先般、オーストラリアの収集家より帝国海軍が1937年(昭和12年)に導入した「97式受信機」の写真を期せずして入手し、之まで不明であった本受信機の構造を知る事が出来た。
また、本写真により、2016年10月にNHKスペシャルで放送された「戦艦武蔵の最後-映像解析、知られざる真実」の映像に映り込んでいた無線通信機と覚しき残骸が、97式受信機で有る事が確定出来た。このため、参考資料として、今般は本受信機の内部構造及び概要を紹介する。
97式受信機とは
本機は海軍が1937年(昭和12年)に導入した艦艇用のストレート式受信機で、長・中波用(17-3,500kHz)及び短波用(3,000-20,000kHz)の二機種で構成され、今般写真を入手した受信機は短波用である。本受信機はストレート式で有りながら、検波回路に再生機能は具えて居らず、電信(A1)の復調は独立した構成のBFO機能により、ヘテロダイン検波方式で行う。
97式受信機は海軍の高級受信機で、構造が複雑、大型、鈍重(57.9kg)であり、生産には多くの時間と手間を必要とした。このため、太平洋戦争が勃発すると艦艇用受信機の生産は92式特受信機に集中し、97式受信機の生産は極わずかに留まった。
97式受信機(短波用)装置概要
本機は高周波増幅4段、検波、低周波増幅2段構成のストレート式受信機で、受信周波数は3,000-20,000kHz、内蔵の同調コイルはターレット式切替構造である。本同調コイル機構は大戦末期に導入され、構成管にRC-4を使用した海軍の「全波受信機」のそれと相似している。
高周波増幅部は五極管UZ-76四本による4段構成で、空中線入力回路は2段同調構成となっている。各同調段は6連式の同調用可変蓄電器により構成され、同調ダイアル機構はウオームギヤ構造で、100度目盛りのドラムを回転させ、周波数は添付された置換表により読み取る。
検波回路は五極管UZ-77による陽極検波方式で、再生機能は具えておらず、A1信号の復調は独立したBFO回路出力と受信周波数を混合検波するヘテロダイン方式により行う。BFO回路は特殊三極管RX-1による格子同調型発振回路により構成され、出力はUZ-77により緩衝増幅の後、高周波増幅第3段の入力同調回路に注入される。
低周波増幅部はUZ-77及び五極管UZ-41による二段増幅方式で、段間には通過帯域4段可変式のオーディオフィルターが装置され、ストレート式受信機の欠点である広帯域通過特性に対処している。
低周波出力変成器には出力制限器及び受話器用の巻線が施されている。制限器用巻線はタップによる負荷インピーダンス可変構成で、回路はネオン管により終端されている。本回路では、過大受信入力により信号出力が設定電圧を超えるとネオン管が放電し、回路の短絡により出力管の陽極損失を増大させ低周波出力を抑制する。本受信機の手動利得調整は高周波増幅第2段及び第3段部の第一格子電圧可変方式である。
・BFO回路
97式受信機はストレート方式でありながら、フロントエンドの同調回路とは独立したBFO発振回路を具え、同調操作により受信波とのヘテロダイン検波を行い、A1信号の復調を行う。日本無線史(海軍編・97式短受信機P-341)ではこの方式を「前置選択器(プリセレクター)式」と表記している。
BFO回路は高安定発振回路構成で、また、発振は最高発振周波数を低く抑え、受信波との混合は原発振周波数及び高調波により行う方式である。
発振管には高安定度の発振を目的として開発されたマツダ製の三極管RX-1を使用し、線条回路には電流安定用のバラスト管が装置され、また、出力は負荷による周波数変動を抑えるため、緩衝増幅回路を介し行っており、同調用蓄電器も温度補償型を使用した。
BFO回路は大型のアルミダイキャスト製ケースに収容され、受信機の左側に装置されているが、発振用同調蓄電器には主同調器と同様に大型の同調機構が装置され、ヘテロダイン検波によるA1信号の復調が容易な構成と成っている。
特殊三極管RX-1
RX-1は発振周波数の安定に優れた特殊三極管であるが、「電子管の歴史」(オーム社)には本管に関わる記述が有り、要所を以下に抜粋した。
「海軍の艦船用には1941年ごろからRX-1、RW-2、RE-3、RC-4、RD-5が逐次制定された。三極管を使ったLC発振器は起動時に約1時間じわじわと発振周波数が低下する。この低下をできるだけ小さくすることが海軍の要望であつた。その原因は電極の熱膨張に基づく電極間静電容量の増加によるもので,三極管の構造と材料の面から対策を講じた真空管がRX-1(東京芝浦UX-6501)である。
すなわち,制御格子は2本のニッケル棒にモリプデンの細線を巻き付ける従来の構造をやめ,金属板の格子を電子流の両側に配置するようにし,その材料に熱膨張係数の小さいインバーを使用した。陽極もインバーの板である。格子は陽極に囲まれず直接大部分の熱を外部に放射することができる。RX-1を用いたLC発振器は,従来の三極管を使用した発振器に比べて約一桁周波数の変動が小さくなった。」
97式(短波用)受信機諸元
用途: 艦艇用
周波数: 3,000-20,000kHz(6バンド)
電波形式: A1(電信)、A2・A3(変調電信・電話)
受信機構成: ヘテロダイン方式、高周波増幅4段(UZ-76 x4)、陽極検波(UZ-77)、BFO(RX-1、UZ-77)、低周波増幅2段(UZ-77、UZ-41)
電源: 交流100V
空中線装置: 艦艇設置固定空中線
スーパーヘテロダイン式受信機に於いて、第一局部発振回路を水晶による固定周波数発振方式とし、中間周波数を可変して受信同調を行うと、局部発振回路の周波数漂動が解消され、受信機の安定度は大きく改善される。
戦後米国のコリンズ社は本式のダブルスーパー式受信機により大成功を収め、以降この構成の受信機は「コリンズタイプ」と呼称される様になった。
「コリンズタイプ」式受信機の製品化が、何時であったのかは判然としない。しかし、戦中帝国海軍はシングルスーパーヘテロダイン構成ではあるが、本式の受信機「3式特受信機」を開発した。また、陸軍はVHF帯を使用した機上用の編隊内無線電話機「99式飛4号無線機」の受信機に本式を採用し、実戦配備を行った。
