先般、英国でMilitary Wireless Museumを運営するBen Nock氏より、「ムキナヌ第610号」と表記される正体不明の受信機に関わる写真の提供があった。
この受信機の構造は当館が写真資料を所蔵し、戦後米国陸軍通信隊が作成した「CAPTURED ENEMY EQUIPMENT」の中で「1568型受信機」として記載される小型再生式受信機に相似しており、誠に驚いた。何故ならば、1568型受信機は帝国陸軍が諜報部員の為に製作したと伝えられているからである。
ムキナヌ型受信機概観
提供を受けた写真には本受信機の木製収容ケースも含まれており、その前面には「ムキナヌ第610号」(以下ムキナヌ型と表記)と表示されていた。本機は品川電機製の直熱式五極MT管B-03三本で構成される検波、低周波増幅二段構成の再生・オートダイン検波式受信機である。運用周波数は受信機の側面に添付された置換表により、3-16MHzの4バンドである事が分かるが、構成コイルは同一ボビンに巻かれ、各バンド共用である。
各部の詳細は不明であるが、検波回路に於ける再生帰還量の調整は、交感コイルに装置した蓄電器の容量可変方式と考えられる。同調ダイアル機構はバーニア式であるが、再生調整用可変蓄電器も同一の減速ダイアルを使用している。
低周波増幅部は2段増幅方式であるが、本機は添付の予備品表により塞流線輪と低周波変成器を使用している事が分かっている。塞流線輪と低周波変成の使用箇所は変則的であるが、一例として、変成器は検波菅の陽極負荷・出力回路を構成し、低周波増幅各段はCR結合方式で、塞流線輪は低周波出力段の負荷用とも考えられる。
驚いた事に、本受信機は「特殊小型受話器」と称されるクリスタル型レシーバを使用しており、圧電素子はロッセル塩(酒石酸カリウムナトリウム)である。このため、出力回路はC結合によるハイインピーダンス構成と考えられ、出力管の陽極負荷には塞流線輪の使用が推測される。
本受信機の電源は乾電池構成で、心線用低圧は1.5V、高圧は45-90Vと考えられる。心線回路には3Ωのレオスタットが装置され、帰還調整用可変蓄電器と併せ、再生・オートダイン検波の調整に使用されると考えられる。電源は小型の木製スイッチBOXを介し、接線に付加された小型5ピンソケットを、受信機本体右上部に装置された受端子に接続する。このソケットは受話器端子との兼用で、上部には受話器接続用の2ピン端子が装置されている。
・空中線装置
本受信機は本製収容ケースの外枠を利用した枠型空中線を装備している。運用はバナナチップ構造の空中線出力端子に受信機を接続し行なうが、この場合、空中線(受信機)を立てて回転させると、方向探知機と同様に、8字指向特性(2最大感度点)を得ることができる。
1568型受信機(追加資料参照)
本機に関わる写真及び資料は、20年程前に米国の収集家で当時Signal Corps Museum を運営していた故William L. Howard氏より入手した。
1568型受信機はムキナヌ型と同様に品川電機製の直熱式五極管3本で構成される再生式(オートダイン)式受信機で、低周波増幅部も2段構成である。しかし、空中線は単線接続構成で、ムキナヌ型とは異なる。運用周波数は不明であるが4バンド構成で、同調コイルは各バンドの共用であり、主同調機構はバーニア式である。
検波回路の詳細は不明であるが、再生状態の誘起は可変式蓄電器による帰還量調整方式である。心線電圧調整用のレオスタットを備えており、合わせ再生状態の調整に使用したと考えられる。写真から、検波管の陽極回路にはRFCチョークが装置されていると考えられる。低周波増幅部は2段構成であるが、塞流線輪や低周波変成器は装置しておらず、段間はCR結合方式と考えられる。
受信機と合わせ写る受話器は特殊な構造ではあるが、ムキナヌ型受信機が装備したクリスタル型レシーバーと比べだいぶ大型である。構造から、本受話器は小型に纏めたマグネチック型と推察され、負荷抵抗を兼ね出力管の陽極回路に直接装置された可能性がある。
上記の如くムキナヌ型と1568型の構成は類似しており、また、写真でも分かる様に両機の製造方法は相似し、同一の施設で製造された事を推察させる。ムキナヌ型受信機は1568型と比べその構造は洗練され、完成度も高く、この為、1568型受信機の改良型とも考えられる。
製造元と用途
ムキナヌ型及び1568型受信機の開発元、用途は不明である。しかし、その昔、当館が1568型受信機の資料をWilliam L. Howard氏より入手した際、本機は陸軍の研究所が諜報部員のために製作したと伝えられた。もしこれが事実であれば、開発元は「陸軍技術本部第9研究所」(元陸軍科学研究所登戸出張所)第一科(電波兵器、気球爆弾、無線機、風船爆弾、細菌兵器、牛疫ウイルスの研究開発)と言う事になる。
1568型受信機は「CAPTURED ENEMY EQUIPMENT」で「Japanese Receiver 1568」として紹介されており、本資料の中に日本側の開発元に関わる記述があると考えられる。しかし、残念ながら当館が入手できた資料はその一部で、該当部分に関わる記述は無い。本資料が入手出来れば、1568型及びムキナヌ型受信機の出自は明らかになると考えられる。
掲示写真補足
掲示は今般Ben Nock氏が入手したムキナヌ型受信機及びそのアクセサリー類である。組写真@は収容箱に収めた状態の構成装置で、左が受信機本体、右が受信機に接続する電源接線である。接線は右端の、電源スイッチを備えた小型木箱を介し受信機に接続される。小型木箱にはパイロットランプが装置されている。
写真Aは収容箱より取りだした木枠で、周囲には巻線が施され、枠型空中線を構成している。写真Bは受信機本体で、前面左端のツマミがバンドスイッチ、右端のツマミが心線電圧調整用のレオスタックである。上面はパーニアダイアルで構成される可変蓄電器2個で、左が同調用、右が再生調整用である。
写真Cは受信機内部で、同調用、再生調整用可変蓄電器は同一容量である。構成真空管B-03は右より、検波管、低周波増幅第1段管、第2段管である。中央のトランスは低周波チョーク、右端は低周波変成器である。写真Dはクリスタルレシーバーで、圧電素子はロッセル塩である。既に潮解のためか、動作しないとの事である。
掲示は以前米国の蒐集家、故William L. Howard氏より入手した1568型受信機に関わる資料である。
掲示組写真@は1568型受信機を掲載した米国陸軍通信隊作成の資料「CAPTURED ENEMY EQUIPMENT」である。本資料の中に日本側の製作元やその用途についての記述があると考えられるが、残念ながら当館が所蔵するのはその一部で、関連記述は含まれていない。
写真Aは資料に掲載された1568型受信機の前面で、構成部品は左端が心線電圧調整用レオスタット、下部が地線端子、その右が再生調整器、中央が同調用バーニアダイアル、その右が4バンド切替器、上部が空中線端子である。左側面には電源、受話器接続端子が装置されている。
資料B及び写真Cは1568型受信機の内部構成であるが、その製造方法はムキナヌ型受信機に相似している。受信機の左に受話器が置かれているが、その構造はバーニアダイアルと比べてだいぶ大きく、マグネチック型片耳式受話器を推測させる。
受信機の背後に置かれた上蓋の内面に印刷されている図は、1568型受信機とは全く関係がない。本機の製作に際し、不要アルミパネルとして流用されたものと考えられる。
先日知人の蒐集家よりマツダの極超短波送信管SN-7及びT-305各一本を頂いた。両管は共にガラス管の一部が壊れた未充足品ではあるが、SN-7は先年入手した帝国陸軍の夜間戦闘機用接敵レーダー「タキ2号」を構成した送信機の発振管であり、当館にとっては値千金である。
SN-7、T-305は類似構造で、共にRCAの送信用三極菅8012を基に開発されたと考えられるが、何が先に導入されたのかは不明である。この内、T-305には「ホ467」及び「24・5」のマーキングがあり、製造は昭和24年(1949年)5月と推察される。
入手送信機とSN-7
先年入手したタキ2号の送信機は原型である1型と、後期型である2型の2機種が確認されている。入手した1型送信機の発振回路は住友の双三極管TA-1506二本により構成され、パルス変調機は独立した別筐体構成である。一方、2型は変調回路を内蔵し、発振管はマツダの三極管SN-7二本により構成されている。
幸いな事に、1型送信機にはTA-1506が実装されていた。しかし、2型は全管が欠損しており、変調回路を構成するソラ、PH-1、UY-807Aについては所蔵管を装備したが、肝心の発振管SN-7二本については収蔵が無く、充足が叶わなかった。
この為、当館にとり、今般のSN-7一本の入手は誠に幸いで、早速2型送信機に実装した。願わくば残る一本も早期に入手し、何とか原状を回復させたいものである。
SN-7諸元
用途: 極超短波発振
構造: 三極管
心線電圧: 7.5V(3.5A)
陽極電圧: 1000V(50mA)
陽極損失(参考資料): 20W(8012)
最高周波数(参考資料):500MHz(8012)
タキ2号補足
本機は等感度測定式の接敵レーダーで、空中線装置、送信機及び受信機、波形表示を行う指示装置及び電源装置により構成されている(掲示資料C参照)。本機には原型の1型、大戦末期に配備が進められた2型、及び試作段階の3型がある。
タキ2号1型の送信機には先年当館が入手した原型とその改良型があり、改良型送信機では発振管がTA-1506よりSN-7に変更された。このタキ2号1型の改良型送信機はフイリッピンで米軍に鹵獲され、写真資料として残っている。
タキ2号2型緒元
用途: 夜間戦闘機接敵・射撃管制
測定項目: 方位角・仰角・距離
有効距離: 約5km
周波数: 375MHz
繰返周波数: 3,000Hz
パルス幅: 1.5μs
送信尖頭出力: 2Kw
送信空中線: 3素子八木
受信空中線: 3素子八木4基
送信機: 発振SN-7 (P.P.)
