先般、下記のMailを鎌倉在住のご婦人より頂いた。「初めまして、先日、鎌倉の海岸で添付画像(の品)を拾いました。通信機器の部品までは予想したのですが、ある方に大帝国海軍の物だと指摘され、貴サイトに辿り着きました。・・・・・どのような部品かわかりません。教えていただけますと嬉しいです。どうぞ宜しくお願いいたします。」 この方は日頃鎌倉の海岸で浜に打ち上げられた品々を、見たり、拾ったりするビーチコーミングが趣味との事であった。極楽寺生まれの小生も、子供の頃、よくこの海岸で遊び、桜貝や摩耗した色ガラスの破片を拾っていた。 さて、送られてきた画像は海軍型水晶発振子の残骸である。錨のマークは残っているが、両面の蓋は摩耗して欠落し、当然中身はない。状態から、水晶片は長い年月を掛け、この浜に打ち上げられたと考えられる。 取り敢えず先方には、海軍型水晶発振子に関わる内外部の写真と、発振子についての簡単な説明文を送っておいた。 ところで、この水晶片は何故この浜で拾われたのであろうか。考えても意味の無い事だが、大戦末期、逗子や鎌倉、藤沢、茅ヶ崎には連合軍の上陸を想定し、防衛の準備を行うため、多くの陸海軍部隊が駐屯していた。 このため、終戦に際し、海軍関係者が重要機密であった暗号書や水晶発振子を海岸の沖に投棄し、今般その一つが見つかったと妄想してみたのだが・・・・・・・。