先般、米国公文書館が所蔵するフィリピン攻防戦に関連する写真資料の中に、帝国陸海軍の電波兵器他に関わる写真を多数発見し、これらのコピーを入手する事が出来た。その中に、帝国海軍陸戦隊が装備した軽戦車「特二式内火艇」及び、搭載無線機材である「移動特用電信機改-1」が含まれており、誠に感激した。このため、参考資料として、以下に特二式内火艇及び、移動特用電信機の概要について掲示を行った。特二式内火艇 本戦闘車輛は1942年(昭和17年)に制式化された海軍陸戦隊用の水陸両用軽戦車で、車体の前後に着脱式の舟形フロートを装着し、水上はスクリュー二基で走行し、上陸後はフロートを外し戦車として行動する。特二式内火艇には前部フロートが一体構造の前期型と、二分割式の後期型とがあり、今般発見した写真の内火艇は構造から後期型である。 特二式内火艇は約180輛が製造され、南方の島嶼(とうしょ)地域を中心に配備されたが、搭載の33mm戦車砲は明らかに威力不足であった。しかし、軽武装の海軍陸戦隊にとり、本装甲車輛は誠に重要な戦闘兵器であった。 特二式内火艇は導入時期が戦争後期となり、上陸作戦を念頭に開発された水陸両用戦車としての出番は既になく、サイパン島の攻防に際しても軽戦車として使用された。しかし、1944年(昭和19年)10月17日より始まった米軍のレイテ湾上陸作戦に際しては、海軍陸戦隊は特二式内火艇と共に奇襲逆上陸を行い、戦史にその記録を留める事になった。二式内火艇諸元車体長: 4.80m(7.42m、含フロート)全幅/高: 2.8m/2.3m重量: 9.155t(12.5t、含フロート)速度: 37km/h(陸上)、9.5km/h(水上)行動距離: 陸上320km、水上140km主砲: 一式37mm戦車砲×1(132発)副武装: 九七式7.7mm車載重機関銃×2装甲: 6〜12mm発動機: 三菱A6120 VDe、110馬力空冷直列6気筒ディーゼル乗員: 6名レイテ島の戦いと特二式内火艇 1944年(昭和19年)10月17日、連合軍がフィリピンのレイテ島タクロバンで上陸作戦を開始すると、大本営は予てよりの計画に従い捷(しょう)一号作戦を発動し、帝国海軍は連合艦隊の残存戦力をレイテ湾に突入させたが、作戦は失敗に終わった。 一方、陸軍は台湾沖航空戦で海軍が発表した幻の大戦果を信じ、従来のルソン島地上決戦の方針を、レイテ島地上決戦に切り替えた。このため、陸軍は10月下旬からレイテ島に対し、多号作戦と称する強行輸送作戦を繰り返し行った。しかし、12月7日に米軍がオルモック湾にも上陸作し、レイテ島を巡る戦いは事実上決着した。 にも関わらず、その直後の12月11日、マニラより出発した第九次輸送船団の一部は夜陰にまみれ、オルモック湾に敵前上陸を敢行した。この部隊は駆逐艦「夕月」、「桐」に護衛された二等輸送艦第159号及び第140号輸送艦により構成され、400名の海軍陸戦隊員と11輌の特二式内火艇、トラック、火砲他物資を満載していた。部隊は米軍の攻撃を受けるも、第159号輸送艦は首尾良く特二式内火艇と隊員、機材の陸揚げに成功し、続く第140号輸送艦も機材の約6割を下ろすことに成功した。 洋上では駆逐艦同士の交戦が行われたが、陸上よりの攻撃で大破した第159号輸送船を除く3隻は無事離脱に成功し、帰路「夕月」は空襲により撃沈されたが、この上陸作戦は希に見る大成功を納めた。上陸を果たした陸戦隊員と特二式内火艇は、米軍の激しい攻撃をかわし、オルモック守備の陸軍第26師団の一部と共闘することに成功した。部隊は引き続き2号ハイウェイに沿い北上すが、途上米軍第77師団と激突した。このため、部隊はやむなくルートを変更し、北に位置するバレンシア飛行場の海軍設営隊との共闘を目指すが失敗し、オルモック北西に位置する海岸の町、パロンポン付近に追い詰められ壊滅した。海軍「移動特用無線電信機改-1」 特2式内火艇の写真と併せ、海軍「移動特用電信機改-1」の写真を入手したが、裏面には「Ormoc Leyte Island, Dec 1944」と記されおり、本機は12月11日にオルモック湾に奇襲上陸した特2式内火艇に搭載されていた機材と考えられる。 「移動特用無線電信機改-1」は海軍陸戦隊の戦闘車輌用として開発された特殊用途の無線電信機で、装甲車輌や特内火艇他に搭載された。本機は空中線の効率、遠達を考慮して運用周波数帯の上限が15,000KHzと、他の航空機材を含む移動電信機に比べ高い特徴がある。「移動特用電信機改-1」装置概観 本無線電信機は送信機と受信機が一体構造となった主無線装置、電源装置及び空中線 装置により構成され、電波形式は電信(A1)及び電話(A3)で、運用周波数は送受信機共に5,000-15,000KHzである。 無線装置本体は送信機及び受信機が統合された構造で、整備等必要に応じ各機に分解が可能である。筐体は鉄製のアングルに鉄製パネル及びシャーシを貼り付けた構造で、容積は27x45x27cm、重量は25kgである。無線装置は両側面に装置された吊金物に緩衝用スプリングを掛け、設置場所に宙づりの状態で固定される。本機の運用形態は電信が電鍵操作によるブレークイン方式で、電話は送話器に付加された押しボタンスイッチによるプレストーク方式である。