変調方式: パルス変調、変調管UY-807A
受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅無し、周波数混合(UN-955)、局部発振(UN-955)、中間周波増幅5段(MB-850A x5)、検波(MB-850A)、低周波増幅2段(MB-8502 x2)
中間周波段帯域幅: 1.2MHz
受信利得: 100db
信号表示: Aスコープ方式(探索・測距用1基、照準用2基、各75mm SSF-75-G)
測定方法: 等感度方式
距離精度: 0.1Km
方位角精度: 1-2゜
電源: 直流回転式交流発電機、入力DC24V、出力3相100V(400Hz)
重量: 120kg
製造: 住友、約200台(1型・2型)
掲示資料補足
組写真@は今般知人より入手したSN-7(左) 及びT-305(右)で、共に製造はマツダである。
写真Aはタキ2号2型送信機に実装した入手SN-7で、他の一本が引き続き欠品となっている。
資料BはJapanese War Time Military Electronics And Communications Section VI Japanese Army Radarに掲載されている「タキ2号・2型」レーダーの構成装置である。
資料Cは「タキ2号・2型」の装置概念図である。
先年8月、昭和20年(1945年)8月15日の終戦当日、千葉県茂原に墜落した零戦の探索を続ける人物の話が、NHK千葉の特集として放送された。探索は知人が提供した地雷探知機により行われたが、この調査で特段の成果は得られなかった。しかし、先日、墜落現場で発掘作業を含む本格的な再調査が行われ、掲示写真にある栄発動機を含む多数の機体残骸が回収された。この模様はNHKの全国ニュース他で紹介された為、多くの方が視聴したと考えられる。
ところで、昭和20年8月15日の午前中、茂原周辺には少なくとも二機のゼロ戦が墜落した。その一機に搭乗されていたパイロットが後に弁護士となられ、日本アマチュア無線連盟の監事を務められた故本間忠彦先生(JA1UE)である。しかし、今回発掘調査が行われた機体は、当時の目撃証言他から本間機には該当しない。
事務局員はいつの日か、本間機が発見され、その発掘調査に参加する事を、心より願っている。
本間中尉最後の空戦
昭和20年8月15日0540、日高盛康少佐指揮の海軍茂原基地第252航空隊・戦闘第304飛行隊は関東地域に侵入した敵艦載機群を迎撃するため、零戦52型15機で出撃し、本間中尉もその一翼を担っていた。
本間機は高度6,000mで南東より侵入する敵機(米第3艦隊艦載機群)を迎撃し、乱戦の中敵艦爆に命中弾を与えた。しかし、射撃後の退避飛行中、右舷下部より英軍機と思われる戦闘機の攻撃を受け被弾、猛火に顔面を焼かれつつも落下傘にて脱出、地上で農民に助けられ、辛くも生還した。戦後の調査により、本間機を撃墜したのは、第3艦隊にただ一隻加わっていた英国海軍の航空母艦Indefatigableの艦載機、Seafire(Spitfireの海軍型)であったことが判明ししている。
この戦闘で304飛行隊が失った零戦は7機で、内5名が戦死した。
なお、本間中尉の空戦については「8月15日の空」(文芸春秋)他で詳しく紹介されている。
掲示組写真補足
組写真写@Aは回収された栄エンジンで、型式は「栄31甲」である。サビもなく状態の良さに驚かされた。
写真Bは13粍機銃の薬莢とリンクである。薬莢は墜落時の炎上により爆発し、雷管も破裂して飛び出し、無くなっている。火災は一日半続いたとの事である。
掲示写真Cの左は落下傘の縛帯を構成するD環である。中央は油冷却器シャッター部(操縦席計器板右下)で、右端は主輪ホイルの破片である。
昨年末、収集家との物々交換により、表記の機上用風車発電機(プロペラ付)の元箱入りを入手した。当館は本風車発電機と同一の発電機を所蔵していたが、駆動用プロペラについては陸軍の94式飛2号無線機用のみで、合体は出来るが、その状態で展示をする訳にもいかず困っていた。
本「風車発電機」は機上に設置しプロペラの回転により発電を行う構成で、出力電圧は12V、定格電力は150Wである。当初機上用無線機の電源は風車発電機により賄われていたが、構成発電機は低圧、中圧、高圧等、装置に必要な全ての電圧を発生し供給した。
このため、12V単一出力型発電機の用途については当惑するが、火花式送信機の電源、搭載蓄電池の充電補助、信号灯、電熱飛行服等が考えられる。無線黎明期に於いて、機上用火花式送信機の電源に風車発電機を使用するのは海外では一般的であった。しかし、帝国海軍航空部隊に本式送信機の歴史はない。
入手発電機に付属していたプロペラの全長は36cmで、中央部に「回転数3500/分、風速50-100m/秒、風車出力400W」との表記がある。プロペラにはスプリングによりテンションが掛けられており、風速に従い回転数を一定に保つ構造となっている。この機構はネジによる調整式で、装備航空機の巡航速度に合わせ調整を行ったと考えられる。
ところで、当館が以前より所蔵していた陸軍の94式飛2号無線機用のプロペラであるが、こちらの全長は41cmで、「回転数3500/分、風速40-85m/秒、風車出力550W」との表記がある。
94式飛2号無線機は初期型機材のため電源装置は非常に大型で、当然消費電力も大きく、風車出力が550Wと大きいのは納得ができる。飛2号無線機用風車発電機の回路図を併せ掲示したが、出力電圧は低圧が9V、高圧は750Vで有る。
搭載無線装置の電源に風車発電機が使用された期間はさほど長くはないが、陸海軍共に1936年(昭和11年)頃までに導入した機材には本式の電源が使用されていた。陸軍では94式、海軍では96式機材導入型の時代であるが、当然の事として、時間を置かず、電源装置は直流回転式変圧器に装換された。
興味深いのは、これら風車発電機を使用した初期型無線機材の地上整備である。94式飛2号無線機の場合は、風車発電機の低圧発生用発電機に蓄電池より12Vを加圧し、これを駆動用電動機として動作させ、高圧用発電機を回転させた。この場合、発電機のプロペラは取り外し、無線装置の低圧は蓄電池より供給した。本構成により、電源が風車発電機の時代には、当然の事として、地上待機中の航空機は搭載無線電信機を動作させる事が出来なかったった。
昨年末、当館は日頃ご教示を頂いている東京大学名誉教授霜田光一先生(文化功労者)に、現在進めいてる旧軍無線機材及び電波兵器の編纂作業に係る以下の資料をお送りした。
・海軍「2号電波探信儀2型」--センチ波水上警戒用レーダー
・海軍「19試空3号電波探信儀30型(51号)」--センチ波機上用P.P.I.式レーダー
・海軍艦艇用電波探知機--その開発と「E-48」センチ波電波探知機
・英国空軍地表探索レーダー「H2S」--世界初の機上用P.P.I.式レーダー
・ドイツ海軍に於けるセンチ波帯電波探知機の開発--探知機各型
・ドイツ空軍地表探索レーダー「FuG-224(berlin)」--ドイツ空軍初の機上用P.P.I.式レーダー
上記資料の何もが、当時海軍技術研究所電波研究部に於いて、霜田先生が学生の身分でありながらその開発に参加、又は研究に関連した事柄である。
現在当館が進めいてる旧軍無線機材、電波兵器に係る編纂作業は間口が広がり、脱稿、出版には今暫く時間を必要とする。この為、昨年100歳となられた先生がお元気なうちに、関連記事についてだけでもその概要を知って頂きたく、今般の資料送付となった。
しかし、驚いた事に、以降先生より提供資料に関わる教示や誤字、脱字に至る指摘を含め、頻繁にお手紙が届く事になった。ご高齢にも関わらず先生の知識、記憶、気力は衰えを知らず誠にご壮健で、その教示は的確に小生の疑問を解消する。
75歳の凡庸が、100歳の「日本のレーザーの父」と称される大物理学者に教えを乞う。他から見ればこの状況は誠にシュールであろうが、事務局員には至福の時で、この時間が長く続くことを心より願っている。
霜田光一先生とセンチ波
先の大戦後期、東京大学理学部大学院生であった霜田光一先生は海軍技術研究所電波研究部の菊池正士技師(大阪大学教授-物理学者)門下として、1944年(昭和19年)の初めにセンチ波用の鉱石検波器を開発された。
本鉱石検波器が海軍電波兵器の開発に果たした役割は非常に大きく、技術研究所電波研究部はこの検波器によりセンチ波用電波探知機を開発し、また、不振を極めていた水上監視用22号センチ波帯レーダーの受信機は完全なスーパーヘテロダイン化が達成され、装置は漸く実用の域に達した。
