先般、米国より帝国海軍が大戦末期に開発した友軍機誘導用電波探信儀(レーダー)に関わる写真資料を複数入手した。該当誘導用レーダーは6号電波探信儀1型(61号電探)、6号電波探信儀2型(62号電探)等であるが、何れの機材写真も当館が初めて入手する物で、誠に貴重な資料である。 このため、以下に於いてこれら誘導用レーダーの役割及び、比較的資料の揃った62号電探について概観を行ってみた。 なお、関連写真、資料を以下のfacebook「旧日本軍無線機etc.」に掲示した。 https://www.facebook.com/groups/1687374128228449/陸海軍協同バッジシステム 大戦末期、帝国陸海軍は協同で侵入する敵機を効率的に迎撃するためのバッジシステムを計画し、海軍は局地精密監視用レーダー61号、友軍機誘導用62号及び、前方警戒用精密測定式6号電波探信儀3型(63号)を開発した。本バッジシステムについては資料が殆ど無く、その構成、運用形態については判然としないが、システムを構成した各機の役割は大凡以下の様なものであった。 なお、本バッジシステムの開発に際し、陸軍は主に機上用装置を担当したと伝えられているが、海軍も同様の機材M-13(トランスポンダ)を開発しており、その分担はハッキリしない。陸軍が担当したのは本システムの運用には不可欠の、敵味方識別装置(IFF-Identification Friend or Foe)であった可能性もある。61号電探 本機は海軍の艦艇用射撃管制レーダーである2号電波探信儀3型(23号)の機能を拡大した局地対空戦用レーダーで、標的の方位、高角、距離の三諸元を精密に測定し、友軍迎撃機の誘導補助を行う。雛形である23号電探はドイツ空軍の射撃管制レーダーWurzburg D型の帝国海軍版で、本機材の陸軍型はタチ24号である。 61号電探は直径7mのパラボラ型空中線を装備し、その運用目的や構造から、帝国海軍版巨大Wurzburg(Riese)と称されるべき機材である。62号電探 本機材は機上に設置した応答装置M-13を対向として、友軍機の誘導を行う。電探本体は海軍の汎用対空監視用レーダーである1号電波探信儀3型(13号)に等感度測定式空中線装置及び、精密測定機能を付加したもので、61号で捕捉した敵機の予想侵入位置に友軍迎撃機を誘導するが、その受信パルスはM-13の応答波である。 なお、M-13は62号に対向する応答用トランスポンダであり、IFF装置とは異なる。63号電探 本機は海軍の対空監視用電探の1号機である1号電波探信儀1型(11号電探)に精密測定機能を付加した遠距離用電波誘導機で、その主目的は前方警戒である。本電探の雛型は11号電探の精密測定型である2式1号電波探信儀1型改-3で、63号はこれを再設計したものである。63号では従来回転式電探室に装置されていた等感度測定式空中線装置が電探室より分離され、両装置は同軸円環で連結され、空中線のみを回転させ標的の捕捉、測定を行う構造である。システムの運用 終戦により陸海軍協同開発のバッジシステムは未完成に終わったが、計画された運用形態は大凡以下の様なものであったと考えられる。(1) 敵機の接近、侵入の探知は63号他早期警戒用レーダーで行う。これら敵機の情報は防空司令部に集められ、司令部は防空戦隊を出撃させ、迎撃体制を整える。(2) 侵入機の情報は各地域の防空戦闘指揮所に連絡され、設置の61号は敵機を捕捉し精密追尾を行い、そのデータは隷下の防空砲台に出力され、各砲台は攻撃態勢を整える。(3) 迎撃機が出撃すると62号は63号、61号の情報を元に、各戦隊の応答波により、迎撃機を敵機の予想侵入位置に誘導する。62号電探装置概要 本誘導電探は等感度測定式空中線装置、送受信装置、波形精密測定装置及び、電源装置等により構成され、電探装置は電探室の上部に空中線装置が設置された構造である。62号は海軍の汎用対空監視用レーダーである13号電探に等感度測定式空中線装置及び、精密測定機能を付加した改修型機材で、装置は小型であり、設置も容易であったと考えられる。 本電探は63号他で探知し、61号で補足、追尾を行う敵機に、友軍機を誘導するが、その対向は迎撃機に搭載されたトランスポンダM-13よりの応答波で、標的よりの反射波ではない。