現在当館は帝国陸海軍の無線機材、電波兵器(レーダー等)に関わる編纂作業を進めている。また、これらに併せ、同時期に各国で開発された主要無線機材、電波兵器についても、できる範囲で言及をしたいと考えている。作成中の編纂資料は機材の概要、回路図、装置概念図、現物写真及び当時の写真資料等により構成をしているが、この内、回路図や概念図は装置の動作を知る上で特に重要と考えている。 編纂作業はだいぶ進捗し、現在は回路図の入手、概念図の作成、写真資料の入手等に努めている。また、対象とする諸外国の無線機材、電波兵器についても大凡の纏めは完了したが、電波兵器については資料の入手が困難で、概念図の作成が多く残ってしまった。特に英国空軍の本土防衛用レーダーシステムChain Home(CH)については、有名な機材にも関わらず、構成各部の資料が少なく、概要は纏めたものの、概念図の作成には至っていない。しかし、レーダー史を考えるとき、英国のCHとドイツの射撃管制レーダーウルツブルグは決して外すことはできない。 1940年9月から独空軍は連日英本土を空襲したが、英側はCHを中核とする防空システムシステムで迎撃戦闘機集団を有利に運用し、多大な犠牲を払いながらもBattle of Britain(英国の戦い)に勝利した。一方、「ウルツブルグ」は精密な測定データを高射砲部隊に供給、併せ迎撃戦闘機を誘導し、大戦終了まで連合国航空機に大な被害を与え続けた。 さて、CHについてはこれ迄英国の多くの施設に問い合わせを行なって来たが、当館が必要とする構成各装置に関わる十分な資料は得られなかった。このため、今回は目先を変え、英国の軍用無線同好会のFB「WWII Wireless society」に情報提供依頼の投稿を行ってみた。すると、資料の入手先について幾つかの助言があり、その中の一つに「Defence Electronics History Society -DEHS」(防衛電子歴史協会)なる組織があった。 DEHSは防衛電子機器の歴史研究が活動の中心で、その主要テーマはレーダーであり、当館の協力依頼先には誠に適切と考えられた。早速連絡を取ると、資料、情報の提供先は会員限定との事で、直ちに会員登録を済ませた。間もなくすると、DEHSの議長より会員が投稿したCHに関わる多くの記事が送られてきた。当館は長年に渡り本機材の調査を進めており、提供された資料の多くは重複していたが、それでも、漸く概念図の作成に必要な情報を入手することが出来た。 ところで、この中の一人に帝国陸軍の線警戒式レーダーである「電波警戒機甲」を研究されている方がおり、本機に関わる資料の提供要請を受けた。 電波警戒機甲は帝国陸軍が戦前に開発した我が国初の、対空監視用レーダーの一号機である。本機はドップラー効果を応用した線警戒用の干渉型レーダーで、大陸の占領地や朝鮮半島、日本海沿岸等を中心とした対空警戒網を構成した。本機は我が軍にとって記念すべき対空警戒用電波兵器の1号機ではあるが、航空機の検出はドップラー効果によるもので、パルス式レーダーに比べれば機能は限定的で、誠に地味な機材である。この電波警戒機甲を研究する英国人の存在を知り、事務局員は誠に驚いた。 幸いな事に、当館は既に本機の纏めを終了しており、現在はその補足資料の入手に努めている。このため、当該資料及び補足資料を直ちに提供した。すると、驚いた事に、何と提供資料の返礼として、自身が所蔵する帝国陸海軍の無線機材、電波兵器に関わる写真200枚以上の提供があった。 前述の如く当館が作成中の編纂資料は、機材の概要、回路図、装置概念図、現物写真及び当時の写真資料等により構成している。しかし、当時の写真資料の入手は誠に困難である。このため、長年に渡りその入手に努めてきたが、いずれもが、米軍資料よりの複写物等で、到底編纂資料での使用に耐える品質ではない。しかし、今般提供頂いた写真の殆どがこれらの元写真で、事務局員にとり驚愕すべき内容であった。 聞けば、30年ほど昔、米国公文書館(USNA)に於いて資料調査を行い、それらを、持ち込んだ撮影台と35mmのカメラにより接写したとの事であった。驚くべきはその写真に添付されていたリファレンスコードで、今日必要であればこの番号を基に該当写真を容易に見つける事が出来る。 入手写真の多くは陸軍の電波兵器に関係したもので、今日我々がその調査の拠所としている「JAPANESE WARTIME MILITARY ELECTRONICS AND COMMUNICATIONS SECTION-6 JAPANESE ARMY RADAR」や「SHORT SURVEY OF JAPANESE RADAR VOLUME-2 ARMY RADAR」に掲載される殆どの写真を網羅していた。また、それらの中には当館が資料を殆ど所蔵していない陸海軍電波探知機に関わる写真も含まれており、誠に驚愕した。 入手写真は接写版のため、解像度は若干落ちるが、其れでも前述の米軍資料の添付写真に比べれば、その品質は天と地程の差である。また、必要であれば業者を介し、リファレンスコードにより該当の高解像度写真を入手することが出来る。 上記の経緯により、今般期せずして提供を頂いた写真資料は当館にとり、正に値千金であるが、それにしても、事の展開にはただ驚くばかりである。「電波警戒機甲」概要 本警戒機はA地点に設置した送信所及びB地点に設置の受信所により構成され、発射される送信波は500Hzで振幅変調された連続波である。航空機がA・B局間の警戒線に近づくと、ドップラー効果により周波数が変化した反射波が発生し、受信機では直接波と反射波の周波数差によりビートが発生し、之を受話器及び警報指示機により検出する。線警戒構成の場合、航空機の検出は警戒線上の左右10km程度が有効であるが、その位置を確定することは出来ない。 送信機は出力が異なる10W型(80Km)、20W型(120Km)、100W型(200Km)、400W型(350Km)の各種が整備され、必要警戒方式に合わせ該当機材が選択され、運用周波数は各機45-75MHzの1波である。電波警戒機甲(原型)緒元用途: 対空線警戒・前方警戒有効距離: 80Km(10W型)、120Km(20W型)、200Km(100W型)、350Km(400W型)運用周波数: 45-75MHz(1波)空中線(送受信同型): 水平ダイポール反射器付送信機各型: 10W型、20W型、100W型、400W型各型構成: 水晶発振・逓倍・電力増幅方式(100W型以下)、自励発振方式(400W型)、各型500Hz振幅変調方式受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅2段(ME-664A x2)、局部発振(ME-664A)、周波数混合(ME-664A)、中間周波増幅4段(Ut-6F7五極部 x4)、検波(Ut-6F7五極部)、低周波増幅1段(Ut-6F7三極部)、低周波増幅2段(Ut-6F7三極部x2P.P.構成)、低周波増幅3段(Ut-6F7三極部x2P.P.構成)中間周波数: 4MHz総合利得: 120db警報指示機: 音響、計器表示式10-100W型一次電源: 送受信機共に交流電源100V、50/60Hz(受信機直流運用可)400W型一次電源: 送受信機共に交流電源200V、50/60Hz(受信機直流運用可)製造: 住友、東芝他