ところで、小生は以前、先生のご自宅でセンチ波用鉱石検波器の「開発に関わる経緯」をお伺いした事があった。この折、その概要を当館が編纂作業を進めている仮称「横浜旧軍無線通信資料館」にご寄稿頂きたくお願いし、その後以下の2論文のご提供を受けた。
1.「電波探知機・電波探信儀用鉱石検波器の研究」
2.「戦時中の米軍レーダーの調査」
「電波探知機・電波探信儀用鉱石検波器の研究」は、先生が如何にして其れ迄の常識を破り、センチ波用鉱石検波器を開発されたかの記録で、誠に感激する。
また、「戦時中の米軍レーダーの調査」は1944年11月21日に有明海に墜落したB-29より回収されたセンチ波レーダー、及び同年10月24日、レイテに向かう日本艦隊を攻撃後、暗礁に乗り上げ放棄された米国潜水艦Darterより回収された水上警戒用レーダーに関わる調査記録で、当時の米国レーダーを知る誠に貴重な一次資料である。
上記の2論文については編纂作業が遅れている為、出版に先行し、当館のHPで公開している経緯がある。この為、戦中のレーダーに興味のある方には、本稿の閲覧を強くお勧めする。
霜田光一履歴
1920年生まれ。理学博士。1943年東京帝国大学理学部物理学科卒業。1948年東京大学理学部助教授。1959年同教授、1960年理化学研究所主任研究員兼任。1981年東京大学名誉教授、慶応義塾大学理工学部教授(1986年迄)。
元レーザー学会会長、元日本物理教育学会会長。1974年東レ科学技術賞、1980年日本学士院賞、1990年勲二等瑞宝章、2008年文化功労者。研究分野はレーザー分光、量子エレクトロニクス、物理教育。
掲示組写真補足
写真@は当館が霜田先生にお送りした編纂関連資料である。写真Aは霜田光一先生で、手にされているのは高校生の折自作された8mm映写カメラである。Bは霜田先生よりの返信である。写真Cは霜田先生が開発されたセンチ波用鉱石検波器を七欧無線が製品化した量産型である。
新年あけましておめでとうございます。
本年が皆様にとり幸多き年となりますよう、心より祈念申し上げます。
2021年 元旦
横浜旧軍無線通信資料館
土居 隆
先般、米国ロードアイランド州所在の博物館「New England Wireless & Steam Museum」より旧軍無線機材の型式、用途確定に関わる問い合わせがあった。該当機材は以下の様なものであるが、その何もが未使用品で誠に驚いた。
・海軍「1号電波探信儀3型」受信機
・海軍「96式空2号無線電信機」(原型)
・海軍「1式空3号隊内無線電話機」(原型)
・陸軍「94式3号甲無線機」
https://newsm.org/buildings/wireless-building/richard-a-day-japanese-radio-collection/
本コレクションは1945年(昭和20年)10月、呉に進駐した米国人Richard A. Day氏が施設内の倉庫で発見、入手したもので、内部には未使用の無線機材が手付かずで大量に残っていたとの事である。近年になり、これら機材は「New England Wireless & Steam Museum」に寄贈され、終の住処を得る事になった。
米国にはラジオや無線通信機器に関わる多くの博物館、資料館があり、相当数の旧軍無線機材が所蔵されている。しかし、その殆どは戦場で鹵獲したり、終戦による武装解除の際に入手された物で、当然の事として未使用品は殆どない。その意味で、今回期せずして極上の旧軍機材に接する事ができ、誠に幸いであった。
ところで、当館は該当の全機種を所蔵しているが、その程度はこれらには遠く及ばない。このコレクションの中に、何故か一台だけ陸軍機材である「94式3号甲無線機」が含まれていたが、写真には手廻式発電機の出力を無線機に供給する電源ケーブルが写っていた。事務局員はこれ迄本コードの実物を確認した事がなく、この写真は参考資料として誠に有要である。
掲示写真補足
写真@は海軍1号電波探信儀3型の受信機である。本電探は大戦中期に導入された海軍陸上部隊用の可搬式対空警戒用レーダーで、運用周波数は150MHz帯である。本機は前線への配備を考慮した小型、軽量機材で、設置、取扱が容易の為、陸上使用と併せ、装備の一部を変更し、航空母艦より潜水艦まで、殆ど総ての海軍艦艇に装備された。
写真Aは海軍96式空2号無線電信機(原型)である。本機は1936年(昭和11年)に開発された海軍の二座航空機用の無線電信機で、運用周波数は送受信共に長波が300-500KHz、短波が5,000-10,000KHzである。当初本機は艦砲の着弾観測機用として導入されたが、使い勝手が良かったため、汎用の2座航空機用として広義に使用される事になった。主要搭載機は99式艦上爆撃機や二座偵察機である。
写真Bは海軍1式空3号隊内無線電話機(原型)である。本機は98式空4号隊内無線電話機に続き、1941年(昭和16年)に導入された3座航空機用の編隊内電話通信用機材で、艦上攻撃機天山や対潜哨戒機東海等に搭載された。本機は98式空4号隊内無線電話機と同様に、運用周波数は30-50MHzの超短波帯で、送受信機は共に水晶制御方式の1CH通信機材である。
写真Cは陸軍94式3号甲無線機である。本機は1936年(昭和11年)に実施された陸軍の第三次制式制定作業に於いて兵器化された、騎兵部隊用の近距離用通信機材である。この時代に於ける騎兵部隊は、明治期のそれとは異なり、自動車編成の歩兵部隊であり、必要に応じ装甲車輌や軽戦車を使用して、強行に敵情を調査する偵察部隊である。94式3号甲無線機の公称通達距離は80km、送信周波数は400-5,700KHz、受信周波数は350-6,000KHzで、運用形態は電信(A1)専用である。
先般Net Auctionに戦前、戦中にマツダ(東芝)が製造したメタル管が多数出品された。マツダが製造しメタル管の殆どは海軍に納められ、機上用方向探知機「1式空3号無線帰投方位測定機」や、編隊内通信用の「98式空4号隊内無線電話機(大型機用)」、「1式空3号隊内無線電話機(小型機用)」等に使用された。
当館は海軍で使用されたマツダ製金属管を収集しており、これを機に所蔵管種を調べてみた。東芝が戦争終了までに製造したメタル管は以下の15種類と考えられ、カッコ内は装置への実装を含む当館の所蔵管数である。結果、当館はUS-6F6、US-6N7、US-61の三種類が未所蔵である事が判明した。これらについては今日迄巡り合った記憶が無いので、相当に生産量が少なかったものと考えられる。
US-6A8(2)、US-6B78(3)、US-6C5(9)、US-6F6、US-6F7(2)、KS-6H6(1)、US-6J5(5)、US-6J7(28)、US-6K7(20)、US-6L7(2)、US-6N7、US-6Q7(4)、US-6V6(12)、US-61、US-6305(10)
「電子管の歴史」(日本電子機械工業会電子管史研究会)には東芝に於ける金属製真空管の製造に関し、「昭和13年頃から軍需用として金屬真空管の試作並に製作に着手し、同14年までに下記品種の真空管を完成需要に応じた。」との記録がある。海軍に於いて、マツダ製メタル管を最初に使用した機材は大型機用の編隊内通信装置「98式空4号隊内無線電話機」と考えられる。本機の制式化は1938年(昭和13年)である事から、海軍は東芝でメタル管が製造されると直ちにこれを調達し、使用した事になる。
ちなみに、「98式空4号隊内無線電話機」の運用周波数は30-50MHzで、スーパーへテロダイン式受信機の構成管は高周波増幅1段(US-6K7)、周波数混合(US-6A8)、局部水晶発振(US-6J7)、中間周波増幅1段(US-6K7)、検波・低周波増幅1段(US-6B8)、低周波出力増幅(US-6V6)、側音用低周波発振(US-6C5)である。
一方、住友通信工業も以下の類似金属管を製造し、これらは主に陸軍で使用された。この内、MC-804-Aは戦闘機用無線電話機「99式飛3号無線機」の受信管として、また、MB-850は機上用の各種レーダーに使用されている。残念ながら、現在当館が所蔵する住友製メタル管はMC-804-A及びMB-850の2管種のみである。
MB-810A(US-6J7相当)、MB-811A(US-6K7相当)、MB-812A(US-6A8相当)、MB-813A(US-6Q7相当)、MB-816(US-6F6相当)、MB-850(US-6305相当)、MC-804-A(US-6F7相当)、DB-817(KS-6H6相当)、TB-818A(US-6C5相当)
