事務局員が無線少年であった頃、CQ誌で「原子力バッテリー」なるものが紹介され、また、胸にバッチ型線量計を付けこの電池の横に立つ日本人の写真を何かのグラビアで見た記憶もある。当時この原子力電池は事務局員の脳裏に強く刷込まれ、今日もなお時折思いを巡らす事がある。 このため、最近当該原子力バッテリーについての調査を行ったところ、記事を掲載したCQ誌は1960年(昭和35年)2月発行の臨時増刊号「モデル・アマチュア局集」である事が判明した。この臨時増刊号の表紙はJA1BSJ、JA1CYAの須藤兄妹で、特にJA1CYAは当時我々無線少年にとっては憧れの人であった。 当館(横浜旧軍無線通信資料館)は創刊号より1969年迄のCQ誌を収集するも、残念ながら該当号の所蔵は無く、FBにて資料の提供をお願いしたところ、親川民生氏、入江雅量氏より複写記事の提供があり、漸くその内容を知ることが出来た。両氏のご協力には心より御礼を申し上げる。 さて、該当の記事は「日本の空を結ぶJARL中央局JA1RL,JA1IAG,JA1CSQ」で、この内JA1CSQ局に関わる記事の中に、原子バッテリーの写真及び、この電池を使い28MHzでQRV実験を行ったTR式送信機の記述があった。しかし、肝心の原子力電池については特段の言及は無く、その構造を知ることは出来なかった。実験送信機と消費電力 本送信機は掲示回路図の如く水晶発振方式で、7MHz帯の水晶発振周波数を4逓倍して所要の28MHz帯を得る構成である。電力増幅部は米国フェアチャイルド製の高周波用トランジスター2N696二本により構成され、入力電力は最大500mW程度であったと推察される。このため、使用した原子力電池の出力は少なくとも之を上回っていなければならないが、資料が乏しくその出力は判然とせず、電池の種類を確定し推察する外に道は無い。原子力電池とは 原子力バッテリーは放射性同位体の放射線エネルギーを電気エネルギーに変換する構成で各種があるが、中でも実用化され、一般的なものは熱電変換式と光電変換式電池であろう。・熱電変換式電池 本式の原子力電池は、原子核の崩壊に伴い発生するエネルギーを他の物質に吸収させ、発生する熱を利用するものである。実用電池はアルファ崩壊を起こすプルトニウム238やポロニウム210等を熱源に使用し、発生する熱をベーゼック効果(熱電対)により電力に変換する。 当初このタイプの原子力バッテリーは人工衛星などに使用されたが、間もなくして発達した太陽電池に置き換えられた。また、ペースメーカーで使用する超小型の熱電変換式電池も試作されたが、問題が多く実用には至らなかった。因みに、プルトニウム238の熱出力は1kgで約540w、ポロニウム210は約140wとの事である。・光電変換式電池 本式の原子力電池は直接変換方式と、間接変換方式に大別される。直接変換方式はプロメチウム147などを用い、放射するベータ線を直接リン化ガリウム(GaP)等の半導体に照射し電力に変換する。 間接変換方式はトリチウム等の放射性物質により硫化亜鉛等の蛍光物質を励起し、之を太陽電池等の光電変換素子により電力に転換する。しかし、本式の電池は直接変換方式に比べ効率が非常に悪い。原子力バッテリーとJA1CSQ局 JA1CSQ局が使用した原子力バッテリーの構造は不明であるが、各電池の特徴より、それは少なくとも大掛かりな熱電変換方式ではなく、簡単な構造で小型に作れ、比較的安全な光電直接変換方式であった可能性が高い。しかし、その出力がJA1CSQ局の28MHz送信機の必要電力を賄えたかについては大いに疑問が残る。 当該電池が光電変換方式であったと仮定すると、容積からしてその出力は数百μW程度と推察され、この場合、運用はこれを電池に充電し行うほかは、手立てが無い。このためか、CQ誌には本原子力バッテリーの実用について特段の追加記事は無かったと記憶している。JARLと原子力バッテリー ところで、原子力電池がJARLに持ち込まれた経緯であるが、これは1955年(昭和30年)に原子力の平和利用を促進するため、東京の日比谷公園で開かれた「原子力平和利用博覧会」に関係していたものと推察される。 この博覧会は読売新聞と米国情報局の協賛により開催された国策博覧会で、会場の日比谷公園にはジュラルミン張りの展示館が建てられ、館内では原子力の基礎や原子炉の原理等が模型やパネルで解説された。特に癌の治療に効果のあるコバルト60を使った医療器具の模型は人々の関心を集めた。この博覧会は好評を博し、翌年より全国20カ所で移動博覧会として開催され、観客動員総数は250万人に達した。 上記より、事務局員はJARLで実験に使用された原子力バッテリーは、この博覧会の展示品として米国より持ち込まれたものではなかったかと考えている。掲示資料補足組資料@は1960年(昭和35年)2月発行の臨時増刊号「モデル・アマチュア局集」の表紙である。写真Aは本誌に掲載されたJA1CSQ局に関わる記事の中で使用された原子バッテリーの写真である。資料Bは同記事に掲載されている28MHz帯用のTR式送信機の回路構成図である。