先般米国の収集家より、大戦初期に於けるRAF(英国空軍)の戦闘機用無線電話機「T.R.9D」に関わる写真の提供があった。聞けば最近関連資料と共に入手したとの事で、その中には飛行中自機の位置を地上方向探知局に自動送信する、DF信号発信管制器も含まれており、誠に資料価値の高いものであった。 当館は大戦期に於けるRAF、ドイツ空軍の機上用無線機材やレーダーシステムに関わる資料を収集しており、T.R.9Dについても類型のT.R.9Fや、後継機であるVHF無線電話機「TR-1143」を所蔵している。しかし、DF信号発信管制器等は未収集で、若干羨しくもあった。 T.R.9Dは大戦初期にスピットファイやハリケーンに搭載されたが、構成、構造は如何にもイギリス的で、誠に使い勝手の悪い無線機材であったと考えられるが、英国人の忍耐でこれを運用し、英国上空での戦いに勝利した。本機は誠に興味深く、このため、参考資料として、以下にその概要を掲示した。T.R.9Dの開発 1940年の夏、RAFは本土上空で後世に「Battle Of Britain」として語り継がれる壮絶な戦いをドイツ空軍と演じ勝利したが、この戦いを支えたのは世界初の早期警戒用レーダーシステムであるChain Home及び、数で劣勢な迎撃戦闘機を的確に誘導する無線電話システムで、これに対向する機上無線電話機がT.R.9Dであった。 T.R.9Dの原型であるT.R.9は1932年に開発された。本機の送信機は自励発振・直接輻射方式で、受信機は再生機能付きのストレート方式であったが、送信機はその後水晶制御の主発振・電力増幅方式に改良され、1937年になると地上局による戦闘機の誘導を目的として、方向探知局(DF局)に対する電波自動発信機能が追加され、T.R.9Dが誕生した。 T.R.9Dの送信機出力は驚くことに僅か1.5Wで、その対地通信能力は限定的であったが、戦いが始まるとRAFは多くの移動式対空通信中継局を配備し、本機を装備する戦闘機との電話通信に疎漏が無いよう努めた。 構成からT.R.9Dの使い勝手は非常に悪かったと考えられるが、VHFの4チャンネル機材TR-1143が導入される1942年の中頃まで、本機はRAFの主力無線電話装置として使用された。T.R.9D装置概要 本無線装置は送信機、受信機、遠隔操作器、DF信号発信用管制器及び空中線装置等により構成されている。送信機と受信機、電源用蓄電池及び乾電池は同一の薄い鉄板製ケースに収められ、容積は29x46.5x21cmで、重量は16Kg(除内蔵電池)である。 送信機は水晶発振、電力増幅方式の2チャンネル(CH)機材で、内1CHはDF信号発信用である。DF信号発信管制器は外部接続式で、切替により1分毎に14秒間無変調波を自動送信する。 受信機は高周波増幅2段、格子検波、低周波増幅3段のストレート方式で、本機は再生機能を備えているが、再生は検波回路に於ける帰還方式ではなく、高周波増幅1段部と2段部を可変蓄電器により結合させ、再生(発振)状態を誘起させている。 なお、同調の補正はリンケージワイヤーを介し、操縦席より遠隔で行った。DF信号発信管制器 今般提供を受けた機材写真の中には、DF信号発振管制器の一部が含まれていた。本機はモーターで駆動される時計式スイッチ装置であり、管制器によりDF運用が選択され、通話用送信周波数がDF送信周波数に切替わると、1分毎に14秒間送信機を動作させ、無変調波を自動送信する。また、DF信号送信中であってもプレストークスイッチを操作すると、通常の運用状態に復帰する。T.R.9D諸元通達距離: 空対空8Km、対地50Km周波数: 4,300−6,600KHz(通信用に任意の周波数一波、DF信号送信用に一波)電波形式: A3(電話)送信入力: 約3W送信機: 水晶発振VT-50、電力増幅VT-51、陽極(ハイシング)変調VT-51、送話音声増幅用として外部設置のサブ変調機を使用受信機: 再生機能付ストレート方式、高周波増幅2段VR-18 x2、検波VR-27、低周波増幅3段VR-21 x2及びVR-22電源: 低圧2V蓄電池、高圧120V乾電池(無線機内収容)空中線: ワイヤー固定式DF用付加装置: 付加装置の制御により地上DF局に対し、毎分14秒間DF用周波数で無変調波を自動送信掲示写真補足 組写真@はこの度米国の収集家が入手したT.R.9Dと関連資料である。 写真AはT.R.9Dの方向探知用信号を地上探知局に自動送信するDF信号発信管制器で、本品は誠に希少である。 写真Bは当館が所蔵するT.R.9Fで、構造、回路構成はD型と殆ど同一である。 写真Cは当館が所蔵するRAFのVHF無線電話機TR-1143で、本機はT.R.9Dの後継機である。