この度、ベルギーの収集家よりドイツ空軍の機上用マイクロ波電波探知機「FuG-350Zc」を構成した誘電体空中線を、物々交換で入手した。
本機材、特に誘電体空中線は誠に稀少で、驚くほどの高額である。このため、入手は諦め、先般その代用資料として、同一原理の誘電体空中線を装備した「ネズミ取り」探知用のレーダー、「FOX XK」を米国より入手した経緯がある。
今般入手した誘電体空中線は実際に機上で使用されたものと考えられ、その状態は不良で、また、二個一の可能性もある。しかし、これは事前に分かっていた事であり、問題はない。
何れにせよ、本空中線は当館(横浜旧軍無線通信資料館)にとつて値千金であり、驚愕の入手品である。これで長年の懸案が一つ解決し、誠に幸いである。
「FuG350Zc」
本機はドイツ空軍の夜間戦闘機が搭載したマイクロ波帯用の電波探知機で、英軍爆撃機が装備したPPI式のマイクロ波レーダー「H2S(3,000MHz帯)」を捕捉する目的で開発されたが、装置の構成としては鉱石式受信機である。
探知機は回転式の誘電体空中線装置、信号検波装置、受信波の方位を表示する波形指示器及び電源装置により構成され、各部の構造、動作は以下の様なものである。
☆誘電体空中線装置(EA350Zb)
本装置は回転式構造の誘電体空中線素子、駆動用モーター及び、波形指示器の掃引信号発生用の二相交流発電機により構成されている。
二相交流発電機は空中線と同期して回転し、発生する22Hzの交流電圧を掃引用信号として波形指示器に出力する。
空中線本体はポリエチレン誘電体を装備する1/4波長ダイポール型空中線素子2基により構成され、配列は水平二列である。また、誘電体の形状は円錐台形で、最大直径と最少径の比は約1.25である。
空中線素子は1300rpm(22回転/秒)で回転し、回転式空中線シャフトと接線の接合部は同軸構造で、接続は容量結合方式である。
高速で回転する空中線の保護用として、上部は透明の樹脂ケースにより覆われている。本空中線装置の直径は47.5cm、高さは61cmで、重量は25Kgである。
☆信号検波装置(HP350Zb)
本装置を構成する検波器(ED701)はシリコンの精製物である。信号検波装置は空中線装置の下部に取り付けられる。
☆波形指示器(SG350Zc)
本器は信号増幅回路、受信信号の方位を表示する静電偏向式ブラウン管(CRT)回路により構成されている。空中線装置から供給される90°位相が異なる二相交流電圧は、垂直、水平偏向板に加圧され、時間軸はCRTの内縁に沿い円周に表示され、空中線に同期して1秒間に22回転する。
受信信号はシリコン検波器により検波され、CRTの格子回路に加圧される。波形指示回路は空中線の回転に同期して走査されるため、信号強度に従い該当位置が輝度増強される。このため、輝度信号の位置により、受信波(敵機)の方位を知ることが出来る。しかし、距離を確定する事は出来ない。
誘電体型空中線装置使用機材
本空中線装置はドイツ空軍が大戦末期に開発したP.P.I.方式の航法・爆撃用レーダー、「Berlin」にも使用された。おそらく使用例はFuG350Zc、本機の海軍版であるFuMb23/28 及びBerlinの3機種と考えられる。
FuG350Zc( Naxos ZM4)緒元
用 途: 夜間戦闘機接敵
運用波長(周波数): 8-12cm(2,500-3,800MHz)
電波形式: 振幅変調波(A3)、パルス変調波
受信機構成: 鉱石検波、低周波増幅6段、信号波形表示
波形表示: 輝度変調
探索距離: 100km(H2s輻射機高度差2000m)、50km(高度差1000m)
主装置構成真空管: 低周波増幅RV12P2000(五極管) x6、電源整流RG12D60(双二極管)、定電圧放電管STV150/15
波形指示器構成真空管: 低周波増幅EF14(五極管)x4、ブラウン管DG712、電源高圧整流LG3(二極管)
空中線: 回転式誘電体型空中線(EA350Zb)
電源装置: 直流回転式変圧器(入力直流28V、出力交流220V)
先般、日立市在住で、当館(横浜旧軍無線通信資料館)の技術調査員である安齊穗積君宅に、修復が完了した旧軍無線機材他の引き取りに出向いた。
今回は400km弱を一人で運転し、それも軽で、日に二度の都内横断であったが、何とか無事に帰宅した。しかし、帰路「一人焼き肉」を予定した守谷SAをうかつにも通り過ぎ、また、経路を間違え、一番古く、一番走りにくい銀座線に入ってしまい大いに参った。
さて、持ち帰った旧軍機材は何れも問題があり、長年手を着けず保管していた物であるが、今般安齊君により完全なる修復及び調整が行われ、動作状態に復帰した。何れの機材の修復も、低周波変成器の作成やマイカ蓄電器の交換、欠品部品の作成等誠に大仕事であった。
修復後、現在進めている旧軍無線機材の編纂作業に関連し、各受信機の感度測定試験を行い、統一的な測定方法の確立に努めた。各機の修復作業、測定試験他、安齊君には誠にご苦労な事であった。
ところで、安齊君は先年アマチュア無線家、茅沼完治殿(JA1HVL)より当館に御寄贈頂いたアマチュア無線機器他の整備も担当してくれている。
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既に大半の作業は完了しているが、今般其れ等の内、Collinsの受信機75A1を持ち帰った。Collinsのアマチュア無線機には各種があるが、何故か小生はSSB以前の機械である75A1が好きで、今般漸く長年の夢が叶い、誠に幸いである。
早速受け入れ試験を行っているが、感度は整備後の測定試験で2μVを得ており、また、安定度、PTOの直線性も抜群である。本受信機はSSB以前の機械でありながら、SSB信号の復調は誠に容易で、音質も申し分が無い。ここ最近は、本機と他受信機との聞き比べをしている。
現在当館(横浜旧軍無線通信資料館)は戦中に於ける軍用無線機材及びレーダー等の電波兵器についての纏めを行っており、その対象は帝国陸海軍及び英・米・独の主要機材である。
対象となる殆どの機材はその基本作業を終了しているが、先週より資料不足により長期に渡り作業を中断していたRAFの早期対空警戒レーダー「Chain Home(AMES TYPE-1型装置)」の纏めを再開した。