US-6F6の入手
先日徘徊より帰宅すると、小田原在住のアマチュア無線家JA1EGI、日比野正男氏よりマツダ製のメタル管US-6F6が一本届いており、誠にたまげた。
日比野氏はFBの書き込みで小生がUS-6F6を探していることを知り、氏にとっても貴重な本管を送って下さった。日比野氏には以前より多くの旧軍関連物品を当館にご提供頂いている。氏の変わらぬご協力に、心より感謝を申し上げる。
今般の入手により、当館が未入手のマツダ製メタル管はUS-6N7及びUS-61の二本となった。早くも今月は年の瀬である。年内は無理であろうが、何としても来年中にはマツダ製メタル管のコレクションを完成させたいものである。
掲示写真補足
組写真@は当館が所蔵するマツダ製メタル管の一部である。
写真Aは海軍の大型機用編隊内通話装置である「98式空4号隊内無線電話機」である。
写真Bは海軍の機上用方向探知機「1式空三号無線帰投方位測定機」である。
写真Cは日比野正男氏から提供いただいたUS-6F6である。
先般米国の収集家Hubert Miller氏より、帝国陸軍の野戦用受信機と思われる機材の写真提供があった。本機は高周波増幅1段、中間周波増幅2段、低周波増幅1段のスーパーヘテロダイン方式で、構成真空管はUY-11A七本である。
UY-11Aは陸軍の第四次制式制定機材に使用が予定された万能五極電池管であるが、当館(横浜旧軍無線通信資料館)はこれまで、本管を使用した野戦用無線装置を確認した事がない。写真の受信機は初見で、銘板も外されおり型式の確定は叶わないが、その特徴は第4次制式制定作業に於いて兵器化が予定された幻の野戦用機材を推測させ、胸が高なった。
第4次制式制定作業
軍用無線機は軍需品であり兵器である。軍需品は各部隊における作戦上の要求に基づき企画され、研究審査機関により開発、試験が行われ、妥当であれば該当機材の正式呼称名(制式)が制定され、兵器となる。この一連の流れが制式制定作業である。
我々が良く知る94式無線機各型は第3次制式制定機材で、1934年(昭和9年)に当時陸軍の制式制定機関であっ陸軍通信学校研究部により開発され、兵器化された。94式機材に対する兵の信頼は厚く、以降開発が予定された新規機材に対する拒否反応が起こるほどであった。本制定作業終了後、研究部は直ちに第4次制式制定に向けた研究に着手し、その主要課題は無線機材の高度化による通信の簡素化及び、通信の高度化であった。
1937年(昭和12年)3月になり、これまで通信学校研究部が併せ行っていた航空部隊用無線機材の制式制定作業が陸軍航空本部に移管された。これに続き、1938年(昭和13年)8月にはこれまで陸軍通信学校で行っていた野戦用無線機材に関わる制式制定作業の大部分が、陸軍技術本部に新設された第4部に移管された。同年、研究審査業務を引き継いだ陸軍技術本部は刷新機材の研究方針を確定し、第4次制式制定向け軍通信隊用、師団通信隊用、各兵用、車輌部隊用等主要11機材の研究方針を固めた。
しかし、1941年(昭和16年)12月に太平洋戦争が勃発すると、各メーカーは既設兵器の増産やレーダーの開発、製造に追われる事になった。また、戦局の悪化による物資の欠乏、被災による生産性の減退は顕著となり、結局、第4次制式制定に向け予定された大部分の野戦機材に関わる研究は中止に追い込まれてしまった。
一方、優先順位の高い戦闘車輌用や陸軍航空本部が企画した航空部隊用機材の生産は辛うじて行われ、前線への配備が進められた。
型式不明受信機の補足
本機は高周波増幅1段、中間周波増幅2段、低周波増幅1段のスーパーヘテロダイン方式である。装備真空管は万能五極電池管UY-11A一種類で、局部発振、周波数混合は各管による独立した構成である。また、第二検波はオードダイン検波方式で、ビート発振(BFO)管を節約すると共に、高利得の検波出力を得る設計であるが、本式は第三次制式機材と共通している。受信機の容積は28x17x17cmで、重量は5.3kgである。
主同調器は一見バーニアダイアル機構であるが、背後には三本の板状ロッドが装置され、受信機の右端に装置された同調用三連式蓄電器を回転させる凝った造りである。同調コイルは差替式で、その構造は第4次制式機材である車輌無線機甲のそれに相似している。
構成真空管のソケットはタイト製でシャーシに直接固定されているが、これまで陸軍では電池管の使用に際し、耐震、マイクロフォニックを考慮し緩衝式のソケットが使用された。直接固定式の採用が構成管YU-11Aに関係しているのかは不明であるが、誠に興味深い。
電源用電池は外部設置式で装置下部の端子に専用接線により接続される。また装置右端には送信機との接続端子が装置され、送受信機として統合した運用が可能な構成である。
本受信機の製造はメーターに記された製造年月日よりして1941年(昭和16年)以降であるが、その材質や仕上げは非常に良好である。この為、製造は少なくとも大戦前期であったと考えられる。
構成無線装置の推測
構造から本受信機は送信機と共に、野戦用無線装置を構成した事は明らかである。第4次制式制定予定機材の中で、送信機と併せた運用が推察されるのは「中無線機」で、本機材は94式3号甲・乙・丙無線機の後継機である。日本無線史によると「中無線機」の諸元は以下の様なものであるが、受信機については、高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段(UY-11A x7)のスーパーヘテロダイン方式と記されている。
中無線機(未完成)
用途: 師団通信隊、対空用
通信距離: (A1)50Km、(A3)15km
周波数: 送信500-15,000KHz、受信500-15,000KHz、
送信機: 出力(A1)10w、水晶又は主発振Ut-6F7(1/2)、電力増幅P-500、音声増幅Ut-6F7(1/2)、変調P-500
受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅2段(UY-11A x7)
通信方式:プレストーク、ブレークイン方式
送信電源: 手回し発電機
受信電源: 乾電池
空中線: 逆L型、柱高6m、水平長10m、地線: 10m被覆線
運搬: 駄馬2頭に駄載、通信に必要な部分は兵数名にて分担携帯可
開設撤収: 兵6名で20分
第4次制式制定に向け研究審査が進められた野戦用無線機材は、太平洋戦争の勃発によりその計画は頓挫した。しかし、1941年(昭和16年)迄に多くの機材はその実用研究を完了していたと考えられる。このため、写真受信機はその特徴から、94式3号甲・乙・丙無線機の後継を予定した「中無線機」を構成した可能性は非常に高い。
当館は第4次制式制定作業に於いて開発が予定された野戦用無線機材の実機や、写真資料を持ち合わせていない。このため、事の真偽は別にしても、Hubert Miller氏より提供を受けた一連の写真は、当館にとり誠に興味深く、貴重である。
掲示資料補足
写真@は型式不明受信機の前面構成である。第3次制式機材とは異なり、その構成は洗練されている。写真Aはその内部で、第4次制式機材である車両無線機各型を彷彿させる。写真Bは構成管UY-11Aである。
写真Cは第3次制式制定機材である94式3号甲無線機で、第4次制式制定に向け研究された「中無線機」は本機の後継機となるはずであった。
写真Dは第4次制式制定機材の車両無線甲を構成する受信機である。その造は型式不明受信機に類似している。
昨今、零式艦上戦闘機に搭載された無線装置に関わる問い合わせを受けることが多い。このため、2012年に掲示した初期型零式艦上戦闘機に搭載された「96式空1号無線電話機」について再掲示を行った。
なお、本機材は96式艦上戦闘機の導入に合わせ開発された海軍航空部隊の、初期型無線電話機であり、大戦中期以降は「3式空1号無線電話機」が開発・導入され、零戦を含む海軍の各種単座戦闘機に搭載された。
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海軍零式艦上戦闘機搭載「96式空1号無線電話機」其の1
この度、零戦21型他に搭載された海軍の単座戦闘機用無線電話機、「96式空1号無線電話機改1」を構成する送信機及び受信機を入手した。両機は米国からの里帰りで、製造は沖電気(昭和18年)、送受信機には共通の運用周波数4,790KHzの水晶片が装備されていた。
