先日、「ヤフオク!」に実験用のコヒーラ式受信機が出品された。本来、この受信機は簡易なブザー式火花送信機と組み合わせ、主に教材用として販売されたものである。
京都大学出版の『近代日本と物理実験機器(明治・大正期)』には、島津製作所製の立派な本式実験装置が掲載されている。それと比べれば、今回の出品物の作りは簡素であるものの、当館(横浜旧軍無線通信資料館)にとってはまさに値千金の逸品であった。
事務局員は、無線黎明期の火花式送信機やコヒーラ検波式受信機に強い関心を持ち、機会があれば収集を進めている。日頃収集している増田屋斉藤貿易製のラジコンバス等もその一環である。
このため、今回の受信機も是が非でも入手すべく注視していたのだが、なぜか不注意にも終了時刻を勘違いし、応札することができなかった。近年に例を見ない痛恨の失策で、これもまた、加齢のなせる業であろうか・・・・・・・・・。
先般「ヤフオク!」に、陸軍航空通信学校に関する写真アルバムが出品された。この中に無線機材が映った写真が数枚含まれており、応札をしたが、残念ながら事務局員は二番札で、落札はできなかった。
写真に写る機材は、陸軍航空部隊の第三次制式機材である「94式対空2号無線機」関連装置、および第四次制式機材である「地3号無線機」を構成する受信機であった。
施設から判断すると、写真の撮影場所は水戸陸軍航空通信学校で、撮影時期は1942年(昭和17年)頃と推察される。
陸軍航空通信学校に関する写真は極めて珍しく、このため、参考資料として、判読可能な一部写真と関連資料を掲示した。
「94式対空2号無線機」補足
本機は、陸軍航空部隊の第三次制式制定機材で、対空通信距離500km級の中距離通信装置である。しかし、対空通信距離1,000km級の遠距離用装置「94式対空1号無線機」がわずか3機のみで不整備となったため、その代用として大戦終了まで航空部隊各部署で広範に使用された。
代用にあたり、対空通信距離1,000kmの問題は周波数帯の適正な選定によって解決され、運用上の支障は生じなかった。
94式対空2号無線機装置 諸元
用途:対空通信
通信距離:電信600km、電話300km
周波数:送信950〜7,500kHz、受信140〜15,000kHz(8バンド)
電波型式:電信(A1)、電話(A3)
送信機:A1出力約200W、水晶または主発振UF-210B、緩衝増幅UX-860、電力増幅UX-860×2並列使用
変調機:音声増幅UF-210B、ハイシング変調UV-849、音声送信制御UF-12A×2、遠隔用音声増幅UF-12A×2
送信電源:発動発電機、交流式発電装置
送信空中線装置:逆L型、柱高12m、水平長25m、地線-25m裸線6条
受信機:27号型2台、または94式対空2号受信機二型2台
受信空中線装置:逆L型、柱高10m、空中線長20m以下、地線-20m裸線4条
全重量:840kg
運搬:各駄馬1頭式輜重車4輌、自動貨車1輌
「地3号無線機」補足
本機は陸軍航空部隊の第四次制式制定機材で、対空通信距離100kmの近距離用装置であるが、実際には軽便な汎用機材として各部門で広く使用された。装置は中型航空機による輸送を考慮して設計されており、構成各機は小型・軽量で、必要に応じて人力による運搬も可能であった。
地3号無線機の運用形態は第四次制式機材に共通し、電信は電鍵操作によるブレークイン方式、電話は電鍵操作による変則のプレストーク方式である。
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地3号無線機 諸元
用途:対空・対地通信
通信距離:100km
送信周波数:1,500〜6,675kHz
電波型式:電信(A1)、変調電信(A2)、電話(A3)
送信機構成:A1出力40W、A2・A3出力8W、水晶または主発振UZ-6D6、電力増幅UY-807A×2並列構成、第1格子変調UZ-6D6
送信機電源:0.6馬力発動発電機、交流式電源
送信空中線装置:逆L型、柱高6m、水平長20m、地線は地網2枚
受信周波数:1,500〜8,900kHz
受信機構成:スーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段(UZ-78)、周波数変換(Ut-6A7)、中間周波増幅1段(UZ-78)、オートダイン・再生式検波(UZ-78)、低周波増幅1段(UZ-78)
中間周波数:450kHz
受信機電源:直流回転式変圧器および6V蓄電池
今般標記に関連した以下の機材、真空管他を入手した。これ程纏めて旧軍機材、関連真空管を入手するのは久しぶりで、誠に幸いであった。また、併せ入手した米軍機材も、所蔵するのは初めてで、その動作確認が楽しみである。
1. 陸軍94式3号甲無線機・53号C型受信機 3台
2. 陸軍94式3号乙無線機・「師団通信隊用副受信機」構成44号型受信機
3. 旧軍機材用傍熱真空管・直熱式電池管、ドイツ軍機材関連真空管、米軍機材関連MT管
4. 米国陸軍HF携帯式SSB送受信機(PRC-1099)
5. 米国陸軍HF可搬式SSB送受信機(コリンズ671U-1・100Wアンプ)