Chain home(CH)は先の大戦に於いて、英国の存亡を掛けた戦い、バトルオブブリテンを勝利に導いた救国のレーダーシステムで、概要を知る資料は数多くある。しかし、何故かレーダー各部を概説した資料は皆無で、その構成を把握する事が誠に困難であった。
当然の事として、英米の関連公共機関、収集家、研究家に働きかけを行ったが、特段参考となる資料は入手出来ず、大いに困った。ところが、数年前、レーダー史に重点を置く「Defence Electronics History Society」なる団体の存在を知り連絡を取ると、資料の提供は有料の会員に限定されているとの事で、選択の余地はなく入会した。
その後一年を掛け、以前機関誌に掲載された関連記事を集め、漸くCHの概要を纏められる内容の資料を入手したが、一段落したせいか、集めた資料は今日まで2年間も放置をしてしまった。
Chain Home
本機は英国空軍が1937年に開発した統合的な対空早期警戒システムで、主要各レーダーサイトはAMES TYPE-1型レーダー装置により構成された。AMES TYPE-1は送信所と受信所に分かれたバイスタティック(Bistatic)構成で、両所は数百メートル離れて設置され、標的の距離、方位、仰角の3諸元を測定した。
AMES TYPE-1型の運用周波数は20-55MHz(原型)で、開発は動作の信頼性、開発時間の短縮、生産性の効率化を考慮し、当時の普及無線技術、電子部品を使用して行われ、送信機も短波放送用機材の改修型である。
また、本機の方位角・仰角の測定方式もゴニオメーター型方向探知機の動作原理を応用したもので、二組のダイポール型空中線をゴニオメーターで合成し、発生する8字指向特性を可変し、最小感度点により測定を行う方式である。現在の位相合成式レーダー(Phased Array Radar)の一種である。
組立式送信管
さて、AMES TYPE-1を構成する送信機は当時の短波放送用送信機を改良使用したもので、その構成は主発振、2逓倍増幅、電力増幅方式である。
発振は水冷式双四極管SW5の両極並列使用によるハートレー発振回路である。本送信機のパルス変調は発振段で行う構成で、変調機より供給される繰返周波数25/12.5Hz、幅約20μsのパルスを発振管の第一格子及び第二格子に加圧し行っている。
周波数2逓倍及び増幅部は水冷式四極管TYPE-43のP.P.構成によるC級動作ある。電力増幅部もTYPE-43のP.P.構成のC級動作で、陽極電圧は35kV、尖頭出力は350kW(改良型700kW)である。
ところで、入手資料により、送信管TYPE-43は「組立式送信管」である事を知り、誠に驚いた。本管は消耗したフィラメント、第1格子、第2格子を取り外し交換ができる構造で、常時ポンプで真空排気を行う構成である。
また、特段の記述は無かったが、発振回路を構成する送信用双四極管SW5も、添付写真から組み立て式真空管と推察される。尤もAMES TYPE-1を構成する送信機は短波放送用送信機の転用であり、当時の英国では、組立式送信管は一般的なものであったとも考えられる。
なお、我が国に於ける組立式送信管の開発については「電子管の歴史(P-116)」(オーム社)に、「1943年に国際電気通信八保送信所で試験を始めたが、送信機の製造が遅れ、終戦までに完成しなかった」との記述がある。
AMES TYPE-1普及型緒元
用途: 対空監視
周波数: 22.7-29.7MHz(1波)
繰返周波数: 12.5/25Hz
パルス巾: 20μs
送信尖頭出力: 350kW、750kW(後期型)
送信空中線: 半波長ダイポール水平一列8段(主空中線)、同4段(副空中線)
受信機空中線: 交叉半波長ダイポール(センス空中線付)二段、半波長ダイポール反射器付二段
送信機: 発振(SW5)、2逓倍TYPE-43 、電力増幅TYPE-43 x2(P.P.構成)
変調器: 衝撃波(パルス)変調方式
受信機: 高周波増幅3段(各P.P.構成)、周波数混合(P.P.構成)・局部発振、中間周波増幅5段、検波、信号増幅(P.P.構成)
中間周波数: 2MHz
帯域幅: 50kHz、200kHz、500kHz切替式
波形表示: Aスコープ方式
測定方法: 最小感度方式(方位・仰角)
測定距離: 130Km
測角精度: ±0.5°
測高精度: ±0.5°
一次電源: 商用電源50Hz
本車輌無線機には「車輌無線機丙」(305号型通信機)及び「車輌無線機丙(2号)」(306号型通信機)の二機種が確認されている。当館(横浜旧軍無線通信資料館)は「車輌無線機丙」の主要構成機材を所蔵し、また、当館の技術調査員である安齊穗積君より「車輌無線機丙(2号)」を構成する送信機を借用し、展示を行っている。
先般、当館は陸軍車輌無線機に関わる編纂作業の大凡を完了した。しかし、306号型通信機を構成する受信機については未所蔵、未検分で、その詳細を把握しておらず、本機材に関わる作業は保留している。
「車輌無線機丙」を構成する受信機は超再生検波方式である。一方、開発の経緯により、「車輌無線機丙(2号)」の受信機はスーパーヘテロダイン方式の可能性があり、その構成を確認する必要がある。
このため、「車輌無線機丙(2号)」(306号型通信機)を構成する受信機に就いて、情報の提供を頂ければ、誠に幸いである。
「車輌無線機丙」と構成受信機
1939年(昭和14年)夏、ノモンハン事件が勃発し陸軍戦車部隊は初めて本格的な戦車戦を体験した。この戦いにより、戦車が戦うべき敵は戦車であり、戦車部隊の存在意義は対戦車戦にある事が、強く認識された。
間もなくして第二次大戦が勃発し、ドイツ機甲部隊はその緒戦でポーランドを席巻し、世界の軍事関係者を驚かせた。これらの経緯により、帝国陸軍でも機甲部隊の研究が進められ、従来の歩兵直協、陣地攻略を目的とした戦車部隊の運用形態が、戦車群による電撃的な進撃と、敵戦車群の壊滅へと転換される事になった。
戦車部隊の運用転向に伴い、戦車砲の装換や、徹甲弾の改良、新型戦車の開発等が急遽要請された。併せ、搭載無線装置についても、戦車相互間の電話通信機能に優れた機材の開発が急務となり、1941年(昭和16年)4月、第四次制式制定作業の研究項目に戦闘車輌用無線電話機が追加された。
当時、各国に於ける戦闘車輌用無線電話機の運用周波数帯は見通し内通信特性に優れ、周波数の多数分割使用が可能なVHF帯が主流となっていた。また、対戦車戦に於いては搭乗員相互の意志疎通が重要であり、車内通話装置の導入も不可避な課題であった。
