先般、米国のNet Auctionで帝国陸軍の野戦用機材、94式5号無線機を構成したと考えられる空中線柱を落札した。当館は之までに野戦用無線装置を構成する空中線柱を確認したことが無く、このため、今般の入手は誠に幸いと考えていた。 資料によると94式5号無線機の空中線装置では、各柱節70cmの軽金属製円管(ポール)3本により、2mの空中線柱を構成する。しかし、到着した空中線柱は3本構成ではあるが、各ポールの長さは48cmで、建柱時の柱高は約1.3mであり、期待した既設空中線柱とは異なる構造で、誠に驚く事となった。 このため、上記を機に、94式5号無線機について概観を行い、併せ、入手空中線柱の帰属について検討を行ってみた。 なお、入手空中線柱各部の写真はfacebook「旧日本軍無線機etc.」に掲示した。https://www.facebook.com/groups/1687374128228449/陸軍「94式5号無線機」(F型/普及型) 94式5号無線機は第三次制式制定作業に於いて兵器化された、第一線部隊用の可搬式近距離用通信機材である。本装置は「32号F型送信機」、送信機用「19号型手廻発電機」、「32号F型受信機」及び、空中線装置により構成されている。送信機は直熱式双三極管一本により構成され、受信機はST型電池管3本より成るオートダイン方式で、電波形式は電信(A1)及び電話(A3)である。 空中線柱を除く構成装置は木箱2箱に収容され、駄馬1頭に2機が駄載されるが、通信に直接必要な機材は兵員2〜3名により分担携行が可能で、必要に応じ、随所で通信所を開設することが出来た。 なお、94式5号無線機には初期型、中期型及び普及型(F型)があり、運用周波数や構造に若干の違いがある。94式5号無線機F型諸元用途: 歩兵部隊用通信距離: 電信(A1)10Km、電話(A3)5Km送信周波数: 420-5,000KHz(3バンド)送信出力: 電信(A1)1.3W、電話(A3)0.5 W送信機構成: 水晶又は自励発振・直接輻射、陽極変調、双三極管UZ-12C一本送信電源: 手回発電機、出力低圧6V・高圧150V受信周波数: 900-5,000KHz(4バンド)受信機構成: オートダイン方式、1-V-2構成(UF-134、UF-109A、UZ-133D)受信電源: 乾電池、低圧1.3V(平角3号)、高圧90V(B18号積層乾電池4本直列接続)空中線装置(送受信兼用): 逆L型、柱高2m、線条15m、地線: 15m被覆線運 搬: 駄馬1頭に2機駄載、通信に必要な機材は兵2〜3名にて分担携行可開設撤収: 兵2〜3名にて5-6分整備数: 5,450機94式5号無線機F型装置概観32号F型送信機 本送信機を構成する外筐体はアルミ合金の板金製で、容積は12x20x15cm、重量は約4.5Kgで、兵による携行を考慮し、肩掛け用の皮ベルトが取付けられている。内部筐体はアルミ製アングルに前面パネル、シャーシ取り付けた構造で、構成真空管UZ-12Cは横向けに配置されている。また、周波数置換表が前蓋の内側に添付されている。 通常5号無線機の運用は、送信機と受信機を専用のコードで接続して行うが、このため、送信機にも送受話器端子が装置されている。送受信の切替は送信機の送受信転換器により行い、送信に切替えると、受信機の空中線回路及び心線用低圧回路が断となる。 本機の運用周波数は420-5,000KHz( 3バンド切替式)で、電波形式は電信(A1)及び電話(A3)であり、構成同調コイルは内蔵式である。構成管の陽極加圧電圧は150Vで、送信出力はA1が1.3W、A3が0.5Wである。 A1運用時の回路構成はUZ-12Cの三極部並列使用による発振・直接輻射方式で、電鍵回路は発振管の陽極電圧制御方式である。A3運用時は回路切替により、UZ-12C三極部(1/2)による発振・直接輻射、三極部(1/2)による陽極変調(ハイシング変調)構成となり、送話器はカーボン式である。 発振回路はハートレーの陸軍型で、通常は水晶片を装備して発振を行うが、取外すと自励式発振器として動作する。陽極同調は並列共振回路方式で、出力側に空中線回路との結合度を可変する空中線結合器及び、空中線同調回路が装置されている。 