「移動特用電信機改-1」諸元周波数:5,000-15,000kHz電波形式:Al(電信)、A3(電話)送信入力:70W(A1)送信機構成:水晶又は主発振UZ‐ 41、電力増幅P-503、第二格子変調UZ-41受信機構成:スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段(UZ-6D6)、周波数混合(UZ-6D6)、局部発振(UZ-6D6)、中間周波増幅1段(UZ-6D6)、中間周波増幅2段(UZ-6D6)、BFO(UZ-6D6)、検波・低周波増幅1段(Ut-6B7)、低周波増幅2段(UZ-6D6)電源: 回転式直流変圧器、高圧750V、低圧250V空中線装置: 7m逆L型「移動特用電信機改-1」装置概説送信機 本機は主発振、電力増幅方式で、電力増幅管の陽極電圧は750V、送信機入力は70Wである。運用周波数は5,000-15,000KHzで、この帯域を2バンドで運用し、電波型式はA1・A3である。 発振は五極管UZ-41、電力増幅はビーム管P-503により構成され、発振回路はハートレー発振回路の変形で、通常は水晶発振回路を構成するが、水晶片を取り外すと、自励式発振回路として動作する。 海軍の移動無線電信機の場合、通常使用水晶片の上限発振周波数は7,500KHzである。このため、5,000-7,500KHzでは原発振・電力増幅構成であるが、7,500-15,000KHzでは3,750-7,500KHzの水晶片を装備し、P-508にて逓倍、増幅を行う。 発振、電力増幅段の各同調回路は個別同調操作方式で、電力増幅部は並列共振回路構成であり、電力増幅段の陽極同調は陽極電流計により確認する。電力増幅部同調回路と空中線同調回路はバリオカプラにより結合され、調整用ノブは装置の右側面に配置されている。 空中線同調回路は空中線同調用可変蓄電器、バリオメーター(可変インダクタンス)及び空中線電流計により構成され、同調は1/4波長空中線接地方式である。同調回路は2段切替式で、運用周波数が高い場合は、可変蓄電器を選択し、空中線短縮用蓄電器として動作させる。本回路の切替器は、装置の右側面に配置されている。 電鍵・変調回路 本機の電波計式はA1及びA3で、電鍵回路は継電器による発振管の高圧制御方式である。 A3運用は電力増幅管の第二格子変調である。低圧カーボン式送話器の出力はUZ-41で一段増幅の後、変調トランスを介し電力増幅管の第二格子に加圧される。A1運用時、本変調回路は低周波発振器として動作し、電鍵操作により発振する出力信号は、側音として受話器回路に出力される。受信機 受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅2段、低周波増幅2段のスーパーヘテロダイン方式で、唸周波発振器(BFO)機能を具え、運用周波数は5,000-15,000KHzの1バンドである。 フロントエンドは五極管UZ-6D6による高周波増幅1段、UZ-6D6による周波数混合回路及び、UZ-6D6による局部発振回路により構成されている。各段の同調回路は3連式可変蓄電器により構成されるが、高周波段入力側には空中線回路同調補正用として、局部発振回路には受信周波数微調整用として、小容量の可変式蓄電器が付加されている。同調機構はバーニアダイアル方式で、周波数は添付の置換表により読取る。 中間周波増幅回路はUZ-6D6による2段増幅方式で、検波は双二極・五極複合管Ut-6B7の二極部で行う二極管検波方式である。電信復調用のBFO回路はUZ-6D6で構成されるハートレー発振回路で、出力を中間周増幅管に注入している。低周波回路はUt-6B7の五極部による1段及び、五極管UZ-6D6による二段増幅方式である。 本受信機の手動利得調整は高周波増幅管及び中間周波増幅管のカソード電圧可変方式である。 なお、内部には十分な空間が無いため、周波数混合管及び局部発振管はシャーシ下部に、前面より横向きに装着する構造である。電源装置 本無線電信機の電源装置は送信機用高圧電源及び、受信機用高圧電源の二基により構成されている。送信機用高圧電源は回転式直流変圧器方式で入力電圧は12V、出力は750Vである。受信機用高圧電源は振動式変圧器(バイブレター式)で入力は12V、出力は250Vである。空中線装置 本機の基本空中線は全長7m程度の逆L型で、空中線同調回路により1/4波長空中線接地型として使用した。 写真補足 組写真@は今般入手した特二式内火艇の写真である。入手写真には逆側及び、後部より写した写真もあるが、内火艇に特段の損傷は確認出来ない。このため、本車輛は燃料切れで放棄されたものと考えられる。 写真Aは分割構造の前部フロートで、その形状から本艇は後期型と確認出来る。 組写真Bは12月11日にオルモック湾に奇襲上陸した特2式内火艇に搭載されていたと考えられる移動特用電信機改-1で、写真には「Ormoc Leyte Island, Dec 1944」との裏書きがある。 組写真Cは当館が所蔵する移動特用電信機改-1で、主要構成回路に然したる欠品は無いが、左右、上下、背後のパネルが失われている。