この度、米国陸軍が1940年(昭和15年)に導入した野戦用無線装置SCR-694を構成した無線機、BC-1306を入手した。本機の入手先は国内のNet Auctionであるが、程度はすこぶる良好で、装備真空管を含め、欠品は無かった。 当館は旧日本軍無線機材に関わる編纂作業の一環として、同時代の使用目的が類似した外国製機材についても併せ若干を網羅したいと考えている。特に帝国陸軍の代表的野戦用機材である94式3号甲無線機の比較検討機材としては、米軍では導入時期が比較的近いSCR-284/BC-654を予定している。しかし、本機材は大型で、また、程度の良好な装置の入手が難しく、このため、とりあえずは、その後継機である「SCR-694/BC-1306」を入手した。とは言え、BC-1306の導入は1940年であるが、94式3号甲無線機の導入は本機材より6年も早い1934年(昭和9年)であり、進歩の早い電子機器に有っては、必ずしも適切な比較機材とは考えられない。 BC-1306は運用周波数が3,800-6,500KHzの1バンド機材であるが、本機は大戦後に開発されたGRC-9/RT-77の雛形となった傑作機である。RT-77は2,000-12,000KHzを3バンドで運用するが、運用周波数と無線機本体の容積を除き、両機の外観や回路構成は相似し、また、殆どの付属品は共通している。 なお、補足資料としてSCR-694/BC-1306及び、SCR-284/BC-654の写真他を下記facebook「旧日本軍無線機etc.」に掲示した。 https://www.facebook.com/groups/1687374128228449/ また、以下のURLに於いて、当時米国陸軍通信隊が部内用に作製した「SCR-694/BC-1306」の紹介映像を閲覧することが出来る。 https://www.youtube.com/watch?v=ODxBa0b556Y装置概要 SCR-694は無線機BC-1306、手回式発電機GN-58、車載用電源PE-273及び空中線装置等により構成されている。無線機BC-1306は送信機と受信機が同一のケースに収容され、上段には送信機が、下段には受信機が装置されている。送受信機の収容ケースはアルミ合金製であるが、無線機本体は薄手の鉄板で構成され、容積は38.5x24x17cm、重量は約10Kgである。 本機は中距離通信用の汎用無線装置であり、電源装置の選択により、野戦及び車載の何れに於いても使用が可能である。野戦使用の場合は、電源に手回式発電機GN58を使用するが、受信機には併せ乾電池式電源を使用し、発電装置が休止時にも受信機を動作させることが出来る。また、車載使用の場合は、直流振動式電源PE-273を装備し、無線機は専用のマウントにより車体に固定される。併せ、固定運用を行うため、発動発電機PE-162が若干整備された。 なお、BC-1306の運用形態は電信がブレークイン方式で、電話がブレストーク方式である。BC-1306諸元用途: 師団通信隊、汎用使用通信距離: 50Km(電信)周波数: 3,800-6,500KHz電波形式: 電信( A1)、変調電信(A2)、電話(A3)送信出力(高/中/低切替式): A1出力17W/14W/8.5W、A3出力6W/4W/2W(GN-58使用時)送信機構成: 主発振(3A4)、電力増幅(2E-22)、第一格子変調(3A4)受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段(1L4)、周波数変換(1R5)、中間周波増幅2段(1L4・1R5)、検波・BFO・低周波増幅1段(1S5)、低周波増幅2段(3Q4)中間周波数: 455KHz送信電源装置: 手回式発電機GN-58、直流振動式電源PE-237、発動発電機PE-162(追整備品)受信電源: 乾電池BA-4及びGN-58、PE-237、PE-162空中線装置: 送受信兼用、垂直ホーイップ型・単線展開型地線装置: カウンターポイズ・車体接地無線機本体重量: 10 Kg運搬: 携帯、駄馬編成、車載BC-1306装置概要送信機 本機は水晶又は自励発振による発振、電力増幅方式で、電波形式はA1、A2及びA3であり、運用周波数は 3,800-5,800KHzの1バンドである。 発振回路は直熱式五極管3A4で構成されるランキン発振回路の変形と考えら、陽極側に同調回路を具えている。本発振回路は第二格子を陽極と見なし、第一格子、陰極の三極回路でハートレー発振回路を構成し、その発振勢力を陽極側同調回路より取り出す方式である。この発振回路では第三格子により発振側と出力側の容量結合が殆ど抑えられ、このため、発振回路が負荷の変動を受けにくい構成である。本送信機が内蔵する水晶発振子は二個で、切替により格子側発振回路に組み込まれる。 電力増幅部は直熱式五極管2E22により構成され、陽極同調回路は並列タンク回路方式である。陽極電圧は425V、送信出力は第二格子電圧の可変による高/中/低の3段切替式で、手回式発電機GN-58を使用した場合のA1出力は17W/14W/8.5W、A2・A3は6W/4W/2Wである。 