ご存じの様に、96式空1号無線電話機は坂井三郎氏の著書「大空のサムライ」の影響が大きく、現在もなお紋切型に、不良・不達無線電話機として語られることが多い。しかし、状況からしてその原因は、エンジンより発生するイグニッションノイズにより受信機が受信不能状態になった為と考えられる。勝戦の緒戦では、手間の掛かる発動機の点火系電磁シールド作業に熱心でない整備部門もあり、発生するイグニッションノイズにより、通信に支障を来す部隊が多くあった。坂井三郎氏が所属した部隊も、それらの一つであったと考えられる。
一方、海軍のエースであった岩本徹三氏が所属した部隊は、著書「零戦撃墜王」(光人社)にもある様に、機上無線機を活用して効果的な戦いを行なったが、これは、本装置に不都合の無かった事の証である。
上記を踏まえ、96式空1号無線電話機を正しく理解、評価するため、装置各部の調査及び性能確認試験を行い、併せ、同時代の英米独の戦闘機用無線電話機について概観してみた。
「96式空1号無線電話機改1」概要
本無線電話装置は送信機、受信機、電源装置他より構成されている。送信機、受信機の容積は共通しており、横幅が24cm、縦20cm、奥行が11cmと非常に小型で、重量は送信機が4Kg、受信機が3Kgである。96式空1号無線電話機は96式艦上戦闘機用に開発されたため、送受信機の背後上部は機体の形状に合わせ丸みを帯び作られており、また、送信機の裏蓋には放熱を考慮し多くのスリットが切込まれている。送受信機の左右上部には二箇所、下部には一箇所装置固定用の金具が装置され、両機は緩衝用ゴム紐により上下が固定され、宙づりの状態で機体に装備された。
空中線(零戦装備)は操縦席後部に機首方向に若干傾斜して取付けられた1.5mの木製マストより垂直尾翼頂部に固定された水平部約4m、引込部分を含め約7mの逆L式であり、マスト内を通し機体内に引込まれた。また、無線電話機と合わせ無線帰投方位測定機を搭載する場合、本空中線は帰投装置本来の垂直型空中線の代用として使用した。このため、必要に応じ、空中線を無線電話機、帰投装置へと切替える必要があった。
なお、96式空1号無線電話機の原型は電源一次入力が6Vで、送信機の発振・変調管にはUX-47Aが使用され、受信機の構成管は電池管であったが、間もなくして改1型が導入された。
送信機概観
本送信機は発振管UY-503及び変調管UY-503により構成され、電波形式は電信(A1)及び電話(A3)である。UY-503はマツダ製の直熱式五極送信管で、線條電圧は10Vである。発振は陽極同調型発振回路であるが、本機ではUY-503一本が水晶発振、電力増幅を兼用する構成である。陽極電圧は500Vで電信運用時の入力電力は大凡30Wであり、通常であれば15W程度の出力を期待出来るが、本回路の場合は多くが水晶発振に消費され、出力は7W程度と効率が悪い。電鍵回路は送信管の陰極回路接断方式で、この回路は高圧が掛かるため、制御は継電器を介し行っている。
陽極同調回路は並列タンク回路方式で、発振表示用にネオン管が装着されている。出力側コイルはプラグ切替方式のインダクタンス可変構造となっており、本来は平衡型空中線を使用する構成である。本機を機上で使用する場合、出力側コイルは空中線延長線輪(地線側装備)及び、出力監視用熱電対型高周波電流計と共に接地型空中線同調回路を構成し、調整により機体空中線に1/4波長で同調させる。通常地線側は機体に直接接続されるが、地上等別形態の運用で使用空中線長が1/4波長を越える恐れがある場合は、その間に空中線短縮用として装備の平衡蓄電器を挿入する。
本機の変調は陽極変調の一種であるハイシング変調方式である。振幅変調方式には各種があるが、戦闘機用電話機材の事もあり、電力消費は大きいが、変調特性に優れた本式が採用されたものと考えられる。変調管は送信管と同一のUY-503で、十分な変調能力を備えている。使用する送話器はカーボン式で出力が大きいため、音声信号は変圧器を介し直接変調管の第一格子に加圧されるが、変調度は良好である。
電信運用時、変調回路は電信符号確認用の低周波発振器として動作し、電鍵操作により発する低周波音(大凡2,000Hz)は接続回路を介し側音(モニター音)として受信機の受話器回路に出力される。電信操作を行う操縦員はこのモニター音により、打電を正確に行うことが出来る。
受信機概観
本機は高周波増幅1段、中間周波増幅1段、低周波増幅1段のスーパーヘテロダイン方式で、局部発振が水晶制御の1CH(チャンネル)専用受信機であり、運用中同調に関わる操作は無い。本機は非常に小型に作られており、装備真空管の間隔は殆ど無く、このためシールドケースは使用出来ず遮蔽板で代用している。高周波部は厳重にシールドされた狭小な隔壁内に配置され、内部を明確に把握する事が困難なほどである。
受信機のフロントエンドは高周波増幅管UZ-6C6、周波数変換(第一検波)管Ut-6A7により構成されている。局部発振が水晶制御方式のため、同調用可変蓄電器は高周波部、周波数変換部の同調回路を構成する二連式で容量は約70pF、各蓄電器には同調補正用のトリマーが付加されている。局発用の水晶発振回路は周波数変換管Ut-6A7の三極部により構成され、無調整発振方式のため同調回路は無い。本受信機の中間周波数は450KHzであり、局部発振用水晶片には中間周波数450KHz用を表すA表示の物を使用する。混合は上側ヘテロダイン方式である。
中間周波増幅部はUZ-6C6による1段増幅方式で、中間周波トランスを構成する可変蓄電器の同調調整は前面パネル側より行う。
第二検波回路は三極管UY-76Aで構成される再生検波方式である。本式は高利得、高選択度を得る事ができ、スーパーヘテロダイン式受信機に採用した場合は電信(A1)復調用のビート発振器(BFO)が不要となり、真空管を一本節約する事が出来る。
本検波回路の再生方式は帰還容量可変方式で、陽極回路に装置された電信・電話帰還調整用半固定蓄電器2個により最良状態に設定する。電話受信の場合は切替器を電話に設定し、電話用半固定蓄電器により検波回路が発振直前の最高感度点となる様に設定する。電信に切替えると電話用蓄電器に電信用蓄電器が付加され、回路の帰還量が増大し発振状態となる。調整は半固定蓄電器により軽い発振状態に設定するが、この状態はオートダイン検波である。
通常オートダイン検波方式の場合、復調ビート音の可変は受信同調を微調整して行う。しかし、本機は局部発振が水晶制御方式のため、ビートの可変は検波回路の同調(発振)周波数を微調用蓄電器で可変して行っている。
なお、本受信機はAGC機能を備えていない。
低周波増幅部は三極管UY-76Aによる一段構成で、回路はトランス結合方式である。音量調整は制御格子回路に、50KΩの抵抗器をスイッチで付加する方式である。出力トランスの二次側には送信機よりの側音回路が接続されており、電信運用時は低周波発振音により打電符号をモニターする事が出来る。
電源装置
96式空1号無線電話機改1型の電源装置は出力が500Vの送信機用回転式発電機及び、出力150Vの受信機用回転式発電機により構成され、入力は直流12V、重量は約7kgである。
起動と運用操作
96式空1号無線電話機はブレークイン方式を採用しておらず、送受信の切替えは送信機の「送受話転換器」の操作により行う。
機体配電盤の無線電源スイッチを接にすると、電源装置を介し受信機に真空管線條点灯用として直流12Vが供給される。これは、構成真空管が傍熱型のため直熱型とは異なり、線條電圧を加圧しても直ぐには動作状態とならないためである。転換器を「受信」に切替えると電源装置の高圧150V発生用回転式発電機が瞬時に立上り高圧が給電され、受信機の「電源」スイッチを接にすると受信状態になる。
転換器を「送信」にすると電源より送信機に線条電圧10Vが供給され、UY-503は直熱管であるため即点灯する。併せ500V発生用の回転式発電機が瞬時に立上り、高圧が供給され送信機は動作状態となる。一方、受信機は高圧発生用発電機が停止し、休止状態となるが、送信を終了し転換器を「「受信」に切替えることにより、受信状態に復帰する。
機体設置
零式艦上戦闘機に於ける96式空1号無線電話機の設置場所は操作の関係から操縦席の右側で、第2隔壁と第3隔壁の間に受信機が、第3隔壁と第4隔壁の間に送信機が装置される。送受信機の機体装置は隔壁に取付けられ懸垂金物に緩衝ゴム紐を介し宙づり状態で固定される。電源装置の設置場所は操縦席背後で、基台を介し機体に固定された。(追加資料参照)
96式空1号無線電話機改-1緒元
通達距離: 対地電話通信、約70Km