62号電探緒元用途: 誘導機(友軍機誘導)設置場所: 陸上有効距離: 単機100Km周波数: 150MHz帯繰返周波数: 500Hzパルス幅: 10μs送信尖頭出力: 10Kw空中線装置: 広帯域型半波長ダイポール垂直2列4 x二基、送受兼用送信機: 発振管T-311 x2(P.P.)変調方式: パルス変調、変調管T-307受信機: スーパーヘテロダイン方式(11球)、高周波2段(UN-954 x2)、混合(UN-954)、局発(UN-955)、中間周波5段(RH-2 x5)、検波(RH-2)、低周波増幅1段(RH-2)中間周波数: 14.5MHz帯域幅: ±100KHz総合利得: 120db以上信号表示: Aスコープ方式測定方法: 等感度方式測距精度: 0.8Km測角精度: 0.4゜電源: 単相110/220V交流電源重量: 3300kg製造: 東芝・日畜、1台62号電探各部概説空中線装置 本空中線装置は等感度測定型で、総合利得を高めるため、広帯域型半波長ダイポールを垂直2列、4段構成に纏め、この配列2組を結合回路により並列接続した構造である。空中線結合回路には2箇所の饋電点があり、両饋電点には位相差が発生する。この饋電点二カ所を電動機で駆動するスイッチにより交互に切り替え、2組の空中線を合成すると、位相差により、中心軸より左右に15°外側に傾いた空中線指向特性(ローブ)が発生する。 各ローブで受信した反射波を方向指示器に等感度測定方式で画面表示させるため、空中線の切替に同期した交流信号が等感度測定回路に出力される。 空中線の給電部におけるインピーダンスは約380Ωで、これを二線式フィダーで饋電する。62号電探の空中線装置は送受信兼用で、このため、送信パルスが直接受信機に入力されるのを防ぐため、饋電線より分岐した受信用フィダーの中間に1号放電管が装置され、送信時は高圧パルスにより受信機入力回路が短絡される構造となっている。等感度測定 本機の等感度測定は交互に展開するする空中線指向特性により、左右の各位置で受信されるM-13の応答波2波の振幅強度を比較測定する方式である。 標的に対し、空中線装置の中心軸が左にずれると、右ローブ受信位置の受信電界が大きくなり、方向指示管に表示される右側反射波の振幅は、左側に比べ大きくなる。このため、2波の振幅が同一(等感度)と成るように空中線装置の方位を調整する事により、空中線の中心軸を標的に対し正対させる事が出来、その方位角を精密に測定することが出来る。送信装置 本機は発振部及び変調部により構成されている。発振部はレッヘル線同調回路で構成された三極管T-311プッシュプル(P.P.)の自励発振器で、陽極電圧は8,800V、変調管T-307(三極管)の出力パルスで格子を制御され、尖頭出力10KWで発振する。 変調部は指示装置で発生させた幅約30μsの同期用パルスを10μsに整形、増幅後、変調管T-307で発振管のグリッドを制御する。受信装置 本受信機は高周波増幅2段、中間周波増幅5段、低周波増幅1段のシングルスーパーヘテロダイン方式で、中間周波数は14.5MHz、帯域幅は±100KHz、総合利得は約120dbである。波形指示装置 本装置は62号電探の基本周波数を発生させる主発振回路、送信用同期信号発生回路、監視用指示器回路、距離測定目盛発生回路、波形抽出用輝点発生回路、方位等感度測定器回路等により構成され、方位及び距離の二諸元を精密測定する。 各構成回路の動作は大凡以下の様なものである。・主発振回路 本回路はLC結合発振回路で500Hzの基本正弦波を発生し、構成各回路に供給する。・送信用同期信号発生回路 500Hzの基本正弦波を矩形波に変換した後、微分回路によりパルス化し、同期信号として送信機の変調部に供給する。・監視用指示器回路 基本正弦波に同期した鋸歯状波を発生させ、監視用指示器の表示管を掃引し、画面に受信応答波を表示する。・距離目盛発生回路 減幅信号発生回路により基本波に同期した7.5KHzの矩形波を発生させ、微分回路によりパルス化し、一目盛り20kmの測距用マーカー信号を作り、監視用指示管に表示する。・波形抽出用輝点発生回路 基本周波数500KHzより鋸歯状波を発生させ、波形可変回路で立ち上がり時間をポテンシオメータで任意に可変出来る鋸歯状波に変換する。