このため、研究された新型車両用無線機は20-30MHzのセミVHF帯を使用した短距離用の電話主体機材で、本機は車内通話機能を備え、搭乗員4名の相互通話が可能であった。
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従来帝国陸海軍は超短波帯の受信機には超再検波方式を重用したが、本式は狭小地域内に於ける多数機の使用には適さず、当然の事としてスーパーヘテロダイン方式が考慮された。
しかし、この周波数帯域に於ける車輌用受信機の開発経験はなく、結局、研究課題として示された試作100機の内、半数を超再生方式に、他をスーパーヘテロダイン方式とし、応急整備の要請と、機能充実の要望に対処する事になった。
1942年(昭和17年)6月、試作の二機種が完成し、以後二回の改修を行い、1943年(昭和18年)2月に実用機の開発が完了した。本機は制式化作業に先行し200機が応急的に整備され、用兵側の要望を満たしたが、制式化作業の準備中に終戦となり、陸軍軍需審査会に於いて、正式に兵器化される事は無かったものと考えられる。
車輌無線機丙(305号型通信機)諸元
用途: 戦車相互間通話
通信距離: 500m
周波数:20-30MHz
電波形式: A2(変調電信)、A3(電話)
送信出力: 6W
送信機: 発振Ut-6F7(五極部)、電力増幅UY-807A、音声増幅Ut-6F7(三極部)、陽極・第二格子変調UY-807A、インターホン用低周波増幅兼較正用水晶発振Ut-6F7、較正周波数21、24、27、30MHz(原発振3MHz)
受信機: 他励式超再生方式、高周波増幅1段、超再生検波、低周波増幅2段(Ut-6F7 x3)
電源: 直流回転式変圧器、入力24V、出力400V(送受信機兼用)
空中線: 垂直型2m自動起倒式、地線車体接地
最近「ヤフオク!」に品川電機製のVHF用五極管ME-664Aが頻繁に出品されている。この真空管は陸軍の初期型レーダーを構成する受信機のフロントエンドに使用され、概観はエーコン管を大型にした様な形状である。
本管は特殊な構造、用途のため、真空管好きには人気で、残存数も少ないのか、以前は誠に高価で取引されていた。しかし、最近は2,000円を大きく超える事は無く、この辺りが相場となっている。
当館(横浜旧軍無線通信資料館)は帝国陸海軍の電波兵器構成機材及び真空管を収集しており、ME-664Aもその対象であるが、不思議なもので、値が行かないと収集意欲も減退し、最近は応札をする気にもならない。
ME-664AはVHF帯用の検波・増幅管で、住友が陸軍の要請により開発したとの事であるが、残存球より、生産は主に小型の特殊管を多く製造した品川電機が行ったと考えられる。
☆ME-664Aの開発
RCAは1934年にUHF帯での使用が可能なエーコン管、954(五極管)を開発した。我が国ではマツダが1938年頃にUN-954として国産化をしたが、高周波数での動作不良が多く、また、リード線のガラス封止が悪く、ソケットに装着すると根元が割れる等多くの問題があり、歩留まりが非常に悪かった。
このため、既設技術のボタンステム構造を応用して、リード線を横に引き出し、足を別ベースに取り付けた構造のME-664Aが開発され、UN-954と同じ目的に使用された。しかし、当然の事として、本管の高周波数帯に於ける動作はエーコン管に比べ非常に劣っていた。
☆ME-664Aと装備機材
陸軍はME-664Aを電波兵器の受信機に使用したが、同時期に開発された海軍の電波兵器にその使用例は無い。
1939年(昭和14年)年の暮れ、陸軍はドップラー式レーダー「超短波警戒機甲」の基礎研究を完了し、翌年より実戦配備を進めた。本機を構成する受信機のフロントエンドにはME-664Aが使用されており、このため、本管の開発は其れより遡るはずである。
陸軍は「超短波警戒機甲」に続き、1941年の秋に初のパルス式レーダー「超短波警戒機乙」を開発するが、この受信機にもME-664Aを使用した。「超短波警戒機甲」の運用周波数は45-75MHzで、「超短波警戒機乙」は65-83MHzであり、共にその運用周波数は比較的低い。
また、その後開発された対空射撃管制レーダー「タチ3号」の受信機にもME-664Aが使用されたが、本機の運用周波数も78MHzであった。
以降陸軍は各種のレーダーを開発するが、運用周波数は何れもが100MHz以上で、ME-664Aが使用される事は無かった。このため、ME-664Aの実用上限周波数は100MHz近辺と考えられる。
ところで、戦前は1940年(昭和)に開催が予定されていた東京オリンピックに於けるTV放送に向け、この周波数帯の研究が各分野で飛躍的に進んだ。国際情勢や国内事情によりオリンピックは返上されたが、1939年5月13日の放送会館の落成式に合わせ、砧の日本放送協会技術研究所よりテレビジョンの試験電波が発射され、この時期各種の受像機が開発、販売された。
このため、超短波警戒機甲や乙、海軍のレーダー1号機である1号電波探信儀1型(11号電探)の開発には当時のTV技術が全面的に転用された。
戦後米国のコリンズ社はスーパーヘテロダイン式受信機の第一局部発振回路を水晶による固定周波数発振方式とし、中間周波数を可変して受信同調を行う所謂「コリンズタイプ」式受信機を導入し、大成功を収めた。
この構成の受信機が何時実用化されたのかはハッキリしない。しかし、戦中帝国海軍はシングルスーパー構成ではあるが、本式の受信機「3式特受信機」を開発し、その概要については「コリンズタイプ式受信機の系譜-1」で紹介した。
本受信機に続き、今般はVHF帯を使用した陸軍航空部隊の編隊内通信用無線電話機「99式飛4号無線機(飛4号)」を紹介する。飛4号は陸軍の第四次制式制定作業の一環として、1939年(昭和14年)頃に開発されたが、受信機の構成はシングルコンバージョンではあるが「コリンズタイプ」である。
飛4号は送信機、受信機、電源、起動器、空中線整合器及び空中線装置等により構成され、電波形式は電話(A3)専用で、運用帯域は43,996〜50,000kHzであり、送信機はこの内任意の3周波数を実装し、受信機は6バンドで全帯域を受信する。
受信機概観