この事実は殆ど知られていないが、当時にあって、帝国陸海軍に於ける本式の実用化は特記に値する。このため、以下に於いて、「3式特受信機」について若干の概観を行った。
なお、「3式特受信機」は海軍の汎用受信機である「92式特受信機」の短波用局部発振回路を若干改修し、発振用同調コイルに水晶発振子を装備したものであり、本来は92式特受信機の改型と表記されるべき受信機である。
92式特受信機の導入
1932年(昭和7年)、帝国海軍は潜水艦用として92式特受信機を導入した。本機は20-1,500kHz(5バンド)の長波帯と、1,300-20,000kHz(5バンド)の短波帯を一台の受信機で行う特型であるが、短波帯は長波帯のストレート式受信部に、短波帯用のコンバーターを付加したスーパーヘテロダイン構成である。
長波部は高周波増幅2段、検波、低周波増幅1段構成のストレート方式で、受信周波数帯域20-1,500kHzを5バンドで受信機するが、短波帯、長波帯共に周波数帯の変更は同調コイルの差替方式である。
短波帯受信時、長波部は中間周波増幅部以下として動作し、運用周波数帯に応じ、中間周波数に設定される。短波受信周波数帯と中間周波数となる長波帯受信周波数の関係は以下で、これらは「周波数割当表」に纏められ、受信機の前面に取付けられている。
短波帯受信周波数/中間周波数
1,300-2,600kHz/250kHz
2,400-4,600kHz/400kHz
4,200-8,400kHz/700kHz
7,700-12,500kHz/1,200kHz
11,500-20,000kHz/1,500kHz
3式特受信機の導入
92式特受信機は使勝手が良く、改良型の改3型、改4型は海軍のあらゆる部署で広義に使用される迄になった。しかし、本機は短波帯に於ける局部発振周波数漂動の問題を抱えており、数次に亘る改修により、漸く待ち受け受信が可能となる安定度を何とか確保していた。
1943年(昭和18年)、この周波数漂動に関わる問題を一気に解決するため、海軍技術研究所電気部は、92式特受信機の短波帯局部発振回路を水晶制御方式とした「3式特受信機」を開発した。
本受信機は短波のフロントエンドを構成する第一局部発振回路を水晶制御方式として動作させ、受信同調は中間周波増幅部を構成する長波帯部の同調を可変して行う所謂「コリンズタイプ」で、短波帯の受信に際し抜群の周波数安定度を得た。
なお、3式特受信機の基本構成コイルは92式特受信機と同一で、之に特製の水晶制御式局部発振コイル7個を追加した構成である。
水晶制御構成
3式特受信機に於ける短波帯の受信は、局部発振コイルに局部発振用水晶片を装置した特製の「水晶発振線輪(D6〜D12)」を使用し、短波部のフロントエンドをクリスタルコンバーターとして動作させ、受信同調は中間周波部を構成する長波部の受信周波数を可変して行う。
長波部は全短波帯に於いて、700-1600kHz受信用のE-1、F-1、G-1番コイルを装着するが、使用同調範囲は800-1600kHzで、短波帯2,400-20,000kHzを22バンドに分け、各バンドを800kHz幅で受信する。
局部発振回路は七極管Ut-6A7の三極部で構成される水晶無調整発振回路で、局部発振用コイルに装備される水晶発振子は1,600kHz(コイル番号D-6)、2,400kHz(D-7)、3,200kHz(D-8)、3,400kHz(D-9)、3,800kHz(D-10)、4,000kHz(D-11)、4,600kHz(D-12) の7周波数である。
水晶制御式の各局部発振コイルは受信周波数帯に応じ最大第6高調波までを使用し、2,400-20,000kHzを22バンドに分け受信機する。このため、全バンドの受信は受信機の前面に装置された「周波数割当及線輪表」に従い、7本の局部発振用線輪を使い回し、行う。
なお、22周波数の分割は既設92式特受信機の受信周波数帯域を便宜的に分けた物で、特製局部発振コイル以外の同調コイルは92式特受信機と同一のものを使用する。また、水晶制御式局部発振コイルを既設のL・C発振型に差替えると、本機は92式特受信機として動作をする。
3式特受信機の運用
一例として、水晶制御方式により短波帯3,500kHzを受信する場合の、装備コイル、同調操作を以下に纏めた。
受信機前面に装置された「周波数割当及線輪表」に従い、短波部の高周波増幅1段部、2段部、周波数変換部に2,400-4,600kHz受信用のA-4、B-4、C-4番コイルを装着する。併せ、水晶制御式局部発振用コイルには、3,200-4,000kHzの受信が可能なD-7番を装着する。
同調操作を行う長波帯同調部には全短波帯に於いて、700-1600kHz受信用のE-1、F-1、G-1番コイルを装着するが、使用同調範囲は800-1,600kHzの800kHz帯域である。
以上の設定により3,200-4,000kHzの受信が可能となる。同調操作は長波同調ダイアルで行うが、併せ短波同調ダイアルでフロントエンドの同調を行い、最高感度を得る。周波数は添付の置換表により読み取る。
なお、2,400kHzの水晶片を装備した局発用D-7番線輪は高調波を利用し、併せ以下の周波数帯の受信に使用される。
5,600-6,400kHz(第2高調波)、8,000-8,800kHz(第3高調波)、10,400-11,200kHz(第4高調波)、12,800-13,600kHz(第5高調波)、15,200-16,000kHZ(第6高調波)
92式特受信機改4型諸元(主要構成は3式特と同一)
用途: 艦艇用
長波受信周波数: 20-1,500kHz(コイル差替式5バンド)
短波受信周波数: 1,300-20,000kHz(コイル差替式5バンド)
長波帯受信構成: ストレート方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、オートダイン検波(UZ-77)、低周波増幅1段(UY-238A)