周波数: 3,800-5,800KHz
電波形式: A1(電信)、A3(電話)
送信出力: 7W
送信機: 水晶発振・輻射UY-503、陽極変調UY-503
受信機: スーパーへテロダイン方式、局部発振水晶制御方式、高周波増幅UZ-6C6、周波数混合・局部水晶発振Ut-6A7、中間周波増幅UZ-6C6、再生・オートダイン検波UY-76、低周波増幅UY-76、AGC機能無し
中間周波数: 450KHz
電源: 送受信機各回転式直流変圧器(入力12V)
空中線: 固定式(逆L型)
「動作確認試験」
入手送受信機の程度は非常に良好で、各部に欠品・改修箇所はなかったが、残念ながら変調管UY-503(五極管)の線條が断線していた。点検、回路調査の後、まず受信機の動作確認を試みたが、これはいとも簡単に働いた。本機は局部発振が水晶制御方式のスポット周波数受信方式(1チャンネル)で、受信周波数は微調以外に可変する事は出来ない。このため、テストオシレータにて信号を加え動作確認を行ったところ、予測通り、第二検波が再生方式のこともあり、本機の感度は非常に良好との感触を得た。また、電話モードに於ける再生検波、電信復調時のオートダイン検波は動作が非常に安定しており、申し分の無いものであった。手持ち水晶片より6,160KHzを選び装着し「局部発振周波数(6,160KHz)+中間周波数(450KHz)=受信周波数(6,610KHz)」の関係から5KHz上のラジオジャパン(6,615KHz)を受信したが、その感度は非常に良好であった。
受信機にひき続き送信機の動作確認試験を行った。本機の規定高圧電圧は500Vであるが蓄電器類の破壊・ショートが怖く、150Vの加圧で行ったところ、こちらも簡単に発振した。水晶制御方式であるため安定度は良好で、また、電信復調音も非常に澄んだものであった。
問題は電話の変調試験である。UY-503は非常に稀少な球で、多くの真空管収集家の中でも本管を所蔵している者は極僅かと考えられ、入手は不可能である。しかし、幸いにもP-503Aを数本所蔵していたので、これを代用することにした。P-503A(UY構成)はUY-503とほぼ同一規格と考えられ、その形状はUY-807Aに相似している。
本管を代用しての変調動作確認試験も良好で、海軍の機上用手持式送話器による送話試験では、変調度も十分との確証を得た。また、電信運用時、変調回路は側音(電信符号確認用)用の低周波発振器として動作するが、その発信音も非常に澄んだものであった。
「性能評価試験」
簡易ではあるが受入試験により、96式空1号無線電話機の動作は極めて良好との感触を得た。しかし、本装置を正しく評価するためには、その性能を定量的に把握する必要がある。このため、先般掲示の「地1号受信機」に引き続き、測定試験を元JRCエンジニアリング社長の山田忠之殿にお願いした。
測定結果より覗える96式空1号無線電話機の性能は従来推測されたもので、当時にあっては、本機が高性能の無線電話機であったことが定量的に確認された。
以下のURLに、山田殿より御寄稿頂いた96式空1号無線電話機の試験測定結果及び評価を掲示した。
http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2012aug05.07.html
なお、以下に本項に関わる追加資料を掲示した。
http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2012aug05.01.html
掲示写真補足
掲示は館内に展示した96式空1号無線電話機改1、中央左が受信機、右が送信機、右側のケースより取出した機材は96式空1号無線電話機原型の送信機である。
海軍96式空1号無線電話機を正しく評価するため、以下では同時代に於ける各国の戦闘機用無線電話機について概観する。内容が広範なため、本項では英独無線機材について概観し、米陸海軍無線機材については別項に掲示した。
「RAF戦闘機用無線電話機」
1940年の夏、英国空軍(RAF)は後世にBattle Of Britainとして語り継がれる壮絶な空の戦いをドイツ空軍と演じ勝利した。当時RAFの主力戦戦闘機であったスピットファイアやハリケーンに搭載されていた無線電話機の多くは短波帯機材のT.R.9Dで、本機の原型であるT.R.9は1932年に導入された。
開発当初T.R.9は送信機が主発振・電力増幅方式、受信機は再生機能付きのストレート方式で、電源は蓄電池及び乾電池であった。本機は以後改訂が重ねられ、1937年に送信機が水晶制御方式に改良され、これに方向探知(DF)局に対する電波自動発信機能が付加され、T.R.9Dとなった。
T.R.9Dの送信機出力は約1.5Wで、その対地通信能力は限定的であったと考えられるが、戦いが始まるとRAFは多くの移動式対空通信中継局を配備し、本機を装備する戦闘機との電話通信に疎漏が無いよう努めた。構成からT.R.9Dの使い勝手は非常に悪かったと考えられるが、VHFの4チャンネル機材TR-1143が導入される1942年の中頃まで、本機はRAFの主力無線電話装置として使用された。
T.R.9D諸元
通達距離: 空対空8Km、対地50Km
周波数: 4,300−6,600KHz(通信用に任意の周波数一波、DF信号送信用に一波)
電波形式: A3(電話)
送信入力: 約3W
送信機: 水晶発振VT-50、電力増幅VT-51、陽極(ハイシング)変調VT-51、送話音声増幅用として外部設置のサブ変調機を使用
受信機: 再生機能付ストレート方式、高周波増幅2段VR-18 x2、検波VR-27、低周波増幅3段VR-21 x2及びVR-22
電源: 低圧2V蓄電池、高圧120V乾電池
空中線: ワイヤー固定式
DF用付加装置: 付加装置の制御により地上DF局に対し、毎分14秒間DF用周波数で無変調波を自動送信
機材設置
通常本体はパイロットの背後に設置され、送受信切替、受信微同調、音量調整は操縦席に設置された制御器より行う。送受話器は本体に繋がれた外部設置のサブ変調器(A1134)に接続するが、この装置は複座機の場合インターホンとしても機能する。
下記URLはBattle Of Britainをスピットファイアやハリケーンで闘ったパイロット達の証言を集めたもので、無線電話に関わる言及が数多くある。T.R.9Dについては多くのベテランが通話レンジの短さ、混信のひどさを指摘している。また、後継機のVHF機材TR-1143については通話をcrystal clearと表し、その性能を賞賛している。
http://www.airbattle.co.uk/b_research_1.html
VHF戦闘機用無線電話機の開発
1939年、RAFはT.R.9Dの後続機として100-124MHz帯のVHFを使用した試作1CH無線電話機TR−1133を導入し、高度3,000mで対空160Km、対地220Kmの通話が可能であることを確認した。本機材の送信機は水晶制御方式で終段はTT-11二本のプッシュプル(P.P.)構成、出力は約5W、受信機は高周波増幅1段、中間周波増幅3段、低周波増幅2段、局部発振がLC発振方式のシングルスーパーヘテロダインであった。TR-1133の生産は1940年に始まるが、局部発振がLC発振のVHF受信機は安定性に問題があり、本機の実戦配備は進まなかった。1941年に応急措置とし、試験製造中の次期機材TR-1143(送受信機水晶制御4CH方式)の受信機と、本機の送信機によって構成した送受信機水晶制御方式のTR-1133Gを導入し、急場を凌いだ。1942年になるとTR-1143の本格的製造が軌道に乗リ、4CH式VHF電話機材の配備は急速に進むことになった。
米国がヨーロッパの戦いに参戦すると、米陸軍航空隊はRAFと通信の整合を図るためTR-1143を原型とした無線装置SCR-522を開発し、P-51戦闘機他に配備した。本機の機械的構造、性能はTR-1143を踏襲したものであったが装置の完成度は高く、このため、RAFは後にTR-5043として採用した。
TR-1143諸元
用途: 対空、対地電話通信
通達距離: 高度3,000mで対地約220Km
周波数: 100-124MHz(任意の4周波数)
電波形式: A3(電話)
送信出力: 5W
送信機: 水晶発振VR-53、第一周波数逓倍VR-53、第二周波数逓倍VT-501、増幅VT-501、電力増幅VT-501(P.P.構成)、音声増幅VR-56、陽極変調VT-52 x2(P.P.構成)
