勤め、これが縁で、後に当時研究が行われていた対空射撃管制レーダー「タチ31」の開発に関わる経緯を纏められた。
また、その後、タチ31号の母体である「タチ2号・4号」他、帝国陸海軍の射撃管制レーダーの開発に多大な影響を与えた「ニューマン文書」の調査グループを立ち上げ、我が国の電波兵器に関わる技術史の研究に貢献された。
事務局員は資料収集を通じ八木氏の知己を得、著書「レーダーの史実」や「『ニューマン文書』と『ニューマンノート』の謎」他多くの資料、情報を頂く事になった。八木氏は鎌倉にお住まいで、また、小生は鎌倉の生まれであり、電話口での会話は弾んだが、実際にお会いすることは無かった。しかし、「ある正金銀行員華族の記憶」により、八木和子氏は2018年(平成30年)に亡くなられていた事を知った。享年は97才であられたが、それにしても、誠に残念な事である。
なお、著書には、当時の多摩陸軍技術研究所の活動が色々と記されており、誠に興味深い内容である。
八木和子氏と陸軍電波兵器
戦中八木氏は多摩陸軍技術研究所の東芝内川崎研究所で臨時用務員として終戦までの九ヶ月間を働き、終戦時に勤務中に書き留めた「た号改4型(タチ31号)」の記録を持ち帰った。
1977年(昭和52年)頃、女史は川崎研究所に勤務していた元上級技術将校達に働きかけ、当時開発を行っていた対空射撃レーダー「タチ31号」の開発に関わる経緯を纏めた。その後、この研究は防衛庁(現省)の協力の基、防衛庁技術資料82号「第二次大戦下における日本陸軍のレーダー開発・対空電波標定機た号2型、た号改4型」として部内出版された。
また、1995年(平成7年)には「技術資料82号」を補足し「レーダーの史実」として自費出版(非売品)を行い、関係部門への配布を行った。
八木氏はその後、陸軍の対空射撃管制レーダーの1号機である「た号1型(タチ1号)」、「た号2型(タチ2号)」の開発に大きな影響を与えた「ニューマン文書」の研究会を立ち上げ、その成果を1997年(平成9年)に「第二次大戦秘話『ニューマン文書』と『ニューマンノート』の謎」として纏め、自費出版(非売品)により関係部門への配布を行った。
タ号改4型(タチ31号)
本機は多摩陸軍技術研究所の第3科長であった佐竹金次大佐の企画により、既設の対空射撃管制レーダー「タチ4号(た号4型)」に、ドイツ空軍の「ウルツブルグD型」の機能を転用し、短期間で開発が行われた対空射撃管制用レーダーで、和製ウルツブルグとも呼ばれる。
旧陸軍科学研究所の佐竹大佐(当時中佐)は1940年(昭和16年)春、山下奉文中将率いる遣ドイツ視察団の一員としてドイツに渡り、その後は現地に留まり、ドイツ空軍の射撃管制レーダー「ウルツブルグ」の国内導入に努めた。佐竹大佐は1943年(昭和18年)9月に独逸テレフンケン社の技師Heinrich Foders(ハインリッヒ・フォダス)を伴い帰朝し、多摩技術研究所の第3科長(大佐)に就いた。
潜水艦での帰路、佐竹大佐は複雑なウルツブルグの国内導入には既に時間が無いことを悟り、陸軍の既設射撃管制レーダーにウルツブルグの技術を転用した簡易型国産ウルツブルグの開発を企画した。本機は1944年(昭和19年)の秋に「タチ31号(た号改4型)」として完成し、陸軍が実戦導入した最後の射撃管制レーダーとなった。
ニューマン文書
1942年(昭和17年)2月15日にシンガポールが陥落すると、陸軍は技術調査団を直ちに派遣し、英軍の軍事技術全般に関わる現地調査を実施した。この折り、正確な対空射撃を行っていたブキテマ高地の高射砲陣地裏手の焼却場より、電子回路を書き留めたノートが発見された。
ノートの所蔵者は英陸軍兵器部隊所属のNewman(ニューマン)伍長で、中には英軍の探照灯管制レーダーS.L.C.(Search Light Control) の取扱い及び動作概要他が記されていた。
この調査でS.L.C.本体は入手する事が出来なかったが、英軍電波兵器に関わる調査資料は南方軍兵器部により「ニューマン文書」として纏められ、各研究部門に配布され、我が国のレーダー開発に多大な影響を与えた。間もなくして開発された陸軍のタキ1号、タキ2号は、S.L.C.に精密測距機能を付加した構成である。
また、「ニューマン文書」により、敵国が当時日本では殆ど評価されなかった八木・宇田アンテナをレーダーに使用していることが判明し、我が国の科学者、技術陣は愕然とした。
ニューマン文書の発見
1988年(昭和63年)、八木アンテナの発明者である八木秀次・宇田新太郎両博士を尊敬し、長年に渡りニューマン関連資料の探索を続けていたアンテナ技研(株)の創設者で、上智大学名誉教授の佐藤源貞先生は、元陸軍技術少佐塩見文作氏宅で「ニューマン文書」を発見し、その経緯を1990年(平成2年)3月にテレビジョン学会無線・光伝送研究会にて「八木アンテナに関する秘話」として口頭発表を行った。
後にこの発表はHAM Journal(CQ出版)1992年(平成4年)3月・4月・5月・6月号に掲載され、以降「ニューマン文書」の研究は八木和子氏を中心としたグループにより大きく進む事になった。
