先般米国のnet auctionに標記の品物が出品された。外観は完全に電波探知機の枠型(ループ)空中線であるが、銘板には「98式高圧探知機」と記されている。手持ち資料には98式高圧探知機及び、98式方向探知機に該当する機材は無く、このため、その旨をFacebookに掲示したところ、本機材は鉄条網の高圧電流探知用の、磁気探知機であることが判明した。また、併せ関連資料も寄せられ、その概要を知る事が出来たが、残念ながら回路構成については未だに不明である。 本機は無線機材ではないが、関連特殊装置であり、また、誠に興味深い事から参考資料として、以下にその概要を掲示した。98式高圧探知機の動作 寄せられた資料によると、本機は電化障碍物(電流鐵条網)を遠距離から間接的に偵察するもので、「公会法」により高圧電流が流れる鉄条網よりの磁気を探知する。「公会法」とはハンドコンパスに於ける回転(ベアリング)測定法と同一で、要はループコイルを回転させ、高圧鉄条網の漏洩電流により発生する磁場の方位を検知するものである。 98式高圧探知機は探知線輪(ループコイル)及び増幅装置により構成され、電化障碍物が発生する磁場の検知は、電流計と受話器により行う。探知操作は探知線輪を回転させ、発生音が最少と成る位置を求め、発生源の方位を確定するが、この方式は無線方向探知機の最少感度測定法と同一である。98式高圧探知機の開発 関連調査により、アジア歴史センターに於いて「近戦闘機材98式高圧探知機」と記された本機の制式制定周知文章を発見した。また、本周知文章と併せ、開発審査過程の概要説明があったので、その内容を書き直し、以下に掲示した。これによると、98式高圧探知機の研究は、地電流測定方式及び磁界測定方式の二方式により進められた。しかし、地電流測定方式は「電流分布の検知」が難しく、このため、磁界検知方式が採用されたとの事である。 なお、「電流分布の検知」とは、地電流の発生方向の確定と考えられる。「98式高圧探知機審査経過の概要1. 審査の起因 昭和9年9月、陸軍工兵学校より陸軍技術本部に対する要望事項に基づき、昭和10年1月より陸軍科学研究所に於いて研究を開始す。2. 審査の経緯(1) 昭和10年1月、敵の電化障碍物に基づく地電流の分布(甲)又は磁束の分布(乙)を測定して探知する二案を立て基礎研究を開始す。(2) 昭和10年11月、設計諸元を得、試験に着手し昭和11年2月第一次試製を完了す。(3) 昭和11年2月、八柱演習場に於いて野外試験を実施す、その結果機能良好にして探知感度概ね可なるも位置探知に関しては更に研究の要あるを認む。(4) 昭和11年4月、千葉県佐原町付近に於いて利根川を隔てて探知する試験を実施す、その結果甲乙ともに河川による影響なきを認む。(5) 昭和11年5月、陸軍兵器本廠の委託により第一次試製品と同一のもの甲乙各二個を制作し陸軍工兵学校に特別支給せらる。同八柱演習場に於ける教習兼野外試験に於いて、地電流の流線及び磁力線の地上に於ける分布を決定すれば電荷障碍物の概ねの位置を判定し得るを認む。(6) 昭和11年7月、特別陣地攻防演習より前期甲乙各2を実用試験に附したる結果、甲は感度良好成るも第一線に近く使用するに不便にして且つ地電流の分布を精密に決定すること能はず、之に反し乙は感度少々劣るも磁束の分布を精密に決定し得るのみならず使用簡便にして第一線の使用に適するを認む。依って将来乙を採用することとして、之を小型軽量感度良好ならしむる如く研究改善を加うるに決す。(7) 昭和11年11月、第二次試製終了、昭和12年1月及2月習志野立金丸原雨演習場に於いて野外実験を実施す、その結果機能良好にして実用適するを認む。(8) 昭和12年3月、研究を完了し審査報告を制作す。以上に依り陸軍技術本部に於いて研究審査し更に昭和12年10月八柱演習場を利用し実用試験に附したる結果、本機は正式機材として制定然るべきものと認め昭和12年11月審査を終了す。」掲示資料補足 組写真@はEbayに出品された陸軍「98式高圧探知機」を構成する探知線輪(ループコイル)で、Aはその銘板である。コイル下部に取り付けられた長方形の器具はコンパスで、本来は測定に際し、コイルの前面を南北に設定し、基部の角度目盛より、方位角を測定したと考えられる。 写真Bは戦時雑誌に掲載された98式高圧探知機の運用状況である。坦務要員は受話器を掛け探知を行っている。 写真Cは戦中雑誌「機械化」に掲載された本機のイラストであるが、デフォルメされたこの絵は、「機械化」には誠に相応しいと考えられる。