6. ATWATER KENT TYPE-TA(ストレート式)及びアサガオ型スピーカー
上記の内、53号C型受信機(1-V-2)は94式3号甲無線機の副受信機で、馬上での待ち受け受信機を目的に開発されたが、実際に使用する機会は少なく、間もなくして廃止された。しかし、本機は非常に小型で、構成真空管に小型の空間電荷型真空管を使用するなどし、特記すべき受信機である。
また、「師団通信隊用副受信機」は、94式3号乙無線機を構成する副受信装置である。94式3号乙無線機は師団通信隊用機材で、師団司令部と隷下の各連隊他との作戦電報の送達に使用された。師団通信隊では、無線装置を送信所と受信所に分け運用することが多く、副受信機を備えた付加装置「師団通信隊用副受信機」を装備した。
この「師団通信隊用副受信機」は「44号型受信機」、遠隔で送信機を運用する「4号A型操縦機」及び操縦機に対応して送信機を制御する「4号A型中継機」により構成されている。
なお、94式3号甲無線機と94式3号乙無線機の主通信装置は36号型通信機で、両機は同一構造であるが、運用周波数が若干異なる。
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94式3号乙無線機と遠隔運用
本無線装置は師団通信隊用機材であり、司令部に設置される合同通信所(合通)等において、各通信部隊と共に運用を行う機会が多い。
この場合、各機による相互干渉が発生するため、各隊の受信装置のみを合通に設置し、各送信装置は500〜1,000m離れた場所に配置し、遠隔操作機(遠操機)により送信機の遠隔運用を行った。この際、受信所に設置される受信機が「師団通信隊用副受信機」を構成する44号型受信機である。
受信所には44号型受信機および送信装置を遠隔操作する「4号A型操縦機」が、送信所には36号型通信機および操縦機に対応する「4号A型中継機」が設置され、両者は93式軽被覆線等により接続された。
操縦機・接続線・中継機で構成される遠操装置の基本回路は、電鍵・電池・継電器から成るループ回路であり、これに対向呼び出し用のブザー回路および電話機能が付加されている。操縦機に接続した電鍵を叩くと回路に電流が流れ、中継機の継電器が動作し、接点を介して接続された36号型送信機の電鍵回路が制御され、電波が発射される。
装置設営後、受信所の通信担当は、送信機用発電機の起動・停止の指示をブザーで行い、打ち合わせは電話機能を介して行い、操縦機に接続した電鍵により送信機を遠隔運用した。
なお、合通受信所に対応して設置される送信所は集合の必要がなく、通常、各送信装置は各班が選定した任意の場所に設営された。
先般、オランダの大戦期ドイツ軍電子技術研究家である Erich Reist氏より、ドイツ軍のセンチ波帯検波器ED704をご寄贈いただいた。
本検波器は、独逸テレフンケン社が英国空軍(RAF)のセンチ波帯(Sバンド・3,000MHz帯)機上レーダー「H2S(地表探索・航法・爆撃用)」や、海軍の機上レーダー「A.S.V. Mk.V(水上警戒用)」に対処するため、急遽開発を手がけ、1943年末に完成させたED700系シリコン検波器の一種である。当館(横浜旧軍無線通信資料館)は、大戦期におけるセンチ波帯レーダーの関連機材を収集しており、資料として本器はどうしても必要であった。
この検波器は驚くほどに小さく、直径は4mm、長さは11mmである。検波器の両端はネジ式で、専用の容器に装着して使用する構成である。片側にはシリコン検波器に密着する接点の、圧力調整ネジが装置されている。
ドイツ海軍は本検波器を使用して、A.S.V.MkVレーダー探知用の電波探知機を急遽開発し、潜水艦隊に配備した。また、空軍はH2Sを模倣し開発した機上レーダー「ベルリン」や、機上用電波探知機に使用した。
ところで、大戦期、帝国海軍は 3,000MHz帯を使用したレーダー「2号電波探信儀2型(22号電探)」を開発したが、有効な検波器がなく、受信機のスーパーヘテロダイン化が遅れた。そのため、肝心な時期に安定した水上警戒・射撃管制レーダーを用兵側に提供することができなかった。
この問題を解決したのが、当時東京帝国大学大学院の学生であった霜田光一先生である。先生は黄鉄鉱によりセンチ波帯検波器を開発し、海軍はこの検波器を使用して、22号電探のスーパーヘテロダイン化を実現させた。
シリコン検波器について、霜田先生は「残念ながら、当時わが国には高純度のシリコンを精錬する技術はなかった」と述懐されていた。
ED700系検波器の開発
「History of Telefunken Semiconductors」によると、テレフンケン社におけるセンチ波帯用検波器の開発は以下のようなものである。
https://sites.google.com/site/transistorhistory/Home/european-semiconductor-manufacturers/history-of-telefunken