先般入手したドイツ空軍のE52a-1型受信機が動作を始めた。しかし、時折局部発振回路が発振を停止するため、オーバーホールが必要である。短期間の使用ではあるが、光投影式ダイアル機構、帯域連続可変機構、モーター駆動式4周波数登録機構等、何れの機能も圧巻で、誠に感激した。
本受信機は1941年(昭和16年)にTelefunken 社が威信をかけ開発した最高級受信機で、光学投影式ダイアル機構を具え、1.5〜25MHz帯を5バンドで受信する。本機はKolnの愛称で呼ばれ、総生産台数は約2,500台、短波帯の傍受、通信、方向探知等広義に使用された。
Telefunken 社はE52型受信機の開発に際し、「向こう15年間は他社の追従を許さない高性能受信機の開発を模索した」との逸話は、ドイツの収集家よりよく聞く話である。事実、本受信機は回路構成、構造、機能、性能、安定性、操作性等何れにおいて、当時にあっては比類無き秀作で、今日でも各国蒐集家の憧れの的である。
E52型にはa-x、b-x等々、11種にも及ぶバージョンが有るが、大半は受信周波登録(プリセット)機能と可変BFOが省略されたE-52b-1型である。ちなみに、今般入手の受信機は周波数プリセット、可変BFO機能を具えたE-2a-1型である。
E52の開発
1939年(昭和14年)、独逸空軍は40KHz〜150MHzをカバーする高性能多機能型汎用受信機群の研究開発をTelefunken 社に依頼した。
1941年(昭和16年)には4機種の開発が完了し、1942年(昭和17年)からE51型(40KHz〜1.6MHz)、E52型(1.5〜25MHz)、E53型(24〜68MHz)、E54型(60〜150MHz)の4機種の生産を逐次開始し、1945年(昭和20年)の敗戦迄これ等を使用した。また、戦後東ドイツで引き続き生産が行われた。
E52a型受信機装置概観
本受信機は構成各部がプラグインユニット化された構造で、光投影式ダイアル機構、受信帯域幅連続可変機能、モーター駆動式4受信周波プリセット機能等の特徴を具えている。
☆プラグインユニット構造
本受信機の構成各部はユニット化され、整備性の向上が図られている。各部はアルミダイキャスト製の枠内に真空管、構成部品を組み込んだ構造で、堅牢で安定した動作を実現している。
☆光投影式ダイアル機構
本同調機構はガラス円盤にエッジングされた同調目盛を、光源、レンズ、反射鏡により磨りガラスに投影する方式で、極めて精細な同調操作が可能である。ちなみに、6-10MHz帯の最小読み取り周波数は5KHzである。
☆受信帯域幅連続可変機構
本受信機は混信、混変調対策として特別な回路構成を具えている。
高周波増幅・周波数混合部は復同調2段(4連バリコン使用)構成である。中間周波増幅段にはブロックフィルターに加え、2個の水晶振動子と4連式差動バリコンで構成される可変式水晶濾波回路を装置している。
これらの構成により混変調を低減し、混信対策として200Hz〜10KHzの帯域幅連続可変を実現している。
☆受信周波プリセット機能
本機能は機械式4受信周波数登録装置で、その登録、呼び出しはモーター駆動による一挙同である。
E52型受信機諸元(a-x、b-x)
構造: 構成各部プラグインユニット方式
構成: 高周波増幅2段、中間周波3段のシングルスーパーヘテロダイン方式
各部構成: 複同調高周波増幅2段、周波数変換、自励局部発振、可変帯域中間周波増幅3段、検波・AGC、BFO発振、低周波増幅
構成管他: RV12P2000x10、整流管RG12D60x2、定電圧放電管MST140/60Z、バイアス電圧安定化管Urfa610、バイブレーターMZ6001
受信周波数: 1.5〜25MHz(5バンド)
受信周波数表示: 光投影精細直読表示、扇型指針疎直読表示
同調操作: 減速比1:8(粗)、1:90(精)の2段操作
周波数プリセット機能(a-xバージョン): 任意の4周波数(読出しは電動式)
電波形式: A1・A3手動感度調整、A1・A3自動感度調整
中間周波増幅: 中心周波数1MHz三段増幅、帯域幅200Hz〜10KHz連続可変
BFO: ±5KHz連続可変(a-x)、900Hz水晶発振
空中線入力: 同軸、長、短ロングワイヤー用各種接栓
電源: 交直両用110〜230V(40〜60Hz)、DC12V(4A)
容積・重量: 245x446x360mm、41Kg
先般、帝国陸海軍無線機材、独逸軍無線機材他を多数入手した。本日当館(横浜旧軍無線通信資料館)の技術調査員である安齊穗積氏と共に、一日がかりで整理を行ったが、未だその全ては完了していない。
主要入手機材は以下のような物であるが、特に独逸軍無線については今日では入手が困難な物もあり、誠に幸いであった。
なお、入手主要機材については別途、その概要を掲示したいと考えている。
入手機材
帝国陸軍機材
☆地一号受信機(構成線輪、IFT一式、交流式電源、直流式電源)
☆九四式三号特殊受信機(短波)
☆九四式三号甲無線機(1号箱木入り、受信機、送信機、備品一式)二台
☆九四式三号丙無線機(受信機二台、送信機二台、各受信線輪)