短波帯受信構成: 長波部に周波数変換部付加のスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、周波数変換(Ut-6A7)、中間周波増幅2段、オートダイン検波、低周波増幅1段
電源: 直流100/220V、直流/交流6V
空中線装置: 艦艇装備固定式
第2次大戦末期、ドイツ空軍は夜間戦闘機用のマイクロ波電波探知機「FuG-350Z」を開発した。この電波探知機は英軍爆撃機が搭載したP.P.I.式のマイクロ波レーダー「H2S(3,000MHz帯)」を捕捉する目的で開発されたが、本機は独創的な回転式誘電体空中線を装備していた。
大戦中ドイツの技術陣はマイクロ波には注目せず、この帯域のレーダー開発で大きな遅れをとってしまった。しかし、その後入手したH2Sを参考に、P.P.I.式レーダー「Berlin」を開発し、一矢を報いた。ドイツ技術陣はFuG-350と同様にBerlinにも誘電体空中線を使用したが、これは彼らの面子がそうさせたとも考えられる。
当館はこの誘電体空中線に大いなる興味を持ち、資料としてその入手を切望しているが、希少品のため可能性は殆ど無く、また、対価も膨大であろう。
ところで、先晩米国のNet Auctionで誘電体空中線を装備した「ねずみ取り」探知用レーダー「FOX XK RADAR DETECTOR」なる装置を発見した。出品者は国外への発送を希望せず、誠に困ったが、幸いにも、帝国陸軍の航空部隊用水晶片の入手を希望する米国の収集家との間で、物々交換の話が纏まり、先日品物が到着した。
「FOX XK」の発売は1980年代と考えられるが、本機はXバンド(10.525GHz)及びKバンド(24.15GHz)の2周波数対応で、前面には各用の誘電体空中線素子2基が装置されている。
空中線は共にアクリルを削ったもので、丸棒に成形された先端部がテーパー状となっており、この形状が入射波の反射散乱を防ぎ、電磁波を効率よく集めていると考えられる。
現在のところ、本空中線の利得や「FOX XK」の探知距離については不明であるが、ともあれ、誘電体空中線に関わる資料を入手する事が出来、誠に幸いである。
誘電体空中線補足
マイクロ波電波探知機「FuG-350Z」を構成する空中線装置ZA-290Mは、ポリエチレン誘電体を装備する1/4波長ダイポール型空中線素子2基により構成されている。ダイポールに取付けられた誘電体の形状は円錐台形で、先端部は半球状に整形されている。
誘電体内を伝わる電磁波の速度は自由空間より遅く、内部では波長が短縮される。短縮率は誘電率の平方根に反比例するので、ポリエチレンの場合短縮率は大凡70%程度と考えられる。
このため、誘電体に入った電磁波は屈折してダイポールの中心に向かって収斂する。誘電体の形状が円筒であれば壁面は電磁波の入射と平行となる。しかし、形状が円錐台形のため反射散乱を防ぎ、結果、サイドローブは小さくなり、指向性、利得が向上すると考えられる。
電磁波を吸収するダイポール素子は誘電体基部に鋳込まれており、エレメントの長さは誘電体内波長にあわせて短縮されている。給電点は1/4λ分右側に寄せてあるが、これは水平偏波、水平配列のためで、二空中線素子の位相差を補正した結果である。
空中線ZA-290Mの利得についてはハッキリしないが、1素子で大凡5db、本器は2素子のスタック構成であるため、8db程度と推測される。
掲示資料補足
組資料@はドイツ空軍の夜間戦闘機用マイクロ波電波探知機「FuG-350Z」を構成した回転式誘電体空中線である。
資料Aは誘電体空中線の概念図である。
写真Bは今般米国より入手した「ねずみ取り」探知用レーダー「FOX XK RADAR DETECTOR」である。
写真Cは「FOX XK」が装備する誘電体空中線で、太い素子がXバンド用、細い素子がKバンド用である。
先週オーストラリアの収集家より、写真と共に所蔵受信機の型式確定の依頼があった。銘板は剥がされていたが、一目で当該受信機は小生が長年探し続けていた帝国海軍の「97式受信機」である事が判り、誠に驚愕した。期せずして、ついに長年の懸案で有った97式受信機を発見した。
97式受信機は1937年(昭和12年)頃に海軍技術研究所電気部が開発した艦艇用のストレート式受信機で、長波用(17-3,500kHz)、短波用(3,000-20,000kHz)の二機種で構成され、今般問い合わせのあった受信機は短波用である。
本受信機はストレート式で有りながら、検波回路に再生機能は具えて居らず、電信(A1)の復調は独立した構成のBFO回路により、ヘテロダイン検波方式により行う。
当時海軍艦艇用の主力受信機は92式特受信機で、短波帯に於ける本機の構成はスーパーヘテロダイン方式で有ったが、この時期になってもなお、技術研究所は高性能なストレート式受信機の開発を目指した。97式受信機は海軍艦艇用の最高級受信機であったが、構造が複雑で量産に適さず、その生産は極わずかに留まった。
本受信機については、回路構成図は残されているが、当館(横浜旧軍無線通信資料館)が知る限り、現物や外部構造を知る写真資料等は一切確認されていない。
このため、今日までその構造は日本無線史(海軍編・97式短受信機P-341)に記された「前置選択器(プリセレクター)式」を手掛かりに、回路図と併せ、受信機前面には主同調器と共に、大掛かりなBFO同調器が装置されていると推察していた。
これらより、提供写真を見た時、細部を確認する事無く、当該受信機は「97式受信機」である事を即座に確信し、心臓が高鳴った。
戦艦武蔵残骸機材の型式確定
話は少々遡るが、2016年10月、NHKスペシャルで「戦艦武蔵の最後-映像解析、知られざる真実」が放送された。
戦艦武蔵はフィリピン方面を決戦場とする捷1号作戦の発動に伴い、連合艦隊の主力としてフィリピン近海に展開する米機動部隊を攻撃すべく出撃したが、1944年(昭和19年)10月24日、レイテ沖海戦に於いて米軍攻撃機により撃沈され、シブヤン海に沈んだ。