テレフンケン社はシリコン検波器の開発に際し、四塩化ケイ素を還元して改良シリコンを製造する方法を開発し、セラミック基板上にシリコン層を堆積させた。しかし、検波器を作成するにはシリコンを導体上に堆積させる必要があり、最初はモリブデンを試したが失敗(シリコンが剥がれ落ちた)し、その後グラファイトの使用により満足のいく結果を得た。
1943年12月までに、センチ波帯用の ED700〜705 シリーズの検波器の設計が完了し、製造が始まった。シリコンは 1.4mm のグラファイト・ロッドに堆積され、これを折って真鍮キャップにはんだ付けを行った。検波接点は、シリコンの表面に押し付けられたモリブデン製のワイヤループで作られ、ループは調整可能なネジに固定され、検波器として完成した。
H2S 系レーダーの導入
1942年の末、R.A.F.はSバンド帯レーダー「H2S」の開発を完了し、1943年(昭和18年)1月のハンブルク夜間爆撃でその有効性を実証した。
H2Sの運用周波数は3,300MHz(波長9.1cm)で、繰返周波数は670Hz、送信管は多分割マグネトロンCV64、尖頭出力は30〜55kWである。受信機はスーパーヘテロダイン方式で、第一周波数変換がシリコン検波器CV101、局部発振は反射型クライストロンCV67である。また、波形表示はP.P.I.方式で、表示範囲は360°である。
H2Sに続き、類型の航空機搭載型水上警戒レーダーA.S.V. Mk.IIIが開発され、1943年3月18日にビスケー湾で発見したUボートに対する最初の攻撃が行われた。A.S.V. Mk.III の導入により、Uボートの発見率は劇的に改善し、この時期、英国艦船の損失は 1か月あたり約40万トンから約10万トンにまで減少した。一方、ドイツ海軍は原因不明の奇襲により、4月・5月の2か月間で 56隻の Uボートを失い、混乱状態に陥った。
ドイツにおけるセンチ波帯電波探知機の開発
1943年2月頃より、Uボートは搭載する電波探知機(メートル波帯)がレーダー波を感知しないにもかかわらず、対潜哨戒機の攻撃を頻繁に受けるようになった。損害の増加に伴い、ドイツ海軍潜水艦司令部は、敵が新たな Uボート発見方法を確立したとの結論に至るが、センチ波帯レーダーには考えが及ばず、原因究明は混乱を極めた。
1943年2月3日に撃墜した爆撃機よりH2S(ロッテルダム装置)が回収されるも、原因究明には8月頃まで時間を要した。その後、奇襲の原因がマイクロ波レーダーにあることが明らかになるが、この時期、ドイツでは電波兵器開発部門の大規模な組織変更が行われており、開発現場は混乱していた。このため、ドイツ海軍におけるセンチ波帯電波探知機の開発は遅れ、1号機である 「FuMB-7「Naxos」の配備が始まったのは 1944年1月頃であった。
FuMB-7の導入により、英軍のセンチ波帯レーダーに対するドイツ海軍の対策はようやく確立され、潜水艦隊は小康を得た。また、ドイツ空軍は 1944年(昭和19年)9月に夜間戦闘機の接敵用電波探知機 FuG-350Zc を開発し、H2S 系レーダーを搭載する連合国軍爆撃機の迎撃に成果を上げ始めた。
しかし、1944年になると連合国側では波長3cm(10,000MHz)の Xバンドレーダーの開発が完了し、その導入が始まった。早くも2月、ドイツ空軍は撃墜した米軍爆撃機より高高度爆撃用レーダー「APQ-13」を回収し、Xバンドレーダーの存在を確認した。
本機は「Medow(メドウ)」と名付けられ、ドイツ海軍は同年11月に S・Xバンド両用の電波探知機「FuMB-26 Tunise」を開発し、配備を始めた。また、空軍は FuG-350Zc の Xバンド対応化を進めるが、戦争終結までに本機の開発を完了するには至らなかった。
以上のように、ドイツ技術陣は大戦終了まで、センチ波帯レーダーに関して明白な劣勢を挽回することはできなかった。
先般「ヤフオク!」に、戦争末期あるいは戦後間もなくに製造されたと考えられる受信機が出品された。本機は自作の木箱に収容されており、内部構造は不明であるが、塗装や使用部品から判断して、海軍系の受信機であると推察された。
各部の表示から、この受信機は高周波増幅1段、再生(オートダイン)検波、低周波増幅2段という構成を持つストレート式であると推定され、受信周波数は1,500〜20,000kHzである。通常、大戦期におけるこの種の受信機では、高周波増幅にUZ-6C6、検波にUZ-6D6、低周波増幅第1段にUZ-6C6、第2段にUZ-41が使用されていた。
大戦末期、海軍は輸送船および徴用船に搭載する無線装置の標準化を推し進めていたが、それらの受信機も概ね上記と同様の構成であった。また構造には若干の違いが見られるものの、当館(横浜旧軍無線通信資料館)が所蔵する戦時型受信機も、同一の構成を有している。
さて、当該受信機が海軍の機材であるか否かは判然としないものの、資料的価値は高いと判断された。このため応札を予定していたが、不注意にも終了時刻を誤認し、入手は叶わなかった。自ら招いた災いとはいえ、まことに残念であった。
先般、久しぶりに「ヤフオク!」で、帝国海軍の航空機用無線機に関連した機材を入手した。該当物品は、三座・多座航空機に搭載された「96式空3号無線電信機」の受信機用電源装置である。