飛4号を構成する受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段のシングルスーパーである。本機は5極(P)・3極(T)複合管Ut-6F7四本により構成され、運用周波数43,996〜50,000kHz を6バンドに分け、中間周波数の可変により、各1MHz幅で連続受信する。
フロントエンドはUt-6F7(P)による高周波増幅1段、Ut-6F7(P)による周波数混合(第一検波)で、局部発振はUt-6F7(T)による水晶発振方式である。高周波増幅段及び周波数混合段の同調回路は連動式の可変蓄電器により構成され、同調機構は同調周波数が表示されたバーニアダイアル方式である。
局部発振回路は独立した手動同調構成で、同調はバーニアダイアル方式である。回路はピアスGK構成で、7,666・7,833・8,000kHzの水晶片3個を装備し、切替により周波数混合用の第6高調波45,996・46,998・48,000kHzを得る。
周波数混合部は各局発周波数により、バンド1〜3(43,996〜47,000kHz)では上側ヘテロダインを、4〜6(46,996〜50,000kHz)では下側ヘテロダインを行い、3波の局部発振周波数で6バンドの可変中間周波信号を得る。
中間周波増幅部はUt-6F7(P)による1段増幅方式である。中間周波数は1~2MHzの可変方式で、このため、中間周波トランスの入力側及び出力側同調蓄電器は連動可変構成であり、同調ダイアル機構はバーニア式である。
受信周波数は前面に装置された選択式置換表により読み取るが、バンド1〜3と4〜6ではヘテロダイン方式が異なるため、置換表の周波数表示は逆となる。
第二検波はUt-6F7(P)による格子検波方式である。本機はAVC機能を備えており、第二検波出力をUt-6F7(T)の二極管接続により整流し、発生させたAVC制御電圧を高周波増幅管・中間周波増幅管の第一格子に加圧している。
低周波増幅回路はUT-6F7(T)二部による2段増幅構成で、各段は整合トランスにより結合され、音量調整は出力トランスの2次側に装置した可変抵抗器により行う。
なお、本受信機は第一局部発振周波数固定、中間周波数可変方式であるが、フロントエンドと中間周波増幅部の同調回路は独立した構成のため、受信同調は両回路の同調操作を並行して行う必要がある。
99式飛4号無線機諸元
用途: 編隊内通信用
通信距離: 50km
電波型式: 電話(A3)
運用周波数: 43,996〜50,000kHz(任意の1波)
送信機: 出力7W、トライテット水晶発振UY-807A、電力増幅UY-807A 、ハイシング変調UY-807A
受信機: スーパーヘテロダイン方式(第一局部発振水晶制御・中間周波数可変方式)、高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段(Ut-6F7 x4)、AVC機能付
中間周波数: 1-2MHz可変式
電源(送受兼用): 直流回転式変圧器(入力24V)
空中線: 1m(柱高0.8m)、地線は機体接地構成
先般、オーストラリアの収集家より帝国海軍が1937年(昭和12年)に導入した「97式受信機」の写真を期せずして入手し、之まで不明であった本受信機の構造を知る事が出来た。
また、本写真により、2016年10月にNHKスペシャルで放送された「戦艦武蔵の最後-映像解析、知られざる真実」の映像に映り込んでいた無線通信機と覚しき残骸が、97式受信機で有る事が確定出来た。このため、参考資料として、今般は本受信機の内部構造及び概要を紹介する。
97式受信機とは
本機は海軍が1937年(昭和12年)に導入した艦艇用のストレート式受信機で、長・中波用(17-3,500kHz)及び短波用(3,000-20,000kHz)の二機種で構成され、今般写真を入手した受信機は短波用である。本受信機はストレート式で有りながら、検波回路に再生機能は具えて居らず、電信(A1)の復調は独立した構成のBFO機能により、ヘテロダイン検波方式で行う。
97式受信機は海軍の高級受信機で、構造が複雑、大型、鈍重(57.9kg)であり、生産には多くの時間と手間を必要とした。このため、太平洋戦争が勃発すると艦艇用受信機の生産は92式特受信機に集中し、97式受信機の生産は極わずかに留まった。
97式受信機(短波用)装置概要
本機は高周波増幅4段、検波、低周波増幅2段構成のストレート式受信機で、受信周波数は3,000-20,000kHz、内蔵の同調コイルはターレット式切替構造である。本同調コイル機構は大戦末期に導入され、構成管にRC-4を使用した海軍の「全波受信機」のそれと相似している。
高周波増幅部は五極管UZ-76四本による4段構成で、空中線入力回路は2段同調構成となっている。各同調段は6連式の同調用可変蓄電器により構成され、同調ダイアル機構はウオームギヤ構造で、100度目盛りのドラムを回転させ、周波数は添付された置換表により読み取る。
検波回路は五極管UZ-77による陽極検波方式で、再生機能は具えておらず、A1信号の復調は独立したBFO回路出力と受信周波数を混合検波するヘテロダイン方式により行う。BFO回路は特殊三極管RX-1による格子同調型発振回路により構成され、出力はUZ-77により緩衝増幅の後、高周波増幅第3段の入力同調回路に注入される。
低周波増幅部はUZ-77及び五極管UZ-41による二段増幅方式で、段間には通過帯域4段可変式のオーディオフィルターが装置され、ストレート式受信機の欠点である広帯域通過特性に対処している。
低周波出力変成器には出力制限器及び受話器用の巻線が施されている。制限器用巻線はタップによる負荷インピーダンス可変構成で、回路はネオン管により終端されている。本回路では、過大受信入力により信号出力が設定電圧を超えるとネオン管が放電し、回路の短絡により出力管の陽極損失を増大させ低周波出力を抑制する。本受信機の手動利得調整は高周波増幅第2段及び第3段部の第一格子電圧可変方式である。
・BFO回路
97式受信機はストレート方式でありながら、フロントエンドの同調回路とは独立したBFO発振回路を具え、同調操作により受信波とのヘテロダイン検波を行い、A1信号の復調を行う。日本無線史(海軍編・97式短受信機P-341)ではこの方式を「前置選択器(プリセレクター)式」と表記している。