空中線同調回路は接地型空中線同調方式で、空中線延長線輪、空中線同調器(バリオメーター及び空中線短縮用可変蓄電器により構成)及び空中線電流計(200mA)により構成されている。バリオメーターと空中線短縮用蓄電器の切替えは周波数帯切替器により行われ、調整により固定空中線に1/4波長で同調させる。 本送信機に使用する電鍵は小型の2号B型で、送受話器は両耳式受話器及び、咽頭装着も可能なカーボン式送話器で構成される1号F型送受話器であり、受話器は伸縮ベルトで頭部に装着する。送信機電源装置 本送信機の電源は19号型手回式発電機で、専用コードにより送信機に接続される。発電機には携行移動を考慮して、肩掛用の皮ベルトが取付られている。装置は回転機構、高圧発生用発電機及び低圧用発電機により構成され、出力は高圧が150V(0.08A)、低圧が6V(1A)で、総発電量は18W、駆動は兵一名である。発電機には踏板が装置されており、駆動は通常片膝をつけ、足で踏板を固定し、片手でハンドルを回転させ行い、回転数は一分間に大凡70回転である。低圧発電機には6Vの電圧計が装置され、送信機動作時に、出力電圧が6Vを維持するように発電機を回転させる。空中線装置 94式5号無線機の空中線装置は柱高が2m、線条が15mの逆L型で、地線は15mの被覆線である。柱節は長さ約70cmの軽金属製パイプで、3本を接続し空中線柱を構成し、麻縄の支線により保持する。 空中線柱二本を構成するパイプ6本は同一の袋に収容され、兵の肩に掛け容易に運搬することが出来る。送信調整 送信機に電源接線、空中線、地線、電鍵、送受話器を接続し、電信・電話転換器を「電信」にする。送信周波数に該当の水晶片を装着し、周波数帯転換器を運用周波数帯に切替える。周波数置換表により発振同調蓄電器を該当周波数の位置に、空中線結合器を疎に、空中線同調器を概略の位置に設定する。 送受信転換器を「送」に設定、手回式発動機を駆動し、電源を供給する。電鍵を閉じ、発振同調蓄電器を可変操作し、空中線電流が発生する位置に設定する。空中線同調器を操作し、空中線電流が最大となる様に調整する。地線の長さを加減し、空中線結合器を密にして空中線同調器を再調整し、空中線電流が最大で、動作が安定した状態に設定する。 電信・電話転換器を「電話」に切替えた後、送話器に向かい発声し、空中線電流計が変化することを確認する。 なお、初期型送信機には空中線結合器は装置されていない。32号F型受信機 本受信機を構成する外筐体は送信機と同様にアルミの板金製で、容積は23x22x15.5cm、重量は約8Kgである。受信機前面には保護用の皮カバーが装置され、収容ケース背面には人背による運搬を考慮して、皮バンドが取付けられる構造である。外筐体内部は2区画に分かれており、上部に受信機内部筐体を、下部には電源用乾電を収容する構造である。内部背面には電池箱と受信機部を接続する電源接線が取付けられており、接続は装置背後のピンジャック端子により行われる。 内部筐体はアルミ製アングルに前面パネル、シャーシ及び前蓋いを取り付けた構造で、真空管の配置は垂直である。また、周波数置換表が前蓋の内側に添付されている。 本受信機は高周波増幅一段、再生(オートダイン)検波、低周波増幅二段のストレート方式で、構成真空管三本は電池管である。受信周波数は900-5,000KHz(4バンド)で、構成同調コイルは筐体内に装置されている。 高周波部は五極管UF-134による一段増幅方式で、再生検波(オートダイン検波)回路は三極管UF109Aにより構成され、再生帰還量の調整は陽極電圧可変方式である。高周波部、検波部の同調回路は2連式の可変式蓄電器により構成され、空中線回路には補整用の小型可変式蓄電器が装置されている。また、高周波増幅部には、送受信機の周波数較正時に増幅回路を休止させる「測定」スイッチが付加されている。 同調ダイアル機構はフリクション式で減速比は1:5、同調ノブで100度目盛りの円板を回転させ、周波数は受信機前蓋に添付された周波数置換表により読み取る。 低周波増幅部は三極・五極複合管UZ-133Dで構成された2段増幅方式で、各段は利得の向上を考慮したトランス結合方式であり、出力インピーダンスは大凡2KΩである。 