この電源は振動式直流変圧器であるが、構成は非同期式で、バイブレター回路は直交変換のみを行い、交流出力は双二極管KY-84で整流する。ちなみに、入力は12V、出力は135Vである。
ところで、当館(横浜旧軍無線通信資料館)は本電源を既に1台所蔵している。しかし、病的な収集癖を持つ小生は、気に入った商品がそこにあれば、それを我慢、無視することができない。
このため、不必要と分かっていても応札、入手をし、意味のない出費を繰り返すことになる。この“病”より回復するのは、果たしていつのことであろうか・・・・・。
96式空3号無線電信機(96式空3号)補足
本機は、海軍航空技術廠(空技廠)電気部が1936年(昭和11年)に開発した三座・多座航空機用の無線電信機であり、海軍の中・大型機のほぼすべてに搭載された。
1941年(昭和16年)12月8日の真珠湾攻撃に際して、襲撃部隊の総指揮官であった淵田美津雄中佐の乗機・九七式艦上攻撃機から打電された、奇襲成功を伝える「トラトラトラ」の電文は、本機により発報された。
96式空3号は、二段重ねにされた送信機および受信機、電源装置、空中線装置等により構成されている。
送信機は、水晶発振/主発振・第1増幅(長波発振/短波増幅)・電力増幅方式で、運用周波数は長波帯が300〜500kHz、短波帯が5,000〜10,000kHzである。電波形式は電信(A1)専用で、送信出力は約70Wである。
受信機は艦艇用機材である92式特受信機と同一構成で、長波帯はストレート方式、短波帯は長波受信部に周波数変換部を付加したスーパーヘテロダイン方式である。運用周波数は送信機と同一で、長波帯が300〜500kHz、短波帯が5,000〜10,000kHzである。
96式空3号無線電信機の改修
大戦中期に作戦地域が南方に拡大すると、夜間帯における短波(5,000〜10,000kHz)の伝搬不良が顕著となり、大きな問題となった。
本現象は、電離層伝搬における夜間の最高使用周波数(MUF)が、海軍航空部隊で使用する下限周波数5,000kHzを下回ることに起因しており、空技廠による周波数選定に誤りがあったことを示している。
この事態を解消するため、空技廠は急遽、既設の96式空2号〜4号無線電信機に対し、2,500〜5,000kHzの中波帯を付加する改修を決定し、実施した。このため、96式空3号には、原型と中波帯を付加した改1型の二機種が存在する。
96式空3号無線電信機原型諸元
用途: 3座、多座航空機用
通信距離: 長波350km、短波1,500km
送信周波数: 長波300〜500kHz、短波5,000〜10,000kHz
受信周波数: 長波300〜500kHz、短波5,000〜10,000kHz
電波形式: A1(電信)
送信機入力:150W
送信機構成: 水晶/主発振UX-47A(短波帯)、第一増幅(短波帯)・水晶/主発振(長波帯)UX-865E、電力増幅UV-816D
受信機構成
長波帯: ストレート方式、高周波増幅2段、オートダイン検波、低周波増幅2段(2-V-2構成)
短波帯: スーパーヘテロダイン方式、長波受信部に高周波増幅1段付周波数変換部付加 (高周波増幅1段、中間周波増幅2段、低周波増幅2段構成)
電源装置: 風車発電機、回転式直流変圧器(送信機)・振動式直流変圧器(受信機)
空中線装置: 短波帯固定式、長波帯垂下式、地線機体接地
この度、オランダの大戦期ドイツ軍電子技術研究家であるErich Reist殿より、以下の品々を当館(横浜旧軍無線通信資料館)に御寄贈いただきました。Erich Reist殿には日頃ドイツ軍無線機及びレーダーに関わる情報や写真を御提供頂いています。
Erich Reist殿のご協力に、心より感謝申し上げます。
御寄贈品
・大戦期ドイツ軍同軸ケーブル各種
・大戦期ドイツ軍マイクロ波用検波器ED704
なお、御寄贈頂いた同軸ケーブル及びマイクロ波検波器については、別途掲示の予定です。
Donations from Mr. Erich Reist
We are pleased to announce that Mr. Erich Reist, a Dutch researcher specializing in German military electronic technology during the wartime period, has generously donated the following items to the Yokohama WWU Japanese Military Radio Museum.
Mr. Reist has consistently provided us with valuable information and photographs related to German military radios and radar. We sincerely appreciate his continued cooperation and support.