☆九四式五号無線機(1号木箱入り、受信機、送信機)、他受信機一
一台、送信機三台
☆九四式六号無線機(本体、空中線、送受話器、手廻発電機他)
☆(九四式 )27号型受信機機(受信線輪付)
☆地四号無線機・受信機(受信線輪付)
☆九九式飛二號無線機(受信線輪付)
☆小型無線機甲
☆その他ジャンク、真空管多数
ドイツ軍機材他
☆E-52 a-1受信機(短波)光学投影ダイアル、部品取一台付
☆Fu.H.E.c.受信機(短波)
☆Fu.H.E.b.受信機(長波)
☆航空機用送信機S10K(短波)
☆航空機用受信機E10K(短波)三台
☆HRO(受信線輪、電源付)二台
☆FRR-23受信機(短波)光学投影ダイアル、部品取一台付、
☆ロシアR-323受信機(短波)光学投影ダイアル
☆ロシアR-326受信機(超短波)光学投影ダイアル
☆その他ジャンク、真空管多数
先般、「ヤフオク!」で陸軍の師団通信隊用機材である94式3号乙無線機を構成する遠隔運用操作(遠操)装置「4号A型操縦機」を入手した。本操縦機は外ケースのみで肝心の中身が欠落しているが、当館(横浜旧軍無線通信資料館)は本機が未収集で、情けない状態ではあるが、完品入手までの暫定措置として落札である。
無線装置「94式3号乙無線機」
本装置は師団司令部と隷下の各部隊司令部間の通信を司る師団通信隊用機材で、野戦用36号型通信機及び、本機の遠操装置である「師団通信隊用副受信機」により構成され、今般入手した4号A型操縦機はこの「師団通信隊用副受信機」の一部である。
元来36号型通信機は陸軍の中距離通信装置である「94式3号甲無線機」の主無線機で、94式3号乙無線機は本機材に遠操装置「師団通信隊用副受信機」を付加した構成である。このため、導入後間もなくして、94式3号乙無線機は装置名自体が「師団通信隊用副受信機」に変更され、以後整備、教育は94式3号甲無線機の一環として行われた。
遠隔運用とは
野戦に於ける軍や師団司令部では隷下の各部隊に対する通信の円滑化を図るため、有線、無線の通信部門を一カ所に集合させ、本所は合同通信所(合通)と呼ばれた。この合通は一昔前の電報電話局と同一機能で、作戦電報(暗号化済み)の受付や、送受信、受信電報の配達等を行った。
無線通信の場合、多数の送受信機を同一の場所で運用すると相互干渉が発生し、通信が困難となる。このため、各対地向けの受信装置のみを合通の受信所に設置し、各送信装置(送信所)は500-1000m離れた任意の場所に配置し、この間を遠操機により結び、受信所より送信機の遠隔運用を行なった。
94式3号乙無線機の場合、この遠隔運用に必要な装置を構成したのが「師団通信隊用副受信機」である。本装置は36号型通信機を構成する受信機と同一構成の44号型受信機、送信機を遠操する「4号A型操縦機」及び、対向して36号型通信機を構成する送信機の電鍵回路を制御する「4号A型中継機」により構成されている。44号型受信機が必要な理由は、36号型通信機は送信機と受信機を分離して運用する事が出来ない為である。
遠隔運用の実際
合同通信所(受信所)には44号型受信機及び4号A型操縦機が、送信所には4号A型中継機及び94式3号乙無線機(36号型通信機)が設置され、この間は93式軽被覆線等により結ばれた。
操縦機・接続線・中継機で構成される遠操装置の基本回路は電鍵・電池・継電器から成るループ回路であり、これに対向呼び出し用ブザー回路及び電話機能が付加されている。操縦機に接続した電鍵を叩くと回路に電流が流れ、中継機の継電器が動作し、接点を介し接続された36号型送信機の電鍵回路が制御され、電波が発射される。
装置設営後、受信所の通信担当は、送信機用発電機の起動・停止の指示はブザーにより、打ち合わせは電話機能を介し行い、操縦機に接続した電鍵で送信機を遠隔運用した。
94式3号乙無線機緒元
用途: 師団通信隊
通信距離:50km
運用周波数: 400-2,500kHz
電波型式: 電信(A1)
送信機: 出力10W、水晶又は主発振UY-510B
送信機電源: 29号型手廻発電機
主受信機(36号型): スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段、中間周波増幅1段、再生式検波、低周波増幅2段、(UF-134、UZ-135、UF-134、UF-109A、UZ-133D)
主無線機空中線: 逆L型、柱高7m、線条20m、地線: 20m被覆線
副受信機:44号型受信機(36号型受信機と同一構成)
主・副受信機電源: 乾電池B18型(22.5V)x4、平角3号(1.5V)、C-129(3V)
副受信機空中線: 逆L型、柱高2m、線条15m、地線: 10m被覆線2条
遠隔操作機: 4号A型操縦機・4号A型中継器
運搬: 駄馬2頭
開設撤収: 兵6名にて10-20分
整備数: 不明
掲示写真補足
組写真@は今般入手した「94式3号乙無線機」の遠隔運用装置を構成する操縦機である。残念ながらケースのみで、中身は空である。
写真Aは遠隔運用装置「師団通信隊用副受信機」の構成機材収容木箱で、漸く収容位置に空箱ではあるが操縦機が収まった。操縦機の上部は44号型受信機、右端は4号A型中継機である。