受信機: シングルスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅VR-91、周波数混合VR-91、局部水晶発振/周波数逓倍VT-52、周波数逓倍VR-91、中間周波増幅一段VR-53、二段VR-53、三段VR-91、検波VR-55、低周波増幅一段VR-56、二段VR-55
中間周波数: 9.72MHz
電源: 回転式直流変圧器、入力12V又は24V
空中線: 垂直ブレード型
なお、T.R.9D及びTR-1143の概要については以下のURLに掲示した。
http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2012aug05.02.html
「ドイツ空軍戦闘機用無線電話機」
1940年の夏、英国上空に攻め込んだドイツ戦闘機はメッサーシュミットBf1O9で、装備していた無線装置はFuG.7であった。本機は1930年の中頃に開発された短波帯機材で、送信機は主発振・電力増幅方式、受信機は高周波増幅一段、中間周波増幅一段、低周波増幅一段のスーパーヘテロダイン構成、電源は回転式直流変圧器方式で、同時期に英軍戦闘機が装備したT.R.9Dと比べ、完成度の高い装置であった。
しかし、FuG.7、T.R.9Dは共に短波帯を使用した電話用小出力機材で混信や雑音に弱く、また、狭い地域で激しい戦闘を繰り広げる両国の防空システムの運用に1チャンネルの通信形態は不都合であり、この時期英独両空軍は高性能な多チャンネル式無線電話機の導入を急いでいた。
FuG.7諸元
通達距離:対地電話通信、約70Km
周波数:2,500-3,750kHz
電波形式:A1(電信)、A3(電話)
送信出力:電信20W、電話7W
送信機(S.6a): 主発振REN904、電力増幅RES664d x2(並列構成)、第一格子変調REN904
受信機(E・5): スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅一段RENS1264、周波数変換RENS1264、中間周波増幅一段RENS1264、検波REN904、低周波増幅一段REN904
電源: 回転式直流変圧器(入力24V)
空中線: ワイヤー固定式
VHF式無線電話機の導入
1941年、ドイツ空軍は38.5-42.3MHz のVHF帯を使用した戦闘機用電話機材FuG.16Zを導入した。本機は新たに開発した汎用電話機材FuG.16に周波数遠隔切替機構、方向探知(DF)装置を付加した通信・航法用装置で、予め設定した任意の4周波数を切替使用する方式であった。
戦闘機に装備したFuG.16Zの運用形態は、通常1チャンネルを対地・対空通信に、他の1チャンネルを各航空部隊共通連絡用として使用し、残り2チャンネルはDF(方向探知)用であった。このDF装置は航路計方式で、基地局より発する電波を受信し、帰投方位を確定するものであった。
一方この時期、RAFもVHF帯を使用した4チャンネル用電話機材TR-1143の導入を進めており、両軍の旧装置に於ける運用上の諸問題は大きく改善されることになった。
FuG.16Z諸元
用途: 戦闘機用電話機
通達距離: 高度3,000mで対地190Km
周波数: 38.5-42.3MHz、4チャンネルプリセット方式
電波形式: A2(DF用)、A3(電話)
送信出力: 10W
送信部(S.16Z): 主発振RL12P35、電力増幅RL12P35
変調部(BG.16Z): 第一格子変調RV12P2000 x2
受信部(E.16Z): スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅一段、中間周波増幅三段、低周波増幅一段、構成真空管RV12P2000 x9
方向探知付加装置(ZVG.16):枠型空中線移相切替・航路計表示方式RV12P2000 x4
電源:回転式直流変圧器(入力24V)
空中線:ワイヤー固定式、枠型空中線(BG.16Z用)
なお、以下のURLにFuG.7、FuG.16Zの概要を掲示した。
http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2012aug05.03.html
掲示写真補足
当館が所蔵するT.R.9F、本機はT.R.9Dの改良型であるが構成に大きな違いは無い。
「陸軍航空隊用無線機材」
『SCR-183/283無線装置』
戦前より大戦前期に掛け米国陸軍航空隊が戦闘機に装備した無線電話装置は短波帯機材のSCR-183/283であった。本機材を構成する送信機は主発振、電力増幅方式で送信出力は約3W、変調方式は陽極変調である。運用周波数は2,500-7,700KHzで、この帯域を差替式コイル5本でカバーした。
受信機は当時としては一般的であったストレート方式であり、構成は高周波増幅4段、検波、低周波増幅1段で、再生機能は備えていない。受信周波数は201-398KHz、2,500−7,850KHz で、この帯域を差替式コイル4本で運用する。本受信機は電信(A1)復調機能を備えておらず、受信電波形式はA2(変調電信)及びA3(電話)である。
装置の運用操作は遠隔操作器によって行うが、受信機には外部同調器が蛇腹ケーブルにより接続され、周波数を遠隔で調整することが出来る。また、運用はブレークイン・プレストーク方式で、送話器はカーボン式である。
なお、SCR-183と283の相違は電源入力電圧で、SCR-183が12-14V、283が24-28.5Vである。
SCR-183/283諸元
用途: 航空機用
通達距離: 電話50Km
送信周波数: 2,500−7,700KHz(コイル5本差替式)
受信周波数: 201-398KHz、2,500−7,850KHz(コイル4本差替式)
送信電波形式: 送信機-A1(電信)、A2(変調電信)、A3(電話)
受信機電波形式: A1(電信)、A3(電話)
送信出力: 3W
送信機: 主発振・電力増幅方式、自励発振VT-25A、電力増幅VT-25A、陽極変調VT-52 x2(並列使用)
受信機: ストレート方式(再生機能無)、高周波増幅4段VT-49 x4、検波VT-37(二極管接続)、低周波増幅1段VT-38
電源: 直流回転式発電機(送受信機兼用)、入力12/28V
空中線: ワイヤー固定式
『SCR-274-N無線装置』
1940年、米国海軍は統合的な航空機用無線装置であるARA / ATAシステムを導入した。本通信装置は受信周波数190-9,100KHz、送信周波数2,100-9,100KHzを各5機の独立した送受信機で運用するものであったが、陸軍はARA / ATAを手本に殆ど同一構造のSCR-274-Nを開発し、1941年に導入した。1943年になると海軍は、ARA / ATAを再設計し、新たに500-2,100KHzを3機でカバーする送信機及び、VHF(100-156MHz)の4チャンネル(CH)電話装置加えたARC-5を導入する。開発の経緯からARA / ATA、SCR-274N、ARC-5の性能、構造は非常に類似したもので、これら装置はコマンドセットと総称された。
SCR-274は周波数の異なる4種類の受信機、送信機により構成され、各機の選択装備により、送信は 3,000-9,100KHz、受信は190-1,500KHz及び3,000-9,100KHzの周波数帯で運用を行うことが出来る。各送信機、各受信機の外部構造は同一で、受信機は直流回転式発電機を装備しているが、送信機は変調機・電源を共用する構成である。
SCR-274-Nは運用目的に合わせ、必要な周波数帯の送信機、受信機を専用ラックに装備するが、最大装備数は各4機である。受信機は電源を内蔵しているため必要に応じ、各機を同時に動作さる事が出来るが、送信機は変調機・電源が共用のため、運用は各機の切替使用である。
本装置の送受信機は周波数可変方式のため、各機の周波数設定は運用に先だち行われる。運用操作は遠隔操作器によって行うが、受信機には外部同調器が蛇腹ケーブルにより接続され、周波数を遠隔で調整することが出来る。また、装置の運用はブレークイン・ブレストーク方式である。
なお、ARA / ATAはSCR-274-Nと構成が相似しているため、概説は本稿で代用する。
SCR-274-N諸元
用途: 航空機用
送信周波数: 3,000-9,100KHz(機材選択装備
受信周波数: 190-1,500KHz、3,000-9,100KHz(機材選択装備)