Donated Items:
・Various types of wartime German military coaxial cables
・Wartime German military microwave detector ED704
先般FB 「WWII German Signals and Communications Equipment」のドイツ人メンバーより標記のブラウン管(CRT)を購入し、本日到着した。このCRTはドイツの代表的対空監視レーダーであるFreyaの主監視装置を構成するHR2/100/1.5 (直径100mm)で、本管は内部には二本の電子銃を具え、二波形を表示する。
当館は以前よりFreyaの構成機材を入手したいと考えていたが、当然それは無理で、このため、本機を象徴するこのCRTの入手を切望していた。到着したCRTは考えていた以上に大きく、電子銃も真に立派で感激した。これで、懸案がまた一つ解消し、誠に幸いである。
ところで、本CRTの入手に際し、出品者はPAYPALでの支払いを受け付けず困ったが、幸いにもオランダのメンバーであるErich Reist氏が代行し銀行振り込みを行ってくれた。Erich Reist氏のご協力に心より感謝を申し上げる。
When I tried to buy this CRT, the seller did not accept payment by PAYPAL, which was a problem, but fortunately Mr. Erich Reist, a member from the Netherlands, made the bank transfer on my behalf. I would like to express my sincere gratitude to Mr. Erich Reist for his cooperation.
Freya(フライア)
本機はドイツGEMA社が当初海軍の依頼により1937年に開発した地上設置型の対空早期警戒用レーダーで、標的の方位角及び距離の二諸元を測定した。空軍に於けるフライアの導入は1939年で、当初本機の測定は最大感度方式であったが、その後等感度方式に改良された。
ドイツ空軍は早い時期に敵味方識別装置(IFF)FuG25aを導入したが、このためフライアにもIFF信号の測定機能が追加され、IFF用受信空中線は既設空中線装置の上部に設置された。機上のFug25aはフライアの送信波を受信すると、そのバルスに識別用の変調を行い156MHzで返送した。IFF機能の追加により、改修型のフライアは今般入手した電子銃が二重構造のCRTを使用し、探索、測距、方位等感度測定用の反射パルスをCRTの上部に、IFFの返送パルスをその下に併せ表示した。
フライアにはLIMBER型と、改良型のPOLE型があり、共に分解移動が可能な構造である。LIMBER型は88mm高射砲基台の上部に木製の短信室を載せ、その上部に空中線装置を設置した構造で、探索は短信室を回転させ行った。POLE型は短信室の中央に空中線装備用のパイプを建て、測定は空中線装置のみを回転させ行う構造である。
本機の公称探索距離は200kmで、大戦後期になるとその探索範囲の拡大が要望され、遠距離監視型として海軍は仰角測定機能を具えたWasserman(ワッサーマン)を、空軍は空中線位相合成方式のMammute(マムート)を導入したが、空中線装置を除く両機の主装置は既設フライアの転用、または、一部機能を追加したものである。
帝国海軍とFreya
1941年(昭和16年)1月、帝国海軍は英国と熾烈な戦いを交えていたドイツに軍事視察団を派遣したが、団員であった伊藤庸二造兵中佐(当時)他電子機器関係者はドイツ海軍より対空監視レーダーの概要説明を受け、また、3月23日の夕刻、ロリアン軍港(フランス)近郊でFreyaを検分する機会を与えられた。
当時帝国陸海軍は英独他各国に駐在する武官等よりの情報を基に、レーダーの研究を始めていたが、肝心な電波形式が判然とせず、本格的開発には程遠い状況であった。しかし、伊藤中佐らの調査により、発射電波はパルス変調方式である事が判明し、また、送受信用空中線や送受信機、波形表示方式等も明確となり、この情報は電報により直ちに海軍本部に報告された。以降帝国陸海軍のレーダー開発は急速に進捗し、海軍は1号電波探信儀1型を、陸軍は電波警戒機乙を開戦の直前に完成させた。
Freya(等感度測定式)諸元
用途: 対空早期警戒
運用周波数: 125MHz
繰返周波数: 500Hz
パルス幅: 2μs
尖頭出力: 20kW
送信空中線: 半波長ダイポール垂直6列2段、金網式反射器付
受信空中線: 半波長ダイポール垂直3列2段左右二組(等感度測定構成)、金網式反射器付
送信機: 発振管TS41 x2(P.P.構成 )
変調方式: パルス変調管RS391
受信機: Wスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段、第一中間周波増幅2段、第二中間周波増幅2段、低周波増幅1段
中間周波数: 第一中間周波数15MHz、第二中間周波数7MHz、帯域幅900kHz