BFO回路は高安定発振回路構成で、また、発振は最高発振周波数を低く抑え、受信波との混合は原発振周波数及び高調波により行う方式である。
発振管には高安定度の発振を目的として開発されたマツダ製の三極管RX-1を使用し、線条回路には電流安定用のバラスト管が装置され、また、出力は負荷による周波数変動を抑えるため、緩衝増幅回路を介し行っており、同調用蓄電器も温度補償型を使用した。
BFO回路は大型のアルミダイキャスト製ケースに収容され、受信機の左側に装置されているが、発振用同調蓄電器には主同調器と同様に大型の同調機構が装置され、ヘテロダイン検波によるA1信号の復調が容易な構成と成っている。
特殊三極管RX-1
RX-1は発振周波数の安定に優れた特殊三極管であるが、「電子管の歴史」(オーム社)には本管に関わる記述が有り、要所を以下に抜粋した。
「海軍の艦船用には1941年ごろからRX-1、RW-2、RE-3、RC-4、RD-5が逐次制定された。三極管を使ったLC発振器は起動時に約1時間じわじわと発振周波数が低下する。この低下をできるだけ小さくすることが海軍の要望であつた。その原因は電極の熱膨張に基づく電極間静電容量の増加によるもので,三極管の構造と材料の面から対策を講じた真空管がRX-1(東京芝浦UX-6501)である。
すなわち,制御格子は2本のニッケル棒にモリプデンの細線を巻き付ける従来の構造をやめ,金属板の格子を電子流の両側に配置するようにし,その材料に熱膨張係数の小さいインバーを使用した。陽極もインバーの板である。格子は陽極に囲まれず直接大部分の熱を外部に放射することができる。RX-1を用いたLC発振器は,従来の三極管を使用した発振器に比べて約一桁周波数の変動が小さくなった。」
97式(短波用)受信機諸元
用途: 艦艇用
周波数: 3,000-20,000kHz(6バンド)
電波形式: A1(電信)、A2・A3(変調電信・電話)
受信機構成: ヘテロダイン方式、高周波増幅4段(UZ-76 x4)、陽極検波(UZ-77)、BFO(RX-1、UZ-77)、低周波増幅2段(UZ-77、UZ-41)
電源: 交流100V
空中線装置: 艦艇設置固定空中線
スーパーヘテロダイン式受信機に於いて、第一局部発振回路を水晶による固定周波数発振方式とし、中間周波数を可変して受信同調を行うと、局部発振回路の周波数漂動が解消され、受信機の安定度は大きく改善される。
戦後米国のコリンズ社は本式のダブルスーパー式受信機により大成功を収め、以降この構成の受信機は「コリンズタイプ」と呼称される様になった。
「コリンズタイプ」式受信機の製品化が、何時であったのかは判然としない。しかし、戦中帝国海軍はシングルスーパーヘテロダイン構成ではあるが、本式の受信機「3式特受信機」を開発した。また、陸軍はVHF帯を使用した機上用の編隊内無線電話機「99式飛4号無線機」の受信機に本式を採用し、実戦配備を行った。
この事実は殆ど知られていないが、当時にあって、帝国陸海軍に於ける本式の実用化は特記に値する。このため、以下に於いて、「3式特受信機」について若干の概観を行った。
なお、「3式特受信機」は海軍の汎用受信機である「92式特受信機」の短波用局部発振回路を若干改修し、発振用同調コイルに水晶発振子を装備したものであり、本来は92式特受信機の改型と表記されるべき受信機である。
92式特受信機の導入
1932年(昭和7年)、帝国海軍は潜水艦用として92式特受信機を導入した。本機は20-1,500kHz(5バンド)の長波帯と、1,300-20,000kHz(5バンド)の短波帯を一台の受信機で行う特型であるが、短波帯は長波帯のストレート式受信部に、短波帯用のコンバーターを付加したスーパーヘテロダイン構成である。
長波部は高周波増幅2段、検波、低周波増幅1段構成のストレート方式で、受信周波数帯域20-1,500kHzを5バンドで受信機するが、短波帯、長波帯共に周波数帯の変更は同調コイルの差替方式である。
短波帯受信時、長波部は中間周波増幅部以下として動作し、運用周波数帯に応じ、中間周波数に設定される。短波受信周波数帯と中間周波数となる長波帯受信周波数の関係は以下で、これらは「周波数割当表」に纏められ、受信機の前面に取付けられている。
短波帯受信周波数/中間周波数
1,300-2,600kHz/250kHz
2,400-4,600kHz/400kHz
4,200-8,400kHz/700kHz
7,700-12,500kHz/1,200kHz
11,500-20,000kHz/1,500kHz
3式特受信機の導入
92式特受信機は使勝手が良く、改良型の改3型、改4型は海軍のあらゆる部署で広義に使用される迄になった。しかし、本機は短波帯に於ける局部発振周波数漂動の問題を抱えており、数次に亘る改修により、漸く待ち受け受信が可能となる安定度を何とか確保していた。
1943年(昭和18年)、この周波数漂動に関わる問題を一気に解決するため、海軍技術研究所電気部は、92式特受信機の短波帯局部発振回路を水晶制御方式とした「3式特受信機」を開発した。
本受信機は短波のフロントエンドを構成する第一局部発振回路を水晶制御方式として動作させ、受信同調は中間周波増幅部を構成する長波帯部の同調を可変して行う所謂「コリンズタイプ」で、短波帯の受信に際し抜群の周波数安定度を得た。
なお、3式特受信機の基本構成コイルは92式特受信機と同一で、之に特製の水晶制御式局部発振コイル7個を追加した構成である。
水晶制御構成
3式特受信機に於ける短波帯の受信は、局部発振コイルに局部発振用水晶片を装置した特製の「水晶発振線輪(D6〜D12)」を使用し、短波部のフロントエンドをクリスタルコンバーターとして動作させ、受信同調は中間周波部を構成する長波部の受信周波数を可変して行う。
長波部は全短波帯に於いて、700-1600kHz受信用のE-1、F-1、G-1番コイルを装着するが、使用同調範囲は800-1600kHzで、短波帯2,400-20,000kHzを22バンドに分け、各バンドを800kHz幅で受信する。
局部発振回路は七極管Ut-6A7の三極部で構成される水晶無調整発振回路で、局部発振用コイルに装備される水晶発振子は1,600kHz(コイル番号D-6)、2,400kHz(D-7)、3,200kHz(D-8)、3,400kHz(D-9)、3,800kHz(D-10)、4,000kHz(D-11)、4,600kHz(D-12) の7周波数である。
