先般「ヤフオク!」に陸軍の「96式飛3号無線機」を構成する送信機のジャンクが出品された。当館(横浜旧軍無線通信資料館)は之までに本機材を確認した事がなく、参考資料として入手を試みたが、残念ながら落札は叶わなかった。 出品物は改造により内部は殆ど原状を留めておらず、また、装備真空管も異なっていたが、稀少な機材で、その資料価値は非常に高いと考えられる。特に当館が知りたかったのは構成真空管の名称で、ソケットの横には管名のプレートが取付られているはずである。 さて、「96式飛3号無線機」は陸軍の第三次制式制定作業(昭和9年/1934より暫時実施)により開発された単座戦闘機用の無線電話機で、その用途は僚機との電話通信である。しかし、間もなくして第四次制式(昭和14年/1939より暫時実施)機材である99式飛3号無線機が導入されたため、その生産台数は極わずかに留まったと考えられる。 96式飛3号無線機については資料が少なく、当館はその構成回路すら完全には把握をしておらず、また、構成真空管も確定が出来ていない。とは云え、所蔵資料からの推察により、送信機は水晶発振・直接輻射方式で、変調は陽極変調方式(ハイシング変調と推測)であり、構成真空管は2本である。 また、受信機は高周波増幅1段、周波数変換、中間周波増幅1段、検波、低周波増幅、AVC機能付のスーパーヘテロダイン方式で、構成真空管4本である。この管数で前記の機能を充足させるには、陸軍が第四次制式機材で多用するUt-6F7(三極・五極)等の複合管が必要となる。96式飛3号無線機に関わる若干の推測 当館は、外部構造は全く異なるが、96式飛3号は第四次制式制定機材である99式飛3号無線機の原型と、その回路構成は相似しているのでは、と考えている。 99式飛3号を構成する送信機は水晶発振・直接輻射方式で、変調は陽極変調方式であり、構成真空管はUY-807A二本である。また、受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段、AVC機能付のスーパーヘテロダイン方式で、構成真空管は三極・五極複合メタル管MC-804A四本である。 幸いにも当館は、96式飛3号の送信機及び受信機の予備真空管筐を所蔵している。送信管筐は緩衝材の構造から、頂部にキャップの付いた真空管を収容すると考えられ、この球は99式飛3号・送信機の構成管UY-807Aを想起させる。 また、受信管筐の収容管数は4本と非常に少なく、何れもが同一の収容形状であることから、構成管には複合管一種の使用が推察される。96式飛3号が導入された当時、99式飛3号・受信機が使用した三極・五極複合管MC-804Aは未だ開発されては居らず、このため、Ut-6F7が使用されたのでは、と考えられる。94式飛3号無線機 第三次制式制定作業に於いて、96式飛3号無線機とは構造が全く異なる機材が、15号無線電信機(94式飛3号無線機)として研究審査が行われていた。本機の構成は送信機が主(水晶)発振・電力増幅方式で、変調は音声増幅・陽極変調方式であり、受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、オートダイン検波、低周波増幅2段のスーパーヘテロダイン方式であった。 94式飛3号については、開発元である陸軍通信学校研究部が1936年(昭和11年)12月に仮制式化を上申し、陸軍航空通信学校の教本「航空通信学仮教程」にはその構成図が掲載されている。しかし、以降本機の実戦配備や整備に関わる記録は無く、また実機も確認された事が無い。 このため、94式飛3号無線機は仮制式化の時期に、より小型で実用的な96式飛3号が開発された事により、結局生産に移ること無く非整備になったと考えられる。この経緯は中型航空機用の94式飛2号無線機に類似し、本機の場合も制式化後間もなくして、より小型で高性能な96式飛2号無線機が導入されている。 第三次の制式化に向け研究が進められたこの時期は、新技術や新型真空管の導入が急速に進んだ。このため、研究が終了寸前の機材であっても、その構成が変更された物が多くあった。94式飛2号や飛3号はその典型であった考えられる。96式飛3号無線機諸元(2型)用途: 戦闘機相互間電話通信通信距離: 10km周波数: 送信4,600-5,000KHz、受信4,600-5,000KHz電波形式: 電話(A3)送信機: 出力不明、水晶発振直接輻射方式、陽極変調方式、構成真空管2本送話器: 防音式又は咽喉式受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段、周波数変換、中間周波1段、検波、低周波増幅、AVC機能付、構成真空管4本電源(送受兼用): 入力24V、直流回転式変圧器空中線装置: 固定式7m(逆L型)、地線は機体接地