写真Bは遠隔運用装置の構成機材で、左は4号A型操縦機、中央が93式軽被覆線、右端が4号A型中継機である。
写真Cは94式3号乙無線機の主通信機と同一の36号型通信機で、上部が送信機、中段が受信機、下段が受信機の電池ケースである。
最近、比較的大きな地震が東北地方を中心に頻発し、当地横浜でも震度3程度を記録することがあった。
幸い、之までに当館(横浜旧軍無線通信資料館)が地震により被害を受けたことは無いが、ショーケース内の展示物には積み重ねた物も多くあり、若干の危うさを感じていた。
個人的に、事務局員は混み合った状態の展示が好きで、結果、各ケース内は展示物で溢れ、機材は二段重ねとなった。しかし、これを機に、展示物の地震対策として、重量物で二段重ねの物は、上部の機材をケースの外に出す事にした。
また、電波兵器(レーダー)のコーナーに展示し、事務局員が貴重と考える真空管類は、近くの陸軍無線機材の運搬箱に収納した。他の所蔵真空管は比較的安全な場所に保管しているが、レーダーに関わる真空管は来館者に提示する機会が多く、このため、取り出しが容易な保管が便利である。
対策後、各ケース内は何か間の抜けた感じになってしまったが、これも安全のためで、致し方ない。しかし、取り外した展示物は館内に置く以外他に場所は無く、このため、こちらが更に雑然となってしまった。
昨年の3月、JA9AA円間俊一氏がなくなられた。円間氏は事務局員がNTT渋谷統制無線中継所勤務時代の上司で、同好の士でもある事から親交が深かった。しかし、事務局員はNTTを早期退職の後「退職者の会」には所属せず、このため、物故を知るのに時間が掛かった。
円間氏は生粋のアマチュア無線家で、DXをこよなく愛し、DXCCでは実に372エンティテを獲得した。その中でもヨルダンの故フセイン国王JY1とのQSOは特別であったようで、「国王が僕のコールサインに敬意を払い、Yes Sirと云ってくれた」と、誠嬉しそうに話されていた。
また、円間氏はコリンズ教の信者で、この時期の主装置はSラインであったが、米国よりオリジナルのシルバードマイカ等を入手し、自身でその交換を行っていた。「コリンズは凄いぞ、部品を交換してもマニュアル通りに調整すれば、全てが規格内に収まる」と誠に楽しげであった。
渋谷統制無線中継所の最寄り駅は東横線の代官山駅であるが、東側の丘を超えると目黒で、そこにはJA1ADD故中島兵吾氏が営むファインアンテナ研究所があり、よく円間氏と共に訪ねた。この場所はマニアの穴で、中島氏や居合わせた同好の士との語らいは尽きることが無かった。
当館を開設して10年ほど経った頃、円間氏が遠路来館され、この折り、陸軍の地2号無線機(送信機)が写るシャックの写真を資料として頂いた。掲示の如く、当初円間氏のコールサインはJA2WA であつたが、1954年(昭和29年)にJA9がJA2より独立し、JA9AAを得られた。
円間氏が逝かれた今日、この写真は旧軍無線機材の資料としてだけでは無く、氏の思い出の品ともなった。本写真については、旧軍無線機材の編纂作業に関わる一項、「旧軍無線機材とアマチュア無線」の中で使用したいと考えている。
事務局員は1960年代の初頭にSANWA(三和無線測器研究所)より発売されたAM送信機TM-407及び、対の受信機NR-408に思い入れがあり、機会があれば是非入手したいと考えていた。そんな中、先般幸にも程度の良いNR-408を「ヤフオク!」で入手することが出来、今般当館の技術調査員である安齊穗積氏により修復された。
NR-408はハムバンド専用のダブルスーバー(第一局部発振可変方式)で、当時は誠に高額な国際電気のメカニカルフィルタを装備している。このため、価格も半端が無く、完成品が74,000円、セミキットが50,000円と、この時代の小アマチュア無線機としては驚くほどに高額で、事務局員は当然の事としても、殆どのアマチュア無線家には手が出せなかった。このため、今日でも本受信機を入手したいと考える収集家は多い。
NR-408にはメーカー製とセミキットの二種類があるが、幸にも入手はメーカー製で程度も良く、指したる欠品も無かった。しかし、14MHz帯の局部発振回路を構成する温度補償型蓄電器が何故か、マイカ3本を絡めた物に変更されていた。恐らく原品が不良となり、一般マイカの組み合わせにより所要容量を作り上げ、装置したと考えられる。
NR-408はアマチュア無線バンド専用の受信機で「暖気運転」後の安定度はすこぶる良く、ダイアル目盛により最小5KHzの周波数を読み取ることが出来る。しかし、14MHz帯は該当値の温度保証コンデンサーが未入手で、根本的修復には至って居らず、周波数が安定するのに3時間ほどを必要とする。
この受信機は高級機にも拘わらず、不思議なことに周波数の較正用発振器や同調ダイアルの補正機能を備えていない。14MHz帯を除く他バンドの周波数安定度は非常によく、このため、当時設計者は、較正、補正機能は必要無いと考えたのであろうか。それにしても、ダイアル目盛で周波数の補正が出来ない受信機は、その不一致が目に付き落ち着かない。