測定方法: 等感度方式
信号表示: Aスコープ方式
有効測定距離: 150km
測距精度: ±50m
測角精度: ±0.2°
設置場所: 海抜60m以上
電源: 一次電源380V
新年早々、英国の電子技術史研究家であるMike Dean氏より、帝国陸海軍のレーダー開発に計り知れない影響を与えた「ニューマンノート」の所蔵者、ニューマン伍長の消息について、素晴らしい情報の提供があった。
提供資料によると、ニューマン伍長の正式な氏名はNewman Joseph Walterで、出身はエセックス州ダゲナムである。伍長は英国陸軍対空砲兵連隊のレーダー機器担務要員で、1941年(昭和16年)12月25日に香港で日本軍の捕虜となり、深水捕虜収容所に抑留された。
その後、ニューマン伍長が本国でレーダー教育を受けた際に纏めた英軍レーダ機器に関わる個人ノートがシンガポールで日本軍の技術調査団により発見されると、彼は重要人物として東京品川の刑務所(捕虜収容所)に移送された。以降彼の消息については不明であったが、幸いにも無事に帰国出来たようで、1997年2月6日に英国で亡くなったとの事である。
香港で捕虜となったニューマン伍長の手記が、その後シンガポールで発見された経緯について、Mike Dean氏は以下のように推察している。
「英軍ではレーダーに関わる兵の学習ノートは機密資料扱いで、内容確認のため担当部門に提出され、調査を受ける。このため、学習ノートは訓練コースの終了時に提出され、その後、正式な機密郵便で学生の新しい部隊に転送されるのが通常で、このため、ノ ートはシンガポールを経由し、ニューマン伍長に輸送中であった可能性が高い。しかし、香港が降伏したため、ノ ートを転送しようとしても意味が無くなった。(よって、廃棄された)」
「ニューマンノート」
1942年(昭和17年)2月15日にシンガポールが陥落すると陸軍は技術調査団を直ちに派遣し、英軍の軍事技術全般に関わる現地調査を実施した。この折り、ブキテマ高地の高射砲陣地裏手の焼却場より、電子回路を書き留めたノートを発見した。
ノートの所蔵者は英陸軍兵器部隊所属のNewman(ニューマン)伍長で、彼は対空早期警戒レーダーC.D./C.H.L.(Cost Defense/Chain Home Low)や探照灯管制レーダーS.L.C.(Search Light Control)他の動作概要、取扱法及び主要構成回等を克明に転記していた。
英軍の電波兵器に関わる機密保持は徹底しており、降伏前にその主要構成機材は徹底的に破壊され、調査団はシンガポールでレーダーの可動機を入手することは出来なかった。
しかし、ニューマン伍長のノートは南方軍兵器部により「ニューマン文書」として纏められ、研究各部門に配布され、我が国のレーダー開発に多大な影響を与える事になった。また、ニューマン文章により、敵国が当時日本では殆ど評価されなかった八木・宇田アンテナをレーダーに使用していることが判明し、我が国の科学者、技術陣は愕然とした。
南方軍兵器部が作成した「ニューマン文書」は50余頁の冊子で、「ニューマンノート」の記述が欧文タイプで打たれ、併せ、図面類や電気回路図が写真製版で添付されている。
「ニューマンノート」が発見されると、彼は重要人物とし1942年(昭和17年)4月頃迄に東京品川の捕虜収容所に送られた。この時期陸軍技術研究所2科(測距担当部門)で対空射撃管制用レーダーの開発を模索していた岡本正彦技術大尉(注-1)は直接ニューマン伍長に合い、その内容について尋問を行いているが、以後彼の消息は不明となる。
「ニューマン文書」の発見
1988年(昭和63年)、八木秀次博士を尊敬し、長年に渡りニューマン関連資料の探索を続けていた上智大学名誉教授の故佐藤源貞先生は元陸軍技術少佐塩見文作(注-2)宅で「ニューマン文書」を発見し、その経緯を1990年(平成2年)3月にテレビジョン学会無線・光伝送研究会に於いて「八木アンテナに関する秘話」として口頭発表された。
後に本稿はHAM Journal(平成4年3月・4月号)に掲載され、以降「ニューマンノート」、「ニューマン文書」の研究が進むことになった。
特に八木和子氏を中心とした「ニュー・ぐるーぷ」はその研究成果を「第二次大戦秘話・ニューマン文書」及び「ニューマンノートの謎」(Vol.T、U、 III)として纏め、公表するなどし、活発に活動した。
なお、佐藤先生が発見された「ニューマン文書」は、現在八木・宇田両先生縁の東北大学史料館に保管されている。
若干の追記
今般提供を受けたMike Dean氏の資料により、之まで消息が不明であったニューマン伍長が無事英国に帰還した事が判明し、誠に幸いであった。これらについて佐藤源貞先生や「ニュー・ぐるーぷ」に報告をしたいが、各位は既に鬼籍に入られ、その術が無く残念である。
(注-1) 岡本大尉(当時)は本資料に記載されていたS.L.C.の資料を参考に帝国陸軍初の対空射撃管制レーダーの開発を主導し、タチ1号・2号を完成させた。
(注-2) 塩見文作技術少佐は戦前民間が開発した西村式小型潜水艇を使用し、水中に於ける音響伝播の調査、研究を行った。大戦後期となり、この経験が注目され、少佐は陸軍の輸送用潜水艦「ゆ」(○の中に「ゆ」)の建造指揮官に任命され、数隻を完成させた。
