誰にでも、強く記憶に残る無線機材は有ると考えるが、事務局員にとってその一つは、1950年代のCQ誌で頻繁に宣伝された正体不明の小型送信機SMT-1及び、対の受信機RKS-253である。本無線機は比較的廉価で、また、大量に販売された為、当時入手された方も多く居られたと考えられる。 後年になり、事務局員もこの送受信機を入手したが、残念ながら改造が酷く収蔵に価せず、結局手放した経緯があった。しかし、本送受信機は誠に小型で可愛く、又素性が不明の事もあり、強く記憶に残ることになった。 本機材に関わり、先般期せずして若干の資料を入手する事が出来たので、之を機に、以下でその大凡について概観してみた。小型無線機概要 素性不明送信機の原型は水晶発振(三極管6J5)、電力増幅(ビーム管6L6)方式の電信専用機で、運用周波数は4-10MHz程度であったと考えられる。また、受信機はMT管構造の電池管を使用した高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段、BF0付のスーパーへテロダイン方式で、運用周波数は送信機に対応していたと考えられる。 両送受信機は個別に小型のハンドル付鉄製ケースに収められ、容積は共に210x135x165mmと非常に小型である。これら送受信機は日本製で、構造から軍用仕様と考えられ、また、SMT-1やRKS-253の表記が本来の製品名であったのかは定かでは無かった。 この小型無線機の宣伝が最初にCQ誌に登場するのは1956年(昭和31年)10月号で、広告主は当時米軍ジャンクを販売していた山七商店であるが、本宣伝にはSMT-1やRKS-253の型式表記はない。また、翌11月のCQ誌には当時山七商店の社員であったJA1AI稲葉OMが、当該送信機を電話用に改造した記事が掲載されている。 間もなくして、原型の送受信機は山七商店により3.5-7.5MHz及び7.0-16MHzのアマチュア無線用に改造され、名称は送信機がSMT-1、受信機RKS-253として販売されたが、其の全てが未使用品の改造であった。以後、アマチュア無線用に改造された両機の宣伝は間欠的に続いたが、1959年(昭和34年)2月号に掲載されたトヨムラ商店の広告が、最終宣伝であったと考えられる。 構造は異なるが、両機の構成は大戦後に導入された米国陸軍の可搬式無線機材GRC-9(TR-77)に類似しており、軍用目的であったとすれば、送信機の電源は手回し式発電機で、また、受信機の電源は乾電池と考えられた。 気になる本無線機材の素性については、軍仕様の構造や、山七商店が販売を開始した時期が1956年10月であった事を考慮すると、これらは1950年(昭和25年)に設置された警察予備隊、または、それに続く保安隊での使用を目的とし製造されたと推察されたが、これは確たる資料に基づいたものではない。関連資料の発見 先般、1947年(昭和22年)にノールウエイの人類学者トール・ヘイエルダールが行ったコンティキ号による漂流実験に際し、筏上で使用された無線機材についてnetで調べていたところ、「U.S. Clandestine Radio Equipment」なるサイトに行き着き、その中に偶然「素性不明小型無線機」に関わる概説及び写真を見つけ、誠に驚くことになった。http://www.militaryradio.com/spyradio/mystery.html このサイトに掲載されていた「素性不明小型無線機」については、その情報の一部が物故された米国の軍事研究家William L. Howard氏より提供されており、之また不思議な縁を感じた。生前、事務局員は氏と、帝国陸海軍無線機材に関わる数えきれない程の情報交換を行っていた。 ところで、掲載写真に見る「素性不明小型無線機」は交流式電源により構成されており、誠に驚愕した。小生は送信機の電源は手回し式発電機で、受信機の電源は乾電池と推察していたが、共に大外れであった。 尤も、考えてみれば、送信機の構成管は6J5及び6L6で、傍熱管で構成された送信機に手回し式発電機を使用する事は通常ありえない。当然電源は交流式か、直流変圧器式で、この見立て違いは事務局員の見識の無さを露呈している。とは言え、交流式電源であれば受信機を電池管で構成する必要は無く、本装置の設計意図がいまひとつハッキリしない。 幸いにも、掲示されていた送受信機の回路図には型式が表記されており、正式の名称は送信機がSM-1、受信機がRSK-253で、当時国内で販売された送信機SMT-1・受信機RKS-253の型式は、原型を若干もじった物であることが判明した。 しかし、残念ながら、本機材の素性については「U.S. Clandestine Radio Equipment」の記事にも、それを確定する新たな情報は含まれていなかった。飜って、今般発見した機材の写真を見ると、日本製であることは確認出来るが、回路図を含め其の全ては英語表記であり、必ずしも警察予備隊や保安隊を対象とした物とも思えない。 また、交流式電源の入力は80-100Vの切り替え式で、これは明らかに日本国内での使用を想定した構成であり、付属電鍵も帝国陸軍の野戦機材用2号B型である。もし米軍向けの機材であれば、電鍵は当然J-37、または、其の類型と成るはずである。 これらから推測すると、「素性不明小型無線機」は日本国内での使用を目的として製造され、一旦米軍に納入され、米国より日本側へ貸与された可能性もあると考えられる。然したる根拠はないが、当時の混乱した政治情勢、警察予備隊発足の経緯からすると、その可能性は否定できない。しかし、何れにせよ、今回の資料発見によっても本機材の素性確定には至らず、更なる調査が必要である。掲示資料補足 組写真@は1956年2月号に掲載された「素性不明小型無線機」である。当時送信機SMT-1はA1用が2000円、A3用が2500円、受信機RKS-253は3〜7MHz用が3500円、7〜16MHz用が3000円で、両機は共に球無しである。 写真AはWeb「U.S. Clandestine Radio Equipment」に掲示されていた「素性不明小型無線機」で、送信機、受信機及び交流式電源により構成されている。