さて、本受信機の修復にあたり最も気になっていたのが、装備されている国際電気のメカニカルフィルタである。本来はAM用の「MF-455-15K」が装置されていたはずであるが、入手受信機にはSSB用の「MF-455-10K」が取り付けられていた。以前の所有者が変更したものと考えられる。
案の定、メカフィルは経年変化により完全に動作不良の状態であった。安齊氏により分解修理が行われたが、内部は振動子を固定するスポンジが経年変化によりバラバラと成り、振動子に固着し、また、両端の接線が緑青により断線していた。
言うまでも無く、メカフィルは振動子の機械的共振を利用した帯域通過濾波器で、入力側には電気振動を機械振動に換える変換器が,出力側には機械振動を電気振動に戻す変換器が装置され、この間に機械式振動子が数珠状に装置されている。
修理に際し特に問題になったのが出入口の変換器で、当該メカフィルは初期型のためか変換は圧電式で、素子にチタン酸バリウムを使用している。素子の裏表には金属が蒸着され、ここに接線を再接続するが、通常の半田付では温度が高く、被膜があっという間に蒸発し再生不能となる。このため、導電性接着剤等を試したが、最終的に安齊氏は低温半田により原状を回復した。
MF-455-10K系のメカフィルは、その後変換素子が圧電式より磁歪式に変更されたとのことであるが、コイルを使用した磁歪式であれは、修復は非常に容易と考えられる。
メカニカルフィルタと旧軍機材
ところで、メカフィルの圧電式変換素子は、大戦中に開発された帝国陸海軍のレーダー自己監査装置「レーボック」を思い起こさせる。この装置は伝統的圧電素子である水晶片に石英の棒を低温半田で接着した遅延回路で、受信機の中間周波部に組み込まれた。
回込みにより受信された自レーダー波は水晶片により機械振動に変換され、石英の先端より反射して戻り、再び水晶片により電気信号に変換され出力される。このため、飛行機や艦船等よりの反射波がない場合でも、あたかも数十キロ離れた場所に標的があるが如く疑似反射波として表示され、之を基に機器の調整をおこなった。
また、圧電素子より磁歪式への転換は、アクティブソナーや測深儀に於ける超音波発生技術の発達と共通している。当初帝国陸海軍は超音波の発生に水晶片(ランジユバン型振動子)を使用していたが、その後磁歪式に変更した。
掲示写真補足
組写真@は今般入手し、修復の成ったNR-408である。写真Aは受信機の内部で程度は良好である。写真Bはメカニカルフィルタの内部で、この時代のメカニカルは何れも似たような状態である。しかし、清掃をすれば殆どが原状を回復する。写真Cは先に入手したスター製品と併せ趣味の部屋に置いたNR-408である。
先般「ヤフオク!」にて標記の取扱法を入手した。本冊子は各部隊に於ける95式電信機の教育補助資料であるが、9x12.5cmと非常に小さな作りでありながら、詳細な付図が14枚も添付されており、真に驚いた。本取説は当館(横浜旧軍無線通信資料館)には是非とも必要な資料であったが、有線機材は無線機器とは異なり人気が無く、応札者は他におらず、落札価格も出品価格の1,000円で、誠に幸であった。
95式電信機は陸軍が1935年(昭和10年)に導入した軍通信隊用の有線電信機で、22.5Vの低陽極電圧で動作する空間電荷型真空管一本で構成された簡易な低周波発振器である。しかし、真空管の知識が全くない有線通信隊員にとっては、本機は未知の新兵器、新技術であり、その導入に戸惑ったと考えられる。このため、本取扱法は要員にとって、不可欠な学習教材であったと考えられる。
ところで、陸軍の設立以来、有事に際し編成され、派遣軍の作戦用有線通信網を建設し、その運用を担務するのは通信の専従部隊である軍通信隊であった。しかし、通信路の建設作業はその性質上手作業による建柱、架線が中心であり、他兵科のように機械化をする余地は殆ど無かった。このため、昭和の時代になっても、日清・日露の戦い以来と殆ど同一の機材を使い続けたが、この様に制式改変の殆どなかった兵科は他に類がなかった。
作戦時に建設される通信網の基幹は、70m間隔で建柱される長さ約4m、重量約3Kgの電柱の先端に、碍子を介し架線される裸線一条で、この通信路は軽構成線路と呼ばれた。野戦に於ける裸線一条の線路構築は、軍通信隊の最も華々しい活躍の場であったが、95式電信機導入以前は、その両端末に接続される電信機の多くは磁石駆動の印字式電信機であった。このため、満州事変の実戦経験を基に装備の改定が進み、漸く電信機に関しては、無線技術を応用した95式電信機が導入された。
なお、当然の事として、当初95式電信機は「軍事機密」に指定され、装置には其れを表示するプレートが取り付けられていた。しかし、あまりにも装置が簡単な為か、1939年(昭和14年)になり、「軍事機密」は指定解除となった。事務局員はこの通達をアジア歴史センターの資料検索中に見つけたが、さもあらんと、思わず笑ってしまった事を覚えている。
95式電信機諸元
用途: 軍通信隊電信通信
通信路: 単線、片線接地法式
通信距離: 線路加圧電圧6Vで200Km(電圧増強により延長可).