送信回路を構成する発振同調用蓄電器、発振回路陽極側同調蓄電器及び電力増幅段陽極同調用蓄電器は三連式で、100°展開式同調機構と直結し、同調用ツマミのツバには100分割の副尺が付加されている。同調機構はウオームギア減速構成で、周波数の読取は送信機前面に添付の置換表により行う。 空中線同調回路は接地型空中線同調方式で、インダクタンス可変式空中線同調線輪、タップ切り替え式空中線延長線輪、固定式蓄電器及び同調確認用ネオン管により構成されており、調整により装備空中線に1/4波長で同調させる。 本機の電鍵回路は継電器による発振管の陽極、第二格子電圧制御方式である。また、変調は3A4による電力増幅管の第一格子変調方式で、送話器はカーボン式である。本変調回路は低周波発振回路としても機能し、A2運用時の変調信号を発生すると共に、電信系運用時には打電確認用のモニター音として、受信機の受話器回路に出力される。受信機 本受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅2段、低周波増幅2段のスーパーヘテロダイン方式で、非変調信号復調用のBFO回路及びAVC機能を具え、運用周波数は3,800-5,800KHzの1バンドである。 フロントエンドは直熱式五極管1L4による高周波増幅1段及び、7極管1R5による周波数変換回路により構成され、局部発振回路はハートレー発振回路の変形である。各段の同調回路は3連式の可変蓄電器により構成され、連結された同調ダイアル機構はウオームギア減速方式であり、180°展開のダイアル板を回転させ、周波数は直読式である。 中間周波増幅回路は1L4及び1R5による2段増幅方式で、中間周波数は455KHzである。また、中間周波増幅管1R5の三極部は受信機較正用の200KHz水晶発振回路を構成している。 第二検波は二極・三極複合管1S5の二極部で行い、五極部は低周波増幅1段部及びBFO発振回路との兼用である。BFO回路は第二格子、第一格子及び陰極で構成されるハートレー発振回路の変形で、発振周波数は中間周波数455KHzの1/2である。低周波増幅第二段部は五極管3Q4により構成され、出力インピーダンスは250Ω及び400Ωの切替式である。 本受信機は切替式の利得調整機能、可変式音量調機能及びAVC機能を備えている。利得調整は高周波増幅管及び、第一中間周波増幅管の第二格子電圧三段階切り替え方式である。音量調整は検波管出力及び低周波増幅二段部格子電圧可方式で、両回路を構成する可変抵抗器は二連式である。AVC回路は検波出力よりAVC制御電圧を発生させ、高周波増幅管及び第一中間周波増幅管の第一格子に加圧し、入力電界の変動による検波出力の増減を抑えている。しかし、本AVC回路は運用波形に関係無く、常に動作状態にある。 なお、受話器端子にプラグを差込と、線條回路が接となり、受信機が動作する。本式は電源に乾電池を使用した場合に、電源の切忘による電池の消耗を防ぐ保護機能である。電源装置 SCR-694/BC-1306の基本電源は乾電池BA-48及び手回式発電機GN-58により構成され、車載使用の場合は振動式電源PE-237を使用する。併せ、固定使用を考慮し、後に発動発電機PE-162が若干整備された。 手回式発電機GN-58 本発電機は送信機線條電圧6V及び、高圧425V発生用発電機の二基で構成されている。発電を容易にするため、使用時に発電機はベンチの付いた三脚上に設置され、発電担当はベンチに跨がった状態で発電機を両手で駆動し、回転数は60回転/分である。 BC-1306を野戦で運用する場合は、通常電源はGN-58及びBA-48を混在して使用する。しかし、必要に応じGN-58のみにより送受信機を動作させる事も可能で有る。この場合は、受信機用低圧電源1.5Vは送信機用線條電圧6Vを、高圧105Vは送信機用高圧425Vを、電源装置内の回路で降圧して供給する。 振動式電源PE-237 車載用電源PE-237はA・B二系統の振動式高圧発生回路により構成され、入力電源は6V・12V・24V の切替式である。 A系回路は送信機線條電圧6V及び高圧425V発生用振動式変圧器により構成され、高圧整流は双二極管VT-249(1006)、低圧整流はセレン整流器による両波整流である。本装置は出力電力が大きいため、振動器回路は5回路の並列運転構成で、5個の変成器出力側巻線は低圧用、高圧用共に直列接続構成である。また、受信機用電源は、線條電圧1.5Vは装置入力電源(6V・12V・24V)を降圧し供給し、高圧105Vは送信機用高圧425Vを降圧して使用する。 B系回路は受信機用高圧105V発生用振動式変圧器により構成され、高圧整流は双二極管VT-195(1005)、線條用低圧はA系と同様に装置入力電源を使用する。 なお、受信機の線条回路には整流器を使用した定電圧回路が、また、高圧回路には定電圧放電管VR-105が装置され、各供給電圧の安定を図っている。 乾電池BA-48 本電源は1.5Vの乾電池及び105Vの積層乾電池により構成され、使用は受信機専用であり、接線CD1119により送信機の専用端子に接続する。装置の電源に手回式発電機GN-58を使用する場合は、通常BA-48を併せ接続し受信電源として使用する。