電波形式: A1(電信)、A2(変調電信)、A3(電話)
送信出力: 50W(A1・A2)、15W(A3)
送信機: 主発振・電力増幅方式、自励発振VT-137、電力増幅VT-136 x2(並列使用)、周波数較正用水晶発振VT-138
変調機: 第二格子変調VT-136、側音・A2用低周波発振VT-135
受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段VT-131、周波数変換VT-132、第一中間周波増幅VT-131、第二中間周波増幅VT-131、検波二極三極複合管VT-33(二極部)、ビート発振VT-33(三極部)、低周波増幅1段VT-134
送信機電源: 直流回転式発電機入力28V(変調機装備)
受信機電源: 直流回転式発電機入力28V(各受信機装備)
空中線: ワイヤー固定式
『SCR-522無線装置』
1942年、英空軍は4CHのVHF(100-124MHz)機材TR-1143を導入する。米陸軍航空隊は欧州の戦いでRAFと通信の整合を図るため、TR-1143を参考に、ほぼ同一仕様のVHF無線電話機SCR-522を開発した。本機は送受信機が水晶制御方式の4CH機材であるが、周波数の逓倍方式や構成真空管はTR-1143とは異なっている。TR1143に比べSCR-522の完成度は高く、本機は後にTR-5043としてRAFに採用された。
SCR-522-A諸元
用途: 対空、対地電話通信
通達距離: 高度3,000mで対地約220Km
周波数: 100-124MHz(任意の4周波数)
電波形式: A3(電話)
送信出力: 7W
送信機: 水晶発振6G6G、第一周波数逓倍12A6、第二周波数逓倍832(P.P.構成)、電力増幅832(P.P.構成)、音声増幅6SS7、陽極変調12A6 x2(P.P.構成)
受信機: シングルスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅9003、周波数混合9003、局部水晶発振双三極管12AH7-GT(1/2)、第一周波数逓倍9002、第二周波数逓倍9003、中間周波増幅一段12SG7、二段12SG7、三段12SG7、検波二極五極管12C8(二極部)、低周波増幅一段12C8(五極部)、二段12J5-GT、雑音抑制双二極管12H6(1/2)、AVC遅延12H6(1/2)、スケルチ12AH7-GT(三極部)
電源: 回転式直流変圧器、入力28V
空中線: 垂直ブレード型
なお、以下のURLに陸軍機材に関わる概説を掲示した。
http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2012aug05.04.html
「海軍航空隊用無線機材」
『RU/GF無線装置』
戦前期に海軍戦闘機が装備した無線電話機は短波帯機材のRU(受信機)/GF(送信機)であった。本機の原型は1932年に導入されたが、当初送信出力は数Wで、その後改訂が重ねられ後期型(RU-16/GF-11)では15Wにまで増大した。
送信機は主発振・電力増幅方式で、変調は電力増幅管の第三格子変調、送話器はカーボン式である。送信周波数は3,000-4,525KHzで、この帯域を差替式コイル4本で運用する。
受信機は戦前期に多く見られたストレート方式で、構成は高周波増幅3段、検波、低周波増幅1段で、再生機能は備えていない。受信周波数は海軍機材のため航法用周波数帯を含み195-13,575KHzと広域であり、これを差替式コイル9本で受信する。
本機は再生検波方式ではないため、オートダイン検波は行えない。このため、電信(A1)の復調はヘテロダイン方式により行う構成で、主同調器に連動し、ビート発生用周波数を発振する局部発振回路(BFO)を備えている。
RU/GFは海軍航空部隊用無線装置のため、受信機は方向探知用の枠型空中線接続端子を備えている。また、構成受信コイルには長波用と短波用コイルを同一ケース内に収め、切替使用が出来る構造のものが整備されている。
本機の運用操作は遠隔操作器によって行うが、受信機には外部同調器が蛇腹ケーブルにより接続され、周波数を遠隔で調整することが出来る。また、本装置の運用はブレークイン・プレストーク方式である。
RU16/GF11(RU17/GF-12 )諸元
用途: 航空機用
通達距離: 電話70Km
送信周波数: 3,000-4,525KHz(コイル4本差替式)
受信周波数: 195-13,575KHz(コイル9本差替式)
電波形式: A1(電信)、A2(変調電信)、A3(電話)
送信出力10-15W
送信機: 主発振・電力増幅方式、自励発振89、電力増幅837 x2(p.p.構成)、変調89(第三格子変調)
受信機: ストレート方式(BFO機能付)、高周波増幅3段78 x3、AGC増幅77、検波77、ビート発振(BFO)38233(1/2)、低周波増幅1段38233(1/2)
電源: 直流回転式発電機(送受信機兼用)、入力12/28V
空中線: ワイヤー固定式
『ARC-5無線装置』
本無線装置はARA / ATAを再設計したもので、1943年に導入された。装置は7種類の受信機、12種類の送信機により構成され、各機の選択装備により、送信は 500-9,100KHz及び100-156MHz、受信は190-9,100KHz及び100-156MHzの周波数範囲で運用を行うことが出来る。開発の経緯から、本装置は陸軍のSCR-274-Nに類似しており、送受信機の設置や操作手順は同一である。
ARC-5は海軍航空部隊用無線装置のため、装置には航法支援用として長波帯の送信機も含まれており、また、同帯域の受信機は方向探知用の枠型空中線接続端子を備えている。
ARC-5を構成する機材の構造、回路構成はSCR-274-Nと類似しているが、必ずしも各部は共通していない。最も大きく異なるのは変調方式で、SCR-274-Nが第二格子変調であるのに対し、本装置は陽極変調方式を採用している。ARC-5にはVHF帯電話機材が含まれており、このため、変調特性に配慮が払われたものと考えられる。
ARC-5長波・短波装置諸元
用途: 航空機用
送信周波数: 500-9,100KHz(選択装備)
受信周波数: 190-9,100KHz(選択装備)
電波形式: A1(電信)、A2(変調電信)、A3(電話)
送信出力: 50W(A1・A2)、15W(A3)
送信機: 主発振・電力増幅方式、自励発振1626、電力増幅1625 x2(並列使用)、周波数較正用水晶発振1629
変調機: 陽極変調1625 x2(P.P.構成)、側音・A2用低周波発振12J5-GT
受信機: スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段12SK7、周波数変換12K8、第一中間周波増幅12SK7、第二中間周波増幅12SF7、検波12SR7(二極部)、BFO-12SR7(三極部)、低周波増幅1段12A6
送信機電源: 直流回転式発電機入力28V(変調機装備)
受信機電源: 直流回転式発電機入力28V(各受信機装備)
空中線: ワイヤー固定式
ARC-5VHF装置(T-23・R-28)諸元
運用周波数: 100-156MHz(4CH)
電波形式: A2(変調電信)、A3(電話)
送信出力: 7W
送信機: 水晶発振1625、第一周波数逓倍1625、第二周波数逓倍832A、電力増幅832A
変調機・電源: 共用
受信機: シングルスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段717A、周波数変換717A、第一中間周波増幅12SH7、第二中間周波増幅12SH7、検波双三極管12SL7-GT(1/2)、AVC・スケルチ検波12SL7-GT(1/2)、スケルチ増幅12SL7-GT(1/2)、低周波増幅1段12SL7-GT(1/2)、低周波増幅二段12A6-GT、局発用水晶発振・逓倍12SH7、第二周波数逓倍717A、第三周波数逓倍717A
中間周波数: 6.9MHz
空中線: 垂直型
なお、以下のURLに海軍機材の概要を掲示した。
http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2012aug05.05.html
掲示写真補足
緒戦に日本陸軍がフィリピンで捕獲した米陸軍戦闘機カーチスP-40に搭載されたSCR-274-N。
写真出典: 航空朝日・第三巻九号・昭和17年9月発行