現在当館(横浜旧軍無線通信資料館)は戦中に於ける軍用無線機材及びレーダー等の電波兵器についての纏めを行っており、その対象は帝国陸海軍及び英・米・独の主要機材である。 対象となる殆どの機材はその基本作業を終了しているが、先週より資料不足により長期に渡り作業を中断していたRAFの早期対空警戒レーダー「Chain Home(AMES TYPE-1型装置)」の纏めを再開した。 Chain home(CH)は先の大戦に於いて、英国の存亡を掛けた戦い、バトルオブブリテンを勝利に導いた救国のレーダーシステムで、概要を知る資料は数多くある。しかし、何故かレーダー各部を概説した資料は皆無で、その構成を把握する事が誠に困難であった。 当然の事として、英米の関連公共機関、収集家、研究家に働きかけを行ったが、特段参考となる資料は入手出来ず、大いに困った。ところが、数年前、レーダー史に重点を置く「Defence Electronics History Society」なる団体の存在を知り連絡を取ると、資料の提供は有料の会員に限定されているとの事で、選択の余地はなく入会した。 その後一年を掛け、以前機関誌に掲載された関連記事を集め、漸くCHの概要を纏められる内容の資料を入手したが、一段落したせいか、集めた資料は今日まで2年間も放置をしてしまった。Chain Home 本機は英国空軍が1937年に開発した統合的な対空早期警戒システムで、主要各レーダーサイトはAMES TYPE-1型レーダー装置により構成された。AMES TYPE-1は送信所と受信所に分かれたバイスタティック(Bistatic)構成で、両所は数百メートル離れて設置され、標的の距離、方位、仰角の3諸元を測定した。 AMES TYPE-1型の運用周波数は20-55MHz(原型)で、開発は動作の信頼性、開発時間の短縮、生産性の効率化を考慮し、当時の普及無線技術、電子部品を使用して行われ、送信機も短波放送用機材の改修型である。 また、本機の方位角・仰角の測定方式もゴニオメーター型方向探知機の動作原理を応用したもので、二組のダイポール型空中線をゴニオメーターで合成し、発生する8字指向特性を可変し、最小感度点により測定を行う方式である。現在の位相合成式レーダー(Phased Array Radar)の一種である。組立式送信管 さて、AMES TYPE-1を構成する送信機は当時の短波放送用送信機を改良使用したもので、その構成は主発振、2逓倍増幅、電力増幅方式である。 発振は水冷式双四極管SW5の両極並列使用によるハートレー発振回路である。本送信機のパルス変調は発振段で行う構成で、変調機より供給される繰返周波数25/12.5Hz、幅約20μsのパルスを発振管の第一格子及び第二格子に加圧し行っている。 周波数2逓倍及び増幅部は水冷式四極管TYPE-43のP.P.構成によるC級動作ある。電力増幅部もTYPE-43のP.P.構成のC級動作で、陽極電圧は35kV、尖頭出力は350kW(改良型700kW)である。 ところで、入手資料により、送信管TYPE-43は「組立式送信管」である事を知り、誠に驚いた。本管は消耗したフィラメント、第1格子、第2格子を取り外し交換ができる構造で、常時ポンプで真空排気を行う構成である。 また、特段の記述は無かったが、発振回路を構成する送信用双四極管SW5も、添付写真から組み立て式真空管と推察される。尤もAMES TYPE-1を構成する送信機は短波放送用送信機の転用であり、当時の英国では、組立式送信管は一般的なものであったとも考えられる。 なお、我が国に於ける組立式送信管の開発については「電子管の歴史(P-116)」(オーム社)に、「1943年に国際電気通信八保送信所で試験を始めたが、送信機の製造が遅れ、終戦までに完成しなかった」との記述がある。AMES TYPE-1普及型緒元用途: 対空監視周波数: 22.7-29.7MHz(1波)繰返周波数: 12.5/25Hzパルス巾: 20μs送信尖頭出力: 350kW、750kW(後期型)送信空中線: 半波長ダイポール水平一列8段(主空中線)、同4段(副空中線)受信機空中線: 交叉半波長ダイポール(センス空中線付)二段、半波長ダイポール反射器付二段送信機: 発振(SW5)、2逓倍TYPE-43 、電力増幅TYPE-43 x2(P.P.構成)変調器: 衝撃波(パルス)変調方式受信機: 高周波増幅3段(各P.P.構成)、周波数混合(P.P.構成)・局部発振、中間周波増幅5段、検波、信号増幅(P.P.構成)中間周波数: 2MHz帯域幅: 50kHz、200kHz、500kHz切替式波形表示: Aスコープ方式測定方法: 最小感度方式(方位・仰角)測定距離: 130Km測角精度: ±0.5°測高精度: ±0.5°一次電源: 商用電源50Hz