構成: 低周波発振方式(1,000Hz)、発振UX-111B
受聴: 電磁高声器又は受話器
電: 低圧1.5V(平角3号乾電池)、高圧22.5V(B-18号乾電池)、線路用6V(C-1号乾電池)
95式電信機概要
本機は空間電荷型4極管UX-111B一本で構成される低周波発振器方式の電信機で、通信線路で結ばれた二台が対向して通信を行う。装置は低周波発振回路、対向電信機の空間電荷格子に電鍵操作で電信符号による正電圧を加圧し発振させる電鍵回路及び、加圧用乾電池(6V)により構成されている。
発振回路はUX-111Bの制御格子と陽極回路を結合させる低周波変成器及び蓄電器に依り構成され、対向の電鍵操作により、空間電荷電極に規定の正電圧が加圧されると回路は1,000Hzで発振し、陽極回路に装置された電磁式簡易スピーカより可聴電信音が発せられる。
通信距離は加圧電圧6Vで約200Kmであるが、電圧を増加させることにより通信距離を延長させることが出来、最大通信距離は500Km以上であったと伝えられている。本電信機を構成する発振回路では、構成真空管UX-111Bの空間電荷格子回路に流れる電流は極僅かであり、よって、線路による電圧降下は非常に少ない。しかし、線路の距離が長くなると誘導電圧等による線路障害が発生する事が多く、特段の付加装置無しに通信路を延長し続ける事は困難となる。
運用操作
本電信機で通信を行う場合、電源を接として電信機を動作状態としておく必要がある。対向が電鍵操作を行うと自機が発振し、発報を確認出来る。また、非通信状態の場合は回路構成から陽極回路、通信線回路に電流は流れない。しかし、UX-111Bの線條は常に点灯状態にあり、本電信機ではA電池の消耗が大きい。このため、運用に際しては同一通信路により電話連絡を行い、電信回線を開設することもあった。
空間電荷型真空管
本管は低い陽極電圧で動作する特殊管である。通常真空管の増幅・発振回路を十分に動作させるには、陰極が放出する電子を陽極に高速に到達させる必要があり、最低50-100V程度の高電圧を陽極に加圧する必要がある。一方、低電圧の場合は陰極より放射された電子は陰極付近に滞留し電子雲(空間電荷)を構成し、陽極への到達効率が低下し、増幅度、発振強度は極端に低下する。
しかし、陰極と制御格子の間に、空間電荷の中和を目的とした正電圧格子を配置する事により、低電圧に於ける動作を改善する事が出来る。この格子はスペースチャージグリッドと呼ばれ、正電位により滞留する負電位の「空間電荷」を中和し、低陽極電圧であっても、効率よく陽極に電子を到達させる。結果、22V程度の低陽極電圧であっても、高増幅度、強発振勢力を得ることが出来る。本構造の真空管は空間電荷型真空管と呼ばれ、陸軍では本機や野戦用無線機材「94式3号甲無線機」を構成した副受信機「53号C型受信機」等に使用された。
掲示写真補足
組み写真Cは95式電信機、98式電信用電信濾波器、92式電話機及び98式双信器により構成される通信装置の、対向状況を再現したものである。中央の通信線は92式軽被覆線であり、通常軍通通信隊に於ける実際の野戦通信路は裸線一条である。
構成装置中央左が98式双信器、左端下部が95式電信機、上部が98式電信用電信濾波器、その上に置かれたのが92式電話機である。98式電信用電信濾波器は98式双信器と同様に可搬式の木箱に、92式電話機は皮製のケースに収容される。
なお、98式電信用電信濾波器は遮断周波数25Hzの低域濾波器で、95式電信機を構成する発振管UX-111Bの空間電荷格子回路に装置され、通信路で発生する誘導雑音の除去を行う。また、98式双信器は95式電信機と92式電話機の通信線路共用装置で、併せ対向呼出機能を具えている。
先般電子部品の基板や電気絶縁材料を製造する利昌工業(株)の広報担当より、当館(横浜旧軍無線通信資料館)がHPに掲載している海軍「TM式軽便無線電信機」の写真使用許可に関わる連絡を受けた。要請は創業100周年に当たり、広報誌に掲載するベークライト板の記事に関連し使用したいとの事で、このため、該当機材の写真を新たに撮り直し、提供した。
広報担当者より頂いた資料によると、利昌工業(株)は 1935年(昭和10年)より「ベークライト板」を扱う電気絶縁材料メーカーで、昨年10月に創業100周年を迎え、先の大戦中は海軍省の指定工場であった。当初はベークライト板をスイスより輸入し海軍に納めていたが、国際情勢の緊張により輸入が困難になると、海軍の強い要請により、自社製に移行し、特命発注を受けた。
このため、海軍の通信機器に使用されたベークライト板は高い確率で、利昌工業が輸入、あるいは自社生産した製品の可能性があり、創業100周年を迎え、広報誌に掲載する記事に、当館が所蔵し、前面パネルにベークライト板を使用した海軍の「TM式軽便無線電信機」の写真を使用したいとの事であった。
本件に関連し、昨日利昌工業より該当の創業100周年号が大量に送られてきた。提供写真は「フェノール樹脂積層板」(商標ベークライト)と題した歴史記事の中で使用されていたが、写真の扱いが誠に大きく恐縮した。何れにせよ、当館の所蔵物が、歴史的メーカーの役に立ち、誠に幸いであった。
海軍TM式軽便無線電信機
