先週オーストラリアの収集家より、写真と共に所蔵受信機の型式確定の依頼があった。銘板は剥がされていたが、一目で当該受信機は小生が長年探し続けていた帝国海軍の「97式受信機」である事が判り、誠に驚愕した。期せずして、ついに長年の懸案で有った97式受信機を発見した。 97式受信機は1937年(昭和12年)頃に海軍技術研究所電気部が開発した艦艇用のストレート式受信機で、長波用(17-3,500kHz)、短波用(3,000-20,000kHz)の二機種で構成され、今般問い合わせのあった受信機は短波用である。 本受信機はストレート式で有りながら、検波回路に再生機能は具えて居らず、電信(A1)の復調は独立した構成のBFO回路により、ヘテロダイン検波方式により行う。 当時海軍艦艇用の主力受信機は92式特受信機で、短波帯に於ける本機の構成はスーパーヘテロダイン方式で有ったが、この時期になってもなお、技術研究所は高性能なストレート式受信機の開発を目指した。97式受信機は海軍艦艇用の最高級受信機であったが、構造が複雑で量産に適さず、その生産は極わずかに留まった。 本受信機については、回路構成図は残されているが、当館(横浜旧軍無線通信資料館)が知る限り、現物や外部構造を知る写真資料等は一切確認されていない。 このため、今日までその構造は日本無線史(海軍編・97式短受信機P-341)に記された「前置選択器(プリセレクター)式」を手掛かりに、回路図と併せ、受信機前面には主同調器と共に、大掛かりなBFO同調器が装置されていると推察していた。 これらより、提供写真を見た時、細部を確認する事無く、当該受信機は「97式受信機」である事を即座に確信し、心臓が高鳴った。戦艦武蔵残骸機材の型式確定 話は少々遡るが、2016年10月、NHKスペシャルで「戦艦武蔵の最後-映像解析、知られざる真実」が放送された。 戦艦武蔵はフィリピン方面を決戦場とする捷1号作戦の発動に伴い、連合艦隊の主力としてフィリピン近海に展開する米機動部隊を攻撃すべく出撃したが、1944年(昭和19年)10月24日、レイテ沖海戦に於いて米軍攻撃機により撃沈され、シブヤン海に沈んだ。 2015年3月、マイクロソフトの共同創業者で、海洋探索家としても知られた故ポール・アレン氏は、水深1200mのシブヤン海で戦艦武蔵を発見し、艦体と周囲の状況を高解像度の映像で記録した。NHKスペシャルはこの映像をデジタル技術により解析し、多角的な検討を加えたものである。 放送に先立ち、当館は映像に映る無線通信機と覚しき機材についての型式確定依頼を関係部門より受けた。その構造から当該機材は受信機で、海軍の97式受信機の可能性があると考えたが、当館が推測していた本受信機とは構造が必ずしも一致せず、このため「帝国海軍の97式受信機の可能性がある。しかし、型式の確定には至らず」との回答を行った経緯があった。 さて、97式受信機の写真を見て、最初に頭をよぎったのは戦艦武蔵に関わるこの残骸機材で有った。直ちに関連写真を精査すると、両機材の構造は同一で、映像の残骸は間違いなく海軍の「97式受信機」で有る事が確定出来た。 また、気がつかなかったが、該当受信機の左側、BFO部分は欠落しており、このため、当時考えていた97式受信機の構造と、残骸機材の構造が完全には一致しなかった理由も判明した。受信機左側のBFO装置部分は接合構造で、武蔵の沈没間際に起こった爆発により、受信機は艦外に吹き飛ばされ、その際に該当部分が接断されたものと考えられる。 以上の如く、期せずしてオーストラリアより提供を受けた写真により、懸案で有った海軍97式受信機の細部構造が判明した。また、戦艦武蔵関連機材の型式も確定する事が出来、誠に幸いであった。旧軍機材の発見に務め、その記録に携わる者として、これ以上の喜びはない。 なお、97式受信機の概要については別途掲示の予定である。