新年あけましておめでとうございます。
本年が皆様にとり幸多き年となりますよう、心より祈念申し上げます。
2025年 元旦
横浜旧軍無線通信資料館
土居 隆
先般掲示したドイツ陸軍送信機「5W.S.」に関わる「交換希望」であるが、幸いにもドイ人収集家の格別の配慮により実現し、先週無事到着した。
5W.S.は1930年代の中頃に導入された野戦用送信機で、構成は三極管2RS241二本による主発振・電力増幅方式であり、電波形式は電信(A1)、電話(A3)である。
早速各部の点検を行ったが、幸いにも本機に然したる欠品は無く、原状を保っていた。このため、簡易な動作確認試験を行ってみた。
A電源の4V、B電源の250V(定格300V)は安定化電源より供給した。疑似空中線には5W/100Vのランプと50Ωのダミーを使用し、試験は2,000kHzで行った。
モードをA3に設定し、電源を入れると、装置は呆気ないほど簡単に発振し、接続しておいた5Wのダミーランプがぼんやりと点灯し、また、各計器も動作した。
線條電源に定格4Vを加圧し、電流は1.1Aである。2RS241一本に大凡500mA程度流れている事になる。陽極電圧は定格300Vであるが、250Vを加圧し、約110mA流れた。各本55mA相当である。
ダミーランプの光り具合から出力は1W程度であろうか、その後50Ωのダミーに変更したところ大凡1.5Wの出力が確認出来た。単純計算では、電力増幅管の入力は10W程度となるが、それにしては出力が少ない。
一方、流石にドイツの野戦用機材で、周波数の安定度は抜群である。しかし、A1モードで電鍵を叩くと、安定化電源を使用しているが、復調信号音は若干流れる。主発振・電力増幅構成のため、当然の結果であろう。
簡単な動作確認試験ではあったが、大凡の状況は把握出来た。入力の割に出力が少ないが、これは発振部・電力増幅部のトラッキングエラー、疑似負荷のインピーダンス等に関係していると推察された。
A3モードでの動作も確認したかったが、残念ながら使用出来るカーボンマイクが無いため、今回は諦めた。
5W.S.諸元
用途: 野戦用
通信距離:60km(電信)、18km(電話)
送信周波数: 送信950-3,150kHz(4バンド)
電波形式: 電信(A1),電話(A3)
送信出力: 5W
送信構成:発振2RS241、電力増幅2RS241、格子直接変調
電源装置: 12V回転式直流変圧器、ペダル式発電機
空中線: 単線展開式
当館(横浜旧軍無線通信資料館)は比較参考資料として、大戦時に於ける英米独の代表的な無線機材の収集も行っている。参考資料のため対象とする機材は限定的であるが、其れにしても未入手の物は多くある。
その中の一つがドイツ陸軍の野戦用送信機で、特に小生が入手したいのは送信出力5Wの5W.S.(5 Watt Sender)である。この送信機は1930年代の前半に導入された汎用の小出力短波送信機であるが、現存機が少なく、また、独特の外観構造から人気もあり、中々入手が困難である。
併せ、最近の円安により、その対価も大きくなり、当館の予算では対応が難しい状況となりつつある。このため、所蔵する機材との交換により「5W.S.」の入手を図ることを計画し、ドイツ軍無線機材のFB「WWU German Signals and Communications Equipment」に投稿を行った。
今回当館が提供するのはドイツ陸軍の野戦用携帯式無線電話機「Kleinfunksprechr.d(Kl.Fu.Spr.d)」である。本機は1938年頃に導入された歩兵用の携帯式無線電話機で、運用周波数は32-38MHzのVHF帯である。Kl.Fu.Spr.dは「Dorette」の愛称で呼ばれ、欧州の収集家には人気の機材である。
この「Dorette」 は帝国陸軍の94式6号無線機や、米軍のBC-222等に類似した簡易無線電話機であるが、装置は周波数の安定、変調特性、電源の消費に配慮した設計で、また、受信部にレフレックス回路を使用するなどして、非常に小型である。
当館が提示した「Dorette」は無線機本体、電池ケース、送話器、受話器及び空中線で構成された一式で、オリジナルの木箱に収容されている。構成各装置も当然オリジナルであるが、特に電池箱は誠に希少で、所蔵する蒐集家は希である。
小生の提示する「Dorette」が「5W.S.」に釣り合うのかは受け手次第であるが、期待を込め、連絡を待っている。
5W.S.諸元
用途: 野戦用
通信距離:60km(電信)、18km(電話)
送信周波数: 送信950-3,150kHz(4バンド)
電波形式: 電信(A1),電話(A3)
送信機: 出力5W
送信構成:発振2RS241、電力増幅2RS241、格子直接変調
電源装置: 12V回転式直流変圧器、ペダル式発電機
空中線: 単線展開式
Kl.Fu.Spr.d(Dorette)緒元
用途: 歩兵用
通信距離: 2-4km
周波数: 32-38MHz
電波形式: 電話(A3)
送信出力: 0.2W
送信構成: 主発振DDD25(双三極管1/2)、電力増幅RL1P2(五極管)、陽極変調DDD25(1/2)
