先般、オーストラリアの収集家より帝国海軍が1937年(昭和12年)に導入した「97式受信機」の写真を期せずして入手し、之まで不明であった本受信機の構造を知る事が出来た。 また、本写真により、2016年10月にNHKスペシャルで放送された「戦艦武蔵の最後-映像解析、知られざる真実」の映像に映り込んでいた無線通信機と覚しき残骸が、97式受信機で有る事が確定出来た。このため、参考資料として、今般は本受信機の内部構造及び概要を紹介する。97式受信機とは 本機は海軍が1937年(昭和12年)に導入した艦艇用のストレート式受信機で、長・中波用(17-3,500kHz)及び短波用(3,000-20,000kHz)の二機種で構成され、今般写真を入手した受信機は短波用である。本受信機はストレート式で有りながら、検波回路に再生機能は具えて居らず、電信(A1)の復調は独立した構成のBFO機能により、ヘテロダイン検波方式で行う。 97式受信機は海軍の高級受信機で、構造が複雑、大型、鈍重(57.9kg)であり、生産には多くの時間と手間を必要とした。このため、太平洋戦争が勃発すると艦艇用受信機の生産は92式特受信機に集中し、97式受信機の生産は極わずかに留まった。97式受信機(短波用)装置概要 本機は高周波増幅4段、検波、低周波増幅2段構成のストレート式受信機で、受信周波数は3,000-20,000kHz、内蔵の同調コイルはターレット式切替構造である。本同調コイル機構は大戦末期に導入され、構成管にRC-4を使用した海軍の「全波受信機」のそれと相似している。 高周波増幅部は五極管UZ-76四本による4段構成で、空中線入力回路は2段同調構成となっている。各同調段は6連式の同調用可変蓄電器により構成され、同調ダイアル機構はウオームギヤ構造で、100度目盛りのドラムを回転させ、周波数は添付された置換表により読み取る。 検波回路は五極管UZ-77による陽極検波方式で、再生機能は具えておらず、A1信号の復調は独立したBFO回路出力と受信周波数を混合検波するヘテロダイン方式により行う。BFO回路は特殊三極管RX-1による格子同調型発振回路により構成され、出力はUZ-77により緩衝増幅の後、高周波増幅第3段の入力同調回路に注入される。 低周波増幅部はUZ-77及び五極管UZ-41による二段増幅方式で、段間には通過帯域4段可変式のオーディオフィルターが装置され、ストレート式受信機の欠点である広帯域通過特性に対処している。 低周波出力変成器には出力制限器及び受話器用の巻線が施されている。制限器用巻線はタップによる負荷インピーダンス可変構成で、回路はネオン管により終端されている。本回路では、過大受信入力により信号出力が設定電圧を超えるとネオン管が放電し、回路の短絡により出力管の陽極損失を増大させ低周波出力を抑制する。本受信機の手動利得調整は高周波増幅第2段及び第3段部の第一格子電圧可変方式である。・BFO回路 97式受信機はストレート方式でありながら、フロントエンドの同調回路とは独立したBFO発振回路を具え、同調操作により受信波とのヘテロダイン検波を行い、A1信号の復調を行う。日本無線史(海軍編・97式短受信機P-341)ではこの方式を「前置選択器(プリセレクター)式」と表記している。 BFO回路は高安定発振回路構成で、また、発振は最高発振周波数を低く抑え、受信波との混合は原発振周波数及び高調波により行う方式である。 発振管には高安定度の発振を目的として開発されたマツダ製の三極管RX-1を使用し、線条回路には電流安定用のバラスト管が装置され、また、出力は負荷による周波数変動を抑えるため、緩衝増幅回路を介し行っており、同調用蓄電器も温度補償型を使用した。 BFO回路は大型のアルミダイキャスト製ケースに収容され、受信機の左側に装置されているが、発振用同調蓄電器には主同調器と同様に大型の同調機構が装置され、ヘテロダイン検波によるA1信号の復調が容易な構成と成っている。特殊三極管RX-1 RX-1は発振周波数の安定に優れた特殊三極管であるが、「電子管の歴史」(オーム社)には本管に関わる記述が有り、要所を以下に抜粋した。「海軍の艦船用には1941年ごろからRX-1、RW-2、RE-3、RC-4、RD-5が逐次制定された。三極管を使ったLC発振器は起動時に約1時間じわじわと発振周波数が低下する。この低下をできるだけ小さくすることが海軍の要望であつた。その原因は電極の熱膨張に基づく電極間静電容量の増加によるもので,三極管の構造と材料の面から対策を講じた真空管がRX-1(東京芝浦UX-6501)である。すなわち,制御格子は2本のニッケル棒にモリプデンの細線を巻き付ける従来の構造をやめ,金属板の格子を電子流の両側に配置するようにし,その材料に熱膨張係数の小さいインバーを使用した。陽極もインバーの板である。格子は陽極に囲まれず直接大部分の熱を外部に放射することができる。RX-1を用いたLC発振器は,従来の三極管を使用した発振器に比べて約一桁周波数の変動が小さくなった。」97式(短波用)受信機諸元用途: 艦艇用周波数: 3,000-20,000kHz(6バンド)電波形式: A1(電信)、A2・A3(変調電信・電話)受信機構成: ヘテロダイン方式、高周波増幅4段(UZ-76 x4)、陽極検波(UZ-77)、BFO(RX-1、UZ-77)、低周波増幅2段(UZ-77、UZ-41)電源: 交流100V空中線装置: 艦艇設置固定空中線