2015年3月、マイクロソフトの共同創業者で、海洋探索家としても知られた故ポール・アレン氏は、水深1200mのシブヤン海で戦艦武蔵を発見し、艦体と周囲の状況を高解像度の映像で記録した。NHKスペシャルはこの映像をデジタル技術により解析し、多角的な検討を加えたものである。
放送に先立ち、当館は映像に映る無線通信機と覚しき機材についての型式確定依頼を関係部門より受けた。その構造から当該機材は受信機で、海軍の97式受信機の可能性があると考えたが、当館が推測していた本受信機とは構造が必ずしも一致せず、このため「帝国海軍の97式受信機の可能性がある。しかし、型式の確定には至らず」との回答を行った経緯があった。
さて、97式受信機の写真を見て、最初に頭をよぎったのは戦艦武蔵に関わるこの残骸機材で有った。直ちに関連写真を精査すると、両機材の構造は同一で、映像の残骸は間違いなく海軍の「97式受信機」で有る事が確定出来た。
また、気がつかなかったが、該当受信機の左側、BFO部分は欠落しており、このため、当時考えていた97式受信機の構造と、残骸機材の構造が完全には一致しなかった理由も判明した。受信機左側のBFO装置部分は接合構造で、武蔵の沈没間際に起こった爆発により、受信機は艦外に吹き飛ばされ、その際に該当部分が接断されたものと考えられる。
以上の如く、期せずしてオーストラリアより提供を受けた写真により、懸案で有った海軍97式受信機の細部構造が判明した。また、戦艦武蔵関連機材の型式も確定する事が出来、誠に幸いであった。旧軍機材の発見に務め、その記録に携わる者として、これ以上の喜びはない。
なお、97式受信機の概要については別途掲示の予定である。
先般掲示の如く、当館(横浜旧軍無線通信資料館)は沖縄の「一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー・旧海軍司令部壕事業所」より、当時壕内で使用された通信機器についての問い合わせを受け、諸状況を勘案し以下の回答(要旨)を行った。
「当時海軍壕内で実用された無線装置は、送信機はTM式短移動無線電信機・送信機で、受信機は比較的電源の供給が容易な数台の92式特受信機であったと考えられる。」
その後、同事業所より担当者が日帰りで来館され、展示物の作成に向け綿密な資料調査を行い、見事なモックアップを作り上げられた。送信機、受信機にはウェザリングも施され、製作は一級技能士が担当されたとの事である。
本送受信機は既に壕内で展示が行われており、その様子はYouTubeにUPされている。
https://www.youtube.com/watch?v=2DmGzbTxzrg
ところで、海軍壕内で使用された無線機材の推測に際し、米軍が沖縄に上陸する一ヶ月ほど前に起こった、硫黄島での戦いが一つの参考資料となった。
この時、硫黄島に駐屯した海軍部隊も海軍司令部壕内に通信所を設置したが、通信装置にはTM式短移動無線電信機・送信機(TM式送信機)を使用したと考えられ、壕内には本送信機が残されている。
このTM式送信機については、2006年に放送されたフジテレビ系ドラマ「硫黄島・戦場の郵便配達員」、又は同年封切りの映画「硫黄島からの手紙」の何れかで、挟み込まれた実写フィルムの中で見た記憶がある。
早速その実写場面を入手すべく、「硫黄島からの手紙」をアマゾンで購入し内容を確認したが、TM式送信機は登場しなかった。
「硫黄島・戦場の郵便配達員」についてはTVドラマであり、入手に苦労したが、漸く知人よりCDを借用することが出来た。このドラマには短い実写フィルム、実写ビデオが多用されており、数回の見直しで、漸く該当のTM式送信機を発見する事が出来た。
映像で見るTM式送信機は、埃に埋もれてはいるが状態は非常に良く、当時の形状を明確に残している。今日、硫黄島に民間人は立ち入ることが出来ず、本送信機がどうなっているのかは不明である。しかし、変わること無く、今もなお壕内に鎮座していることを、心より願っている。
TM式短移動無線電信機改2型送信機諸元
用途: 海軍陸戦隊遠距離通信用
送信周波数: 1,750-18,000kHz
電波形式: 電信(A1)
送信入力: 300W
回路構成: 主発振UX-202、励振UV-814、電力増幅UV-812
電源装置: 2馬力発動交流発電機、電圧調整機、整流機
空中線装置: 逆L型仮設空中線又はロングワイヤー方式、地線は平衡地線方式
92式特受信機改4型諸元
用途: 艦艇用
長波受信周波数: 20-1,500kHz(コイル差替式5バンド)
短波受信周波数: 1,300-20,000kHz(コイル差替式5バンド)
長波帯受信構成: ストレート方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、オートダイン検波(UZ-77)、低周波増幅1段(UY-238A)
短波帯受信構成: 長波部に周波数変換部付加のスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅2段(UZ-78 x2)、周波数変換(Ut-6A7)、中間周波増幅2段、オートダイン検波、低周波増幅1段
電源: 直流100/220V、直流/交流6V
空中線装置: 艦艇装備固定式、陸上単線式
掲示組写真補足
写真@、現在の沖縄海軍壕入り口。
写真A、海軍壕内信号室に展示され無線通信機のモックアップ。左がTM式短移動無線電信機・送信機、右が92式特受信機。
写真B、併せ展示されている通信機の運用状況を示すイラスト。
写真C 硫黄島の海軍壕内に残るTM式短移動無線電信機・送信機。
先日、エスミ電波研究所製の「RSA 1B」なるトランシーバーを「ヤフオク!」で入手した。この形のエスミ製品は1960年代初頭のカタログで承知をしていたが、実物を見るのは初めてで、誠に驚愕した。因みに、運用周波数は40.68MHzの市民バンドである。