水晶制御式の各局部発振コイルは受信周波数帯に応じ最大第6高調波までを使用し、2,400-20,000kHzを22バンドに分け受信機する。このため、全バンドの受信は受信機の前面に装置された「周波数割当及線輪表」に従い、7本の局部発振用線輪を使い回し、行う。
なお、22周波数の分割は既設92式特受信機の受信周波数帯域を便宜的に分けた物で、特製局部発振コイル以外の同調コイルは92式特受信機と同一のものを使用する。また、水晶制御式局部発振コイルを既設のL・C発振型に差替えると、本機は92式特受信機として動作をする。
3式特受信機の運用
一例として、水晶制御方式により短波帯3,500kHzを受信する場合の、装備コイル、同調操作を以下に纏めた。
受信機前面に装置された「周波数割当及線輪表」に従い、短波部の高周波増幅1段部、2段部、周波数変換部に2,400-4,600kHz受信用のA-4、B-4、C-4番コイルを装着する。併せ、水晶制御式局部発振用コイルには、3,200-4,000kHzの受信が可能なD-7番を装着する。
同調操作を行う長波帯同調部には全短波帯に於いて、700-1600kHz受信用のE-1、F-1、G-1番コイルを装着するが、使用同調範囲は800-1,600kHzの800kHz帯域である。
以上の設定により3,200-4,000kHzの受信が可能となる。同調操作は長波同調ダイアルで行うが、併せ短波同調ダイアルでフロントエンドの同調を行い、最高感度を得る。周波数は添付の置換表により読み取る。
なお、2,400kHzの水晶片を装備した局発用D-7番線輪は高調波を利用し、併せ以下の周波数帯の受信に使用される。
5,600-6,400kHz(第2高調波)、8,000-8,800kHz(第3高調波)、10,400-11,200kHz(第4高調波)、12,800-13,600kHz(第5高調波)、15,200-16,000kHZ(第6高調波)
92式特受信機改4型諸元(主要構成は3式特と同一)
用途: 艦艇用
長波受信周波数: 20-1,500kHz(コイル差替式5バンド)
短波受信周波数: 1,300-20,000kHz(コイル差替式5バンド)
長波帯受信構成: ストレート方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、オートダイン検波(UZ-77)、低周波増幅1段(UY-238A)
短波帯受信構成: 長波部に周波数変換部付加のスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、周波数変換(Ut-6A7)、中間周波増幅2段、オートダイン検波、低周波増幅1段
電源: 直流100/220V、直流/交流6V
空中線装置: 艦艇装備固定式
第2次大戦末期、ドイツ空軍は夜間戦闘機用のマイクロ波電波探知機「FuG-350Z」を開発した。この電波探知機は英軍爆撃機が搭載したP.P.I.式のマイクロ波レーダー「H2S(3,000MHz帯)」を捕捉する目的で開発されたが、本機は独創的な回転式誘電体空中線を装備していた。
大戦中ドイツの技術陣はマイクロ波には注目せず、この帯域のレーダー開発で大きな遅れをとってしまった。しかし、その後入手したH2Sを参考に、P.P.I.式レーダー「Berlin」を開発し、一矢を報いた。ドイツ技術陣はFuG-350と同様にBerlinにも誘電体空中線を使用したが、これは彼らの面子がそうさせたとも考えられる。
当館はこの誘電体空中線に大いなる興味を持ち、資料としてその入手を切望しているが、希少品のため可能性は殆ど無く、また、対価も膨大であろう。
ところで、先晩米国のNet Auctionで誘電体空中線を装備した「ねずみ取り」探知用レーダー「FOX XK RADAR DETECTOR」なる装置を発見した。出品者は国外への発送を希望せず、誠に困ったが、幸いにも、帝国陸軍の航空部隊用水晶片の入手を希望する米国の収集家との間で、物々交換の話が纏まり、先日品物が到着した。
「FOX XK」の発売は1980年代と考えられるが、本機はXバンド(10.525GHz)及びKバンド(24.15GHz)の2周波数対応で、前面には各用の誘電体空中線素子2基が装置されている。
空中線は共にアクリルを削ったもので、丸棒に成形された先端部がテーパー状となっており、この形状が入射波の反射散乱を防ぎ、電磁波を効率よく集めていると考えられる。
現在のところ、本空中線の利得や「FOX XK」の探知距離については不明であるが、ともあれ、誘電体空中線に関わる資料を入手する事が出来、誠に幸いである。
誘電体空中線補足
マイクロ波電波探知機「FuG-350Z」を構成する空中線装置ZA-290Mは、ポリエチレン誘電体を装備する1/4波長ダイポール型空中線素子2基により構成されている。ダイポールに取付けられた誘電体の形状は円錐台形で、先端部は半球状に整形されている。
誘電体内を伝わる電磁波の速度は自由空間より遅く、内部では波長が短縮される。短縮率は誘電率の平方根に反比例するので、ポリエチレンの場合短縮率は大凡70%程度と考えられる。
このため、誘電体に入った電磁波は屈折してダイポールの中心に向かって収斂する。誘電体の形状が円筒であれば壁面は電磁波の入射と平行となる。しかし、形状が円錐台形のため反射散乱を防ぎ、結果、サイドローブは小さくなり、指向性、利得が向上すると考えられる。
電磁波を吸収するダイポール素子は誘電体基部に鋳込まれており、エレメントの長さは誘電体内波長にあわせて短縮されている。給電点は1/4λ分右側に寄せてあるが、これは水平偏波、水平配列のためで、二空中線素子の位相差を補正した結果である。
空中線ZA-290Mの利得についてはハッキリしないが、1素子で大凡5db、本器は2素子のスタック構成であるため、8db程度と推測される。
掲示資料補足
組資料@はドイツ空軍の夜間戦闘機用マイクロ波電波探知機「FuG-350Z」を構成した回転式誘電体空中線である。
資料Aは誘電体空中線の概念図である。
写真Bは今般米国より入手した「ねずみ取り」探知用レーダー「FOX XK RADAR DETECTOR」である。
写真Cは「FOX XK」が装備する誘電体空中線で、太い素子がXバンド用、細い素子がKバンド用である。
