今般、標記レーダーを構成した2次電源装置を入手した。当館(横浜旧軍無線通信資料館)は之までタキ1号の構成機材を確認した事はなく、この度の入手は誠の驚きである。 先年当館は陸軍の機上用接敵レーダー「タキ2号」の送信機各種及び、機上索敵レーダー「タキ3号」の2次電源装置二台を入手した。今般の入手により、陸軍が開発した主要機上レーダー三種の構成機材を所蔵する事となり、誠に幸いである。 タキ1号は陸軍が1943年(昭和18年)に開発した航空機搭載用探索レーダーの1号機で、タキ3号の開発が最終段階で中止となったため、陸軍航空隊唯一の実用索敵レーダーとして終戦まで使用された。 タキ1号は1型(原型)より4型迄が開発されたが、原型は実験機的側面が強く、実用されたのは2型、3型であり、大戦末期に導入された4型により完成の域に達した。今般入手した電源装置は、米軍の写真資料より判断して4型である。本電源装置は先年入手したタキ3号の電源と比べ非常に大きく、容積は40x26x71cm、重量は約30kgである。電源装置 タキ1号の1次電源は直流回転式交流発電機(入力24V)により構成され、出力は3相100V(750VA)、400Hzである。2次電源は交流式で、送信機、変調機、受信機/波形指示機他用により構成さている。高圧出力は送信機用が10,000V、パルス変調機用が3,000V、波形指示機ブラウン管用が約1,000V、受信機/波形指示装置他用が200Vで、各回路の整流は何れもがセレン整流器である。陸軍機上用レーダーの開発 陸軍航空本部に於ける航空機搭載用電波警戒機(索敵レーダー)の研究開発は1942年(昭和17年)の初頭より始められた。当時既に海軍航空技術廠(空技廠)では同一目的の航空機用電波探信儀(H-6レーダー)の開発が最終段階にあったが、当時陸海軍相互の技術交換は低調で、タキ1号の研究は真空管の選定より始める様な状況であった。 同年4月、波長1.5m(200MHz)を使用した尖頭出力10kWの試作機が完成し、輸送機に装備して運用実験が開始された。当初本電波警戒機の索敵対象は航空機であり、標的にはフイリッピンで鹵獲したB-17爆撃機が使用された。しかし結果は不良で、目視できる同爆撃機の反射波さえ得ることが出来なかった(注)。 以後実験は継続されたが航空機の探知には成功せず、結局艦艇等を対象とした索敵レーダーとしての研究、開発が進められる事になった。 1943年(昭和18年)の初頭に量産型の原型が完成し、陸軍初の機上用レーダーは電波警戒機「タキ1号」として制式化された。以後実戦配備に関わる各種の実験が繰り返され、同年の暮れには100式重爆撃機への装備が始まり、1944年(昭和19年)3月からは4式重爆「飛龍」への配備も進んだ。.タキ1号2型、3型諸元用途: 早期警戒周波数: 200MHz繰返周波数: 1,000Hzパルス幅: 5μs尖頭出力: 10kW2型空中線装置: 機首5素子八木1基、胴体両側面半波長ダイポール水平2列2段、送受兼用3型空中線装置: 機首5素子八木1基、両翼4素子八木各1基、送受兼用送信機: 発振管T-311( P.P.)変調方式: パルス変調、変調管UV-211受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅3段(UN-954 x3)、混合(UN-954)、局部発振(UN-955)、中間周波増幅4段(RH-4 x4)、検波(RH-4)、低周波増幅(RH-4)中間周波数: 9.5MHz帯域幅: 500KHz利得: 100db測定方法: 最大感度方式信号表示: Aスコープ方式掃引幅: 0-100km測定距離: 潜水艦15km、大型艦50km、艦隊100km(高度1,500m)測距精度: ±2km測角精度: ±5°電源: 直流交流変換器(入力直流24V、出力3相100V、750VA)総重量: 150kg製造: 日本無線.タキ1号4型 本機は大戦末期に開発されたタキ1号の最終型で、運用周波数を200MHz帯より150MHz帯に下げ動作の安定を図った。構造は2型と殆ど同一であるが、構成真空管が大幅に変更された。また、重量も軽減され、中型機への搭載が可能となった。.タキ1号4型諸元用途: 早期警戒周波数: 150MHz繰返周波数: 1,000Hzパルス幅: 5μs尖頭出力: 10kW空中線: 機首4素子八木1基、胴体両側面半波長ダイポール水平2列2段、送受兼用送信機: 発振管T-319( P.P.)変調方式: パルス変調、変調管T-307受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅2段(UN-954 x2)、混合(UN-954)、局部発振(UN-955)、中間周波増幅5段(ソラ x4)、検波(ソラ)、低周波増幅2段(ソラ x3、最終段P.P.構成)中間周波数: 10MHz帯域幅: 500kHz利得: 100db測定方法: 最大感度方式信号表示: Aスコープ方式測定距離: 潜水艦15km、大型艦50km、艦隊100km(高度1500m)測距精度: ±2km測角精度: ±5°1次電源装置: 直流回転式交流発電機、入力直流24V、出力3相100V/400Hz、750VA2次電源装置: 高圧10,000V、3,000V、200V、低圧24V(1次入力電源共用)総重量: 110kgタキ1号による夜間雷撃 陸軍は1944年(昭和19年)初頭に海軍と締結した「陸軍航空部隊雷撃訓練等に関する覚書」に基づき、陸軍飛行第7戦隊、第98戦隊を海軍の指揮下に編入し、海軍の暗号書を用いた通信及び、洋上航法を修得させた。 これら部隊は海軍の指揮下、四式重爆「飛龍」に雷装し、台湾航空戦、沖縄航空戦、本土防衛戦を戦った。夜間雷撃戦は探索レーダー「タキ1号」を搭載した誘導機が索敵を行い、敵艦隊上空に照明弾を投下し、浮かび上がるシルエットに向け、電波高度計「タキ13号」を頼りに超低空を飛行する僚機が雷撃を敢行した。本作戦は参加機に洋上航法を支援する海軍の偵察員や操縦員も同乗するなどし、陸海軍が一体となった共同作戦であった。掲示資料補足 組写真@、掲示は今般入手したタキ1号の電源装置である。 写真Aは電源装置の内部であるが、かなり空きスペースがある。高圧部10,000Vのコロナ放電を防ぐ手立てとも考えられる。 写真Bは米軍資料に掲示されたタキ1号の構成機材である。写真からして、送信機も入手電源と同等の大きさであったと考えられる。機上用としては相当な容積である。 写真C、掲示は先に入手したタキ2号、3号の構成機材である。(注) 近距離で航空機の探知が困難であった原因は、地表からの反射波により、航空機よりの反射波が覆い隠されたためと考えられる。特に海上で顕著な「うねって変動する反射波」は「海蛇現象」と呼ばれた。 このため、各国で開発された接敵レーダーの探索、測定距離は、地表よりの反射波が受信されない自機の飛行高度範囲内であった。つまり、高度5,000mで飛行する索敵機の測定範囲は5km以内で、それ以上は地表の反射波に覆われる。 一方、遠距離にあっては、地表よりの反射波は暫時減少し影響は無くなるが、メートル波帯機上レーダーは空中線系の利得不足、低送信出力、解像度不良等のため、大編隊でも無い限りその探知は困難であった。