先般Net Auction「ヤフオク!」に戦前久保田無線が製作した三球式のポータブルラジオ、「ピーアール ハンドラヂオ PR-NO.410」が出品された。 本携帯式ラジオは高額であったためか落札されず、オークションは不成立で終わった。しかし、このラジオは四極管UX-111B三本で構成され、またA電池1.5V、B電池の積層乾電池22.5Vもオリジナルで、誠に資料価値の高い物であった。 特にUX-111Bは低圧の陽極電圧で動作する空間電荷型四極管で、本式の真空管を使用した製品は誠に稀少である。 当館(横浜旧軍無線通信資料館)に関係し、空間電荷型真空管を使用した機材については、帝国陸軍が1935年(昭和10年) にUX-111Bを一本使用した有線通信用の95式電信機を開発した。95式電信機は誠に優秀で、其れまでの印字式電信機に代わり、軍通信隊用の主要電信機として戦争終了まで使用された。 また、同時期、マツダはピーナッツ管と称された小型の空間電荷型真空管Uy-14M、Uy-11Mを開発した。本管は、陸軍の94式3号甲無線機を構成した副受信機「53号C型受信機」に使用され、22.5VのB電池で軽快に動作した。空間電荷格子真空管 三極管は負電位をもった制御格子が陰極の近くに配置される構造のため、陰極より放射された電子が付近に停滞し、空間電荷を構成し、陰極の方向に戻そうとする作用が強い。このため、増幅に必要な陽極電流を流すためには、陽極電圧を高くする必要がある。 しかし、四極管、五極管構造の真空管の第一格子に一定の正電圧を与え、第二格子を制御格子として使用すると、正電位により負電位の空間電荷が中和され、陽極電圧が10V程度でも十分な陽極電流を流すことが出来る。この様な構造の真空管を空間電荷格子真空管と云い、第一格子は空間電荷格子と呼ばれる。陸軍「95式電信機」補足 本機は空間電荷型4極管UX-111B一本で構成される低周波発振器方式の電信機で、通信線路で結ばれた二台が対向して通信を行う。装置は低周波発振回路、対向電信機の空間電荷格子に電鍵操作で電信符号による正電圧を加圧し発振させる電鍵回路、及び加圧用乾電池(6V)により構成されている。 発振回路はUX-111Bの制御格子と陽極回路を結合させる低周波変成器及び蓄電器に依り構成され、対向の電鍵操作により、空間電荷電極に規定の正電圧が加圧されると回路は1,000Hzで発振し、陽極回路に装置された電磁式簡易スピーカより可聴電信音が発せられる。 通信距離は空間電荷格子に加圧される電圧が6Vで約200kmであるが、格子電圧が6Vと成る様に付加電池の電圧を増加させる事により、通信距離を延長させることが出来る。誘導による通信への影響を抑えれば、最大通信距離は500km以上であったと伝えられている。95式電信機諸元用途: 軍通信隊電信通信通信路: 単線、片線接地構成通信距離: 線路加圧電圧6Vで200km(電圧増強により延長可).構成: 低周波発振方式(1,000Hz)、発振UX-111B受聴: 電磁高声器又は受話器電: 低圧1.5V(平角3号乾電池)、高圧22.5V(B-18号乾電池)、線路用6V(C-1号乾電池)陸軍「53号C型受信機」補足 本機は陸軍の主要野戦機材「94式3号甲無線機」の副受信機で、通信部隊が通信所を撤収し移動中、対向通信所の緊急呼び出しを受けるため、馬上での受信が可能な携帯式受信機として開発された。 53号C型受信機は高周波増幅一段、再生検波、低周波増幅二段のオートダイン方式で、構成管はピーナッツ管と称される小型の空間電荷型真空管Uy-14M及びUy-11Mである。運用周波数は400-5,750kHzで、この帯域を差し替え式コイル5本により受信する。 高周波増幅部は五極管Uy-14Mで構成され、検波回路は四極管Uy-11Mによる再生機能付格子検波である。再生帰還量の調整は、Uy-11Mの空間電荷格子の加圧電圧可変方式である。高周波増幅部、検波部各段の同調回路は独立した構成で、同調操作は各可変式蓄電器により行うが、主同調器は検波段の同調用可変蓄電器である。 低周波増幅部はUy-11Mによる二段増幅構成で、各段は利得の向上を考慮した低周波変成器結合方式であり、出力インピーダンスは約2KΩである。 なお、53号C型受信機は高感度で安定度も良く、受信機としては非常に優れていたが、運用面での使用価値は低く、このため、1939年(昭和14年)度より不整備となった。53号C型受信機諸元用途: 待受け受信周波数: 400-5,750kHz電波形式: 電信( A1)、変調電信(A2)、電話(A3)受信機: オートダイン方式1-V-2構成、高周波増幅UY-14M、再生検波UY-11M、低周波増幅1段、UY-11M、2段UY-11M電 源: 乾電池B18型(22.5V)x1、平角4号(1.5V)x1空中線: 竹製釣竿型、柱高3.6m、線条4m被覆線、地線: 2m被覆線携 行: 肩掛式