今般、陸軍の師団通信隊用対空通信機材である「94式3号丙無線機」を構成する2号箱を入手した。この2号箱は引出しもなく、程度は不良であるが、当該2号箱は出物が少なく、このため、選択の余地はなかった。今回の入手により、残る収容箱は3号箱のみとなった。 帝国陸軍では、中・小型野戦用無線機材は駄載編成による運搬を基本としていた。このため、装置を構成する送受信機、発電機、空中線材料及び予備品等は専用の木箱に収容され、特殊な鞍に装着し運搬した。 94式3号丙無線機の場合、空中線柱を除く全装置は4箱に収容され、駄馬二頭に積載された。空中線柱は二袋に分割収容され、2号及び3号箱の上部に設置されたが、各箱の収容物は大凡以下の様なものである。1号箱--送信機、受信機、遠隔操作機(中継器)、水晶収容筺、送信機・受信機用線輪他2号箱--手回発電機、発電機整備道具及び消耗品、予備真空管、空中線材料他3号箱--乾電池、93式被覆線、予備品、工具他4号箱--副受信機、遠隔操作機(操縦器)、空中線材料、予備真空管、乾電池、照明器具他 さて、2号箱の入手を機に、不完全ではあるが、94式3号丙無線機の野戦運用状況を、実際の写真を参考に再現してみた。設定した状況は送受信機の直接操作(直操)であるが、3号箱が欠品のため、94式3号甲無線機の2号箱をこれの代用とした。また、1号箱右側に装置される遠隔操作機(遠操機)を構成する中継器は未入手のため、94式3号乙無線機用を仮に装着した。 本ジオラマでは野戦に於ける運用を想定し、収容箱の蓋を使い通信卓を作ってみた。この場合、通信担当は通信卓の前にあぐらをかいて座り、装置の運用を行った。なお、ジオラマの細部写真についてはfacebook「旧日本軍無線機 etc.」に掲示した。https://www.facebook.com/groups/1687374128228449/94式3号丙無線機 本機は第三次制式制定作業に於いて兵器化された砲兵部隊、師団通信隊用の対空電話通信機材である。当初94式3号丙無線機は敵上空を旋回飛行し、着弾観測を行う直協機と砲兵部隊間の電話通信を目的として開発された。しかし、実際の砲撃で観測機が地上部隊を支援する事は殆ど無く、このため、本機は専ら師団や砲兵部隊の汎用通信機材として使用された。 94式3号丙無線機諸元主用途: 対空電話通信用(師団通信隊、砲兵部隊)通信距離: 50Km運用周波数: 送信400-5,700Hz、受信300-5,700KHz電波形式: 電信(A1)、電話(A3)送信機: 出力7W(A1)、5W(A3)、水晶又は主発振UY-47B、電力増幅UX-202A、音声増幅UY-47B、陽極変調(ハイシング変調)UX-202A受信機(二台): スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段、中間周波1段、低周波増幅2段(UF-134、UZ-135、UF-134、UF-111A、UF-109A、UY-133A)送信電源: 手回発電機受信電源: 乾電池送信用空中線: 逆L型、柱高7m、線条20m、地線10m・20m被覆線二条副受信機用空中線: 逆L型、柱高2m、線条15m、地線10m被覆線二条運搬: 駄馬2頭開設撤収: 兵6名にて10-20分整備数: 725機「94式3号丙無線機」装置概説 94式3号丙無線機は33号型送信機、送信機用28号手回式発電機、41号型受信機二台、遠操機及び、空中線装置等により構成されている。本機材は副受信機及び遠操機を装備し、送受信機一体での直操に加え、送信所と受信所に分けた遠隔操作(遠操)を行うことが出来る。 送信機と受信機は遠操装置を構成する中継器と併せ一号箱に収容されているが、運用は通常、各機を箱から出さずに、この形態で行われた。副受信機は送信機の遠隔運用時に受信所で使用されるが、本機は中継器を制御する操縦器と併せ、4号箱に収容された。 送受信機の容積は同一で340X250X16cm、重量は33号型送信機が9.3Kg、41号型受信機が7.3Kgである。 33号型送信機 本送信機の外箱はアルミの板金仕上げで、背面には人背による運搬を考慮して皮バンドの留め金具が装置されている。送信機を構成する筐体はアルミ製アングルに前面パネル、シャーシ、隔壁板を取り付けた構造で、内部は三段に分かれており、上段が真空管装置部、中段がタンク回路・空中線同調部、下段がトランス類・継電器収容部となっている。 本送信機は陸軍の無線装置には珍しく、パネル面のデザインを考慮した設計で、操作部は左右対象に配置されている。 送信機回路構成 本機は発振・電力増幅方式で、水晶・主発振が直熱式五極管UY-47B、電力増幅は直熱式三極管UX-202Aで構成されている。電力増幅管の陽極電圧は400Vで、送信出力はA1(電信)が7W、A3(電話)が5Wで、運用周波数は400-5,700-KHzであり、この周波数帯を差替式コイル4本で対応する。 発振はハートレー回路の陸軍方式で、水晶片を取外すと自励式発振器として動作する。また、電力増幅回路は三極管構成のため、回路の中和用として小型の可変式蓄電器が格子、陽極間に装置されている。電力増幅段は並列同調タンク回路方式で、出力側に空中線同調回路を備えている。 空中線回路は接地型空中線同調方式で、同調回路は可変式空中線延長線輪(バリオメーター)、可変式空中線短縮用蓄電器、回路切替器及び空中線電流計により構成され、調整により固定空中線に1/4波長で同調させる。 