この鋸歯状波より矩形波を発生させ微分回路でパルス化し、監視用指示管の格子回路に入力すると、ポテンシオメータの手動操作により、時間軸上を任意に移動する輝点を発生させる事が出来る。ポテンシオメータの変化量と距離の関係を事前に較正すると、変化量からM13応答波の距離を精密に測定することが出来る。・方位等感度測定用指示器回路 波形抽出用の輝点信号は、方位等感度測用指示管の格子回路に入力されている。本回路により、監視用指示器で輝点を標的波に合致させると、該当波形の前後が抽出され、方位指示管に波形が拡大表示される。空中線装置よりのローブ切替交流信号は水平偏向板に加圧され、表示管には左右の空中線指向特性により選択受信されたM-13の応答波が交互に表示される。表示波形の位置は指示管の中央左右で、両波の振幅を比較する事により等感度測定を行う事が出来る。指示装置と測定 電測員は受信したM-13よりの応答波の振幅が最大となるように空中線を回転操作し、標的に正対する空中線の角度により方位を測定すると共に、測距マーカーにより標的波を測距する。 標的の精密測定を行う場合は等感度方式により行う。電測員はポテンシオメータを操作し、輝点により標的と成るM-13の応答波を抽出する。方位等感度測定用指示器には該当標的波が表示され、電測員は左右両波形の振幅が同一と成る様に空中線を操作し、方位角及び距離を精密測定する。 なお、機上に装備されたトランスポンダM-13の応答波には構成回路による遅延が発生する。このため、運用に際しては測距装置の補正が行われたと考えられる。機上トランスポンダM-13 M-13は空中線装置、送信部・受信部より成る中継器及び電源装置により構成され、62号電探より発射される150MHz帯のパルス波を受信し、応答波として、同一構成のパルス波を、同一周波数で送信する。M-13諸元用途: 電波誘導機(機上部)周波数: 150MHz帯繰返周波数: 500Hzパルス幅: 10μsec尖頭出力: 50W送信部: 発振T-304変調方式: パルス変調、サイラトロンXB-767A空中線装置: 1/4波長垂直型、送受兼用受信機: ストレート方式、検波UN-955、信号増幅ソラx3利得: 約100db電源: 回転式直流変圧器、入力12V生産台数: 200機(米軍資料)中継機受信部 本受信部は三極管UN-955の二極管式検波によるストレート方式である。受信同調回路は送信回路との兼用で、三極管T-304により構成される三点回路と称されるコルピッツ発振回路の変形である。受信時、本回路は発振直前の動作状態を維持し、同調回路のQを増大させる。 UN-955(二極管接続)の検波出力信号は五極管ソラ3本により3段増幅され、利得は約100dbである。本機には受話器回路が装置されており、機上で62号電探の送信バルスを受聴することが出来る。 同調回路を構成する同調蓄電器はモーターにより回転する構造で、回転速度を三段階で切り替える事が出来る。M-13は同調操作が困難な機上装置であるため、受信帯域幅を拡大し、62号よりの信号受信を確実にする機能と考えられる。中継機送信部 発振回路はコルピッツ発振回路の変形で、発振管はT-304、尖頭出力は50Wである。変調はサイラトロンXB-767Aにより構成されるパルス変調方式で、受信部より供給されるパルス信号により動作する。同調回路を構成する同調蓄電器はモーターにより回転し、62号の信号受信時にのみ、同一周波数でパルスを送出する。 同調蓄電器の回転は三段階切替構成であるが、その機能は必ずしも判然としない。各トランスポンダ(3機)の識別用とも考えられる。空中線装置 M-13の空中線装置は送受信兼用で、構成は1/4波長垂直型と考えられる。電源装置 M-13の電源は回転式直流変圧器で、入力電圧は12V、高圧出力は250Vと考えられる。線條用他低圧は入力12Vを兼用する。写真捕捉 組写真@は61号電探、Aは62号電探である。両機材は松林の中に設置されており、周囲の状況から、撮影場所は茅ヶ崎砲台に隣接した海軍の電探試験場と考えられる。 資料Bは62号電探の概念図で、回路構成は13号電探に類似している。 資料Cは62号電探の対向である機上設置のトランスポンダ、M-13の回路図である。概念図・回路図作成: 安原久悦殿