先週オーストラリアの収集家より、写真と共に所蔵受信機の型式確定の依頼があった。銘板は剥がされていたが、一目で当該受信機は小生が長年探し続けていた帝国海軍の「97式受信機」である事が判り、誠に驚愕した。期せずして、ついに長年の懸案で有った97式受信機を発見した。
97式受信機は1937年(昭和12年)頃に海軍技術研究所電気部が開発した艦艇用のストレート式受信機で、長波用(17-3,500kHz)、短波用(3,000-20,000kHz)の二機種で構成され、今般問い合わせのあった受信機は短波用である。
本受信機はストレート式で有りながら、検波回路に再生機能は具えて居らず、電信(A1)の復調は独立した構成のBFO回路により、ヘテロダイン検波方式により行う。
当時海軍艦艇用の主力受信機は92式特受信機で、短波帯に於ける本機の構成はスーパーヘテロダイン方式で有ったが、この時期になってもなお、技術研究所は高性能なストレート式受信機の開発を目指した。97式受信機は海軍艦艇用の最高級受信機であったが、構造が複雑で量産に適さず、その生産は極わずかに留まった。
本受信機については、回路構成図は残されているが、当館(横浜旧軍無線通信資料館)が知る限り、現物や外部構造を知る写真資料等は一切確認されていない。
このため、今日までその構造は日本無線史(海軍編・97式短受信機P-341)に記された「前置選択器(プリセレクター)式」を手掛かりに、回路図と併せ、受信機前面には主同調器と共に、大掛かりなBFO同調器が装置されていると推察していた。
これらより、提供写真を見た時、細部を確認する事無く、当該受信機は「97式受信機」である事を即座に確信し、心臓が高鳴った。
戦艦武蔵残骸機材の型式確定
話は少々遡るが、2016年10月、NHKスペシャルで「戦艦武蔵の最後-映像解析、知られざる真実」が放送された。
戦艦武蔵はフィリピン方面を決戦場とする捷1号作戦の発動に伴い、連合艦隊の主力としてフィリピン近海に展開する米機動部隊を攻撃すべく出撃したが、1944年(昭和19年)10月24日、レイテ沖海戦に於いて米軍攻撃機により撃沈され、シブヤン海に沈んだ。
2015年3月、マイクロソフトの共同創業者で、海洋探索家としても知られた故ポール・アレン氏は、水深1200mのシブヤン海で戦艦武蔵を発見し、艦体と周囲の状況を高解像度の映像で記録した。NHKスペシャルはこの映像をデジタル技術により解析し、多角的な検討を加えたものである。
放送に先立ち、当館は映像に映る無線通信機と覚しき機材についての型式確定依頼を関係部門より受けた。その構造から当該機材は受信機で、海軍の97式受信機の可能性があると考えたが、当館が推測していた本受信機とは構造が必ずしも一致せず、このため「帝国海軍の97式受信機の可能性がある。しかし、型式の確定には至らず」との回答を行った経緯があった。
さて、97式受信機の写真を見て、最初に頭をよぎったのは戦艦武蔵に関わるこの残骸機材で有った。直ちに関連写真を精査すると、両機材の構造は同一で、映像の残骸は間違いなく海軍の「97式受信機」で有る事が確定出来た。
また、気がつかなかったが、該当受信機の左側、BFO部分は欠落しており、このため、当時考えていた97式受信機の構造と、残骸機材の構造が完全には一致しなかった理由も判明した。受信機左側のBFO装置部分は接合構造で、武蔵の沈没間際に起こった爆発により、受信機は艦外に吹き飛ばされ、その際に該当部分が接断されたものと考えられる。
以上の如く、期せずしてオーストラリアより提供を受けた写真により、懸案で有った海軍97式受信機の細部構造が判明した。また、戦艦武蔵関連機材の型式も確定する事が出来、誠に幸いであった。旧軍機材の発見に務め、その記録に携わる者として、これ以上の喜びはない。
なお、97式受信機の概要については別途掲示の予定である。
先般掲示の如く、当館(横浜旧軍無線通信資料館)は沖縄の「一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー・旧海軍司令部壕事業所」より、当時壕内で使用された通信機器についての問い合わせを受け、諸状況を勘案し以下の回答(要旨)を行った。
「当時海軍壕内で実用された無線装置は、送信機はTM式短移動無線電信機・送信機で、受信機は比較的電源の供給が容易な数台の92式特受信機であったと考えられる。」
その後、同事業所より担当者が日帰りで来館され、展示物の作成に向け綿密な資料調査を行い、見事なモックアップを作り上げられた。送信機、受信機にはウェザリングも施され、製作は一級技能士が担当されたとの事である。
本送受信機は既に壕内で展示が行われており、その様子はYouTubeにUPされている。
https://www.youtube.com/watch?v=2DmGzbTxzrg
ところで、海軍壕内で使用された無線機材の推測に際し、米軍が沖縄に上陸する一ヶ月ほど前に起こった、硫黄島での戦いが一つの参考資料となった。
この時、硫黄島に駐屯した海軍部隊も海軍司令部壕内に通信所を設置したが、通信装置にはTM式短移動無線電信機・送信機(TM式送信機)を使用したと考えられ、壕内には本送信機が残されている。
このTM式送信機については、2006年に放送されたフジテレビ系ドラマ「硫黄島・戦場の郵便配達員」、又は同年封切りの映画「硫黄島からの手紙」の何れかで、挟み込まれた実写フィルムの中で見た記憶がある。
早速その実写場面を入手すべく、「硫黄島からの手紙」をアマゾンで購入し内容を確認したが、TM式送信機は登場しなかった。
「硫黄島・戦場の郵便配達員」についてはTVドラマであり、入手に苦労したが、漸く知人よりCDを借用することが出来た。このドラマには短い実写フィルム、実写ビデオが多用されており、数回の見直しで、漸く該当のTM式送信機を発見する事が出来た。
映像で見るTM式送信機は、埃に埋もれてはいるが状態は非常に良く、当時の形状を明確に残している。今日、硫黄島に民間人は立ち入ることが出来ず、本送信機がどうなっているのかは不明である。しかし、変わること無く、今もなお壕内に鎮座していることを、心より願っている。
TM式短移動無線電信機改2型送信機諸元
用途: 海軍陸戦隊遠距離通信用
送信周波数: 1,750-18,000kHz
電波形式: 電信(A1)
送信入力: 300W
