2002年(平成14年)、当館に日本アマチュア無線連盟(JARL)より、オーストラリアのアマチュア無線関連雑誌である「Journal of The Radio Amateur Old Timer's Club of Australia(Number,12 March,1994)」に掲載された記事「Japanese Midget Submarine DID Have Wireless Equipment(日本の小型潜水艇は無線機を装備していた)」の提供があった。 この記事は大戦中シドニー湾に突入した3艇の甲標的の内、オーストラリア海軍に回収された2艇を調査したNavy Office Melbourneの報告書を基に、搭載無線機材について纏めたものであった。驚いたことに、本記事には当時調査担当部門が作成した回路図が掲載されており、当館は本資料により、漸く甲標的搭載無線機材の概要を知る事となった。甲標的シドニー湾攻撃隊(第二次神亀隊) 1942年5月31日、オーストラリアのシドニー軍港を甲標的3艇が攻撃した。伊号第22潜水艦より発進した松尾艇、伊号第24潜水艦の伴艇、伊号第27潜水艦の中馬艇である。 伴艇は首尾良く湾内への潜入に成功し、米海軍の重巡シカゴを雷撃したが、魚雷は命中せず岸壁で爆発、停泊母艦クッタブルが被爆し沈没した。この攻撃で発射した魚雷は2本であるが、内1本は陸にのし上げ未爆発であった。攻撃終了後本艇は湾外に脱出したが、その後伴勝久中尉と芦辺守一等兵曹は艇と共に消息を絶った。 松尾艇も湾内への突入に成功したが、磁気探知機で検知され、哨戒艇の爆雷攻撃を受け行動不能となり、松尾敬宇大尉と都竹正雄二等兵曹は艇内で自決した。また、中馬艇は不運にも潜入時、湾口に設置された防潜ネットに絡まり行動不能となり、中馬兼四中尉と大森猛一等兵曹は艇と共に自爆し、この攻撃に於ける生還者は居なかった。特潜搭載無線装置 侵入潜水艇に対する攻撃終了後、オーストラリア海軍は直ちに松尾艇、中馬艇を引き上げ細部の調査を行った。JARLより提供を受けた記事は、この2艇を調査したNavy Office Melbourneの報告書を基に、Col Harvey(VK1AU)氏が搭載無線装置について纏めたものある。記事によると、その後Australia War Memorialに保管されていた無線装置及び関連写真は失われたとの事で、残念ながら、提供資料により本機の外観構造を知る事は出来なかった。搭載無線装置概要 記事によると、本機は海軍の2座航空機用無線機材である「96式空2号無線電信機(原型)」に相似し、送信機及び受信機を一体化した構造の送受信機で、回路構成、使用真空管も同一であった。しかし、運用周波数は大きく異なり、96式空2号原型が長波帯300-500KHz及び、短波帯5,000-10,000KHzの2バンドであるのに対し、特潜型は短波帯のみで、その周波数範囲は7,500-10,000KHzと記されていた。 送信機は固定周波数発振用の水晶片を2個装備し、水晶又は自励による発振、電力増幅構成である。運用形態は2周波数切替方式で、発振、空中線同調回路が2系統で構成され、周波数の切替が転換器により一挙動、無調整で行える構造である。本式は96式空2号初期型と同一構成である。 受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段のスーパーヘテロダイン方式で、回路構成は96式空2号無線電信機の原型に相似するが、固定周波数2波受信用として水晶片2個を装備する構造となっていた。 これらより、甲標的に搭載された無線装置の回路構成は、96式空2号無線電信機の原型に相似する事が判明した。しかし、空2号各型に送信機及び受信機に水晶片各2個を装備する機材はなく、また、運用は単一バンドで、その周波数も大きく異なっていた。このため、シドニー湾で回収された甲標的搭載無線機材は、96式空2号無線電信機(原型)を基に開発された特潜用の「特型」で、これは前述の日本無線史第11巻「無線機器製造技術史」に記載されていた沖電気株式会社の、96式空2号無線電信機に関わる記述と符合する。回収甲標的搭載型無線電信機諸元送信周波数: 7,500-10,000KHz受信周波数: 7,500-10,000KHz(周波数置換表による)電波型式: A1(電信)、A2(変調電信)、A3(電話)送信出力: 100W送信機構成: 水晶(2個装備可)又は自励発振UZ-510、電力増幅UZ-510 x2並列使用、第3格子変調受信機構成: スーパーヘテロダイン方式、第1局部発振自励又は水晶制御(2波装備可)、高周波増幅1段UZ-6D6、周波数混合Ut-6L7G、第一局部発振UY-76、中間周波増幅1段UZ-6D6、検波・低周波増幅1段Ut-6B7、唸周波発振(BFO)UY-76、低周波増幅2段UZ-41、側音発振UY-76中間周波数: 635KHz送信電源: 回転式直流変圧器、出力1,000V受信電源: 振動式直流変圧器、出力250V空中線: ロッド型(約70cm)製造元: 沖電気相似機材の発見と機種の確定 「Japanese Midget Submarine DID Have Wireless Equipment」の記事他により、甲標的に搭載された無線装置は96式空2号無線電信機の特型であることが判明した。とは言え、残念ながらAustralia War Memorialが保管していた無線装置及び関連写真は既に失われており、その外部構造については空2号や回路構成図を基に推測する他はなかった。 しかし、幸運にもその後、米国のTechnical Air Intelligence Center (TAIC-米海軍航空情報部)が大戦中に作成した鹵獲日本軍用機に関わる資料の中に、Navy Office Melbourneの報告書に記された特潜用「特型」無線電信機に諸元、構成、構造が一致する「試製短波無線電信機」なる機材の写真及び概説を発見した。記載された本無線電信機の諸元は送信出力(27Wと表記)を除き、シドニー湾で回収された甲標的搭載機材と完全に一致し、外部構造も回路図から推察される特型と一致するものであった。このため、本資料の発見により、当館は漸く甲標的に搭載された無線機材は空技廠が開発し、沖電気が製造した「試製短波無線電信機」であるとの結論に至った。伴艇の発見 2006年(平成18年)11月、65年ぶりに伴艇がシドニー湾外の北側、沖合2浬の地点、深度60mの海底で発見された。伴艇の中央部両側面には大きな穴が空いており、発見場所や状況から、シドニー湾を離脱後、母艦の安全を考慮し帰投はせず、自爆したようにも思われる。本艇は引き揚げを行わず、そのまま海底に保存されることになり、2007年(平成19年)8月6日、現場海上で日豪の関係者により追悼式が厳粛に執り行われた。なお、下記URLにて本特潜の調査状況が閲覧出来る。http://www.youtube.com/watch?v=iW9zLRqBNm4&feature=PlayList&p=EABA610839C0B7F7&playnext=1&playnext_from=PL&index=7掲示資料補足 組写真@はオーストリア海軍により回収された中馬艇で、尾部が失われている。第二次神亀隊で使用された甲標的(甲型)の構造は、真珠湾攻撃型とは若干異なっている。 資料AはNavy Office Melbourneの報告書に収められた甲標的の概略図である。空中線ロッドや無線機の装備位置も記されている。 資料Bはオーストラリア側より提供された無線電信機・受信機の回路図を書き直した物である。水晶制御機能を具えた局部発振回路を除き、回路構成や装備真空管は96式空2号原型のそれと同一である。送信機回路図につては掲示を省略した。 写真CはTAICの資料に掲載されていた試製短波無線電信機で、今般当館が入手した機材と同一である。