1940年の中頃より、英空軍(RAF)は水上監視用レーダーASV Mk.Tの改良型であるMk.Uを導入し、Uボートの探知に成果を上げ始めた。この時期、夜間にビスケー湾を水上航行するドイツ潜水艦が突然英軍機の攻撃を受けるようになり、当初潜水艦隊司令部は敵が赤外線暗視装置を導入したのではないかと考えた。しかし、奇襲は昼間でも起こるようになり、また、ある夜間攻撃では、英軍機はUボート上空を低空で通過した後反転し、強力なサーチライトを点灯し攻撃を仕掛けてきた。このため、英軍が新たに装備したのは赤外線装置ではなく、海上探査用レーダーであるとの結論に至り、また、6月には北アフリカ戦線で撃墜したウェリントン爆撃機よりASV Mk.Tが発見された。 ドイツ海軍は直ちに英軍ASVに対応する電波探知機の配備、開発を始めるが、以下ではその主要機材について概観する。FuMB-1 Metoxの導入(追加資料003参照) 英軍に於けるASVの使用が明らかになると、ドイツ潜水艦隊司令部は直ちに対抗措置を講じ、1940年の夏までに、全Uボートに電波探知機FuMB1 Metoxを配備する。FuMBとはドイツに於ける受動的な電波兵器の総称であり、これに対しレーダー等の能動的装置はFuMOと表記された。Metoxは占領下フランスの電気メーカーが製造していたメートル波帯用のスーパーヘテロダイン式受信機で、名称は開発者であるMetox Grandinに由来すると伝えられている。当時、ドイツ海軍には英軍のASV Mk.T・Uに対抗する艦艇用の適当な受信機が無く、このため、必要に迫りフランス製のMetoxを急遽調達したと考えられるが、本機は汎用の民需用受信機であった。Metoxには60-160MHzを受信するR-203型及び、113-240MHzを受信するR-600型の二機種があるが、水上艦艇は両機を、UボートはR-600型のみを搭載した。Metox用空中線Biscay Cross MetoxのUボートへの配備は緊急を要したため、潜水艦用空中線を開発する十分な余裕は無かった。このため、当初は十字に組んだ木枠に、水平偏波、垂直偏波に対応する空中線素子を取付けた簡易な手持式空中線「FuMB空中線2型」が導入された。潜水艦が浮上すると担務員はハッチより空中線と共に飛び出し、木枠を回転させながら敵レーダー波の探知をおこなったが、本空中線はその形状より「ビスケー湾の十字架」(Biscay Cross)と呼ばれた。 ドイツ海軍はその後、専用受信機の開発と併せ、有指向性空中線(ラケット型)や、無指向性空中線(ルンド型)の開発を行いASVへの対策を進めていく。Metox(R-600型受信機)緒元対応周波数: 113-240MHz受信機方式: スーパーへテロダイン電波型式: A1、A3構 成: 高周波増幅段無し、中間周波増幅2段、低周波増幅2段中間周波数: 650KHz構成真空管: 4671(UN-955相当) x4、EF-14 (5極管)x2、EF-13(5極管)、EBC-11(双2極、3極管)、EL-11(電力増幅用3極管)、EZ-12(全波整流管)、STV-150/200(定電圧放電管)空中線: FuMB空中線2型(Biscay Cross)一次電源: 220V/WFuMB-8 Wanze(追加資料004参照) 本機はMetoxの後継機として1943年8月に導入されたメートル波帯用の電波探知機で、対応周波数は54-250MHz、原型と局部発振回路からの輻射を抑えた改良型がある。Wanzeはブラウン管(CRT)画像表示機能を備えたバンド内自動スキャン方式の受信機で、構成はスーパーヘテロダイン方式、CRTは中間周波帯域内の信号を監視するスペクトラムスコープであったと考えられる。本機の空中線には円形の金網状構造物にダイポール型空中素子二本立てた無指向性型「FuMB空中線3型」が使用されたが、この空中線はその円形構造からルンドダイポール(Runddipol)と呼ばれた。 この時期RAFはASV Mk.Uに替え、マイクロ波帯(3,300MHz)を使用したMk.Vへの移行を進めていた。このため、ドイツ海軍のASV対策もマイクロ波帯に移行し、Wanzeの実動期間はそう長くはなかった。Wanzeと帝国海軍潜水艦 大戦中帝国海軍は進んだドイツの軍事技術を導入するため、数次にわたり連絡用潜水艦を派遣した。第二次派遣でドイツに向かった伊号第8潜水艦は途上アゾレス諸島西方でU-161と会合し、電波探知機を受領、併せ連絡将校1名と操作要員の下士官2名が移乗した。この時持込まれた探知機及び空中線について、吉村昭著「深海の使者」(文芸春秋)には以下の記述がある。「ドイツ海軍の運び込んできた電波探知機の受信空中線は、鉛筆ほどの太さしかない二本の真鍮製の棒で潜望鏡支基の上部に取り付けられたが、呉海軍工廠で装備した電波探知機の空中線に比べるとはるかに構造は簡単で、大きさも数十分の一しかない。さらに日本製の空中線の操作は艦内にもうけられたハンドルで回転させるのだが、ドイツ製の空中線は艦内の受信機に接続され、操作も極めて容易であった。・・・電波探知機の装備を終えた翌八月二十二日、早くも探知機に緑色像が浮かび、それ以後しばしば電波が感知された。」 上記により、ドイツ海軍が伊号第8潜水艦に持ち込んだ電波探知機はCRTによる視覚表示機能を具え、2本のエレメントにより構成された空中線を装備するWanzeであったと考えられる。Wanzeの導入時期は伊号第8潜水艦のドイツ到着と重なり、このため、無事呉に帰投した同艦や寄贈潜水艦U-511によって、本探知機は我が国に持ち込まれたと考えられ、海軍のメートル波帯電波探知機の開発に影響を与えることになった。FuMB-4 Samos(追加資料005参照) 本機はMetoxの後継機として開発されたメートル波帯用電波探知機の一機種であるが、Wanzeと同様に導入時期がマイクロ波帯への移行過渡期であり、使用期間は長くはなかったと考えられる。Samosは高周波増幅段無し、中間周波増幅4段、低周波増幅2段構成で、第一検波には双二極管極管RD12Gaによる平衡検波方式が採用され、局部発振回路からの輻射に配慮している。空中線には有指向性のラケット型「FuMB 空中線4型・5型」が使用されたが、無指向性のルンド型空中線も併用されたと考えられる。Samos緒元対応周波数: 90-470MHz受信機方式: スーパーへテロダイン電波型式: A3・F3(FM)構 成: 高周波増幅段無し、中間周波増幅4段、低周波増幅2段中間周波数: 2,500KHz構成真空管: 第一検波RD12G(双2極管) 、局部発振RD12Ta(3極管)、マーカー発振(RD12Ta)、中間周波増幅4段EF13(5極管) x4、第二検波(FM検波)EB-11(双2極管)、低周波増幅2段EF13 x2、両波整流EZ11(双2極管)、定電圧放電7475空中線: ラケット型「FuMB 空中線4型・5型」一次電源: 交流220V写真捕捉 Metoxを構成したR-600A型受信機。本機はR-600型の改良型でマジックアイが追加されたが、基本回路は原型と大差がないと考えられる。 下記URLに本項に関連した追加資料を掲示した。http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2011oct27.html写真出典: : photo courtesy of Mr. Ted Gierlach