事務局員はエスミ製品に強い思い入れがあるが、しかし、既にこの手の機材の収集は行って居らず、現在手元にエスミ製品はない。とは言え、その昔に入手を切望した製品を目の当たりにして、通り過ぎるわけにもいかず、結局落札する事になってしまった。
ところで、この時期のエスミ製品の殆どは、受信が三極管5676による超再生検波、送信は双三極管3A5(1/2)による水晶発振、3A5(1/2)の電力増幅方式で、低周波増幅兼変調部はトランジスタによるP.P.構成であった。
この回路構成はエスミ製品の標準型であり、周波数や収容ケースを変更する事により、各種の製品を作り出していた。このため、今般入手した「RSA 1B」も同一の構成と推察したが、内部を確認して誠にたまげた。
何と、本機の受信部はサブミニチュア管を使用した高周波増幅1段、周波数変換、中間周波増幅1段のスーパーヘテロダイン方式で、局部発振は水晶制御方式であり、これは当時のエスミ製品としては最高級品である。
一方、送信部はサブミニチュア三極管5676の発振、5676による電力増幅方式で、低周波部は汎用のトランジスタ構成であった。ところが、その低周波部の初段の石にはNECのオーバル型トランジスタST-300が使われており、誠に時代をよく表し、思わず笑ってしまった。
エスミ電波研究所と事務局員
エスミは1950年代の後半より、各種の携帯式トランシーバーを発売した先駆的なメーカーであった。当時のエスミ製品は 一般のアマチュア無線家には購入が難しい高額品で、周囲の誰もが入手を切望していたが、所蔵する者は居なかった。事務局員が最初に手に入れたエスミ製品は27MHz帯のRT-1で、高校3年生の折、同学年の金持ちの息子より、二台対をただ同然で譲り受けた。
ところが、1968年にトリオがTR-1000を、また、他社が同類の製品を発売し始めると、エスミはマーケットより忽然と消えてしまった。
後年になり、事務局員は一時代を築いたエスミ電波研究所の創業者、江角べん蔵氏と、事業の顛末を知りたいと考えるようになった。しかし、残念ながら、 今日もなお、殆どのことは分かっていない。このため、「RSA 1B」の入手を機に、再度エスミ電波研究所に関わる調査を行いたいと考えている。
先の5月29日、当館(横浜旧軍無線通信資料館)が日頃お世話になっていた東京大学名誉教授で、物理学者として文化功労者であられた霜田光一先生がご逝去されました。
先生のご冥福を心からお祈り申し上げると共に、生前に当館が賜ったご協力に、心から感謝申し上げます。
霜田光一先生とマイクロ波用鉱石検波器
戦中東大理学部大学院生であった霜田光一先生は、海軍技術研究所電波研究部の菊池正士技師門下として、昭和19年(1944年)の初めにマイクロ波用鉱石検波器を開発されました。
本鉱石検波器が海軍電波兵器の開発に果たした役割は非常に大きく、電波研究部はこの検波器を使用してセンチ波用電波探知機を開発し、また、不振を極めていた22号系マイクロ波レーダーの受信機は漸くスーパーヘテロダイン化が達成され、兵器として実用の域に達しました。
霜田光一先生寄稿論文について
当館は霜田先生より、現在編纂作業を進めている仮称「横浜旧軍無線通信資料館」に、以下の2論文をご寄稿頂いております。
1.「電波探知機・電波探信儀用鉱石検波器の研究」
2.「戦時中の米軍レーダーの調査」
「電波探知機・電波探信儀用鉱石検波器の研究」は、先生が如何にして其れ迄の常識を覆し、センチ波用鉱石検波器を開発されたかの記録です。また、「戦時中の米軍レーダーの調査」は、1944年(昭和19年)11月21日に有明海に墜落したB-29より回収されたセンチ波レーダー、及び暗礁に乗り上げ放棄された米国潜水艦Darterより回収された水上警戒用レーダーに関わる調査記録で、当時の米国レーダーを知る誠に貴重な一次資料です。
現在これら2論文につきましては、仮称「横浜旧軍無線通信資料館」の編纂作業が遅れている為、出版に先行して当館のHPで公開を行っております。
http://www.yokohamaradiomuseum.com/shimodawebsite/shimoda.html
霜田光一先生履歴
1920年生まれ。理学博士。1943年東京帝国大学理学部物理学科卒業。1948年東京大学理学部助教授。1959年同教授、1960年理化学研究所主任研究員兼任。1981年東京大学名誉教授、慶応義塾大学理工学部教授(1986年迄)。
元レーザー学会会長、元日本物理教育学会会長。1974年東レ科学技術賞、1980年日本学士院賞、1990年勲二等瑞宝章、2008年文化功労者。研究分野はレーザー分光、量子エレクトロニクス、物理教育。
先般「ヤフオク!」に陸軍の「96式飛3号無線機」を構成する送信機のジャンクが出品された。当館(横浜旧軍無線通信資料館)は之までに本機材を確認した事がなく、参考資料として入手を試みたが、残念ながら落札は叶わなかった。
出品物は改造により内部は殆ど原状を留めておらず、また、装備真空管も異なっていたが、稀少な機材で、その資料価値は非常に高いと考えられる。特に当館が知りたかったのは構成真空管の名称で、ソケットの横には管名のプレートが取付られているはずである。
さて、「96式飛3号無線機」は陸軍の第三次制式制定作業(昭和9年/1934より暫時実施)により開発された単座戦闘機用の無線電話機で、その用途は僚機との電話通信である。しかし、間もなくして第四次制式(昭和14年/1939より暫時実施)機材である99式飛3号無線機が導入されたため、その生産台数は極わずかに留まったと考えられる。
96式飛3号無線機については資料が少なく、当館はその構成回路すら完全には把握をしておらず、また、構成真空管も確定が出来ていない。とは云え、所蔵資料からの推察により、送信機は水晶発振・直接輻射方式で、変調は陽極変調方式(ハイシング変調と推測)であり、構成真空管は2本である。
また、受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅1段のスーパーヘテロダイン方式(AVC機能付)で、構成真空管4本である。この管数で前記の機能を充足させるには、陸軍が第四次制式機材で多用するUt-6F7(三極・五極)等の複合管が必要となる。