本機は帝国海軍陸戦隊用の携行式簡易無線電信機である。TM式軽便には中波用の「TM式軽便中無線電信機」及び、短波用機材である「TM式軽便無線電信機」の二機種がある。
TM式軽便は兵2名により運搬が可能なトランク型の簡易無線電信機で、トランク二個に電信機、電源、空中線材料他必要装備一式が収容されている。「TM式軽便中無線電信機」の運用周波数は2,500-5,000KHz、「TM式軽便無線電信機」は4,500-10,000KHzで、中波用機材が空中線延長線輪(タップ切替式)を装置している以外は、両機の回路構成に大きな相違はなく、装備真空管、備品等も共通である。
本電信機原型の導入は1929年(昭和4年)頃と考えられるが、以後数度の改修が行われ、大戦終了まで陸上部隊、各種艦艇(停泊時)、見張所他、海軍の各部所で広義に使用された。
「TM式軽便中無線電信機」(中波用)諸元
用途: 近距離通信用
通信距離: 5km
周波数2,500-5,000KHz
電波形式: A1(電信)
送信出力: 2W
構成真空管: 直熱管UX-112A x2(又は傍熱管UY-76 x2)
送信構成: 自励発振・直接輻射、UX-112A x2並列使用
受信構成: オートダイン方式、検波UX-112A、低周波増幅UX-112A
電源: 蓄電池6V及び乾電池135V(又は交流電源)
空中線: ロングワイヤー式(内蔵式)
「TM式軽便無線電信機」(短波用)諸元
用途: 近距離通信用
通信距離: 5km
周波数5,000-10,000KHz
電波形式: A1(電信)
送信出力: 2W
構成真空管: 直熱管UX-112A x2(又は傍熱管UY-76 x2)
送信構成: 自励発振・直接輻射、UX-112A x2並列使用
受信構成: オートダイン方式、検波UX-112A、低周波増幅UX-112A
電源: 蓄電池6V及び乾電池135V(又は交流電源)
空中線: ロングワイヤー式(内蔵式)
先般「ヤフオク!」に米軍の航空機救難用無線機RT-159/URC-4が出品された。この無線機は航空機に搭載される救命筏等の備品で、遭難時に、救難機との通信に使用するが、当然の事としてその運用は航空機の国際非常通信周波数である。
本機は非常通信用機材のため、映画の救難場面にはよく登場するが、事務局員にはジョージ・チャキリスが主演した「芦屋からの飛行」が記憶に残っている。当時ジョージ・チャキリスは「ウエストサイド物語」の好演で人気があり、この映画を見た方は多いと考える。
事務局員はこの救難無線機に若干の思い出があり、オークションの推移を注視したが、価格が1万円を超えたため応札は諦めた。程度も不良であった事から、4-5千円が妥当な価格と考えていた。
装置構成
本機は2バンドのAM機材で、運用周波数はVHFが121.5MHz、UHF(機材表記)が243MHzで、両周波数は逓倍関係にある。装置は無線機RT-159と之にケーブルで接続する水銀電池より構成されるが、本体は非常に小型で、構成管の殆どはサブミニチュア管である。本来243MHzはVHF帯であるが、何故かRT-159にはUHFと表記されている。
RT-159はトランシーバー構成で、送信部は水晶発振・周波数逓倍方式で、変調は陽極変調である。受信部は超再生検波方式で、検波回路はVHF帯、UHF帯が独立した構成である。また、AM変調回路は受信部の低周波増幅回路との兼用である。
送信部の発振用水晶片は筒型のCR-24/U で、発振周波数は30.375 MHzである。URC-4が導入されたのは朝鮮戦争の頃と推察されるが、当時としては最新のオーバートン用の水晶片と考えられる。
VHF運用の場合は、原発振周波数30.375 MHzを二逓倍二段構成で行い、目的の121.5 MHzを発生させている。また、UHF帯はVHF出力を更に二逓倍し、243MHzを得ている。送信出力は共に、200mW程度と推測される。
この無線機の特徴は、装備のダブレット型空中線装置にある。使用時、装置上部の空中線部を引き上げると、筐体より饋電フィダーとなるパイプ二本とエレメント二本が現れ、エレメントは頂部で左右に展開する。VHF、UHF帯は二逓倍の関係名あり、このため、UHF帯を使用する場合は、エレメントを1/2の長さに短縮する構造である。
URC-4に関わる若干の思い出
事務局員が高校生の頃、都内及びその周辺には米軍の廃品を扱う解体ヤードが数多くあり、CQ誌で知られたジャンク屋の多くはこれら業者と協同で入札を行い、落札物を分け合っていた。
解体業者の仕事は購入した機材を分解し、各金属に分別し販売することであり、其れがどのような物であるのかに関心は無い。このため、解体が後回しにされた無線機や構成部品、真空管、水晶片等がどこのヤードにも散乱しており、土日になるとこれらを求め、無線クラブの仲間と各所を巡った。また、時には米軍ジャンク好きの顧問の先生を帯同することもあった。
この時期よく目にしたのが米軍の携帯式無線機SCR-300/BC-1000及び、車輌用FM無線装置SCR-608を構成した送信機BC-684と受信機BC-683であった。
BC-1000は大量にありすぎジャンクとしては売れなかったのか、その見事な同調バリコンだけが取り外され、あとは鉄くずとして処理されていた。また、送信機BC-684を構成した水晶片FT-241はよく解体場所の周辺に散乱していたが、何処でも水晶濾波器の製作に適した450KHz周辺の物は既にジャンク屋に抜き取られていた。