本受信機の電源は乾電池構成で、高圧が90V、低圧が1.5Vである。高圧の90Vは22.5VのB18号積層乾電池4個の直列接続で、線條用低圧1.5Vは平角3号乾電池一個であり、構成乾電池は収容ケース下部の電池スペースに装置される。電源開閉器にはシーメンス型を使用し、スイッチを「開」の位置に設定しないと前蓋が閉じない構造である。 なお、初期型受信機には高周波部を休止させる「測定」スイッチは付加されていない。受信調整(送受信機接続時) 送信機の送受信転換器を「受」とし、受信機の運用周波数に該当する周波数帯に周波数帯切替器を設定し、周波数置換表により該当周波数に同調ダイアルを設定する。ヘテロジン調整器(再生帰還量調整器)を中程に設定する。電源スイッチを閉じ、心線電圧を1.1Vに設定する。受信信号又は雑音が最大となる様に高周波増幅部の補整用蓄電器を調整する。 再生・オートダイン式受信機では、変調信号(A3)の復調は、再生検波方式により行う。対向の変調波を受信後、ヘテロジン調整器を操作し、回路が発振直前で、最高復調感度となり、且つ安定した状態となる様に設定する。電話(変調波)に於ける再生調整は微妙で、このため、調整はヘテロジン調整器及び同調ダイアルを交互に微調整し、必要があれば心線電圧を若干変化させ最良状態を得る。 電信運用(A1)の場合は、信号の復調をオートダイン検波により行う。ヘテロジン調整器により帰還量を増大させ、検波回路を軽い発振状態に設定すると、非変調波はビートとなり、可聴音として復調することが出来、この状態はオートダイン検波である。調整はヘテロジン調整器及び同調ダイアルの操作により、最高感度で、安定した復調状態が得られるように設定する。また、音調の可変は同調ダイアルを微調整して行う。 送受信機周波数較正 周波数較正(鳴き合わせ)を行う場合は、送受信転換器を「送」とした状態で、送受信機接続用接線を取り外し、受信機を動作状態にする。高周波部の「測定」スイッチを断とし、高周波増幅回路を休止させる。ヘテロジン調整器により受信機をオートダイン検波状態に設定し、発電機を駆動し送信機を軽く動作させる。受信機の同調操作により発振波を受信し、零ビートを得る。この操作により送受信機の周波数は一致する。入手空中線柱の帰属について 今般入手の空中線柱により、之まで不明であった94式5号無線機を構成した空中線装置について、その構造が明らかになると考えていたが、期待に反し、その帰属について新たな問題を抱え込む事となった。しかし、入手空中線柱の柱高は大戦末期における94式5号無線機の生産及び、運用形態に関係があるとも考えられ、以下でその帰属について若干の考察を行ってみた。空中線柱の特徴と構造 94式5号無線機の空中線装置は構成が逆L型で、柱高は2m、展開する空中線長は引き込み部分を含め15mである。この空中線柱一本は軽金属製パイプ三本により構成され、一本の長さは約70cmで、埋設部を除き三本の接続により柱高2mを確保する。空中線は二本の空中線柱により展開されるため、構成空中線パイプは6本であり、これらは布製の袋一つに収容される。 一方、今般入手した空中線柱は三本構成ではあるが、各柱の長さは48cmで、建柱した場合は下部10cmが地中に刺さり、柱高は約1.3mとなり、このため、従来の94式5号無線機の空中線装置と比べ、更に低い空中線展開となる。また、材質は強化軽金属と推察していたが、当該空中線柱は肉厚3mの燐青銅と考えられる銅合金で、総重量は2.5Kgと非常に重い構造であった。しかし、資料から、既設の94式5号無線機の空中線柱は軽金属製であり、入手空中線装置の材質が例外と考えられる。 収容袋の構造から入手空中線柱は先端部、中段部、下段部の三本構成に間違いはなく、収容袋には構成空中線柱二本の内、片側を構成する三本のパイプを収容する方式である。このため、無線装置を構成する空中線柱二本は既設の空中線柱とは異なり、二袋に収容される。 構 造 今般入手した空中線柱は下段、中段、上段用の金属パイプ三本により構成されている。下段空中線パイプの下部には建柱に際し、大地ねじ込み用のスクリュウが装置され、上部には回転用のハンドルが付加されている。中段を含め、各柱の接続は差し込み式ではなく、ねじ込み式で、建柱に手間の掛かる構造である。