96式飛3号無線機に関わる若干の推測
当館は、外部構造は全く異なるが、96式飛3号は第四次制式制定機材である99式飛3号無線機の原型と、その回路構成は相似しているのでは、と考えている。
99式飛3号を構成する送信機は水晶発振・直接輻射方式で、変調は陽極変調方式であり、構成真空管はUY-807A二本である。また、受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段、AVC機能付のスーパーヘテロダイン方式で、構成真空管は三極・五極複合メタル管MC-804A四本である。
幸いにも当館は、96式飛3号の送信機及び受信機の予備真空管筐を所蔵している。送信管筐は緩衝材の構造から、頂部にキャップの付いた真空管を収容すると考えられ、この球は99式飛3号・送信機の構成管UY-807Aを想起させる。
また、受信管筐の収容管数は4本と非常に少なく、何れもが同一の収容形状であることから、構成管には複合管一種の使用が推察される。96式飛3号が導入された当時、99式飛3号・受信機が使用した三極・五極複合管MC-804Aは未だ開発されては居らず、このため、Ut-6F7が使用されたのでは、と考えられる。
94式飛3号無線機
第三次制式制定作業に於いて、96式飛3号無線機とは構造が全く異なる機材が、15号無線電信機(94式飛3号無線機)として研究審査が行われていた。本機の構成は送信機が主(水晶)発振・電力増幅方式で、変調は音声増幅・陽極変調方式であり、受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、オートダイン検波、低周波増幅2段のスーパーヘテロダイン方式であった。
94式飛3号については、開発元である陸軍通信学校研究部が1936年(昭和11年)12月に仮制式化を上申し、陸軍航空通信学校の教本「航空通信学仮教程」にはその構成図が掲載されている。しかし、以降本機の実戦配備や整備に関わる記録は無く、また実機も確認された事が無い。
このため、94式飛3号無線機は仮制式化の時期に、より小型で実用的な96式飛3号が開発された事により、結局生産に移ること無く非整備になったと考えられる。この経緯は中型航空機用の94式飛2号無線機に類似し、本機の場合も制式化後間もなくして、より小型で高性能な96式飛2号無線機が導入されている。
第三次の制式化に向け研究が進められたこの時期は、新技術や新型真空管の導入が急速に進んだ。このため、研究が終了寸前の機材であっても、その構成が変更された物が多くあった。94式飛2号や飛3号はその典型であった考えられる。
96式飛3号無線機諸元(2型)
用途: 戦闘機相互間電話通信
通信距離: 10km
周波数: 送信4,600-5,000KHz、受信4,600-5,000KHz
電波形式: 電話(A3)
送信機: 出力不明、水晶発振直接輻射方式、陽極変調方式、構成真空管2本
送話器: 防音式又は咽喉式
受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段、周波数変換、中間周波1段、検波、低周波増幅、AVC機能付、構成真空管4本
電源(送受兼用): 入力24V、直流回転式変圧器
空中線装置: 固定式7m(逆L型)、地線は機体接地
この度、武蔵村山市在住のアマチュア無線家JA1GJY、石川清治殿より、下記の品々を御寄贈頂きました。
石川殿には2001年に陸軍の地3号無線機・送信機及び、94式3号丙無線機・送信機を御寄贈頂いた経緯があります。石川殿の変わらぬご協力、御高配に心より感謝申し上げます。
御寄贈品
94式3号丙無線機・受信機同調線輪セット
車輌無線機甲・受信機同調線輪
94式5号無線機・送信機バリオメータ
飛行訓練用無線機・受信機同調線輪
なお、石川殿が地3号送信機及び94式3号丙送信機を御寄贈下さった2001年当時、当館は未だNet上にHPを立ち上げて居らず、両機材の御寄贈に関わる掲示が出来ていませんでした。このため、今般の御寄贈周知に際し、当時の御寄贈品について、併せ写真の掲示を行いました。
当館の技術調査員である安齊君が修復を進めている「94式3号型特殊受信機代用甲(8号型受信機)」の作業がほぼ終了し、快調に動作を始めた。しかし、ペーパーコンデンサーに特殊寸法の物が使われており、之はケースを作る必要がある。このため、修復が完全に完了するには、今暫く時間が掛かりそうである。
「94式3号型特殊受信機代用甲」(短波用)は原型である野戦用の「94式3号型特殊受信機甲(8号型受信機)」(短波用)の交流式で、構成管は線條電圧が6.3Vの傍熱管である。しかし、構成管を除き、両受信機の構造、回路構成に大きな違いは無い。
「94式3号型特殊受信機」の開発
陸軍に於ける特殊受信機とは、自軍通信部隊の鑑査及び、敵の無線通信傍受を目的とした専用受信装置である。特に敵通信の傍受は、通信系の把握、内容の解読により、敵部隊の配備及び編成、作戦動向等を察知出来る可能性があるため非常重要で、多くの野戦軍通信隊には専用の通信傍受部門が設置された。
敵方の通信傍受は短波帯が普及し始めた昭和初期よりその業務を開始したが、当初傍受は後方の固定局で行われ、受信機は民生品を流用していた。しかし、大陸での戦線が拡大し野戦軍司令部の移動が活発化すると、前線での使用が可能な移動用受信機が必要となった。
このため、第三次制式制定作業に際し、本目的に沿った専用の「特殊受信機」が開発され、1938年(昭和13年)に装置名「94式3号型特殊受信機」として兵器化された。
この特殊受信装置は長波用受信機(乙)1台、短波用受信機(甲)1台及び空中線材料等により構成され、運用周波数は長波用が12-2,000kHz、短波用が2,000-20,000kHzで、電源は共に乾電池方式である。
また、94式3号型特殊受信機の類型として、交流・直流電源方式の「94式3号型特殊受信機代用甲・乙」が若干数整備された。「代用」の構成・構造は94式3号型特殊受信機に相似するが、構成真空管は線条電圧が6.3Vの傍熱管である。
