本車輌無線機には「車輌無線機丙」(305号型通信機)及び「車輌無線機丙(2号)」(306号型通信機)の二機種が確認されている。当館(横浜旧軍無線通信資料館)は「車輌無線機丙」の主要構成機材を所蔵し、また、当館の技術調査員である安齊穗積君より「車輌無線機丙(2号)」を構成する送信機を借用し、展示を行っている。 先般、当館は陸軍車輌無線機に関わる編纂作業の大凡を完了した。しかし、306号型通信機を構成する受信機については未所蔵、未検分で、その詳細を把握しておらず、本機材に関わる作業は保留している。 「車輌無線機丙」を構成する受信機は超再生検波方式である。一方、開発の経緯により、「車輌無線機丙(2号)」の受信機はスーパーヘテロダイン方式の可能性があり、その構成を確認する必要がある。 このため、「車輌無線機丙(2号)」(306号型通信機)を構成する受信機に就いて、情報の提供を頂ければ、誠に幸いである。「車輌無線機丙」と構成受信機 1939年(昭和14年)夏、ノモンハン事件が勃発し陸軍戦車部隊は初めて本格的な戦車戦を体験した。この戦いにより、戦車が戦うべき敵は戦車であり、戦車部隊の存在意義は対戦車戦にある事が、強く認識された。 間もなくして第二次大戦が勃発し、ドイツ機甲部隊はその緒戦でポーランドを席巻し、世界の軍事関係者を驚かせた。これらの経緯により、帝国陸軍でも機甲部隊の研究が進められ、従来の歩兵直協、陣地攻略を目的とした戦車部隊の運用形態が、戦車群による電撃的な進撃と、敵戦車群の壊滅へと転換される事になった。 戦車部隊の運用転向に伴い、戦車砲の装換や、徹甲弾の改良、新型戦車の開発等が急遽要請された。併せ、搭載無線装置についても、戦車相互間の電話通信機能に優れた機材の開発が急務となり、1941年(昭和16年)4月、第四次制式制定作業の研究項目に戦闘車輌用無線電話機が追加された。 当時、各国に於ける戦闘車輌用無線電話機の運用周波数帯は見通し内通信特性に優れ、周波数の多数分割使用が可能なVHF帯が主流となっていた。また、対戦車戦に於いては搭乗員相互の意志疎通が重要であり、車内通話装置の導入も不可避な課題であった。 このため、研究された新型車両用無線機は20-30MHzのセミVHF帯を使用した短距離用の電話主体機材で、本機は車内通話機能を備え、搭乗員4名の相互通話が可能であった。. 従来帝国陸海軍は超短波帯の受信機には超再検波方式を重用したが、本式は狭小地域内に於ける多数機の使用には適さず、当然の事としてスーパーヘテロダイン方式が考慮された。 しかし、この周波数帯域に於ける車輌用受信機の開発経験はなく、結局、研究課題として示された試作100機の内、半数を超再生方式に、他をスーパーヘテロダイン方式とし、応急整備の要請と、機能充実の要望に対処する事になった。 1942年(昭和17年)6月、試作の二機種が完成し、以後二回の改修を行い、1943年(昭和18年)2月に実用機の開発が完了した。本機は制式化作業に先行し200機が応急的に整備され、用兵側の要望を満たしたが、制式化作業の準備中に終戦となり、陸軍軍需審査会に於いて、正式に兵器化される事は無かったものと考えられる。車輌無線機丙(305号型通信機)諸元用途: 戦車相互間通話通信距離: 500m周波数:20-30MHz電波形式: A2(変調電信)、A3(電話)送信出力: 6W送信機: 発振Ut-6F7(五極部)、電力増幅UY-807A、音声増幅Ut-6F7(三極部)、陽極・第二格子変調UY-807A、インターホン用低周波増幅兼較正用水晶発振Ut-6F7、較正周波数21、24、27、30MHz(原発振3MHz)受信機: 他励式超再生方式、高周波増幅1段、超再生検波、低周波増幅2段(Ut-6F7 x3)電源: 直流回転式変圧器、入力24V、出力400V(送受信機兼用)空中線: 垂直型2m自動起倒式、地線車体接地