本構成により、GN-58の発電休止時に於いても受信機を動作させることが出来る。電源装置と運用 乾電池BA-48による単体運用の場合、無線機の動作切替器を「待機(STAND-BY)」の状態に設定すると受信機の電源はBA48より供給される。GN58による単体運用では、「送信」の状態で送受信機の電源はGN-58より供給される。BA-48及びGN58を混成使用する場合は、「待機」でBA-48により受信機が動作し、発電機の回転により送信機が動作可能状態となる。 PE-237を使用する場合は接続コードCD-1086を使用する。切替器を「送信」に設定するとA系回路が動作し、送受信機が動作状態となる。「待機」ではA系が休止し、B系回路が動作し、受信機のみが動作する。空中線装置 SCR-694を構成する空中線装置はホーイップ式及び、ロングワイヤー型空中線である。ホーイップ式空中線は野戦及び車載用で、無線機本体の側面に装置される樹脂製基台を介し展開される。野戦使用の場合は空中線を固定するためにエレメントを専用の支索により固定する。 ロングワイヤー型空中線は野戦に於ける半固定運用時に使用し、水平線長は約36mである。何れの空中線装置を使用する場合も、送信機の空中線同調回路により1/4波長で同調を行う。 本無線装置の地線は、野戦使用の場合は十字構造のカウンターポイズ、車載使用の場合は車体接地方式である。送受信機較正回路 本機には200KHzの水晶発振回路が受信機内に装置され、高調波により送信機及び受信機の周波数較正を行う事が出来る。 受信機の較正は転換器を「較正」に設定し、運用周波数に最も近い較正点に同調器を設定し、零ビートを得る。送信機の較正は高圧電源を供給し、送信機を動作可能状態にする必要がある。転換器を「送受信較正」に設定、送信機の周波数表に従い、送信周波数を受信機の較正点に設定する。発振周波数に狂いがなければ受信機にビートが発生する。若干の狂いがある場合は、送信機前面パネル下部右の、較正パネル内に装置された発振同調補正用蓄電器を可変し零ビートを得る。参考資料、SCR-284諸元用途: 師団通信隊、汎用使用通信距離: 50Km(電信)周波数: 3,800-5,800KHz電波形式: 電信( A1)、電話(A3)送信出力: 出力24W(A1)、12W(A3)送信機構成: 主発振(3Q5)、緩衝増幅(3Q5)、電力増幅(307A x2)、第三格子変調(3Q5)、較正用水晶発振(3Q5)受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段(1N5)、周波数変換(1A7)、中間周波2段(1N7 x2)、検波・低周波増幅1段(1H5)、BFO(3Q5)、低周波増幅2段(3Q5)中間周波数: 455KHz送信電源装置: 手回発電機GN-45(12V・500V)、回転式直流電源PE-103-A(12V・500V)受信電源: 乾電池(BA-43)空中線装置: 送受信兼用、垂直ホーイップ型・単線展開型地線装置: カウンターポイズ・車体接地無線機本体重量: 23 Kg運搬: 駄馬編成、車載写真捕捉 掲示の組写真@はSCR-694を構成する無線機BC-1306で、上部が送信機、下部が受信機であり、上蓋内に置かれたコードはBA-48接続用のCD1119である。 送信機前面の構成部品は、最上段左が空中線延長線輪切替器、中央の銘板下部が送信同調表示用のネオン管、その右が空中線同調器、右端が空中線端子、その下部が水晶片収容部である。 中央の表が周波数較正表で、その左下段が送信出力切替器、中央が電信・変調電信・電話切替器、右が主発振・水晶発振切替器で、右端が電鍵、送話器接続端子である。 装置最下部左が外部電源接続端子、右が乾電池BA-48接続端子、上部が電源・送信・待機切替器、その右が同調表示窓で下部が同調器、付加された金物は同調ツマミ固定金具である。ある。右端は同調表示窓の照明ランプ押ボタンスイッチで、上部は発振回路の同調補正用蓄電器収容部である。 受信機前面、上部左が同調ダイアル窓の照明スイッチ、右がダイアル窓、左が波形及び較正回路の切替器で、右端が感度切替器である。銘板の下部が同調器で、付加された金物は同調器固定金具である。同調器の左が地線端子、右が音量調整器、右端が受話器端子である。 組写真AはBC-1306に関連した付属品である。各物品の殆どはGRC-9/RT-77と共通している。 写真Bは米国陸軍の野戦用機材SCR-284/BC-654で、本機の後継機がBC-1306である。BC-1306と比べ非常に大きく、受信機はGT管タイプの直熱管により構成されている。掲示資料は車載構成で、テープル下部に回転式直流変圧器が装置されている。 写真CはBC-1306の送信機内部である。前面パネルの背後、左側に装置されているのがミュー同調式の空中線同調器、その左右は空中線端子及び空中線延長線輪切替器である。構成真空は左手前のST管が定電圧放電管VR-105、本管の裏側に変調管3A4が装置されている。右側のMT管が発振管3A4、右端が電力増幅管2E22である。 組写真Dは受信機内部である。右側のシールドケースがフロントエンド部、中央が真空管回路構成部で、左側のケース内部には線條電圧安定回路及び低周波変成器他が装置されている。