時折未使用のURC-4一式を見かけることがあっが、これらは別扱いで、当時の高校生には手の出ない値段であった。しかし、ある時、顧問の先生が未使用のURC-4一式と受信機BC-683を裏でコッソリ購入していた事が分かり、我々を驚かせた。
後日、先生は購入した機材を学校で、自慢げに披露してくれた。当時3A5単球式トランシーバの製作がブームであった我々は、URC-4の空中線装置やその素晴らしき内部構造に目を奪われ、誠に感激し、これが本物の携帯式トランシーバーの造りか、と納得した。結果、その形状は事務局員の脳裏に焼き付くことになり、今日まで消えることはなかった。
電波兵器の調査に関わり、大変お世話になった上智大学名誉教授で、アンテナ技研株式会社の創立者である佐藤源貞先生が、先の1月18日にご逝去されました。佐藤先生は八木・宇田アンテナの発明者である八木秀次教授に心酔し、東北大学で電子工学を学び、同大学の助教授を経て上智大学で教鞭を執り、その後アンテナ技研株式会社を設立されました。
一方、先生は太平洋戦争の緒戦に陸軍南方軍兵器部がシンガポールで入手した英軍の電波兵器に関わる調査資料、「ニューマン文書」の研究者、発見者としても知られています。この文書により、当時我が国では殆ど評価をされていなかった八木・宇田アンテナを英軍がレーダーに使用していたことが判明し、日本の技術陣は驚愕しました。
当館は帝国陸海軍電波兵器の調査に関連し、先生が発見された「ニューマン文章」の複写を頂き、また、先生を介し多くの研究者と出会うことが出来、研究の裾野が一気に広がる事となりました。
ここに、生前佐藤先生より頂いたご協力、ご高配に心より御礼申し上げると共に、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
「ニューマン文書」と佐藤源貞先生
1942年(昭和17年)2月15日にシンガポールが陥落すると陸軍は技術調査団を直ちに派遣し、英軍の軍事技術全般に関わる現地調査を実施した。この折り、正確な対空射撃を行っていたブキテマ高地の高射砲陣地裏手の焼却場より、電子回路を書き留めたノートが発見された。
ノートの元所有者は英陸軍兵器部隊所属のNewmann(ニューマン)伍長で、彼は英本国でレーダーの教育を受けた。ニューマン伍長は非常に勉強家で、探照灯管制レーダーS.L.C.(Search Light Control) 、聴覚指示器V.I.E. (Visual Indicating Equipment)及び、対空早期警戒レーダーC.D./C.H.L.(Cost Defense/Chain Home Low )の取扱説明書より、動作概要、取扱法及び主要構成回を自身のノート(ニューマンノート)に克明に転記していた。
英軍の電波兵器に関わる機密保持は徹底しており、降伏前にその主要構成部分は徹底的に破壊されており、調査団はシンガポールに於いてレーダーの可動機を入手することは出来なかった。
しかし、ニューマン伍長のノートは南方軍兵器部により「ニューマン文書」として纏められ、研究各部門に配布され、我が国のレーダー開発に多大な影響を与える事になった。また、ニューマン文章により、敵国が当時日本では殆ど評価されなかった八木・宇田アンテナをレーダーに使用していることが判明し、我が国の科学者、技術陣は愕然とした。
「ニューマン文書」の発見
1988年(昭和63年)、長年に渡りニューマン関連資料の探索を続けていた上智大学名誉教授の佐藤源貞先生は元陸軍技術少佐塩見文作(注)宅で「ニューマン文書」を発見し、その経緯を1990年(平成2年)3月にテレビジョン学会無線・光伝送研究会に於いて「八木アンテナに関する秘話」として口頭発表された。
後に本稿はHAM Journal平成4年3月・4月号(CQ出版)に掲載され、以降「ニューマンノート」、「ニューマン文書」の研究が進むことになった。特に八木和子氏を中心とした「ニュー・ぐるーぷ」はその研究成果を「第二次大戦秘話『ニューマン文書』と『ニューマンノート』の謎」(Vol.T、Vol.U、Vol. III)として纏め、公表した。
なお、佐藤先生が発見された「ニューマン文書」は現在、八木・宇田両先生縁の東北大学史料館に保管されている。
(注) 元陸軍技術少佐塩見文作は陸軍の三式潜行輸送艇(輸送潜水艦)「ゆ」の開発者として知られている。
現在当館は旧軍無線機材に関わる編纂作業の一環として、海軍航空技術廠が大戦後期に開発した機上設置の潜水艦探知用磁気探知機、「3式1号探知機(KMX)」についての最終的な纏めを行っています。
本探知機は高度10-50mで飛行する機上で、潜行する潜水艦よりの微弱な磁気を探知しますが、探索コイルが検知した直流に近い磁気信号を増幅する増幅器の初段に、6Z-AM1なるST管が使用されています。本管の詳細については不明ですが、海軍電気技術史によると、特性はUZ-6C6をアンチマイクロフォニック化した低雑音管とのことです。
KMXは特殊装置のため、残念ながら事務局員は之までに関連した残存機材を確認したことがありません。このため、可能であれば資料として、本6Z-AM1だけでも是非入手をしたいと考えています。
つきましては、本管の入手に関し、皆様のご協力を、是非よろしくお願い申し上げます。