なお、陸軍では固定局に設置され高速度通信、秘話電話、画像通信、テレタイプ通信等の特殊通信の傍受を目的とした上級受信機も特殊受信機に分類され、また、方向探知機材もこの範疇に含まれている。このため、装置名だけでは用途が判然とせず苦慮する。
「94式3号型特殊受信機甲(8号型)」短波用諸元
受信周波数: 2,000-20,000kHz(ターレット切替式)
構成: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段(UF-134)、第1検波(UZ-135)、中間周波増幅2段(UF-134 x2)、第2検波(オートダイン検波・UF-109A)、低周波増幅1段(UF-109A)、低周波増幅2段(UY-133A)、AGC機能無し
中間周波数: 470kHz
帯域濾波器: 水晶片ブリッジ平衡型
受信感度(電話): 1.2μV/10db(バンド3)
空中線装置: 逆L型、20m被覆線、所在地物に懸架
地線: 20m裸線6条
電源: 乾電池135V・67.5V、1.5V、-3V・-4.5V(バイアス用)
「94式3号型特殊型受信機代用甲(8号型第705号)」短波用諸元
受信周波数: 2,000-20,000kHz(ターレット切替式)
構成: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段(UZ-78)、第1検波(Ut-6A7)、中間周波増幅2段(UZ-78)、第2検波(オートダイン検波・UZ-78)、低周波増幅1段(UZ-78)、低周波増幅2段(UZ-78)、AGC機能無し
中間周波数: 470KHz
帯域濾波器: 水晶片ブリッジ平衡型
交流式電源: 入力100V又は200V、50/60Hz、整流管KX-80、出力200V、6V、-3V・-4.5V
直流式電源: 200V蓄電池及び8V蓄電池、バイアス用C4号乾電池(-3V・-4.5V)
空中線装置: 逆L型、20m被覆線、所在地物に懸架
地線: 20m裸線6条
先般、沖縄の旧海軍壕司令部壕事業所より、当時壕内で使用された通信機器についての問い合わせがあった。
https://kaigungou.ocvb.or.jp
海軍司令部壕とは、沖縄の重要な軍事拠点であった小禄飛行場(現那覇空港)を守るため、近くの丘に突貫で建設された海軍陸戦隊の地下壕である。工事は1944(昭和19年)年8月10日に始まり、同年12月に完成した。
壕の全長は約450mで、内部には司令官室、幕僚室、作戦室、通信室、暗号室、下士官室、信号室他が設置されていた。工事は海軍第226設営隊(山根部隊)の約3,000名があたり、殆どの掘削が、つるはし等を使用した手作業により行われた。
沖縄戦末期、海軍沖縄方面根拠地隊は海軍司令部壕付近に孤立して戦闘を継続し、1945年(昭和20年)6月11日に玉砕した。この時期、2,000名以上の将兵がこの壕を拠点として戦ったが、玉砕を前に、大田實司令官は海軍次官に宛て、「沖縄県民斯ク戦エリ」の電報を発した。
さて、海軍司令部壕内で使用された通信装置であるが、資料不足のため詳細は不明であるが、客観的に考え、以下の事柄を取り纏め、問い合わせ元に返信した。
陸上用通信装置
通常海軍の出先陸上部隊の通信施設は、送信所と受信所に分け設置され、送信所には複数の送信機、電源装置及び柱上に展開した空中線が、また、受信所には複数の受信機、電源装置及び柱上に展開した空中線が装置された。
送信所の送信機は艦艇装備用を若干改修した物で、電源には交流式の発動発電機を使用した。また、戦中海軍の艦艇、陸上受信所で使用された受信機は92式特受信機で、本機は海軍の各部で広義に使用された。受信機の電源は蓄電池及び充電器、又は交流式電源により供給された。
これらより、司令部壕建設当初は、通信区画に艦艇で使用された95式短4号送信機等の大型送信機と発動発電機、及び複数台の92式特受信機が設置された可能性がある。しかし、本設備はかなり大掛かりで、特に壕内で、送信機用の大型発動発電機を稼働させることは、排気の問題があり、相当に困難である。
通信対向
米軍上陸以前であれば、空中線の展開も可能で、その対向は連合艦隊司令部であったと考えられる。しかし、地上戦が勃発し、司令部壕が多数の将兵で溢れると、もはや壕内で大型発動発電機を稼働させることは困難である。
また、無線通信に最も重要な空中線は、壕の入り口より周囲の事物を利用し展開する以外に方法は無く、その通達距離は大幅に短縮したはずである。このため、米軍上陸後、通信対向が引き続き本土の艦隊司令部であったとは考えにくい。
通信は近郊の奄美大島や、九州の海軍施設と小電力で行い、中継により艦隊司令部との連絡を確保したものと考えられる。事実、大田實司令官が自決前に海軍次官に宛てた電報、「沖縄県民斯ク戦エリ」は九州の鹿屋で受電されたと伝わっている。
実務通信装置
中継通信を前提にすると、設備は小型の中距離用通信機材で十分である。考えられる機材は、海軍の代表的な可搬式中距離通信装置であるTM式短移動無線電信機である。本装置は送信機、電源、発動発電機及び、蓄電池や乾電池で動作する小型の受信機により構成さ、海軍の各部署で使用された。
上記により、当館は、海軍壕内で実用された無線装置は、送信機はTM式短移動無線電信機(送信機)で、受信機は比較的電源の供給が容易な、数台の92式特受信機であった考えている。また、送信機の発電装置は壕入り口付近に設置し、ホースにより外部に排気をしたと考えられる。
ところで、同じような状況が、米軍が沖縄に上陸する一ヶ月ほど前に、硫黄島でも起こっていた。この時駐屯した海軍部隊も海軍司令部壕内に通信所を設置したが、通信装置にはTM式短移動無線電信機を使用したと考えられ、現在も同壕内には、本送信機が残されている。
このため、硫黄島の場合も、通信は艦隊司令部直接ではなく、父島に駐屯した海軍部隊の中継により行ったものと考えられる。因みに、硫黄島に駐屯した陸軍部隊も、残された電報から、父島を中継して陸軍本部との通信を行っていたと考えられる。