回路構成: 主発振UX-202、励振UV-814、電力増幅UV-812
電源装置: 2馬力発動交流発電機、電圧調整機、整流機
空中線装置: 逆L型仮設空中線又はロングワイヤー方式、地線は平衡地線方式
92式特受信機改4型諸元
用途: 艦艇用
長波受信周波数: 20-1,500kHz(コイル差替式5バンド)
短波受信周波数: 1,300-20,000kHz(コイル差替式5バンド)
長波帯受信構成: ストレート方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、オートダイン検波(UZ-77)、低周波増幅1段(UY-238A)
短波帯受信構成: 長波部に周波数変換部付加のスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、周波数変換(Ut-6A7)、中間周波増幅2段、オートダイン検波、低周波増幅1段
電源: 直流100/220V、直流/交流6V
空中線装置: 艦艇装備固定式、陸上単線式
掲示組写真補足
写真@、現在の沖縄海軍壕入り口。
写真A、海軍壕内信号室に展示され無線通信機のモックアップ。左がTM式短移動無線電信機・送信機、右が92式特受信機。
写真B、併せ展示されている通信機の運用状況を示すイラスト。
写真C 硫黄島の海軍壕内に残るTM式短移動無線電信機・送信機。
先日、エスミ電波研究所製の「RSA 1B」なるトランシーバーを「ヤフオク!」で入手した。この形のエスミ製品は1960年代初頭のカタログで承知をしていたが、実物を見るのは初めてで、誠に驚愕した。因みに、運用周波数は40.68MHzの市民バンドである。
事務局員はエスミ製品に強い思い入れがあるが、しかし、既にこの手の機材の収集は行って居らず、現在手元にエスミ製品はない。とは言え、その昔に入手を切望した製品を目の当たりにして、通り過ぎるわけにもいかず、結局落札する事になってしまった。
ところで、この時期のエスミ製品の殆どは、受信が三極管5676による超再生検波、送信は双三極管3A5(1/2)による水晶発振、3A5(1/2)の電力増幅方式で、低周波増幅兼変調部はトランジスタによるP.P.構成であった。
この回路構成はエスミ製品の標準型であり、周波数や収容ケースを変更する事により、各種の製品を作り出していた。このため、今般入手した「RSA 1B」も同一の構成と推察したが、内部を確認して誠にたまげた。
何と、本機の受信部はサブミニチュア管を使用した高周波増幅1段、周波数変換、中間周波増幅1段のスーパーヘテロダイン方式で、局部発振は水晶制御方式であり、これは当時のエスミ製品としては最高級品である。
一方、送信部はサブミニチュア三極管5676の発振、5676による電力増幅方式で、低周波部は汎用のトランジスタ構成であった。ところが、その低周波部の初段の石にはNECのオーバル型トランジスタST-300が使われており、誠に時代をよく表し、思わず笑ってしまった。
エスミ電波研究所と事務局員
エスミは1950年代の後半より、各種の携帯式トランシーバーを発売した先駆的なメーカーであった。当時のエスミ製品は 一般のアマチュア無線家には購入が難しい高額品で、周囲の誰もが入手を切望していたが、所蔵する者は居なかった。事務局員が最初に手に入れたエスミ製品は27MHz帯のRT-1で、高校3年生の折、同学年の金持ちの息子より、二台対をただ同然で譲り受けた。
ところが、1968年にトリオがTR-1000を、また、他社が同類の製品を発売し始めると、エスミはマーケットより忽然と消えてしまった。
後年になり、事務局員は一時代を築いたエスミ電波研究所の創業者、江角べん蔵氏と、事業の顛末を知りたいと考えるようになった。しかし、残念ながら、 今日もなお、殆どのことは分かっていない。このため、「RSA 1B」の入手を機に、再度エスミ電波研究所に関わる調査を行いたいと考えている。
先の5月29日、当館(横浜旧軍無線通信資料館)が日頃お世話になっていた東京大学名誉教授で、物理学者として文化功労者であられた霜田光一先生がご逝去されました。
先生のご冥福を心からお祈り申し上げると共に、生前に当館が賜ったご協力に、心から感謝申し上げます。
霜田光一先生とマイクロ波用鉱石検波器
戦中東大理学部大学院生であった霜田光一先生は、海軍技術研究所電波研究部の菊池正士技師門下として、昭和19年(1944年)の初めにマイクロ波用鉱石検波器を開発されました。
本鉱石検波器が海軍電波兵器の開発に果たした役割は非常に大きく、電波研究部はこの検波器を使用してセンチ波用電波探知機を開発し、また、不振を極めていた22号系マイクロ波レーダーの受信機は漸くスーパーヘテロダイン化が達成され、兵器として実用の域に達しました。
霜田光一先生寄稿論文について
当館は霜田先生より、現在編纂作業を進めている仮称「横浜旧軍無線通信資料館」に、以下の2論文をご寄稿頂いております。
1.「電波探知機・電波探信儀用鉱石検波器の研究」
2.「戦時中の米軍レーダーの調査」
「電波探知機・電波探信儀用鉱石検波器の研究」は、先生が如何にして其れ迄の常識を覆し、センチ波用鉱石検波器を開発されたかの記録です。また、「戦時中の米軍レーダーの調査」は、1944年(昭和19年)11月21日に有明海に墜落したB-29より回収されたセンチ波レーダー、及び暗礁に乗り上げ放棄された米国潜水艦Darterより回収された水上警戒用レーダーに関わる調査記録で、当時の米国レーダーを知る誠に貴重な一次資料です。
現在これら2論文につきましては、仮称「横浜旧軍無線通信資料館」の編纂作業が遅れている為、出版に先行して当館のHPで公開を行っております。
http://www.yokohamaradiomuseum.com/shimodawebsite/shimoda.html
霜田光一先生履歴
1920年生まれ。理学博士。1943年東京帝国大学理学部物理学科卒業。1948年東京大学理学部助教授。1959年同教授、1960年理化学研究所主任研究員兼任。1981年東京大学名誉教授、慶応義塾大学理工学部教授(1986年迄)。
元レーザー学会会長、元日本物理教育学会会長。1974年東レ科学技術賞、1980年日本学士院賞、1990年勲二等瑞宝章、2008年文化功労者。研究分野はレーザー分光、量子エレクトロニクス、物理教育。