受信構成: 高周波増幅1段RL1P2、超再生検波DDD25(1/2)、低周波増幅1段(レフレックス/高周波増幅管兼用)、低周波増幅2段(兼変調回路)DDD25(1/2)
電源: 乾電池、高圧150V、低圧1.4V
空中線:垂直型1.65m、4mダブレット(整備品)
運搬: 兵員一名にて携行
先般、ドイツの蒐集家Dieter Beikirch氏より、大戦期に於けるドイツ海軍、空軍の代表的対空監視用レーダー「Freya」の送信機を構成した発振器の写真提供があった。本器の写真は誠に希少で、このため、参考資料として掲示を行うことにした。
当該発振器は直熱式三極管TS41二本(P.P.構成)による自励発振方式で、同調回路はレッヘル線構成である。発振管の陽極電圧は8,000V、格子電圧は-2000Vで、変調管の出力パルスにより格子回路が制御され、尖頭出力20kWで発振する。
Beikirch氏はドイツ空軍の機上用レーダーや電波探知機に関わる大きなコレクションを所蔵し、その中には、先年当館(横浜旧軍無線通信資料館)が入手した誘電体空中線素子を装備する機上用マイクロ波電波探知機、「FuG350」も含まれている。
既に掲示を行ったが、最近当館はドイツ海軍の水上警戒レーダー「Seetakt(ゼータクト)」の送信機を構成した発振器を入手した。このため、資料として細部写真をBeikirch氏に提供したところ、その返礼としてか、氏が最近入手した「Freya」送信部・発振器の写真が送られてきた。
当館が所蔵する「Freya」の資料は米軍のTMが中心で、残存機に関わる物は皆無である。今般Beikirch氏が入手された発振部は完品で程度もすこぶる良く、資料としては誠に貴重である。
対空監視レーダーFreya(フライア)
本機はGEMA社がドイツ海軍の依頼により1937年(昭和12年)に開発した地上設置型の対空早期警戒用レーダーで、標的の方位角及び距離の二諸元を測定した。フライアの本格的導入は1939年(16年)で、当初本機の測定は最大感度方式であったが、その後等感度方式に改良された。
ドイツ空軍は早い時期に敵味方識別装置(IFF)FuG25aを導入したが、このためフライアにもIFF信号の測定機能が追加され、IFF用受信空中線は既設空中線装置の上部に設置された。機上のFug25aはフライアの送信波を受信すると、そのバルスに識別用の変調を行い156MHzで返送した。
IFF機能の追加により、改修型のフライアは電子銃が二重構造のブラウン管(CRT)HR2-100-1.5を使用し、探索、測距、方位等感度測定用の反射パルスをCRTの上部に、IFFの返送パルスをその下に併せ表示した。
フライアの公称探索距離は200kmで、大戦後期になるとその探索範囲の拡大が要望され、遠距離監視型として海軍は仰角測定機能を具えたWasserman(ワッサーマン)を、空軍はMammute(マムート)を導入したが、空中線を除く主装置は既設フライア装置の転用、または、一部機能を追加したものである。
フライアと同時期に艦艇、沿岸警備用として375MHzを使用したゼータクトが開発された。本機は空中線や高周波部を除き、波形表示方式や測距装置の構成はフライアと同一で、初期型の測定は最大感度方式であった。
Freya(等感度測定式)諸元
用途: 対空早期警戒
運用周波数: 125MHz
繰返周波数: 500Hz
パルス幅: 2μs
尖頭出力: 20kW
送信空中線: 半波長ダイポール垂直6列2段、金網式反射器付
受信空中線: 半波長ダイポール垂直3列2段左右二組(等感度測定構成)、金網式反射器付
送信機: 発振管TS41 x2(P.P.構成 )
変調方式: パルス変調管RS391
受信機: Wスーパーヘテロダイン方式、高周波増幅1段、第一中間周波増幅2段、第二中間周波増幅2段、低周波増幅1段
中間周波数: 第一中間周波数15MHz、第二中間周波数7MHz、帯域幅900kHz
測定方法: 等感度方式
信号表示: Aスコープ方式
有効測定距離: 150km
測距精度: ±50m
測角精度: ±0.2°
設置場所: 海抜60m以上
電源: 一次電源380V三相
帝国海軍とFreya
1941年(昭和16年)1月、帝国海軍は英国と熾烈な戦いを交えていたドイツに軍事視察団を派遣したが、団員であった伊藤庸二造兵中佐(当時)他数名は3月23日の夕刻、ロリアン軍港(フランス)近郊でドイツ海軍の陸上設置型レーダーを検分する機会を与えられた。
伊藤中佐が検分したレーダーについては諸説が有るが、当時のドイツ海軍が装備し、外部への開示が許可できる機材は、既にその存在が知られた対空監視用のX装置(フライア)以外にはなく、また、検分時に伊藤中佐が描いたスケッチが明確にそれを示している。
当時帝国陸海軍は英独他各国に駐在する武官等よりの情報を基に、レーダーの研究を始めていたが、肝心な電波形式が判然とせず、本格的開発には程遠い状況であった。しかし、ドイツ海軍の情報開示により、発射電波はパルス変調方式である事が判明し、また、送受信用空中線や送受信機、及び波形表示方式等も明確となり、この情報は電報により直ちに海軍本部に報告された。以降帝国陸海軍のレーダー開発は急速に進捗した。