95式短4号送信機原型諸元
用途: 全艦艇及び陸上用
送信周波数: 3,500-19,000kHz、
電波型式: 電信(A1)
送信出力: 電信500W
送信機構成: 水晶又は主発振UX-202A(三極管)、第一増幅(緩衝)UV-865(四極管)、第二増幅・逓倍UV-814(四極管)、第三増幅D-860(四極管)、電力増幅UV-861(四極管)
電源: 入力220V/50-60Hz三相交流、出力直流3,200V・1,500V・500V・-300V、線條電源16V
空中線装置: 艦艇設置固定型・陸上用同調型単条空中線
給電方式: 電圧饋電(1/2波長)、電流饋電(1/4波長)
TM式短移動無線電信機改2型送信機諸元
用途: 海軍陸戦隊遠距離通信用
送信周波数: 1,750-18,000kHz
電波形式: 電信(A1)
送信入力: 300W
回路構成: 主発振UX-202、励振UV-814、電力増幅UV-812
電源装置: 2馬力発動交流発電機、電圧調整機、整流機
空中線装置: 逆L型仮設空中線又はロングワイヤー方式、地線は平衡地線方式
この度、広島在住の無線技術研究家、藤田勝三殿より、リーダー電子の3215型標準信号発生器を御寄贈頂きました。
藤田殿の御高配、御協力に心より感謝申し上げます。
現在当館は旧軍受信機の性能測定試験を計画しており、その準備を進めています。しかし、所蔵する標準信号発生器の動作が不良で、このため、FBで「求む、標準信号発生器」の掲示を行った経緯があります。藤田殿の御寄贈により、漸く測定作業が進められる事となり、誠に幸いです。
改めて、藤田殿の御高配に心より感謝申し上げます。
先週、標記の真空管3本を「ヤフオク!」で入手した。当館(横浜旧軍無線通信資料館)は本送信管を複数本所蔵しており、特段入手の必要性も無かったが、然りとて無視をするのも偲びがたく、冷やかし程を応札した所、僅かな金額で事務局員に落ちた。
帝国陸海軍のレーダーに関わる送信管は希少性もあり、その昔はとんでもない価格で取引が行われていた。このため、今般の落札価格には誠に驚いた。しかし、入手したT-311の何れもが使用品で、ゲッターも白濁しており、このため、程度の不良が災いし、盛り上がりに欠けたものと考えられる。
ところで、T-311は東芝が大戦中に開発した超短波用の自然空冷式三極管で、海軍の可搬式対空警戒用レーダー「1号電波探信儀3型(13号電探)」や、陸軍の機上用警戒レーダー「タキ1号」の発振管として使用された。
特に13号電探は可搬式のため使い勝手が良く、また、高性能であったため、T-311も大量に生産され、戦後放出された在庫品は、高周波ミシンの発振管として大いに役立ち、産業の復興に貢献した。おそらく、入手管も状態から、これら工業用高周波ミシンに関係した物であったと推察される。
超短波発振管T-311諸元(資料出典 電子管の歴史)
用途: 極超短波発振管
製造元: 東芝
線條電圧/電流: 12V/6A
Gm: 3000μ℧
増幅率: 16
最大陽極電圧: 10000V
最高周波数: 200MHz
電極静電容量: Cpg(pF)
海軍13号電探補足
本レーダーは大戦中期に導入された陸上部隊用の、可搬式対空警戒用レーダーである。13号電探は前線への配備を考慮した小型、軽量機材で、設置、取扱が容易な為、陸上使用と併せ、装備の一部を変更し、航空母艦より潜水艦まで、殆ど総ての海軍艦艇にも装備された。このため、13号電探の生産台数は2,000台を越え、海軍で最も成功した対空警戒用レーダーとなった。
13号電探緒元
用途: 対空警戒
設置場所: 陸上・艦艇・潜水艦
有効距離: 編隊100km以上、単機50km以上
周波数: 150MHz帯
繰返周波数: 500Hz
パルス幅: 10μs
送信尖頭出力: 10kW
空中線: 半波長ダイポール水平2列4段、反射器付、送受兼用
送信機: 発振管T-311 x2(P.P.)
変調方式: パルス変調、変調管T-307
受信機: スーパーヘテロダイン方式(11球)、高周波2段(UN-954 x2)、混合(UN-954)、局発(UN-955)、中間周波5段(RH-2 x5)、検波(RH-2)、低周波増幅1段(RH-2)
中間周波数: 14.5MHz
帯域幅: ±100kHz
総合利得は120db以上
信号表示: Aスコープ方式
測定方法: 最大感度方式
測距精度:2-3km
測角精度: 10゜
電源: 単相110/220V交流電源
重量: 110kg
製造: 東芝・安立、1,000台
陸軍機上用探索レーダー「タキ1号」補足
タキ1号は陸軍が1943年(昭和18年)に開発した航空機搭載用探索レーダーの1号機で、タキ3号の開発が最終段階で中止となったため、陸軍航空隊唯一の実用索敵レーダーとして終戦まで使用された。
タキ1号2型、3型諸元
用途: 早期警戒
周波数: 200MHz
繰返周波数: 1,000Hz
パルス幅: 5μs
尖頭出力: 10kW
2型空中線装置: 機首5素子八木1基、胴体両側面半波長ダイポール水平2列2段、送受兼用
3型空中線装置: 機首5素子八木1基、両翼4素子八木各1基、送受兼用
送信機: 発振管T-311( P.P.)
変調方式: パルス変調、変調管UV-211
受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅3段(UN-954 x3)、混合(UN-954)、局部発振(UN-955)、中間周波増幅4段(RH-4 x4)、検波(RH-4)、低周波増幅(RH-4)
中間周波数: 9.5MHz
帯域幅: 500kHz
利得: 100db
測定方法: 最大感度方式
信号表示: Aスコープ方式
掃引幅: 0-100km
測定距離: 潜水艦15km、大型艦50km、艦隊100km(高度1,500m)
測距精度: ±2km
測角精度: ±5°
電源: 直流交流変換器(入力直流24V、出力3相100V、750VA)
総重量: 150kg
製造: 日本無線