上段空中線パイプの上部には、支線取り付け用の金物が装置されており、また、頂部には空中線展開用の金物が装置されると考えられるが、入手物では欠損していた。近垂直放射空間波(NVIS)通信と94式5号無線機 94式5号無線機は短波帯を使用した陸軍の前線用短距離通信機材で、その運用形態はNVIS(Near vertical incidence skywave)方式である。本式は電波を垂直方向に集中して輻射し、電離層よりの反射角度を出来る限り小さく取り、短距離の所謂不感領域を最小限に抑え、近接通信を可能とし、併せ遠達を防ぐ通信方式である。 NVIS通信の場合、空中線はなるべく低く展開するため、94式5号無線機の空中線装置は柱高2mである。1944年(昭和19年)6月6日に敢行された連合軍のノルマンディ上陸作戦では、一定海域に集結した艦隊の通信を確保するためNVIS通信方式が採用され、各艦艇の空中線装置は被覆銅線を甲板上に展開する構成であった。入手空中線柱該当機材の推測 帝国陸軍の短波帯を使用した前線用無線機材は、94式5号無線機に尽きると云っても過言ではない。一部「小型無線機甲」と称される非制式化機材も導入されたが、本機は空中線柱を装備せず、空中線の展開は周囲の樹木や構造物を利用して行った。このため、以下の補足根拠と併せ、現在の処事務局は、入手空中線柱は大戦末期に生産された94式5号無線機の備品であると考えている。@ 入手空中線柱の製造は収容ケースから推察して大戦末期であり、この時期、原材料の不足から各装置の簡易化が進められた。従来空中線柱は貴重な軽金属により製造されたが、資材の節約を考慮すると、装置の運用に支障がなければ、構造、材質の変更があっても不思議ではない。A 従来の5号無線機を構成した各2m強の空中線柱を銅合金で製造すると、重量がかさみ機動性に問題が生じる。このため、材質の変更に併せ、空中線柱の長さを変更した可能性がある。B 従来94式5号無線機の空中線柱は、空中線柱二本分を構成する約70cmのパイプ6本が一つの肩掛け式布袋に収容された構成である。しかし、今般入手の空中線柱は各三本を独立した布袋に収容する構造で、収容袋の長さは5号無線機を収容する一号箱の横幅に一致し、機動性に優れている。C 94式5号無線機の運用方式はNVISであり、従来の柱高は2mである。しかし、演習時の写真資料には柱高1m程度の運用形態も散見され、柱高が1.3mであっても運用に特段の支障があるとは考えられない。D 94式5号無線機以外に、1.3mの空中線柱を使用する該当機材が存在しない。写真補足 組写真@は今般入手した空中線柱で、当館は本品により初めてその構造を知ることが出来た。空中線柱は上部より、上段、中段、下段である。下段パイプの構造は推測を越えており、誠に驚かされた。収容袋の造りは布のゴム引で、明らかに大戦末期の製造である。 写真Aは一号箱に収容した94式5号無線機F型で、左が受信機、右が送信機である。一号箱の上部に今般入手した空中線柱を配置した。収容袋の長さが、一号箱の横幅と一致していることが判る。 受信機のパネル構成は装置上部左より、電源開閉器、下部が「測定」スイッチ、ヘテロジン調整器、周波数帯転換器(4バンド)、右端が送受信機接続端子である。下部は左より、送受話器接続端子、心線抵抗器、右上が心線電圧測定端子、中央がフリクション式同調器、右端が高周波部補整蓄電器である。 送信機のパネル構成は装置上部左より、送受信機接続端子、発振同調蓄電器、本体引出用ツマミ、空中線結合器、高周波電流計、空中線端子である。下段は左より、電鍵端子、送受話器接続端子、上部が水晶片収容部、右が運用周波数帯転換器(3バンド)、下部が電源接続端子、右が電信・電話切替器、空中線同調器、送受信転換器、下部が地線端子である。 写真Bは送受信機の内部で、左が受信機、右が送信機である。受信機の構成真空管は左が高周波増幅用のUF-134、中間が検波管のUF-109A、右端が低周波増幅二段を構成する三極・五極複合管のUZ-133Dである。 送信機内部、横向けに装置されている真空管が双三極管UZ-12Cである。 写真Cは94式5号無線機の演習風景で、展開空中線の柱高は2mである。