電鍵回路は増幅管UX-202Aの第一格子電圧制御方式で、本機は必要に応じ遠隔運用を行うため、回路は継電器により制御される。変調回路は対空電話通信用を考慮して、UX-202Aによる陽極変調(ハイシング変調)方式で、前段にはUY-47Bによる音声増幅回路が装置されており、送話器はカーボン式である。 送受信の転換は手動切替方式で、送受信機を専用接線で結んだ場合、送信時に受信機の空中線及び線条回路が開放される。 送信機電源装置 本送信機の電源装置は28号型手回式発電機である。装置は回転機構、高圧発生用発電機及び低圧用発電機により構成され、出力は高圧が400V(0.1A)、低圧が8V(3A)で、高圧回路には過電流防止用のブレーカー式スイッチが装置されている。 発電機は通常2号箱上部に設置された固定金具に装着し、駆動は両側面に装着した回転用ハンドルにより、兵1名又は2名により行い、回転数は大凡一分間に70回転である。低圧発電機には12Vの電圧計が装置され、送信機動作時に、出力電圧が8Vを維持するように発電機を回転させる。 本機の発電総電力は64Wで、類型の94式3号甲・乙無線機が装備する29号型発電機の40.5Wよりも大きく、このため装置も大型で、重量は13Kgである。 41号型受信機 本受信機の外箱はアルミの板金仕上げで、背面には人背による運搬を考慮して皮バンドの留め金具が装置されている。容積は送信機と同一であるが、内部は2区画に分かれており、上部に受信機筐体を、下部に電池箱を収容する。内部背面には電池箱と受信機部を接続する電源接線が取付けられており、接続はピンジャック端子により行われる。 受信機を構成する筐体は、アルミ製のアングルに前面パネル、シャーシ、隔壁板を取り付けた一体構造で、高周波各段は遮蔽板により厳重にシールドされ、このため、構成真空管はシールドケースを使用していない。 フロントエンド及び中間周波部を構成する真空管は同調コイル背後に配置され、同調用主可変蓄電器は同調コイル下部に横向きに装置されている。検波・低周波部は背後より見て右側に纏めて配置され、中間周波トランスはシャーシの裏面に装置されている。 本受信機は送信機と同様に、操作部の配置に意匠を凝らしており、他の受信機と比べ斬新である。 受信機回路構成 41号型受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段構成のスーパーへテロダイン方式である。運用周波数は300-5,700kHzで、この周波数帯を差替式線輪5本で対応する。本機の第二検波は再生・オートダイン検波方式であり、AGC機能は具えていない。 空中線入力回路は単線式で、フロントエンドは直熱式五極管UF-134による高周波増幅1段、直熱式七極管UZ-135による周波数変換方式で、第一検波はこの種の野戦用受信機には珍しく陽極検波方式である。各段の同調回路は3連式可変蓄電器により構成され、高周波増幅段、第1検波段には補整用として、手動可変式の小容量蓄電器が付加されている。 同調機構はウォームギヤ構造で、同調表示は100度目盛のドラム式であり、周波数は添付された周波数置換表により読み取る。ギヤ機構を構成するウォームホイールはモールド製の一枚構造であり、このため、本型の受信機にはバックラッシュが発生するものが多い。 中間周波増幅回路はUF-134による1段増幅方式で、中間周波数は200KHz、利得調整は増幅管の第二格子電圧可変方式である。 第二検波回路は直熱式四極管UF-111Aによる再生(オートダイン)検波方式で、再生帰還量の調整は検波管の第二グリッド電圧可変方式である。本検波方式は高利得、高選択度を得る事ができ、また、スーパーヘテロダイン式受信機に採用した場合は電信復調用のビート発振器(BFO)が不要となり、真空管を一本節約する事が出来る。 低周波増幅部は直熱式三極管UF-109A、直熱式五極管UY-133Aによる二段増幅方式であり、各段は利得の向上を考慮したトランス結合方式である。 41号型受信機の電源は乾電池構成で、高圧が135V・90V、低圧が1.5V及びバイアス用の-3Vである。高圧135Vは22.5VのB18号積層乾電池6個の直列接続で、90Vは途中より取り出している。バイアス用-3VはC129号型乾電池で、線条用1.5Vは平角3号乾電池一個である。構成乾電池は受信機筐体下部の電池箱に収容される。 なお、受信機の電源スイッチにはシーメンス型を使用し、回路を「開」の位置にしないと前蓋が装着出来ない構造となっている。本式は野戦用受信機に共通して、スイッチの切忘れによる電池の不要消耗を防ぐ対策である。写真補足 掲示組写真上部は、今般再現した94式3号丙無線機のジオラマである。備品収容箱2個の上に設置したのが1号箱で、内部には受信機(左)、送信機(中央)、遠隔運用装置を構成する中継器(右)及び、送受信機用の線輪他が収容されている。残念ながら中継器は本機材用ではなく、94式3号乙無線機の備品である。また、下部に設置した木箱の内、右側は代用品で、94式3号甲無線機の2号箱である。 主装置の右に配置したのが今般入手した94式3号丙無線機用の2号箱である。上部に設置したのが送信機用電源である28号手回式発電機で、本機は3号甲・乙無線機用発電機と比べ一回り大きく、2号箱の上部に装置された留金具により固定される。 なお、残念ながら、手回発電機と送信機を結ぶ電源ケーブルは未入手であ。 組写真下部は94式3号丙無線機の訓練時に於ける記念写真と考えられ、撮影場所は大陸である。本写真の運用構成では、通信卓は作られていない。